偽りの仮面

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2話

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「そんなことないって。ちゃんと君が──」

 好きだよと言う前に電話は切れてしまった。伊吹は携帯電話の画面を見ながら思い切りため息をつく。

 明日大学で謝るか? それとも今、彼女の家へ駆けつけるべき?

 ただ、どちらにしてもどう謝ればいいのかあまりわかっていなかった。何に怒っているのかはわかるのだが、何故怒るのかが伊吹にはよくわからない。
 大学へ進学するにあたり、伊吹は上京してきた。自分が生まれ育ったところと何もかも違う、慌ただしくも活気のある喧騒は少々慣れないながらも目新しくて魅力的だった。
 大学でも友だちはすぐにできたし勉強も遊びもアルバイトも楽しかった。地元では誰とも付き合ったことがなかったが、彼女も暫くしてできた。自分に彼女ができるなんてとすごく嬉しかったし大事にしたいと思った。
 最初の頃は順風満帆だった気がするのだが、ずっと付き合っているとどうしてもすれ違いが起きてしまうというのだろうか。
 伊吹は浮気なんて考えられなかったし自分なりに彼女を大事にしていた。だが別の先約があるとそちらを優先してしまうこともあるし、どうしてもアルバイトが休めないこともある。それが彼女が会いたがる日に何度か重なると喧嘩になってしまった。喧嘩というか、伊吹はただ謝るだけなのだが彼女にしてみればそれはそれで腹立たしいらしい。

「何でそんなにすぐ謝るの?」
「君が怒ってるからだろ」
「は? じゃあ私が怒ってることに対して悪いと思って謝ってるんじゃないってことっ?」
「そうは言ってないだろ」
「言ってるよ!」

 先ほども最初はたわいもないことを話していたはずだったが、今度の連休に旅行へ行こうと言ってきた彼女に対して「あ……ごめん」と伊吹が口にしたことから気づけば喧嘩になっていた。

『何で連休にアルバイト入れちゃうの?』
「人手が足りないって頼まれたんだよ……」
『そんなの、皆遊びに行くからに決まってるじゃない』
「……うん」
『だったら頼まれた時に私たちも遊びに行くだろうとか考えもしなかった訳?』
「……それは……、……ごめん」
『またわかってないのに謝る!』
「ごめ、あっ」
『綾くん、そんなでほんとに私のこと、好きなの?』
「当たり前だろ」
『だったら何で連休にバイト入れちゃう訳?』
「だからそれは」
『それに私との旅行よりもバイト優先するんでしょ』
「だってもう入られるって言っちゃったし……」
『何なの、ほんとは私のこと、好きでも何でもないんでしょ!』
「そんなことないって。ちゃんと君が──」

 そうして切れた通話に、伊吹はため息をつくしかできなかった。今謝りに彼女の家へ行っても同じ言い合いの繰り返しになるのだろう。

 俺が間違ってるのか?

 何をおいても彼女を優先するべきなのか。皆、そうやって付き合っているのだろうか。
 彼女のことは今も好きだ。喧嘩もするが、普段は優しい、いい子なのだ。

 ──それでも……、ちょっと面倒だな……。

 思わずそんな風に思ってしまったのがいけなかったのだろうか。それともやはりすぐに彼女の家へ駆けつけるべきだったのだろうか。
 翌日、改めて切り出そうとする前に伊吹は振られてしまった。

「もうね、付き合ってられない、んだ……ごめんなさい」

 謝らないで、としか言えなかった。多分自分が悪いのだろう。何においても彼女を優先できなかったし、それについてもっとしっかり話し合おうとしなかった。すれ違っていったのはきっと自分が悪いのだ。
 初めての彼女というのもあるのだろう、伊吹は結構落ち込んだ。さすがに友だちの前であからさまに沈むつもりはなかったが、わりとすぐに振られたことはバレた。

「残念会だな」
「お疲れ様会」

 微妙な名前をつけられつつも飲みに誘ってくれたのはだが嬉しかった。
 以前彼女とも来たことのある居酒屋で、伊吹は友だちに「お前ならまたすぐできるって」「コンパだな、コンパ」「いっそバイト先にはいねーの」「コンパ行こうぜ」「コンパ」などと励まされているんだか何だかな感じで飲んだ。
 少し飲み過ぎた気もするが、別に歩けないほどでもないので皆と別れてから伊吹は帰ろうとした。まだ電車は間に合う、と携帯電話を見ていると名前を誰かに呼ばれた。

「伊吹」

 友だちは大抵「綾部」と名字で呼ぶ。彼女も「綾くん」と呼んでいた。

 っと、もう彼女じゃなかったな……。

 少しツキリと胸を痛めつつ、誰だろうと振り返る。そこにはサラリーマンだろうか、見知らぬ男が立っていた。

 ……誰。つか見たこと、ある……? にしてもこーゆーのをイケメンって言うんだろな。見たことある気がすんの、もしかしてテレビとか出てる人? ピシッとした感じでスーツ似合うとかずるい。俺、軽く見られがちだし絶対似合わないだろーなぁ……。

 酔っているからかそんなどうでもいいことを考えているとまた「伊吹」と呼ばれた。

「……あの、どちら様」

 サラリーマンに知り合いなどいない。

「……忘れられちゃったかな。芳です」

 かおる……?
 かお、る……かお……──

「え、芳って、あの芳っ?」

 小さな頃からずっとそばにいてくれた人がいた。親が仕事で忙しく、その間預けられていた家でいつも遊んでくれていた近所のお兄ちゃん。大好きだったけれども伊吹が中学二年になる前に大学へ進学するからと遠くへ行ってしまったお兄ちゃん。

「ほんとに?」

 伊吹は懐かしさに思わず満面の笑みを浮かべた。
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