彼は最後に微笑んだ

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184話

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 日が落ちてくるとこの辺りは田園地帯ということもあり、普段エルヴィンたちが生活している場所と違って真っ暗になる。見張りや換気が必要な松明を焚く理由も特になければ、エルヴィンたちが日常生活を送る時に使用する燐光石も使われていないようだ。
 燐光石は元々淡いながらも自然に発光する石だったと言われている。当時学者たちが調べても何故発光するのか正確にわからなかったようだが、よく発見されていた場所などから考慮するに、動物の死体などが腐敗して何らかの成分が石にしみこんだのではないかという説はあった。ただ、世間一般では神の怒りとも神の思し召しとも言われているようだ。
 その石を魔法によって人工的に、もう少し強く発光させたものが今の燐光石だ。それなりにコストがかかるためどこにでも使用されるわけではないが、貴族たちがよく使用する場所や自分たちの屋敷などは夜でもこの石のおかげで松明を焚かずともそれなりに明るい。
 この辺一帯は田畑が多くあるため、貴族の屋敷が遠く離れつつ点々とあっても燐光石は基本使われていないのだろう。

 まあ、暗くなっても全然いい、っていうかむしろありだけどな。

 エルヴィンはひそかにほくそ笑んだ。
 暗くなっても明かりがそれだけ少ない分、屋敷の部屋にこもる時間も早いというわけだ。黄昏時くらいまでには早めの軽食をとり、この辺で暮らす人々は貴族や平民に関わらず早々に休む。その代わり早朝に起き、田園の管理を行うというのが通常らしい。
 エルヴィンとニルスはピクニックで存分に食事を堪能したのもあり、カナッペなどのオル・ドゥーヴルだけ用意してもらい、部屋でゆっくりそれらと酒を堪能することにした。それくらいなら明かりは月明かりと少々のろうそくでどうとでもなる。入浴も済ませて後は眠るだけという状態で、二人は簡単な酒のあてと酒を楽しんだ。

「今日、楽しかった」
「ああ」
「明日は市場へ行く予定だけど、それでよかった?」
「問題ない」

 そんなたわいもないことを話しながらも実際エルヴィンは少々上の空かもしれない。理由は一つだ。

 今日こそ、最後までする。

 これしかない。
 ただ、気合いを入れ過ぎているからか気負っているからか、むしろそういう雰囲気にどう繋げていけばいいか浮かばない。普段はもう少し自然にというか考えることもなくそういう雰囲気になっていた気がする。かつて女性と付き合ったこともあり人並みに恋愛経験を、遡る前限定ではあるがしてきているはずだというのに情けない話だと思う。

 いつも俺はどうやってニルスに対してそんな雰囲気を持ちかけてたっけ?

 そうして考えれば考えるほど余計わからなくなっていく。

「エルヴィン? どうかしたか?」

 あとニルスはエルヴィンの心情に気づきすぎではともついでに思う。したいという気持ちには気づいてくれないが。

「い、いや。どうもしないよ」
「そうか? 疲れたのなら、や……」

 これはもう休もうといった言葉が続くやつだとエルヴィンは察した。もちろん隠語でも誘われるわけでも何でもない。ニルスだけに、そのままの意味でしかない言葉だ。

「疲れてない! ぜんっぜん疲れてないな」
「そう、か?」
「ああ」

 というか、ニルスは何なのだとエルヴィンはソファーで隣に座っているニルスをほんのりだがじろりと見る。もちろん今こうしている一瞬一瞬も大好きだし大切な時間だし大好きだし幸せだし大好きだ。だが少し不満に思ってもバチは当たらないのではと思ってしまう。

 俺としたくないの? 俺ばかりしたいと思ってるのか? 何で休もうなんて思える? 昨日の夜だってあれだけ散々触れ合って、しかも俺の尻が溶けてなくなるのではってくらい解してきたのに何もしなくて……。

 ニルスが大好きだ。そしていつもエルヴィンのことを真っ先に考えてくれるニルスが嬉しいし愛しいと思う。だから今までは不満に思うなんて間違っていると思っていたが、そろそろ性的な何かが溜まる以外にも鬱憤だって溜まっても仕方ない。

「……ニルスは……」
「うん?」
「……、ッニルスは何なんだよ!」

 ああ、言ってしまった。

 しかもあからさまに頭が悪そうな喧嘩腰な言葉を口にしてしまったとエルヴィンは思わず目を瞑って唇を噛みしめたいところだ。しかしこうなったら思っていることを言うしかないと考える。今口にしておかなければこの先でこの思いがどんどん悪い方向に溜まっていくだけかもしれない。ニルスに対してそんな風になりたくない。

 でも、もう少し冷静な口調になれ、俺。

 何なんだと言ってしまってから無言でエルヴィンをただ見てくるニルスに気づき、エルヴィンは深く息をすった。表情はやはりよくわからないが、いきなり怒鳴られ気分を害しているか、ニルスだけにただ戸惑っているか。どちらにしてもちゃんと冷静に自分の気持ちを言わなければとエルヴィンは覚悟を決めた。
 恥ずかしいとか、自分だけそういうことばかり考えて情けないとか、思っている場合ではない。

「……悪い、ニルス。声を荒げて」
「……いや。……俺が、何かした、のなら言ってくれ」

 優しい。そして何かしたというよりはしなかったんだよなとエルヴィンはそっと思った。

「お前は何もしてないよ。ただ、その……」
「ああ」

 俺は馬鹿だ、と次に思う。冷静にならないほうがよかった。勢いで言ってしまったほうが言えた。深呼吸して改めて気を取り直してしまうとエルヴィンとしてはとても言いづらいことに今さら気づいた。
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