彼は最後に微笑んだ

Guidepost

文字の大きさ
上 下
184 / 193

184話

しおりを挟む
 日が落ちてくるとこの辺りは田園地帯ということもあり、普段エルヴィンたちが生活している場所と違って真っ暗になる。見張りや換気が必要な松明を焚く理由も特になければ、エルヴィンたちが日常生活を送る時に使用する燐光石も使われていないようだ。
 燐光石は元々淡いながらも自然に発光する石だったと言われている。当時学者たちが調べても何故発光するのか正確にわからなかったようだが、よく発見されていた場所などから考慮するに、動物の死体などが腐敗して何らかの成分が石にしみこんだのではないかという説はあった。ただ、世間一般では神の怒りとも神の思し召しとも言われているようだ。
 その石を魔法によって人工的に、もう少し強く発光させたものが今の燐光石だ。それなりにコストがかかるためどこにでも使用されるわけではないが、貴族たちがよく使用する場所や自分たちの屋敷などは夜でもこの石のおかげで松明を焚かずともそれなりに明るい。
 この辺一帯は田畑が多くあるため、貴族の屋敷が遠く離れつつ点々とあっても燐光石は基本使われていないのだろう。

 まあ、暗くなっても全然いい、っていうかむしろありだけどな。

 エルヴィンはひそかにほくそ笑んだ。
 暗くなっても明かりがそれだけ少ない分、屋敷の部屋にこもる時間も早いというわけだ。黄昏時くらいまでには早めの軽食をとり、この辺で暮らす人々は貴族や平民に関わらず早々に休む。その代わり早朝に起き、田園の管理を行うというのが通常らしい。
 エルヴィンとニルスはピクニックで存分に食事を堪能したのもあり、カナッペなどのオル・ドゥーヴルだけ用意してもらい、部屋でゆっくりそれらと酒を堪能することにした。それくらいなら明かりは月明かりと少々のろうそくでどうとでもなる。入浴も済ませて後は眠るだけという状態で、二人は簡単な酒のあてと酒を楽しんだ。

「今日、楽しかった」
「ああ」
「明日は市場へ行く予定だけど、それでよかった?」
「問題ない」

 そんなたわいもないことを話しながらも実際エルヴィンは少々上の空かもしれない。理由は一つだ。

 今日こそ、最後までする。

 これしかない。
 ただ、気合いを入れ過ぎているからか気負っているからか、むしろそういう雰囲気にどう繋げていけばいいか浮かばない。普段はもう少し自然にというか考えることもなくそういう雰囲気になっていた気がする。かつて女性と付き合ったこともあり人並みに恋愛経験を、遡る前限定ではあるがしてきているはずだというのに情けない話だと思う。

 いつも俺はどうやってニルスに対してそんな雰囲気を持ちかけてたっけ?

 そうして考えれば考えるほど余計わからなくなっていく。

「エルヴィン? どうかしたか?」

 あとニルスはエルヴィンの心情に気づきすぎではともついでに思う。したいという気持ちには気づいてくれないが。

「い、いや。どうもしないよ」
「そうか? 疲れたのなら、や……」

 これはもう休もうといった言葉が続くやつだとエルヴィンは察した。もちろん隠語でも誘われるわけでも何でもない。ニルスだけに、そのままの意味でしかない言葉だ。

「疲れてない! ぜんっぜん疲れてないな」
「そう、か?」
「ああ」

 というか、ニルスは何なのだとエルヴィンはソファーで隣に座っているニルスをほんのりだがじろりと見る。もちろん今こうしている一瞬一瞬も大好きだし大切な時間だし大好きだし幸せだし大好きだ。だが少し不満に思ってもバチは当たらないのではと思ってしまう。

 俺としたくないの? 俺ばかりしたいと思ってるのか? 何で休もうなんて思える? 昨日の夜だってあれだけ散々触れ合って、しかも俺の尻が溶けてなくなるのではってくらい解してきたのに何もしなくて……。

 ニルスが大好きだ。そしていつもエルヴィンのことを真っ先に考えてくれるニルスが嬉しいし愛しいと思う。だから今までは不満に思うなんて間違っていると思っていたが、そろそろ性的な何かが溜まる以外にも鬱憤だって溜まっても仕方ない。

「……ニルスは……」
「うん?」
「……、ッニルスは何なんだよ!」

 ああ、言ってしまった。

 しかもあからさまに頭が悪そうな喧嘩腰な言葉を口にしてしまったとエルヴィンは思わず目を瞑って唇を噛みしめたいところだ。しかしこうなったら思っていることを言うしかないと考える。今口にしておかなければこの先でこの思いがどんどん悪い方向に溜まっていくだけかもしれない。ニルスに対してそんな風になりたくない。

 でも、もう少し冷静な口調になれ、俺。

 何なんだと言ってしまってから無言でエルヴィンをただ見てくるニルスに気づき、エルヴィンは深く息をすった。表情はやはりよくわからないが、いきなり怒鳴られ気分を害しているか、ニルスだけにただ戸惑っているか。どちらにしてもちゃんと冷静に自分の気持ちを言わなければとエルヴィンは覚悟を決めた。
 恥ずかしいとか、自分だけそういうことばかり考えて情けないとか、思っている場合ではない。

「……悪い、ニルス。声を荒げて」
「……いや。……俺が、何かした、のなら言ってくれ」

 優しい。そして何かしたというよりはしなかったんだよなとエルヴィンはそっと思った。

「お前は何もしてないよ。ただ、その……」
「ああ」

 俺は馬鹿だ、と次に思う。冷静にならないほうがよかった。勢いで言ってしまったほうが言えた。深呼吸して改めて気を取り直してしまうとエルヴィンとしてはとても言いづらいことに今さら気づいた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...