183 / 193
183話
しおりを挟む
過去のことだし、見た夢は切ないながらも幸せな光景だった。だからエルヴィンも落ち込むことはなかった。
シュテファンのことを思うともちろん悲しいが、そればかりはどうしようもない。
「エルヴィン……どうかしたのか」
だから身支度をしてダイニングでニルスと顔を合わせ、朝の挨拶をした時にそう聞かれると少し戸惑ってしまった。
「えっ? 何で」
「うかない様子だから」
顔に出やすいとしても、今のエルヴィンは決して悲しい気持ちを抱いてはいないし、切ない気持ちも引きずってはいない。いや、多少は心に残っているが、見た夢を覚えている延長、という程度のはずだ。
それでも気づかれてしまうのかとエルヴィンはニルスをぽかんとしながら見た。
「どうしたんだ?」
「あ……いや。大丈夫だよ。ちょっと懐かしくて切ない夢を見ちゃっただけだよ。でもありがとう、ニルス」
「そう、か」
今回はさすがに顔に出やすい云々というより、ニルスだから気づいてくれたのかもしれないと思い、エルヴィンは嬉しくなった。つい椅子に座っているニルスに近づき、ぎゅっと抱きしめる。
「エ、ルヴィン?」
ニルスの少し戸惑ったような声が聞こえてきた。抱擁を解くと、エルヴィンは笑みを浮かべながら「改めて、おはようニルス」ともう一度挨拶してからニルスの口に軽いキスをした。
「あ、ああ……おはよう」
表情には出ていないものの、やはり戸惑っているように思え、そんなニルスがかわいくてならない。このまま二人でベッドへダイブしたくなったが、すがすがしい日差しが差し込むダイニングで考えるには少々、いやわりと不健全だろう。予定ではこの屋敷から少し行ったところにある湖へ今日は向かうつもりだった。多分調理場では二人の弁当を作ってくれている頃だろう。
ピクニックはニルスとならと、俺も楽しみにしていたしな。
それにそういうことは今日の夜に取っておこう、とエルヴィンも笑みを浮かべながら自分の席へついた。
今日はとてもよく晴れていて、真っ青な空の下で食べる食事は格別だった。女性とするピクニックなら気遣うことも多くなるが、好きな人だろうがニルス相手だと気軽な気持ちでいられるのもいい。シートなどもわざわざ敷かず、ちょくせつ草の上に座って弁当を広げ、ここで飲むために用意した特別なヴァインブラントを開けた。ブドウで作られた酒を熟成させたものがヴァインブラントだが、これは二十年ほど熟成させている。グラスに注ぐと美しい朱色の酒が芳醇な香りを漂わせてきた。
ヤギのミルクで作られたケーゼと新鮮な野菜、そして鳥肉のフリカッセや豚肉のブルストを挟んだあらかじめ切り分けられているロッゲンブロートや塩漬け魚と玉ねぎを挟んだロッゲンブレートヒェンはたくさんバスケットに入っていた。気軽に片方に酒、もう片方にパンと飲み食いを楽しみながら風景や鳥の声などを堪能する。
こんな気楽で雑な味わい方、男同士ならではだと思うし、その上その相手が恋人なら楽しさも倍だ。食べた後は二人してその場で横になった。
「最高」
「そうか」
「ニルスは?」
「……ああ、……最高だ」
ニルスの口から「そうか」や「ああ」だけでなく、エルヴィンの真似だとしても「最高」と聞けて、それこそ最高に気分が向上した。
「それに……うかない表情も、なくなった」
「ん? ああ、そうだよ。だって夢が影響してただけだし……、うん。それに、ニルスとこんな最高に楽しくて気持ちのいい午後を過ごせてるんだからさ。そりゃうかない気分なんて消えてなくなるよ」
「よかった」
横になったままお互い顔を合わせたが、ニルスの表情も気のせいかもしれないがいつもより柔らかく見える。エルヴィンは微笑んだ。
「ぐっすり寝たはずなのにさ、このままここでニルスと昼寝したくなる」
「構わない」
「そっか」
それからお互い無言になるが、心地よさに変わりはない。結局ほんの少しではあるがエルヴィンは爽やかで優しく甘いまどろみに身を委ねていた。
目を覚ますとそばにニルスがいて、手持ち無沙汰だったからか武器の手入れをしている。
「悪い、寝てた」
眠っていたせいで少し掠れた声で謝るとすぐに気づいたらしく、ニルスの手がそっとエルヴィンの髪を撫でてきた。
すらりと綺麗な指と手のひらだというのに触れるとごつごつとしている、今やエルヴィンが大好きになったニルスの手だ。心地よくて目を細めていると「構わない」と言われた。
「ありがと。ニルスが武器の手入れしてるとこ、初めて見たかも」
「いつもはエルヴィンの前で、特にしない」
そう言われると確かにそうだろう。エルヴィンもニルスといる時にわざわざ武器の手入れなどすることは今までなかった。
いずれ二人で生活するようになると、もっと様々なニルスの行動が見られるのかと思うと、同性同士だしと特に考えていなかったはずの結婚も悪くないなと思ってしまう。
「そりゃそうだな。でもニルスが書類とにらめっこしてる姿はたまに見てたよ。リックに用事あって執務室へ行った時とかさ」
要はついニルスに目が行っていたというわけだが、それに気づいてか気づかずか、ニルスは「そうか」とだけ口にしてエルヴィンの頭をまた撫でてきた。
シュテファンのことを思うともちろん悲しいが、そればかりはどうしようもない。
「エルヴィン……どうかしたのか」
だから身支度をしてダイニングでニルスと顔を合わせ、朝の挨拶をした時にそう聞かれると少し戸惑ってしまった。
「えっ? 何で」
「うかない様子だから」
顔に出やすいとしても、今のエルヴィンは決して悲しい気持ちを抱いてはいないし、切ない気持ちも引きずってはいない。いや、多少は心に残っているが、見た夢を覚えている延長、という程度のはずだ。
それでも気づかれてしまうのかとエルヴィンはニルスをぽかんとしながら見た。
「どうしたんだ?」
「あ……いや。大丈夫だよ。ちょっと懐かしくて切ない夢を見ちゃっただけだよ。でもありがとう、ニルス」
「そう、か」
今回はさすがに顔に出やすい云々というより、ニルスだから気づいてくれたのかもしれないと思い、エルヴィンは嬉しくなった。つい椅子に座っているニルスに近づき、ぎゅっと抱きしめる。
「エ、ルヴィン?」
ニルスの少し戸惑ったような声が聞こえてきた。抱擁を解くと、エルヴィンは笑みを浮かべながら「改めて、おはようニルス」ともう一度挨拶してからニルスの口に軽いキスをした。
「あ、ああ……おはよう」
表情には出ていないものの、やはり戸惑っているように思え、そんなニルスがかわいくてならない。このまま二人でベッドへダイブしたくなったが、すがすがしい日差しが差し込むダイニングで考えるには少々、いやわりと不健全だろう。予定ではこの屋敷から少し行ったところにある湖へ今日は向かうつもりだった。多分調理場では二人の弁当を作ってくれている頃だろう。
ピクニックはニルスとならと、俺も楽しみにしていたしな。
それにそういうことは今日の夜に取っておこう、とエルヴィンも笑みを浮かべながら自分の席へついた。
今日はとてもよく晴れていて、真っ青な空の下で食べる食事は格別だった。女性とするピクニックなら気遣うことも多くなるが、好きな人だろうがニルス相手だと気軽な気持ちでいられるのもいい。シートなどもわざわざ敷かず、ちょくせつ草の上に座って弁当を広げ、ここで飲むために用意した特別なヴァインブラントを開けた。ブドウで作られた酒を熟成させたものがヴァインブラントだが、これは二十年ほど熟成させている。グラスに注ぐと美しい朱色の酒が芳醇な香りを漂わせてきた。
ヤギのミルクで作られたケーゼと新鮮な野菜、そして鳥肉のフリカッセや豚肉のブルストを挟んだあらかじめ切り分けられているロッゲンブロートや塩漬け魚と玉ねぎを挟んだロッゲンブレートヒェンはたくさんバスケットに入っていた。気軽に片方に酒、もう片方にパンと飲み食いを楽しみながら風景や鳥の声などを堪能する。
こんな気楽で雑な味わい方、男同士ならではだと思うし、その上その相手が恋人なら楽しさも倍だ。食べた後は二人してその場で横になった。
「最高」
「そうか」
「ニルスは?」
「……ああ、……最高だ」
ニルスの口から「そうか」や「ああ」だけでなく、エルヴィンの真似だとしても「最高」と聞けて、それこそ最高に気分が向上した。
「それに……うかない表情も、なくなった」
「ん? ああ、そうだよ。だって夢が影響してただけだし……、うん。それに、ニルスとこんな最高に楽しくて気持ちのいい午後を過ごせてるんだからさ。そりゃうかない気分なんて消えてなくなるよ」
「よかった」
横になったままお互い顔を合わせたが、ニルスの表情も気のせいかもしれないがいつもより柔らかく見える。エルヴィンは微笑んだ。
「ぐっすり寝たはずなのにさ、このままここでニルスと昼寝したくなる」
「構わない」
「そっか」
それからお互い無言になるが、心地よさに変わりはない。結局ほんの少しではあるがエルヴィンは爽やかで優しく甘いまどろみに身を委ねていた。
目を覚ますとそばにニルスがいて、手持ち無沙汰だったからか武器の手入れをしている。
「悪い、寝てた」
眠っていたせいで少し掠れた声で謝るとすぐに気づいたらしく、ニルスの手がそっとエルヴィンの髪を撫でてきた。
すらりと綺麗な指と手のひらだというのに触れるとごつごつとしている、今やエルヴィンが大好きになったニルスの手だ。心地よくて目を細めていると「構わない」と言われた。
「ありがと。ニルスが武器の手入れしてるとこ、初めて見たかも」
「いつもはエルヴィンの前で、特にしない」
そう言われると確かにそうだろう。エルヴィンもニルスといる時にわざわざ武器の手入れなどすることは今までなかった。
いずれ二人で生活するようになると、もっと様々なニルスの行動が見られるのかと思うと、同性同士だしと特に考えていなかったはずの結婚も悪くないなと思ってしまう。
「そりゃそうだな。でもニルスが書類とにらめっこしてる姿はたまに見てたよ。リックに用事あって執務室へ行った時とかさ」
要はついニルスに目が行っていたというわけだが、それに気づいてか気づかずか、ニルスは「そうか」とだけ口にしてエルヴィンの頭をまた撫でてきた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
491
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる