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182話
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「今日はシュテファンに会いに行く日なの」
ネスリンが満面の笑みを浮かべて笑っている。
シュテファン……? 待って母上、シュテファンは……もう……。
そう思ったものの、エルヴィンは「そうですか」とネスリンに笑いかけた。自分の考えとは裏腹に、嬉しそうなネスリンを見て満足している自分がいる。
あ、これ夢だ。
エルヴィンはすぐさま納得した。おそらく遡る前の出来事を夢に見ているのだろう。それも記憶をたどるような夢だからか、意識だけのエルヴィンは夢だとわかりつつ何も干渉できないタイプの夢のようだ。
「たまにはエルヴィン、あなたも私と一緒に行きましょう」
「せっかくなので母上はゆっくりシュテファンとの時間をお過ごしになられるほうが……」
ラウラが亡くなってからネスリンは床に伏せがちになった。本人もそうしたいわけではなさそうで、なるべく起きて元気にふるまいたいようだが、多分心が弱ってしまっているせいなのだろう。
そんなネスリンが以前のように明るく元気になる日がある。それがシュテファンに会いに行ける日だった。
例え継母であるラヴィニアだけでなく実の父親であるデニスにさえあまりかわいがってもらえてないのだとしても、シュテファンは第一王子であり、いくら祖父母のところだろうが気軽に訪れることはできない。そして祖父母であるウーヴェとネスリンも気軽にいつでもシュテファンに会いに行くわけにもいかない。
父上や俺やヴィリーは偶然宮殿で会うこともなくはないけども。
とはいえさすがに会うのを禁止されることはないようで、こうしてあらかじめ訪問できる日が決められている。
「あなたが一緒でゆっくり過ごせないことなどあるわけないでしょう? もしあなたに用事があるのでしたら仕方ないですけども」
「ではご一緒させていただきます」
どうやら本当に一緒に行きたいと思ってくれているようだとわかり、エルヴィンは微笑みながら手を差し出した。ネスリンも笑みを浮かべながらエルヴィンの手をとり、そのまま腕を組んだ。
「おばーちゃま! エゥ!」
シュテファンに与えられているベルンシュタイン宮へ訪れると、シュテファンが嬉しそうによたよたしながらではあるが駆けつけてきた。そしてネスリンにぎゅっと抱きつく。以前ならそのまま抱き上げられていたネスリンだが、寝込みがちなせいで体力が落ちてしまい、今は小さなシュテファンすら抱き上げられないようだ。代わりに屈みこんでぎゅっと抱きしめ返している。
「シュテファン。私のモイスヒェン」
私のかわいい子ネズミちゃんといったニュアンスで、ネスリンはシュテファンを愛しそうに抱きしめてから、まだ少しよちよち歩きであるシュテファンに連れられておもちゃを紹介されている。一つ一つを嬉しそうにネスリンに見せながら、シュテファンは拙いながらも懸命にどういうおもちゃか説明していた。
「エゥ、こっち」
エルヴィンのことはまだちゃんと呼べないシュテファンは「エゥ」と呼んでくる。それがまたかわいくて、エルヴィンも大いに顔を綻ばせながら二人のそばへ向かった。
シュテファンについている使用人は多くないようにエルヴィンは思う。いくらシュテファンが手のかからない子であっても、第一王子であるまだ小さな子どもにはもっとたくさんの使用人をつけるものではないだろうか。おまけにシュテファンを本当に心からかわいがってくれる使用人はその中でもさらに少なくなる気がする。
以前から何となく、実の父親であるデニス王からもあまり愛されていないのではと心の中で疑惑を持っていたが、シュテファンに会う度にエルヴィンの中にある疑惑は強くなっていく。
とはいえ、ネスリンには何も言うつもりはなかった。これ以上心労を増やしてどうするというのか。
改めて二人を見るとお互い本当に嬉しそうだ。ラウラのことがあり、ネスリンではないが気持ちが塞がりがちなエルヴィンもさすがに幸せな気持ちになった。
「今日は私のモイスヒェンが大好きなお菓子をたくさん持ってきたのよ」
「おかち! たべていいの?」
「もちろん。全部食べていいのよ。お茶と……シュテファンには温かいミルクを用意してもらいましょうね」
「でんぶぼくのおかち。でもだいしゅきだからおばーちゃまにもあげるね」
「まあ! 本当? すごく嬉しい」
「おいおい、シュテファン。君のおじさんのことは大好きじゃないのか?」
外でなら例え甥であろうが小さな子どもであろうが、第一王子であるシュテファンに対し敬語で接する。だがベルンシュタイン宮でくらい、エルヴィンは可愛い甥に対する伯父として接したかった。
「エゥもしゅき。ちかたないからいっこ、あげぅ」
「仕方ないのかあ。でも嬉しいな。実はね、俺も君が大好きなんだよ、シュテファン」
「うふふ。だいしゅき」
温かい日差しが嬉しそうなシュテファンとネスリンを包み込んでいる。それはずっと永遠に見続けていたい光景のように思えた。そして何故か泣けてきそうだった。
……何故か、じゃないよ俺……。
夢だと認識しているエルヴィンの意識はすでにポロポロと涙をこぼしていた。
目が覚めた時も涙は出ていた。とはいえ悲しいよりも懐かしさと、二度と手に入ることのない出来事に対する切なさが強い。そして幸せそうだったシュテファンと、彼をとても愛していたネスリンに夢であってもまた会えてすごく嬉しくもあった。
ネスリンが満面の笑みを浮かべて笑っている。
シュテファン……? 待って母上、シュテファンは……もう……。
そう思ったものの、エルヴィンは「そうですか」とネスリンに笑いかけた。自分の考えとは裏腹に、嬉しそうなネスリンを見て満足している自分がいる。
あ、これ夢だ。
エルヴィンはすぐさま納得した。おそらく遡る前の出来事を夢に見ているのだろう。それも記憶をたどるような夢だからか、意識だけのエルヴィンは夢だとわかりつつ何も干渉できないタイプの夢のようだ。
「たまにはエルヴィン、あなたも私と一緒に行きましょう」
「せっかくなので母上はゆっくりシュテファンとの時間をお過ごしになられるほうが……」
ラウラが亡くなってからネスリンは床に伏せがちになった。本人もそうしたいわけではなさそうで、なるべく起きて元気にふるまいたいようだが、多分心が弱ってしまっているせいなのだろう。
そんなネスリンが以前のように明るく元気になる日がある。それがシュテファンに会いに行ける日だった。
例え継母であるラヴィニアだけでなく実の父親であるデニスにさえあまりかわいがってもらえてないのだとしても、シュテファンは第一王子であり、いくら祖父母のところだろうが気軽に訪れることはできない。そして祖父母であるウーヴェとネスリンも気軽にいつでもシュテファンに会いに行くわけにもいかない。
父上や俺やヴィリーは偶然宮殿で会うこともなくはないけども。
とはいえさすがに会うのを禁止されることはないようで、こうしてあらかじめ訪問できる日が決められている。
「あなたが一緒でゆっくり過ごせないことなどあるわけないでしょう? もしあなたに用事があるのでしたら仕方ないですけども」
「ではご一緒させていただきます」
どうやら本当に一緒に行きたいと思ってくれているようだとわかり、エルヴィンは微笑みながら手を差し出した。ネスリンも笑みを浮かべながらエルヴィンの手をとり、そのまま腕を組んだ。
「おばーちゃま! エゥ!」
シュテファンに与えられているベルンシュタイン宮へ訪れると、シュテファンが嬉しそうによたよたしながらではあるが駆けつけてきた。そしてネスリンにぎゅっと抱きつく。以前ならそのまま抱き上げられていたネスリンだが、寝込みがちなせいで体力が落ちてしまい、今は小さなシュテファンすら抱き上げられないようだ。代わりに屈みこんでぎゅっと抱きしめ返している。
「シュテファン。私のモイスヒェン」
私のかわいい子ネズミちゃんといったニュアンスで、ネスリンはシュテファンを愛しそうに抱きしめてから、まだ少しよちよち歩きであるシュテファンに連れられておもちゃを紹介されている。一つ一つを嬉しそうにネスリンに見せながら、シュテファンは拙いながらも懸命にどういうおもちゃか説明していた。
「エゥ、こっち」
エルヴィンのことはまだちゃんと呼べないシュテファンは「エゥ」と呼んでくる。それがまたかわいくて、エルヴィンも大いに顔を綻ばせながら二人のそばへ向かった。
シュテファンについている使用人は多くないようにエルヴィンは思う。いくらシュテファンが手のかからない子であっても、第一王子であるまだ小さな子どもにはもっとたくさんの使用人をつけるものではないだろうか。おまけにシュテファンを本当に心からかわいがってくれる使用人はその中でもさらに少なくなる気がする。
以前から何となく、実の父親であるデニス王からもあまり愛されていないのではと心の中で疑惑を持っていたが、シュテファンに会う度にエルヴィンの中にある疑惑は強くなっていく。
とはいえ、ネスリンには何も言うつもりはなかった。これ以上心労を増やしてどうするというのか。
改めて二人を見るとお互い本当に嬉しそうだ。ラウラのことがあり、ネスリンではないが気持ちが塞がりがちなエルヴィンもさすがに幸せな気持ちになった。
「今日は私のモイスヒェンが大好きなお菓子をたくさん持ってきたのよ」
「おかち! たべていいの?」
「もちろん。全部食べていいのよ。お茶と……シュテファンには温かいミルクを用意してもらいましょうね」
「でんぶぼくのおかち。でもだいしゅきだからおばーちゃまにもあげるね」
「まあ! 本当? すごく嬉しい」
「おいおい、シュテファン。君のおじさんのことは大好きじゃないのか?」
外でなら例え甥であろうが小さな子どもであろうが、第一王子であるシュテファンに対し敬語で接する。だがベルンシュタイン宮でくらい、エルヴィンは可愛い甥に対する伯父として接したかった。
「エゥもしゅき。ちかたないからいっこ、あげぅ」
「仕方ないのかあ。でも嬉しいな。実はね、俺も君が大好きなんだよ、シュテファン」
「うふふ。だいしゅき」
温かい日差しが嬉しそうなシュテファンとネスリンを包み込んでいる。それはずっと永遠に見続けていたい光景のように思えた。そして何故か泣けてきそうだった。
……何故か、じゃないよ俺……。
夢だと認識しているエルヴィンの意識はすでにポロポロと涙をこぼしていた。
目が覚めた時も涙は出ていた。とはいえ悲しいよりも懐かしさと、二度と手に入ることのない出来事に対する切なさが強い。そして幸せそうだったシュテファンと、彼をとても愛していたネスリンに夢であってもまた会えてすごく嬉しくもあった。
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