彼は最後に微笑んだ

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175話

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 よその国はまた別かもしれないが、マヴァリージ王国の貴族社会では元々婚約は結婚の第一段階とみなされるくらいには重要だった。何故なら家同士の繋がりや跡継ぎを作ることが結婚の役割でもあると考える貴族が多いからというのもあるだろう。
 婚約することで社会的な契約が結ばれることになる。王侯の場合なら国同士の条約にもつながる。
 とはいえそれだけではない。この国ではよほどの理由がない限り簡単に離婚できない。よほどの理由があったとしても結婚の無効を申し立てる場合かなり大きな代償を教会に払わなければならない。宗教の絡みでもあるため、よその国でも同じ宗教の国であればこれは同じかもしれない。
 そのため、貴族たちは離婚の原因となりそうな跡継ぎ問題や耐え難いほどの性格の不一致などをこの婚約期間に見定めることとなる。離婚は中々難しくても婚約破棄ならまだ比較的ではあるが、やりやすい。それもあり、婚約というのは重要な役割を担っているとみなされていた。
 マヴァリージ王国は当てはまらないが、よその国ではやはり宗教の絡みでだろうか、性交することで結婚したと見なされるところもあるらしい。例えばまだ性交が不可能である幼い子どもだと結婚は認められない。だが政略的つながりを正式に結びたい場合、婚約することで可能とし、当人たちが成長すると結婚させるという方法もあるようだ。そういった国では婚約破棄も中々に難しいと聞く。
 この国はそこまで厳しくない上、最近の紳士淑女は未婚であっても男女二人だけで会うくらいは平民のように当たり前となってきている。離婚できないなら婚前にきちんと付き合って見定めるべきだという考えからくるものだと言われているが、実際のところは「気楽に楽しみたいから」が主な理由ではないだろうか。
 エルヴィンも遡る前に何人かとそういった付き合いをした。それもあってニルスとも気軽に深い付き合いがしたいと思ったわけだが、ニルスは本人も言っていたように古い考えの持ち主だった。
 かつてのマヴァリージでは、未婚の貴族それも男女が二人だけで会うのは不謹慎だとさえ言われていた。同性同士でもそういう意味で会うなら同様だったようだ。そのため気になる相手がいればまず行うのがプロポーズだったらしい。将来を誓う婚約をしてからようやく付き合い、お互いをよく知ってから最終的に結婚するかどうかを決める。
 さすがにニルスもいきなり「結婚しよう」という段階から付き合いを始めはしなかったものの、もしエルヴィンと幼馴染でなかったらそうなっていた可能性はある、というかそうなっていたようだ。

「ほんとに?」
「ああ。実際はそうじゃないから多分そうだろうとしか言えないが、お前と昔からの知り合いでない状況でお前を好きになっていれば……先にプロポーズしていた」

 それを聞いて思いきりぽかんと口を開けてニルスをしばらく見てしまったが、後で「そういうニルスもちょっと見てみたかった」とエルヴィンは少し思った。というか、どんなニルスであっても余すところなく知りたいし見てみたいというのが正解だろうか。
 ということで二人は正式に書類での契約を交わした。完全に正式な契約であり、破棄は可能とはいえきちんとしたややこしい手続きを取らなくてはならない婚約者となった。
 婚約パーティーは何とかほどほどの規模で済ませることができた。母親であるネスリンの言いなりになっていたらラウラたちと同じく今頃は数か月くらい延々と全貴族に語り継がれるのではないかというパーティーになっていただろう。

「母上……俺は本当ならば両家の食事会で済ませるくらいがちょうどいいのです」
「まあ……そんな……」

 そんな、と呟いたネスリンの顔色はほんのり青ざめ、表情もとても悲しそうだった。遡る前の、ラウラを思って衰弱死したネスリンを今もなお鮮明に覚えているエルヴィンにとってこれは痛恨の一撃だった。ニルスは親孝行のためネスリンが望むようにしたほうがいいと言ったのだろうが、エルヴィンにとってはそれ以上に重い意味を持たざるを得なかったというのだろうか。

「なぁんて言ってみましたが、もちろんパーティーは開きたいと思いますし、母上の望むような内容が楽しみでなりません」
「まあ、エルヴィンったら! 本当にびっくりしたのですよ? ああ、よかった! あなたの望む内容にしたいけど、でもできるのであればたくさんお祝いしたいですものね。でしたらそうですね、あなたのお父様のお立場も考慮してとりあえず伯爵以上の貴族は全員ご招待して、子爵や男爵であっても親しい方たちは同じく全員……」
「っ楽しみでなりませんが、なにぶん俺もニルスもその、控えめなところがあります故、規模はもう少し小さめが好みといいますか……」

 ラウラの結婚パーティーでもっと盛大な内容を望みつつ、ラウラがしたいようにさせてやりたいと思ったネスリンはどうやら少々欲求不満だったようだ。恐ろしいパーティーにさせられそうだったため、全部委ねるのはやはり避けさせてもらうことにした。
 自分で自分のことを「控えめ」と口にする間抜けさなど、どうでもいいくらいエルヴィンは必死になって最低限というレベルを何とか死守しようとした。とはいえネスリンを悲しませたくもない。
 ということでほどほどの規模であるパーティとなったわけだ。もちろんとても疲れたし恥ずかしさや落ち着かなさなどをパーティーの間ずっと抱えたいたものの、それでもいいパーティーだったのではないだろうか。客たちもとても満足していたらしいし、エルヴィンとニルスのことも心から祝ってもらえた。
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