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174話
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夜になっても祝賀晩餐会が続いた。席は身分の違い関係なく、ラウラとニアキスが彼らの感性で組んでいる。この席で初めて直接会話する者もいたようだが、誰も身分どうこう関係なく楽しそうで何よりだった。
町でも祭りが行われているらしいのもあり、ノルデルハウゼンの屋敷でも楽団による賑やかな演奏がずっと流れていた。
最後の挨拶が終わると太鼓の打ち鳴らしとともに、騎士団がずらりと細長い絨毯の両側に姿勢正しく並び、槍であるパルチザンを手にして向かい合った。ラウラとニアキスはその間を通っていく。この後二人は用意された部屋へ向かう。本来なら新郎の屋敷の、新郎の寝室へ向かうのだろう。しかし今回祝われている場所がラウラ側の屋敷のため、客室が用意された。ラウラの部屋はむしろもう使われないようだ。
騎士団の恰好に着替えていたエルヴィンとヴィリーは一番最後に立っていた。二人が来るとパルチザンを二人の前に下ろす。
「おい、エルヴィンにヴィリー」
ニアキスが困惑したようにエルヴィンたちを見てきた。ラウラも一瞬困惑していたが、今は何処か楽しそうに三人を交互に見ている。まず口を開いたのはヴィリーだった。
「ラウラをいつだって笑わせてないと俺が容赦しないので」
「だそうだ」
いつもヴィリーから言われる側だったはずのエルヴィンだが、今回ばかりはヴィリーの意見に大いに賛成だった。ニヤリとヴィリーに同意して頷くと、ニアキスが忌々しそうに笑って二人が下した槍を上に跳ね除けた。
「ちっちゃな頃からずっとずっと大好きだった人を俺こそ泣かせたくないに決まってるだろ。任せろ」
二人がこの場から去っていくとエルヴィンはまた泣けてきた。
「兄様、ちょっと泣きすぎですよ」
「仕方ないだろ。ヴィリーだって気持ちはわかるだろ?」
「わかりますけど泣くほどじゃないです」
ヴィリー、お前だってもし遡る前の記憶があったら号泣してるからな?
「ああ、でも兄様があのク……カイセルヘルム侯爵のところへ婿へ行くとなったら俺、泣きますね」
「……ヴィリー」
「嫌すぎて」
「ヴィリー……」
さては最初に「ク」と聞こえた気がしたのは間違いではないな、とエルヴィンは微妙な顔をヴィリーへ向けた。それに続く次の言葉は多分「ソ」「野郎」か何かだったのだろうと思われる。
「この間ようやく認めてくれたんだろ」
「嫌々ですよ」
「……。嫌々だろうが、認めた限り立派な騎士なら笑顔で祝福するものだ」
「兄様以外が見ている前ではそうしますのでご安心なさってください」
安心できないから。
ため息をついているとニルスが近づいてきた。途端、ヴィリーは嫌そうな顔を隠そうともしない。笑顔、とは。
「ヴィリー」
ただ、気づいてか気づいていないのか、ニルスは相変わらずヴィリーに対してもマイペースといった様子だった。
「……どうも。カイセルヘルム侯爵」
「ニルス、と呼んでくれ」
これもいつもと同じ会話だ。全く気にする様子もなくニルスは口にしている。ただ、今回はいつもと少し違ったようだ。
「呼び捨てが言いにくいなら、もしくは兄上でも構わない」
「は、はぁ? 俺が構います……!」
珍しくヴィリーが少し動揺している。ついでにエルヴィンも少しドキドキした。嬉しさにというよりは緊張で、だろうか。一体何を言い出したのかとニルスをそっと見る。
ニルス、これは煽ってないか?
「何故構う? 俺とエルヴィンは婚約する。いずれはお前の義理の兄となる」
「……な、らないかもしれないでしょう」
「なる可能性が高すぎる。問題ない」
「……問題、ない……ですって?」
「ヴィ、ヴィリー落ち着け。あとニルス。お前どうしたんだ、今日は何か……」
「どうもしない。ヴィリー、俺とエルヴィンはお互いを大切に思っている。それに嘘偽りはない」
「……」
「お前がどう言ってこようが、俺のエルヴィンに対する思いが変わることはない」
「……」
「なのでいずれお前の義理の兄になるだろう」
「……」
珍しくニルスが饒舌な気がする。とはいえ普通の人と比べたらこれでもまだ無口なのだろうが、ヴィリーが無言でいるため余計によく喋っているように聞こえるのかもしれない。
「エルヴィンが大事だから、これでもエルヴィンにそのつもりがなければ俺もお前の兄上との将来を願っていなかった」
これは確かにそうなのだろう。エルヴィンはこうして無事、相思相愛で付き合えてよかったと改めてそっと思った。
「エルヴィンも俺といたいと思ってくれている」
「……っ」
「なのにお前は大切なお前の兄上を困らせたいのか?」
「っあなたより俺のほうが兄様を大事に思ってます! なのに困らせたいわけないでしょう?」
「そうか」
ニルスが心なしか微笑んだような気がした。
「……」
「では、兄上が慣れないなら、とりあえずニルスと呼んでくれ」
「……わかりました……ニルス……」
うわあ。
ニルスに対して初めてわかりやすく折れたのではないかというヴィリーを驚きの顔でつい見た後で、気づけば涙がとっくの昔に乾いていたエルヴィンは、相変わらず淡々としているニルスを顔が熱くなりながらじっと見てしまった。
町でも祭りが行われているらしいのもあり、ノルデルハウゼンの屋敷でも楽団による賑やかな演奏がずっと流れていた。
最後の挨拶が終わると太鼓の打ち鳴らしとともに、騎士団がずらりと細長い絨毯の両側に姿勢正しく並び、槍であるパルチザンを手にして向かい合った。ラウラとニアキスはその間を通っていく。この後二人は用意された部屋へ向かう。本来なら新郎の屋敷の、新郎の寝室へ向かうのだろう。しかし今回祝われている場所がラウラ側の屋敷のため、客室が用意された。ラウラの部屋はむしろもう使われないようだ。
騎士団の恰好に着替えていたエルヴィンとヴィリーは一番最後に立っていた。二人が来るとパルチザンを二人の前に下ろす。
「おい、エルヴィンにヴィリー」
ニアキスが困惑したようにエルヴィンたちを見てきた。ラウラも一瞬困惑していたが、今は何処か楽しそうに三人を交互に見ている。まず口を開いたのはヴィリーだった。
「ラウラをいつだって笑わせてないと俺が容赦しないので」
「だそうだ」
いつもヴィリーから言われる側だったはずのエルヴィンだが、今回ばかりはヴィリーの意見に大いに賛成だった。ニヤリとヴィリーに同意して頷くと、ニアキスが忌々しそうに笑って二人が下した槍を上に跳ね除けた。
「ちっちゃな頃からずっとずっと大好きだった人を俺こそ泣かせたくないに決まってるだろ。任せろ」
二人がこの場から去っていくとエルヴィンはまた泣けてきた。
「兄様、ちょっと泣きすぎですよ」
「仕方ないだろ。ヴィリーだって気持ちはわかるだろ?」
「わかりますけど泣くほどじゃないです」
ヴィリー、お前だってもし遡る前の記憶があったら号泣してるからな?
「ああ、でも兄様があのク……カイセルヘルム侯爵のところへ婿へ行くとなったら俺、泣きますね」
「……ヴィリー」
「嫌すぎて」
「ヴィリー……」
さては最初に「ク」と聞こえた気がしたのは間違いではないな、とエルヴィンは微妙な顔をヴィリーへ向けた。それに続く次の言葉は多分「ソ」「野郎」か何かだったのだろうと思われる。
「この間ようやく認めてくれたんだろ」
「嫌々ですよ」
「……。嫌々だろうが、認めた限り立派な騎士なら笑顔で祝福するものだ」
「兄様以外が見ている前ではそうしますのでご安心なさってください」
安心できないから。
ため息をついているとニルスが近づいてきた。途端、ヴィリーは嫌そうな顔を隠そうともしない。笑顔、とは。
「ヴィリー」
ただ、気づいてか気づいていないのか、ニルスは相変わらずヴィリーに対してもマイペースといった様子だった。
「……どうも。カイセルヘルム侯爵」
「ニルス、と呼んでくれ」
これもいつもと同じ会話だ。全く気にする様子もなくニルスは口にしている。ただ、今回はいつもと少し違ったようだ。
「呼び捨てが言いにくいなら、もしくは兄上でも構わない」
「は、はぁ? 俺が構います……!」
珍しくヴィリーが少し動揺している。ついでにエルヴィンも少しドキドキした。嬉しさにというよりは緊張で、だろうか。一体何を言い出したのかとニルスをそっと見る。
ニルス、これは煽ってないか?
「何故構う? 俺とエルヴィンは婚約する。いずれはお前の義理の兄となる」
「……な、らないかもしれないでしょう」
「なる可能性が高すぎる。問題ない」
「……問題、ない……ですって?」
「ヴィ、ヴィリー落ち着け。あとニルス。お前どうしたんだ、今日は何か……」
「どうもしない。ヴィリー、俺とエルヴィンはお互いを大切に思っている。それに嘘偽りはない」
「……」
「お前がどう言ってこようが、俺のエルヴィンに対する思いが変わることはない」
「……」
「なのでいずれお前の義理の兄になるだろう」
「……」
珍しくニルスが饒舌な気がする。とはいえ普通の人と比べたらこれでもまだ無口なのだろうが、ヴィリーが無言でいるため余計によく喋っているように聞こえるのかもしれない。
「エルヴィンが大事だから、これでもエルヴィンにそのつもりがなければ俺もお前の兄上との将来を願っていなかった」
これは確かにそうなのだろう。エルヴィンはこうして無事、相思相愛で付き合えてよかったと改めてそっと思った。
「エルヴィンも俺といたいと思ってくれている」
「……っ」
「なのにお前は大切なお前の兄上を困らせたいのか?」
「っあなたより俺のほうが兄様を大事に思ってます! なのに困らせたいわけないでしょう?」
「そうか」
ニルスが心なしか微笑んだような気がした。
「……」
「では、兄上が慣れないなら、とりあえずニルスと呼んでくれ」
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うわあ。
ニルスに対して初めてわかりやすく折れたのではないかというヴィリーを驚きの顔でつい見た後で、気づけば涙がとっくの昔に乾いていたエルヴィンは、相変わらず淡々としているニルスを顔が熱くなりながらじっと見てしまった。
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