174 / 193
174話
しおりを挟む
夜になっても祝賀晩餐会が続いた。席は身分の違い関係なく、ラウラとニアキスが彼らの感性で組んでいる。この席で初めて直接会話する者もいたようだが、誰も身分どうこう関係なく楽しそうで何よりだった。
町でも祭りが行われているらしいのもあり、ノルデルハウゼンの屋敷でも楽団による賑やかな演奏がずっと流れていた。
最後の挨拶が終わると太鼓の打ち鳴らしとともに、騎士団がずらりと細長い絨毯の両側に姿勢正しく並び、槍であるパルチザンを手にして向かい合った。ラウラとニアキスはその間を通っていく。この後二人は用意された部屋へ向かう。本来なら新郎の屋敷の、新郎の寝室へ向かうのだろう。しかし今回祝われている場所がラウラ側の屋敷のため、客室が用意された。ラウラの部屋はむしろもう使われないようだ。
騎士団の恰好に着替えていたエルヴィンとヴィリーは一番最後に立っていた。二人が来るとパルチザンを二人の前に下ろす。
「おい、エルヴィンにヴィリー」
ニアキスが困惑したようにエルヴィンたちを見てきた。ラウラも一瞬困惑していたが、今は何処か楽しそうに三人を交互に見ている。まず口を開いたのはヴィリーだった。
「ラウラをいつだって笑わせてないと俺が容赦しないので」
「だそうだ」
いつもヴィリーから言われる側だったはずのエルヴィンだが、今回ばかりはヴィリーの意見に大いに賛成だった。ニヤリとヴィリーに同意して頷くと、ニアキスが忌々しそうに笑って二人が下した槍を上に跳ね除けた。
「ちっちゃな頃からずっとずっと大好きだった人を俺こそ泣かせたくないに決まってるだろ。任せろ」
二人がこの場から去っていくとエルヴィンはまた泣けてきた。
「兄様、ちょっと泣きすぎですよ」
「仕方ないだろ。ヴィリーだって気持ちはわかるだろ?」
「わかりますけど泣くほどじゃないです」
ヴィリー、お前だってもし遡る前の記憶があったら号泣してるからな?
「ああ、でも兄様があのク……カイセルヘルム侯爵のところへ婿へ行くとなったら俺、泣きますね」
「……ヴィリー」
「嫌すぎて」
「ヴィリー……」
さては最初に「ク」と聞こえた気がしたのは間違いではないな、とエルヴィンは微妙な顔をヴィリーへ向けた。それに続く次の言葉は多分「ソ」「野郎」か何かだったのだろうと思われる。
「この間ようやく認めてくれたんだろ」
「嫌々ですよ」
「……。嫌々だろうが、認めた限り立派な騎士なら笑顔で祝福するものだ」
「兄様以外が見ている前ではそうしますのでご安心なさってください」
安心できないから。
ため息をついているとニルスが近づいてきた。途端、ヴィリーは嫌そうな顔を隠そうともしない。笑顔、とは。
「ヴィリー」
ただ、気づいてか気づいていないのか、ニルスは相変わらずヴィリーに対してもマイペースといった様子だった。
「……どうも。カイセルヘルム侯爵」
「ニルス、と呼んでくれ」
これもいつもと同じ会話だ。全く気にする様子もなくニルスは口にしている。ただ、今回はいつもと少し違ったようだ。
「呼び捨てが言いにくいなら、もしくは兄上でも構わない」
「は、はぁ? 俺が構います……!」
珍しくヴィリーが少し動揺している。ついでにエルヴィンも少しドキドキした。嬉しさにというよりは緊張で、だろうか。一体何を言い出したのかとニルスをそっと見る。
ニルス、これは煽ってないか?
「何故構う? 俺とエルヴィンは婚約する。いずれはお前の義理の兄となる」
「……な、らないかもしれないでしょう」
「なる可能性が高すぎる。問題ない」
「……問題、ない……ですって?」
「ヴィ、ヴィリー落ち着け。あとニルス。お前どうしたんだ、今日は何か……」
「どうもしない。ヴィリー、俺とエルヴィンはお互いを大切に思っている。それに嘘偽りはない」
「……」
「お前がどう言ってこようが、俺のエルヴィンに対する思いが変わることはない」
「……」
「なのでいずれお前の義理の兄になるだろう」
「……」
珍しくニルスが饒舌な気がする。とはいえ普通の人と比べたらこれでもまだ無口なのだろうが、ヴィリーが無言でいるため余計によく喋っているように聞こえるのかもしれない。
「エルヴィンが大事だから、これでもエルヴィンにそのつもりがなければ俺もお前の兄上との将来を願っていなかった」
これは確かにそうなのだろう。エルヴィンはこうして無事、相思相愛で付き合えてよかったと改めてそっと思った。
「エルヴィンも俺といたいと思ってくれている」
「……っ」
「なのにお前は大切なお前の兄上を困らせたいのか?」
「っあなたより俺のほうが兄様を大事に思ってます! なのに困らせたいわけないでしょう?」
「そうか」
ニルスが心なしか微笑んだような気がした。
「……」
「では、兄上が慣れないなら、とりあえずニルスと呼んでくれ」
「……わかりました……ニルス……」
うわあ。
ニルスに対して初めてわかりやすく折れたのではないかというヴィリーを驚きの顔でつい見た後で、気づけば涙がとっくの昔に乾いていたエルヴィンは、相変わらず淡々としているニルスを顔が熱くなりながらじっと見てしまった。
町でも祭りが行われているらしいのもあり、ノルデルハウゼンの屋敷でも楽団による賑やかな演奏がずっと流れていた。
最後の挨拶が終わると太鼓の打ち鳴らしとともに、騎士団がずらりと細長い絨毯の両側に姿勢正しく並び、槍であるパルチザンを手にして向かい合った。ラウラとニアキスはその間を通っていく。この後二人は用意された部屋へ向かう。本来なら新郎の屋敷の、新郎の寝室へ向かうのだろう。しかし今回祝われている場所がラウラ側の屋敷のため、客室が用意された。ラウラの部屋はむしろもう使われないようだ。
騎士団の恰好に着替えていたエルヴィンとヴィリーは一番最後に立っていた。二人が来るとパルチザンを二人の前に下ろす。
「おい、エルヴィンにヴィリー」
ニアキスが困惑したようにエルヴィンたちを見てきた。ラウラも一瞬困惑していたが、今は何処か楽しそうに三人を交互に見ている。まず口を開いたのはヴィリーだった。
「ラウラをいつだって笑わせてないと俺が容赦しないので」
「だそうだ」
いつもヴィリーから言われる側だったはずのエルヴィンだが、今回ばかりはヴィリーの意見に大いに賛成だった。ニヤリとヴィリーに同意して頷くと、ニアキスが忌々しそうに笑って二人が下した槍を上に跳ね除けた。
「ちっちゃな頃からずっとずっと大好きだった人を俺こそ泣かせたくないに決まってるだろ。任せろ」
二人がこの場から去っていくとエルヴィンはまた泣けてきた。
「兄様、ちょっと泣きすぎですよ」
「仕方ないだろ。ヴィリーだって気持ちはわかるだろ?」
「わかりますけど泣くほどじゃないです」
ヴィリー、お前だってもし遡る前の記憶があったら号泣してるからな?
「ああ、でも兄様があのク……カイセルヘルム侯爵のところへ婿へ行くとなったら俺、泣きますね」
「……ヴィリー」
「嫌すぎて」
「ヴィリー……」
さては最初に「ク」と聞こえた気がしたのは間違いではないな、とエルヴィンは微妙な顔をヴィリーへ向けた。それに続く次の言葉は多分「ソ」「野郎」か何かだったのだろうと思われる。
「この間ようやく認めてくれたんだろ」
「嫌々ですよ」
「……。嫌々だろうが、認めた限り立派な騎士なら笑顔で祝福するものだ」
「兄様以外が見ている前ではそうしますのでご安心なさってください」
安心できないから。
ため息をついているとニルスが近づいてきた。途端、ヴィリーは嫌そうな顔を隠そうともしない。笑顔、とは。
「ヴィリー」
ただ、気づいてか気づいていないのか、ニルスは相変わらずヴィリーに対してもマイペースといった様子だった。
「……どうも。カイセルヘルム侯爵」
「ニルス、と呼んでくれ」
これもいつもと同じ会話だ。全く気にする様子もなくニルスは口にしている。ただ、今回はいつもと少し違ったようだ。
「呼び捨てが言いにくいなら、もしくは兄上でも構わない」
「は、はぁ? 俺が構います……!」
珍しくヴィリーが少し動揺している。ついでにエルヴィンも少しドキドキした。嬉しさにというよりは緊張で、だろうか。一体何を言い出したのかとニルスをそっと見る。
ニルス、これは煽ってないか?
「何故構う? 俺とエルヴィンは婚約する。いずれはお前の義理の兄となる」
「……な、らないかもしれないでしょう」
「なる可能性が高すぎる。問題ない」
「……問題、ない……ですって?」
「ヴィ、ヴィリー落ち着け。あとニルス。お前どうしたんだ、今日は何か……」
「どうもしない。ヴィリー、俺とエルヴィンはお互いを大切に思っている。それに嘘偽りはない」
「……」
「お前がどう言ってこようが、俺のエルヴィンに対する思いが変わることはない」
「……」
「なのでいずれお前の義理の兄になるだろう」
「……」
珍しくニルスが饒舌な気がする。とはいえ普通の人と比べたらこれでもまだ無口なのだろうが、ヴィリーが無言でいるため余計によく喋っているように聞こえるのかもしれない。
「エルヴィンが大事だから、これでもエルヴィンにそのつもりがなければ俺もお前の兄上との将来を願っていなかった」
これは確かにそうなのだろう。エルヴィンはこうして無事、相思相愛で付き合えてよかったと改めてそっと思った。
「エルヴィンも俺といたいと思ってくれている」
「……っ」
「なのにお前は大切なお前の兄上を困らせたいのか?」
「っあなたより俺のほうが兄様を大事に思ってます! なのに困らせたいわけないでしょう?」
「そうか」
ニルスが心なしか微笑んだような気がした。
「……」
「では、兄上が慣れないなら、とりあえずニルスと呼んでくれ」
「……わかりました……ニルス……」
うわあ。
ニルスに対して初めてわかりやすく折れたのではないかというヴィリーを驚きの顔でつい見た後で、気づけば涙がとっくの昔に乾いていたエルヴィンは、相変わらず淡々としているニルスを顔が熱くなりながらじっと見てしまった。
0
お気に入りに追加
497
あなたにおすすめの小説
伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。
実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので!
おじいちゃんと孫じゃないよ!
【BL】こんな恋、したくなかった
のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】
人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。
ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。
※ご都合主義、ハッピーエンド
不憫な推しキャラを救おうとしただけなのに
はぴねこ
BL
美幼児&美幼児(ブロマンス期)からの美青年×美青年(BL期)への成長を辿る長編BLです。
金髪碧眼美幼児のリヒトの前世は、隠れゲイでBL好きのおじさんだった。
享年52歳までプレイしていた乙女ゲーム『星鏡のレイラ』の攻略対象であるリヒトに転生したため、彼は推しだった不憫な攻略対象:カルロを不運な運命から救い、幸せにすることに全振りする。
見た目は美しい王子のリヒトだが、中身は52歳で、両親も乳母も護衛騎士もみんな年下。
気軽に話せるのは年上の帝国の皇帝や魔塔主だけ。
幼い推しへの高まる父性でカルロを溺愛しつつ、頑張る若者たち(両親etc)を温かく見守りながら、リヒトはヒロインとカルロが結ばれるように奮闘する!
リヒト… エトワール王国の第一王子。カルロへの父性が暴走気味。
カルロ… リヒトの従者。リヒトは神様で唯一の居場所。リヒトへの想いが暴走気味。
魔塔主… 一人で国を滅ぼせるほどの魔法が使える自由人。ある意味厄災。リヒトを研究対象としている。
オーロ皇帝… 大帝国の皇帝。エトワールの悍ましい慣習を嫌っていたが、リヒトの利発さに興味を持つ。
ナタリア… 乙女ゲーム『星鏡のレイラ』のヒロイン。オーロ皇帝の孫娘。カルロとは恋のライバル。
貧乏Ωの憧れの人
ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。
エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの
転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~
槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。
最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者
R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。
悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
スパダリ(本人の希望)な従者と、ちっちゃくて可愛い悪役令息の、溺愛無双なお話です(笑)
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
お助けキャラに転生したのに主人公に嫌われているのはなんで!?
菟圃(うさぎはたけ)
BL
事故で死んで気がつけば俺はよく遊んでいた18禁BLゲームのお助けキャラに転生していた!
主人公の幼馴染で主人公に必要なものがあればお助けアイテムをくれたり、テストの範囲を教えてくれたりする何でも屋みたいなお助けキャラだ。
お助けキャラだから最後までストーリーを楽しめると思っていたのに…。
優しい主人公が悪役みたいになっていたり!?
なんでみんなストーリー通りに動いてくれないの!?
残酷な描写や、無理矢理の表現があります。
苦手な方はご注意ください。
偶に寝ぼけて2話同じ時間帯に投稿してる時があります。
その時は寝惚けてるんだと思って生暖かく見守ってください…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる