彼は最後に微笑んだ

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173話

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 その日はずっと見上げていたいほど真っ青な空だった。解放している庭は色とりどりの花が咲き乱れている。
 ラウラはシルクでできた白のローブ・デコルテにブリリアント・カットの透明な美しい宝石があしらわれた装いで周りを魅了した。
 ラウラとニアキスを先頭にして婚礼の行列は敷地内にある礼拝堂へ向かう。礼拝堂の祭壇の、美しい金の刺繍が縁どられた赤い絨毯に二人は跪いた。結婚の儀が始まり聖歌が響き渡る中、大司教が祈りを唱える。すでにラウラとニアキスが署名し終えた結婚証書が別の司祭によって差し出されると、二人の親族が共に署名した。
 用意された結婚指輪に大司教が祝福を与えると二人は立ち上がり、ニアキスがその指輪を手にしてラウラの薬指にはめた。そしてお互い見つめ合い、ニアキスがラウラをそっと引き寄せ、二人は誓いのキスを交わした。
 結婚の儀が終わると美しい庭でパーティーが始まった。もちろん大広間でもパーティーの用意はされており、年配者などはそちらでゆっくり祝いながら食事を楽しんでいるようだが、主に若い者たちは青空が広がる開放的な庭で大いに騒いだ。
 ミンストレルの歌やジャグラーなどを楽しみつつ、親しい貴族たちがラウラたちを祝福した。
 ノルデルハウゼンの地域にある町でも自分たちの城主の祝いにあやかり、祭りがいたるところで開かれていたようだ。ウーヴェの配慮により、各地に食べ物や飲み物が支給されたらしい。
 花の咲き乱れるこの季節に結婚式をしたいと希望していたラウラを尊重し、ラウラが丹精込めて育ててきた美しい花草木のあるノルデルハウゼンの屋敷で儀式とパーティーが行われることになった。しかしこの後ラウラはニアキスとともに向こうの屋敷でもパーティーを開いたのち、そのまま向こうで生活することになる。
 エルヴィンは結婚の儀の時点ですでに泣いていた。その後のパーティーでも、ともすれば泣いている。
 普段別に泣き虫でもなんでもない長男が妹の結婚で大いに泣いているところを非難する者は、当然ながら誰もいない。ただ、それなりに親しい友人たちには茶化されたりはした。
 ニルスは特に何も言わず、そんなエルヴィンのそばにずっとついていてくれた。
 日程は開くものの、エルヴィンとニルスが婚約するらしいという話はすでにもう結構出回っているようだ。相変わらず貴族の噂の出回りっぷりには開いた口が塞がらないし、ニルスを狙っていた貴族たちはショックを受けているだろう。
 とにかく、友人たちも耳にしているのか、ニルスがずっとエルヴィンのそばにいることに対して微笑ましく見る者もいれば、やはり茶化してくる者もいる。ただ、ラウラの希望もあり一般的な結婚パーティーと違ってあまり親しくない貴族は呼んでいないからか、陰でこそこそ噂する者はいなかった。
 幼馴染であり親しい友人というだけでなく、ラウラの父親が騎士団総長でもあるからだろう。リックだけでなくデニスまでもが祝いに駆けつけてくれた。
 普段デニスと接することがないのもあり、ニアキスもラウラもかなりかしこまって礼を述べていたが、デニスは「お前たちが主役なんだからもっと気さくに接してくれていい」と二人に笑いかけていた。
 遡ってから今回、初めてデニスとラウラが対面したことになる。だがエルヴィンはもう気を病むことはなかった。デニスとの婚約話が少し出た時に「自分本位なところがある」などと言っていたラウラも今のデニスに対しては尊敬の目で見ているようだ。お互い笑みを浮かべている様子を、エルヴィンは静かな穏やかな気持ちで見ていた。
 ふと視線を感じてそちらを見ると、リックがエルヴィンを見ている。そして目が合うとにっこり微笑んできた。まるで「よかったね」と言われているような気がしたが、そもそもラウラの結婚式なので当然よかった気持ちでいっぱいなので、多分そういう意味で微笑んでくれたのだろう。
 王子二人はさすがに長居することはなく、ある程度すると帰ってしまった。だがわざわざ王子たちが挨拶に来てくれたことに他の貴族たちは大いに盛り上がっていた。
 最近、それぞれの派閥での過激派と言われている貴族たちが続々と捕まっていった。それも王子たちの活躍によると聞いている貴族たちは余計に「やはりお二人とも素晴らしい」「貫禄さえ感じられますね」などと話していた。

「それにどちらの殿下も来てくださったということは、君たちも安泰だな」

 ニアキスとラウラもそう言われて戸惑ってはいるようだが、明日になれば今日の噂がまた出回るだろうし、確かに二人の将来は明るいなとエルヴィンは微笑みながらまた泣いた。
 妹思いの兄が、妹の幸せを思って感極まっているのだろうと皆考えているだろう。もちろん当然そうなのだが、感極まるレベルが違うんだとエルヴィンは内心思う。
 どれほど今この瞬間瞬間が嬉しいか。
 あのつらい日々を味わったことは忘れられはしない。それだけにどれほど嬉しいか、言葉になどできない。

「ラウラ、本当に幸せになってくれ」
「お兄様、ありがとうございます」

 ひたすら泣くエルヴィンにつられてか、元々嬉しくて泣きそうだったのか、ラウラも泣き出した。するとラウラ付きのメイドたちが慌てて駆けつけてきてラウラを連れ出してしまう。多分涙で化粧が崩れてしまう前に連れ出し、落ち着かせてから化粧直しをするのだろう。
 残されたニアキスにエルヴィンはぎゅっとハグした。

「ニアキス……ラウラを幸せにしてくれ」
「当たり前だろ! あと俺の幸せも願ってくれよ」
「ついでだから願ってやる。だから絶対二人で幸せになって」
「それも当然だ」

 ニアキスが笑いながらエルヴィンを抱きしめ返してきた。だが少しするとすぐに抱擁を解いてくる。

「これ以上お前にハグしてたらニルスが怖い」

 同性同士の恋愛などあり得ないと考える方だったニアキスだが、それでもエルヴィンから直接報告を受けた時は驚くよりも前に、今のようにハグしながら喜んでくれていた。
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