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172話
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ニルスがエルヴィンの両親に会いに来た時は、幼馴染で両親ともよく顔を合わせていたし婚約の承諾を得ているにも関わらず、少し緊張した。
あと、いつも無口なニルスが丁寧な口調でエルヴィンとの婚約の許しを請うた時は恰好よさのあまりむしろ見ていたら顔に出たり変な声でも出しそうで、両手で顔を覆いたくなった。
ヴィリーは侯爵相手に対して最低限失礼にならない程度に接しているといった感じであったが、「兄様を悲しませたり不幸にしようものなら俺は投獄されてでもあなたを殺します」と宣言した時は心臓がとまるかと思った。
侯爵家の次男が別の侯爵に対して、といった身分関係なく、誰に対してだろうが冗談でも言っていい言葉ではない。おまけに全く冗談に聞こえない。
その上、これはエルヴィンしか知らないはずだからだが、遡る前のヴィリーはまさにラウラを思ってこの国の王を刺した前例がある。心臓がとまりそうになるのもやむ得ない。
「ヴィリー……! 何てことを……」
だがニルスはエルヴィンの言葉を遮り「構わない」と頷いてきた。
「ヴィリーが言うのももっともだし、もし俺がエルヴィンを不幸な目に遭わせてしまうなら、そうされても仕方ない」
「……わ、かってるじゃないですか。言っとくけど、俺は冗談で言ったのではないですからね」
「ああ」
当然だとばかりに頷くニルスに、さすがのヴィリーも黙ってしまった。それでも納得いかないといった顔をしていたが、最終的に心底嫌そうな顔を隠すことはなかったものの、「兄をよろしくお願いいたします」とニルスに手を差し出してくれた。この時はエルヴィンも少し泣きそうになった。
エルヴィンもニルスの家族に会った。事前にニルスから聞いてはいたが、ニルスの両親も兄もエルヴィンとの婚約を当然のように祝ってくれている様子が伝わってくる。思わず「ニルスだけが無口無表情タイプなんだな」と苦笑したくなるほど、ニルスの家族はにこやかに接してくれた。
「あの……跡継ぎとか望めないのに俺がニルスと婚約することに反対はなかったんですか?」
後でわだかまりができるとかは嫌なので、この際だからはっきり聞いておきたかった。人付き合いは今もさほど上手いわけではないし基本的に波風を立てたくないタイプではあるが、だからこそこの機会にと思ってしまう。
「ニルスは次男坊だしね。それを言うならむしろ私たちがエルヴィン、君のご家族に申し訳ないと思いつつ聞きたいくらいだよ。君こそアルスラン家の長男じゃないか。ニルスでよかったのかい?」
「お、れの家も大丈夫です。その辺のこだわりはないと親は言ってくれて……だから弟のヴィリーが跡を継いでくれます」
「そうか。よかった。私も妻もそれが一番気になっていてね。だがニルスはああいうタイプだろう? 聞いても、問題ない、としか教えてくれないし」
想像できすぎるくらい想像できて、ニルスの父親のデトレフを前にしてつい笑ってしまった。
母親のハンナーも「ニルスはああいう子ですから、むしろあなたというしっかりした方がお相手になってくださってホッとしているくらいですのよ」とエルヴィンに笑いかけてくれた。
兄のユルゲンとは今までちゃんと話したことがなかったが、ハンナーと同じく「安心したよ」と歓迎してくれた。
「ニルスは仕事ができるし、一応しっかりした自慢の弟ではあるんだけどね……こういう性格だからどうしても何だかんだで心配になるんだよ」
とてもわかります、と思いつつもニルスの家族に対し、悪口ではないがニルスのおそらく駄目な部分を認める気にはなれず、かといって「そういう部分もでも俺、大好きなんです」とも気恥ずかしくて言えない。エルヴィンはとりあえず笑顔で差し出された手を握り返した。
「お前のご家族って……皆表情豊かだな」
ニルス相手だからかエルヴィンはつい思ったことを口にしていた。夕食を一緒にと誘われ、とりあえず今は元々ニルスが同居していた時に使っていた部屋でゆっくりニルスと二人で茶を飲んでいた。
「そうか?」
「あ、っと。う、うん。その、ニルスはほら、あまり喋らないほう、だ、ろ?」
「自覚はあるから別に無口無表情だとはっきり言ってくれて構わない」
「あ、はい」
「……俺の家族に何か嫌な気持ちになることはなかったか?」
「そんなのあるわけないだろ! 皆優しくて素敵な人たちだった」
「そうか……よかった」
そうかと頷くニルスが珍しく少し優しげな表情になった。エルヴィン同様、ニルスも家族を愛しているんだなとよくわかり、何だか微笑ましくて嬉しい気持ちになる。
あと関係ないが、今のニルスが別の屋敷に住んでいてよかったと何となく思う。今いる部屋は元ニルスの部屋だったらしいが、今は空き部屋らしく置いてある調度品もニルスらしさはない。
この間ニルスの屋敷の私室、一人掛けのソファーの上で唇が腫れるのではと思うくらいたくさんキスして、その後ベッドではなく広くないそのソファーでお互い体に触れあった。その時のことを思い出すと今でも顔が赤くなりそうだし下手したらその気になってしまいそうになる。だが今日はニルスの家族へ婚約の報告をしに来ているため、できるだけそんな自分になりたくない。
ニルスらしくない部屋でよかった。
それでもニルスと二人きりだといまだに少し落ち着かなくなり、とりあえず他へ気をそらそうとエルヴィンはその後ひたすらどうでもいい世間話をニルスに持ちかけては「ああ」「さあ」「うん」とニルスらしい返事をもらっていた。
あと、いつも無口なニルスが丁寧な口調でエルヴィンとの婚約の許しを請うた時は恰好よさのあまりむしろ見ていたら顔に出たり変な声でも出しそうで、両手で顔を覆いたくなった。
ヴィリーは侯爵相手に対して最低限失礼にならない程度に接しているといった感じであったが、「兄様を悲しませたり不幸にしようものなら俺は投獄されてでもあなたを殺します」と宣言した時は心臓がとまるかと思った。
侯爵家の次男が別の侯爵に対して、といった身分関係なく、誰に対してだろうが冗談でも言っていい言葉ではない。おまけに全く冗談に聞こえない。
その上、これはエルヴィンしか知らないはずだからだが、遡る前のヴィリーはまさにラウラを思ってこの国の王を刺した前例がある。心臓がとまりそうになるのもやむ得ない。
「ヴィリー……! 何てことを……」
だがニルスはエルヴィンの言葉を遮り「構わない」と頷いてきた。
「ヴィリーが言うのももっともだし、もし俺がエルヴィンを不幸な目に遭わせてしまうなら、そうされても仕方ない」
「……わ、かってるじゃないですか。言っとくけど、俺は冗談で言ったのではないですからね」
「ああ」
当然だとばかりに頷くニルスに、さすがのヴィリーも黙ってしまった。それでも納得いかないといった顔をしていたが、最終的に心底嫌そうな顔を隠すことはなかったものの、「兄をよろしくお願いいたします」とニルスに手を差し出してくれた。この時はエルヴィンも少し泣きそうになった。
エルヴィンもニルスの家族に会った。事前にニルスから聞いてはいたが、ニルスの両親も兄もエルヴィンとの婚約を当然のように祝ってくれている様子が伝わってくる。思わず「ニルスだけが無口無表情タイプなんだな」と苦笑したくなるほど、ニルスの家族はにこやかに接してくれた。
「あの……跡継ぎとか望めないのに俺がニルスと婚約することに反対はなかったんですか?」
後でわだかまりができるとかは嫌なので、この際だからはっきり聞いておきたかった。人付き合いは今もさほど上手いわけではないし基本的に波風を立てたくないタイプではあるが、だからこそこの機会にと思ってしまう。
「ニルスは次男坊だしね。それを言うならむしろ私たちがエルヴィン、君のご家族に申し訳ないと思いつつ聞きたいくらいだよ。君こそアルスラン家の長男じゃないか。ニルスでよかったのかい?」
「お、れの家も大丈夫です。その辺のこだわりはないと親は言ってくれて……だから弟のヴィリーが跡を継いでくれます」
「そうか。よかった。私も妻もそれが一番気になっていてね。だがニルスはああいうタイプだろう? 聞いても、問題ない、としか教えてくれないし」
想像できすぎるくらい想像できて、ニルスの父親のデトレフを前にしてつい笑ってしまった。
母親のハンナーも「ニルスはああいう子ですから、むしろあなたというしっかりした方がお相手になってくださってホッとしているくらいですのよ」とエルヴィンに笑いかけてくれた。
兄のユルゲンとは今までちゃんと話したことがなかったが、ハンナーと同じく「安心したよ」と歓迎してくれた。
「ニルスは仕事ができるし、一応しっかりした自慢の弟ではあるんだけどね……こういう性格だからどうしても何だかんだで心配になるんだよ」
とてもわかります、と思いつつもニルスの家族に対し、悪口ではないがニルスのおそらく駄目な部分を認める気にはなれず、かといって「そういう部分もでも俺、大好きなんです」とも気恥ずかしくて言えない。エルヴィンはとりあえず笑顔で差し出された手を握り返した。
「お前のご家族って……皆表情豊かだな」
ニルス相手だからかエルヴィンはつい思ったことを口にしていた。夕食を一緒にと誘われ、とりあえず今は元々ニルスが同居していた時に使っていた部屋でゆっくりニルスと二人で茶を飲んでいた。
「そうか?」
「あ、っと。う、うん。その、ニルスはほら、あまり喋らないほう、だ、ろ?」
「自覚はあるから別に無口無表情だとはっきり言ってくれて構わない」
「あ、はい」
「……俺の家族に何か嫌な気持ちになることはなかったか?」
「そんなのあるわけないだろ! 皆優しくて素敵な人たちだった」
「そうか……よかった」
そうかと頷くニルスが珍しく少し優しげな表情になった。エルヴィン同様、ニルスも家族を愛しているんだなとよくわかり、何だか微笑ましくて嬉しい気持ちになる。
あと関係ないが、今のニルスが別の屋敷に住んでいてよかったと何となく思う。今いる部屋は元ニルスの部屋だったらしいが、今は空き部屋らしく置いてある調度品もニルスらしさはない。
この間ニルスの屋敷の私室、一人掛けのソファーの上で唇が腫れるのではと思うくらいたくさんキスして、その後ベッドではなく広くないそのソファーでお互い体に触れあった。その時のことを思い出すと今でも顔が赤くなりそうだし下手したらその気になってしまいそうになる。だが今日はニルスの家族へ婚約の報告をしに来ているため、できるだけそんな自分になりたくない。
ニルスらしくない部屋でよかった。
それでもニルスと二人きりだといまだに少し落ち着かなくなり、とりあえず他へ気をそらそうとエルヴィンはその後ひたすらどうでもいい世間話をニルスに持ちかけては「ああ」「さあ」「うん」とニルスらしい返事をもらっていた。
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