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169話
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両親から認められることがこれほど嬉しいとは思っていなかった。ウーヴェもネスリンもちゃんと話を聞いてくれる人だし頭ごなしに反対してくるとはさすがに思わなかったが、それでもエルヴィンが長男だけに難色を示してくる可能性はあるだろうしそれも仕方ないだろうと考えていた。
まさか好きで添い遂げたいと思う相手ができて嬉しいとまで言ってもらえるなんて……。
正直、少し泣きそうだった。恥ずかしいので密かに堪えているとネスリンのほうが少し涙を流してくる。
「は、母上……?」
「あら、ごめんなさい。本当にね、嬉しいの。だってエルヴィン、あなたってば今はそうでもないけど、小さな頃は妙に達観してたし」
それは中身が間違いなく俺でありつつも、色々あって最後には自分も殺された身の二十七歳だったからです母上……すみません。あと今はそうでもないってどういうことですか?
「それにすごくかわいいご令嬢を前にしても好きになる様子がないどころか照れたり緊張することもない子どもだったんですもの。情緒とかそういうの、この子大丈夫なのかしらって結構心配だったのよ?」
それもすみません……それどころではなかったし、あと自分が今子どもなのだと慣れてきても、さすがに小さな女の子に対してそういう気持ちは持てそうにありませんでした。あと情緒が心配ってどういうことですか?
「す、すみません母上……」
「あら、謝らないでね。ただ心配だっただけです。だから本当によかった。それにあのカイセルヘルム侯爵が私の息子になるなんて、何て誇らしいのかしら。彼はとても素晴らしい人ですものね。もちろんあなたも素晴らしいですし、こんな息子たちに恵まれてとても誇らしい。二重に素敵だわ」
息子?
とは? と怪訝に思った後でネスリンが何を言っているのか理解し、エルヴィンの顔が熱くなるのを感じた。
「待、ってください母上! そ、その、俺はニルスが好きだし、彼以外考えられないのでその、跡継ぎにはなれないと申し上げましたが、け、結婚する、とまでは……! だいたい決まっては……」
というか、確かに同性でも結婚できるものの、あまりに偏見というかわだかまりというか、障害というか、とにかく何もなさすぎて唖然となる。
そうだ、ヴィリー。確かあの子は妙にニルスを敬遠してたよな……それに同性同士というのもあまり好ましく思っていなさそうだし、この話をしたらすごく騒ぎそうだ。
「そうなの? 決まってなかったの? でもなら、これを機会に結婚を考えてもいいのじゃないかしら」
「母上……! それはその、俺一人で決められることではありませんので……」
「申し込まれていないというのか?」
今まで黙ってネスリンとエルヴィンが話すことを聞いていた様子のウーヴェが突然、何故か少々いらだったような口調で口を挟んできた。
「父上……?」
「あ……いや……すまない。ニルスくんが立派な紳士だとは私もよく知っている。真面目で誠実な、とてもいい青年だと」
「は、ぁ」
それはエルヴィンも思っていることだが、とりあえず話の流れが見えない。
「だからそんなことはないと思っ、てはいるが……もしニルスくんがお前との付き合いを同性だから、といい加減なもののように少しでも考えているようなら……」
いやいやいやいや。
「ち、父上! それはまずあり得ないので! むしろニルスのほうがそこまで真面目に考えなくてもってくらい、俺のこと考えていてくれています」
というか俺のほうがとてもいい加減でした父上。
「……ぅむ」
ウーヴェは黙ったが、まだどこか不満そうに見える。エルヴィンは話を持ちかけた時に感じていた言いにくさも忘れて話を続けた。
「今回こうして打ち明けたのも、ニルスから婚約の話が出ていたから、です」
正確には婚約しようとまず言われたわけではなく、セックスするなら婚約してからと考えているニルスに対し「じゃあその方向で」とエルヴィンも決意したからだが、もちろんそんなこと言えるはずもない。
「まぁ! 婚約の話は出ているんですね! ではアルスラン家としても盛大な婚約パーティーを開かないといけませんね」
「……母上……あの……どうかそれだけは……」
ニルスとの関係を反対されるのが何よりつらいが、派手な式もエルヴィンとしてはとてもつらい。昔ネスリンに着せさせられた派手なフリルやリボンだらけのブラウスシャツもつらいしラウラの結婚式やパーティーにと用意されそうだった派手な正装もつらい。だが自分の婚約パーティーはもっときつそうだ。こればかりは性格的なものだろう。相手が同性だからとかではなく、多分異性だろうが誰だろうが自分が派手な催しの主役になるのはごめんこうむりたい。遡ってからはずいぶん社交的になったとはいえ、この辺に関しては変える気がないというか、変われない。
「そうだぞ夫人。まだ決まったわけでもないんだ。エルヴィンのいいようにゆっくり進ませてやりなさい」
「……そうね、ごめんなさい、あなた。エルヴィン。でも、決まったら素敵な婚約パーティーを一緒に考えましょうね、エルヴィン」
「いや、あの……」
「ラウラの式も本当に楽しみだし、準備もとても楽しいの。おまけにあなたでしょ。こんなに幸せでいいのかしら」
できれば婚約するとしても身内だけで食事する程度がいいと言おうとして、本当に心から幸せそうに微笑むネスリンにエルヴィンは何も言えなくなった。
以前、ラウラのことで胸を痛めた挙句、亡くなってしまったネスリンが浮かぶ。またこみ上げてくるものを感じ、エルヴィンは咳払いした。
「母上が幸せなことが何よりです。打ち明けてよかった……」
とりあえず堪えられたエルヴィンも、母親を見ながら微笑んだ。
まさか好きで添い遂げたいと思う相手ができて嬉しいとまで言ってもらえるなんて……。
正直、少し泣きそうだった。恥ずかしいので密かに堪えているとネスリンのほうが少し涙を流してくる。
「は、母上……?」
「あら、ごめんなさい。本当にね、嬉しいの。だってエルヴィン、あなたってば今はそうでもないけど、小さな頃は妙に達観してたし」
それは中身が間違いなく俺でありつつも、色々あって最後には自分も殺された身の二十七歳だったからです母上……すみません。あと今はそうでもないってどういうことですか?
「それにすごくかわいいご令嬢を前にしても好きになる様子がないどころか照れたり緊張することもない子どもだったんですもの。情緒とかそういうの、この子大丈夫なのかしらって結構心配だったのよ?」
それもすみません……それどころではなかったし、あと自分が今子どもなのだと慣れてきても、さすがに小さな女の子に対してそういう気持ちは持てそうにありませんでした。あと情緒が心配ってどういうことですか?
「す、すみません母上……」
「あら、謝らないでね。ただ心配だっただけです。だから本当によかった。それにあのカイセルヘルム侯爵が私の息子になるなんて、何て誇らしいのかしら。彼はとても素晴らしい人ですものね。もちろんあなたも素晴らしいですし、こんな息子たちに恵まれてとても誇らしい。二重に素敵だわ」
息子?
とは? と怪訝に思った後でネスリンが何を言っているのか理解し、エルヴィンの顔が熱くなるのを感じた。
「待、ってください母上! そ、その、俺はニルスが好きだし、彼以外考えられないのでその、跡継ぎにはなれないと申し上げましたが、け、結婚する、とまでは……! だいたい決まっては……」
というか、確かに同性でも結婚できるものの、あまりに偏見というかわだかまりというか、障害というか、とにかく何もなさすぎて唖然となる。
そうだ、ヴィリー。確かあの子は妙にニルスを敬遠してたよな……それに同性同士というのもあまり好ましく思っていなさそうだし、この話をしたらすごく騒ぎそうだ。
「そうなの? 決まってなかったの? でもなら、これを機会に結婚を考えてもいいのじゃないかしら」
「母上……! それはその、俺一人で決められることではありませんので……」
「申し込まれていないというのか?」
今まで黙ってネスリンとエルヴィンが話すことを聞いていた様子のウーヴェが突然、何故か少々いらだったような口調で口を挟んできた。
「父上……?」
「あ……いや……すまない。ニルスくんが立派な紳士だとは私もよく知っている。真面目で誠実な、とてもいい青年だと」
「は、ぁ」
それはエルヴィンも思っていることだが、とりあえず話の流れが見えない。
「だからそんなことはないと思っ、てはいるが……もしニルスくんがお前との付き合いを同性だから、といい加減なもののように少しでも考えているようなら……」
いやいやいやいや。
「ち、父上! それはまずあり得ないので! むしろニルスのほうがそこまで真面目に考えなくてもってくらい、俺のこと考えていてくれています」
というか俺のほうがとてもいい加減でした父上。
「……ぅむ」
ウーヴェは黙ったが、まだどこか不満そうに見える。エルヴィンは話を持ちかけた時に感じていた言いにくさも忘れて話を続けた。
「今回こうして打ち明けたのも、ニルスから婚約の話が出ていたから、です」
正確には婚約しようとまず言われたわけではなく、セックスするなら婚約してからと考えているニルスに対し「じゃあその方向で」とエルヴィンも決意したからだが、もちろんそんなこと言えるはずもない。
「まぁ! 婚約の話は出ているんですね! ではアルスラン家としても盛大な婚約パーティーを開かないといけませんね」
「……母上……あの……どうかそれだけは……」
ニルスとの関係を反対されるのが何よりつらいが、派手な式もエルヴィンとしてはとてもつらい。昔ネスリンに着せさせられた派手なフリルやリボンだらけのブラウスシャツもつらいしラウラの結婚式やパーティーにと用意されそうだった派手な正装もつらい。だが自分の婚約パーティーはもっときつそうだ。こればかりは性格的なものだろう。相手が同性だからとかではなく、多分異性だろうが誰だろうが自分が派手な催しの主役になるのはごめんこうむりたい。遡ってからはずいぶん社交的になったとはいえ、この辺に関しては変える気がないというか、変われない。
「そうだぞ夫人。まだ決まったわけでもないんだ。エルヴィンのいいようにゆっくり進ませてやりなさい」
「……そうね、ごめんなさい、あなた。エルヴィン。でも、決まったら素敵な婚約パーティーを一緒に考えましょうね、エルヴィン」
「いや、あの……」
「ラウラの式も本当に楽しみだし、準備もとても楽しいの。おまけにあなたでしょ。こんなに幸せでいいのかしら」
できれば婚約するとしても身内だけで食事する程度がいいと言おうとして、本当に心から幸せそうに微笑むネスリンにエルヴィンは何も言えなくなった。
以前、ラウラのことで胸を痛めた挙句、亡くなってしまったネスリンが浮かぶ。またこみ上げてくるものを感じ、エルヴィンは咳払いした。
「母上が幸せなことが何よりです。打ち明けてよかった……」
とりあえず堪えられたエルヴィンも、母親を見ながら微笑んだ。
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