彼は最後に微笑んだ

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168話

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 職場から数日もらっていた休みだが、ニルスの仕事が忙しそうなのでエルヴィンはラウラの結婚準備の手伝いをして過ごした。と言っても大きな準備はほぼ終わっているため、ちょっとした小用のお使いなどだろうか。
 そして後日。エルヴィンは両親にニルスのことを話した。
 最初に紹介したい相手がいる、と持ちかけると跡継ぎのことまで期待させてしまうかもしれない。だから最初は「ニルスを連れて来るから会っていただけませんか」と持ちかけた。

「それは構わないが……ニルスくんなら普段もたまにここに遊びに来るし、私も城で顔を合わせることもあるだろう。何を改まって」

 公的に顔を合わせる時は「カイセルヘルム侯爵」と呼んでいる父親も、プライベートではニルスを名前で呼んでいる。同じ侯爵であり人生の先輩でもあるし、何より息子の友人だけに父親のウーヴェも他の貴族に対してより気さくだったりする。ただ母親のネスリンはプライベートでも礼儀正しく「カイセルヘルム侯爵」と呼んでいるようだ。

「それは、ですね」

 言うと決めたものの、いざ直面すると照れくさい。あと跡継ぎが望めないと宣言するようなものでもあるため、申し訳なさもじわりと湧き上がってくる。

「どうした、エルヴィン。珍しく歯切れが悪いじゃないか」
「何か言いにくいことがあるのでしょう。待ってさしあげたら?」
「まあ、そうだが」
「は、はは。……、……あの」
「ああ」
「大変申し訳ございません、が、俺は父上の跡を継ぐ訳にいきません」
「? 何かあったのか?」

 穏やかそうだったウーヴェの顔が少し険しくなった。ネスリンも困惑したような顔をしている。エルヴィンはますます申し訳ないと思いながら首を振った。

「……いえ、体裁が悪くなるようなことは一切……」
「私もお前が何かしでかしてそう言ってきたとは少しも思っていない。そうじゃなくて、何か困ったことでもあったのか?」

 一切息子を疑っていないウーヴェに対して思わずこみ上げてくるものを感じ、エルヴィンは「いえ」と口にしてからぐっと唇を閉じ、ゆっくり深呼吸する。
 以前の父親をふと思い出してしまった。
 ラウラの死を疑いつつも王族に対し証拠もないまま何もできないと耐えていたウーヴェがその後、おそらくエルヴィンの命と引き換えに自死したことなどがよぎり、胸が苦しくなる。
 基本寡黙であまり話さない父親を、当時エルヴィンは尊敬しつつもどこか冷たい人のようにも思えていた。だが今は絶対にそれはないとわかっている。

 無償の愛をわかりにくいながらに惜しげもなく、くださる方だ。そんな父上の期待を裏切るようなことを俺は今から、言います。

「俺は……ニルスを愛しています。彼と今後の生を共にしたいと考えています」

 一旦深呼吸してからここまで一気に言ったところでウーヴェを見るも、無表情のまま何も言ってこない。ネスリンは無言のまま口に手を当てている。

「……、……ですので、俺は跡継ぎを作ることはできません。長男だというのに無責任で、そしてあなた方が期待するような息子でなく、本当に申し訳ありません」
「……何故」
「は、い」

 何故そんなことになったかと聞かれたとしても、上手く説明できそうにない。ニルスを好きになったのは今では当然のことながらに、跡継ぎを放棄してまでニルスを選び、好きでい続ける明確な理由など口で説明できるものでもない。

「何故、そう思う」
「……え?」

 そう、思う、とは?

 何故と言われる事前に自分が言ったことは「跡継ぎは作れない」「無責任だし期待するような息子でなく申し訳ない」だ。
 ただウーヴェが「ニルスくんを好きでもとりあえず結婚して子どもは作れ」など言うはずないとエルヴィンは知っている。間違いなくそんな人ではない。ということは「跡継ぎは作れない」ことに何故と言っているのではないのだろう。

「期待するような息子でない、ということにですか?」
「いや」

 違った。では?

「何故お前は申し訳なく思うのだ」
「それは……長男だというのに義務を放棄したようなものです、から」
「……はぁ。育て方を間違えたな」
「えっ?」

 どうしようもないといった表情でため息をつきながら首を振るウーヴェに、エルヴィンは動揺したようにただ見つめることしかできない。

「俺は……間違った育ち方をしました、か」
「そういうところだ」

 どういうところ?

「エルヴィン。お前はとてもいい子だと」
「……父上。こんな状況で話の骨を折るのはあれですが、俺も成人した男ですので、子呼ばわりは……」
「お前など、まだまだ子で十分だ。全く。いい子だと私は思っているがな、少し真面目で堅苦しすぎるところがある」
「は、ぁ……?」
「お前が一人っ子なら確かに残念にも思ったかもしれない。私とて、代々続くアルスラン家を途絶えさせたくはない」
「は、はい……」
「だがヴィリーもいる。何も問題はないだろう」
「はい。……っえ? あ、しかし、いえ、その、俺も、俺が無理なのでヴィリーに継がせてくださいと言おうと思っておりましたが、でもあの」

 問題がない?

 エルヴィンはよくわからなくなりまた動揺してきた。

「もちろん私とて、優秀なお前が跡を継いでくれるのは嬉しい。だがヴィリーも優秀な子だ。何も絶対長男でないと駄目だなど、私は考えてないよ」
「もちろん私もあなたのお父様と同じ考えですよ。むしろエルヴィン、あなたに共に生きたいと思える方ができて嬉しく思います」

 王族自体が基本的に年功序列的であるだけに、貴族も大抵長男が跡を継ぐものだと考えられている。それは部下から厳格な上司だとも思われている、王に忠実なウーヴェとて同じだとエルヴィンは思っていた。
 ネスリンは以前から優しい母親だったので、思うところがあっても何も言わない気がしていたが、嬉しいと言われるとは思っていなかった。

「それよりも私たちの子が自分のしたいことや愛する人を見つけ、幸せになってくれることのほうが大事だ。だからヴィリーとて跡を継ぎたくないというならば仕方ない。何ならラウラにいずれできるであろう子が継いでくれるかもしれないしな。何も問題ないんだよ、エルヴィン」
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