彼は最後に微笑んだ

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166話

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 穴があったら入りたいとはまさに今の気分を言うのだろう。居たたまれなさと恥ずかしさで今すぐ入りたいし、何なら自ら掘ってでも埋まりたい。勘違いしたままのやり取りをなかったことにしたいが、できないのなら穴に入りたい。

 いや、っていうか、俺、結構なこと言われてた、んだよな。

 婚約。
 まさかニルスがそこまで考えてくれているとは思ってもみなかった。戸惑いもあるが、嬉しさが半端ない。自分がこれほど嬉しいと思うとは、エルヴィンとしては少々意外だった。
 同性同士での結婚は多くないものの反対されてはいない。他国では宗教の絡みで禁止されている国もあるらしいが、少なくともマヴァリージ王国では禁止されていないし風当たりも特に強くない。
 ただ多くはないので少々珍しがられはする。平民の間でのことはエルヴィンもよく知らないが、少なくとも貴族たちは跡継ぎ問題などがあるため、どうしたって異性同士での結婚が多くなるからだ。
 エルヴィンがニルスと将来を誓い、婚約するというのも駄目なことではない。しかしエルヴィンはアルスラン家の長男だ。普通に考えると跡継ぎのこともあり、女性との将来を考えていると思われているだろうし、周りもそう思っているようだ。ラウラとニアキスの結婚が近くなるにつれ、ますます周りの空気も「エルヴィンもそろそろ結婚し父親の跡を継ぐだろう」という色になっているのを否応なしに感じる。
 エルヴィンとて長男としてのケジメや責任感もあるため、いずれは両親にニルスとのことを打ち明けたいと思いつつも、まだその時ではないと考えていた。

 なのに、ニルスに言われてこんなに嬉しく思うなんてな。

 多分、まだその時ではないと考える理由として家のこともあるが、何より思っていたのが「ニルスともっと堅固な関係になってから」と思っていたからかもしれない。さすがに気軽なその場限りの付き合いを望んだりしないだろうとは思いつつも、真面目なニルスのほうから「婚約」という言葉が出て、エルヴィンとのことを本当に真剣に考えてくれている上に「俺たちそれなりに絆を紡いできたのかな」と思えるからかもしれない。

「婚約、かあ」

 改めて口にすると、どこかこそばゆい。
 結婚などそもそも全然考えていなかった。遡る前は何人かの女性と付き合ったものの、将来を考え結婚について真面目に向き合おうとする前にラウラのことがあり、そこからはそれどころではなくなった。遡ってからは以前と同じ羽目にならないよう心を配っていたためそれどころではなかったし、ニルスを好きになってからはますます家の問題としての結婚に興味がなくなっていた。
 また、両親にはニルスのことをいずれ話そうと思ってはいたが、同性での結婚まで考えてはいなかった。

「……エルヴィンは婚約、したくないか? 駄目か?」

 表情に動きはほぼないというのに、何故か垂れ下がった耳や尻尾が見えそうな気がした。

「駄目だなんて、まさか。ただ、結婚とか婚約まで考えてなかったんだ。あ、でもニルスとの付き合いをいい加減に思ってたわけじゃないよ? いずれ両親にも話そうと思っていたし」
「そうか」

 今度も表情は変わらないが、嬉しそうな様子が感じられる。

 あーもうかわいいな。

 自分より背の高い男に対してとてつもなくかわいく思える時点でもう末期なのだろう。今後ニルスより好きな相手など、自分にできそうな気がしない。
 ただ、それとこれとは別だ。

「婚約についてはその、改めてちゃんとニルスと話したいし、家のこともあるから今すぐどうこう決められないけど」
「うん」
「でもその、体を繋げるのは別に婚約してからじゃなくてもよくないか? お互い気持ちが間違いないんだから」
「……そうかもだが。多分俺はその辺考えが古いのだろう。リックにも言われたことがある」

 それはどういう話の時に言われたのだろうかとエルヴィンとしては気になった。自分とのそういった関係について話していた時でないことを軽く祈っておく。

「そういうところを……ちゃんとしたい」

 ちゃんしたいのわかるけど、でも俺はお前とちゃんとアレがしたいんだよ……!

 そう思ったものの、ニルスの考えも尊重したい。欲望を無視したら、確かに急がなくとも婚約してからでもいいのではないだろうかとも思える。欲望を無視したら。

「……わかったよニルス」
「エルヴィン……」
「でもその、体に触れあったりはまた、していい、んだろ?」

 それもやはりもうやめておこうと言われたらどうしようかとエルヴィンがおずおず聞けば、ニルスがこくりと頷いた後に少し顔をそらしてきた。見れば気のせいかもしれないがほんの少し耳が赤い気がする。
 やっぱかわいい。触れ合えるのは嬉しいけど、最後までは我慢しなきゃなの、切ないな。

「婚約……お前が休暇を取れた時にちゃんと話を進めよう」

 真顔になって言えば、ニルスはおそらく少々戸惑いつつもまた頷いてきた。
 まさかこんな話になるとはと思いつつ、やはり嬉しい気持ちが強い。

 子どもはもう、望めないけどな。ごめんね、母上、父上。

 でもラウラがいる。ヴィリーもいるが、確か今のところ結婚どころか婚約する相手も決まっていなかった。

 ラウラ……。

 ふと、嬉しそうに自分の膨らんだ腹を撫でながらシュテファンについて話していたラウラが浮かんだ。
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