166 / 193
166話
しおりを挟む
穴があったら入りたいとはまさに今の気分を言うのだろう。居たたまれなさと恥ずかしさで今すぐ入りたいし、何なら自ら掘ってでも埋まりたい。勘違いしたままのやり取りをなかったことにしたいが、できないのなら穴に入りたい。
いや、っていうか、俺、結構なこと言われてた、んだよな。
婚約。
まさかニルスがそこまで考えてくれているとは思ってもみなかった。戸惑いもあるが、嬉しさが半端ない。自分がこれほど嬉しいと思うとは、エルヴィンとしては少々意外だった。
同性同士での結婚は多くないものの反対されてはいない。他国では宗教の絡みで禁止されている国もあるらしいが、少なくともマヴァリージ王国では禁止されていないし風当たりも特に強くない。
ただ多くはないので少々珍しがられはする。平民の間でのことはエルヴィンもよく知らないが、少なくとも貴族たちは跡継ぎ問題などがあるため、どうしたって異性同士での結婚が多くなるからだ。
エルヴィンがニルスと将来を誓い、婚約するというのも駄目なことではない。しかしエルヴィンはアルスラン家の長男だ。普通に考えると跡継ぎのこともあり、女性との将来を考えていると思われているだろうし、周りもそう思っているようだ。ラウラとニアキスの結婚が近くなるにつれ、ますます周りの空気も「エルヴィンもそろそろ結婚し父親の跡を継ぐだろう」という色になっているのを否応なしに感じる。
エルヴィンとて長男としてのケジメや責任感もあるため、いずれは両親にニルスとのことを打ち明けたいと思いつつも、まだその時ではないと考えていた。
なのに、ニルスに言われてこんなに嬉しく思うなんてな。
多分、まだその時ではないと考える理由として家のこともあるが、何より思っていたのが「ニルスともっと堅固な関係になってから」と思っていたからかもしれない。さすがに気軽なその場限りの付き合いを望んだりしないだろうとは思いつつも、真面目なニルスのほうから「婚約」という言葉が出て、エルヴィンとのことを本当に真剣に考えてくれている上に「俺たちそれなりに絆を紡いできたのかな」と思えるからかもしれない。
「婚約、かあ」
改めて口にすると、どこかこそばゆい。
結婚などそもそも全然考えていなかった。遡る前は何人かの女性と付き合ったものの、将来を考え結婚について真面目に向き合おうとする前にラウラのことがあり、そこからはそれどころではなくなった。遡ってからは以前と同じ羽目にならないよう心を配っていたためそれどころではなかったし、ニルスを好きになってからはますます家の問題としての結婚に興味がなくなっていた。
また、両親にはニルスのことをいずれ話そうと思ってはいたが、同性での結婚まで考えてはいなかった。
「……エルヴィンは婚約、したくないか? 駄目か?」
表情に動きはほぼないというのに、何故か垂れ下がった耳や尻尾が見えそうな気がした。
「駄目だなんて、まさか。ただ、結婚とか婚約まで考えてなかったんだ。あ、でもニルスとの付き合いをいい加減に思ってたわけじゃないよ? いずれ両親にも話そうと思っていたし」
「そうか」
今度も表情は変わらないが、嬉しそうな様子が感じられる。
あーもうかわいいな。
自分より背の高い男に対してとてつもなくかわいく思える時点でもう末期なのだろう。今後ニルスより好きな相手など、自分にできそうな気がしない。
ただ、それとこれとは別だ。
「婚約についてはその、改めてちゃんとニルスと話したいし、家のこともあるから今すぐどうこう決められないけど」
「うん」
「でもその、体を繋げるのは別に婚約してからじゃなくてもよくないか? お互い気持ちが間違いないんだから」
「……そうかもだが。多分俺はその辺考えが古いのだろう。リックにも言われたことがある」
それはどういう話の時に言われたのだろうかとエルヴィンとしては気になった。自分とのそういった関係について話していた時でないことを軽く祈っておく。
「そういうところを……ちゃんとしたい」
ちゃんしたいのわかるけど、でも俺はお前とちゃんとアレがしたいんだよ……!
そう思ったものの、ニルスの考えも尊重したい。欲望を無視したら、確かに急がなくとも婚約してからでもいいのではないだろうかとも思える。欲望を無視したら。
「……わかったよニルス」
「エルヴィン……」
「でもその、体に触れあったりはまた、していい、んだろ?」
それもやはりもうやめておこうと言われたらどうしようかとエルヴィンがおずおず聞けば、ニルスがこくりと頷いた後に少し顔をそらしてきた。見れば気のせいかもしれないがほんの少し耳が赤い気がする。
やっぱかわいい。触れ合えるのは嬉しいけど、最後までは我慢しなきゃなの、切ないな。
「婚約……お前が休暇を取れた時にちゃんと話を進めよう」
真顔になって言えば、ニルスはおそらく少々戸惑いつつもまた頷いてきた。
まさかこんな話になるとはと思いつつ、やはり嬉しい気持ちが強い。
子どもはもう、望めないけどな。ごめんね、母上、父上。
でもラウラがいる。ヴィリーもいるが、確か今のところ結婚どころか婚約する相手も決まっていなかった。
ラウラ……。
ふと、嬉しそうに自分の膨らんだ腹を撫でながらシュテファンについて話していたラウラが浮かんだ。
いや、っていうか、俺、結構なこと言われてた、んだよな。
婚約。
まさかニルスがそこまで考えてくれているとは思ってもみなかった。戸惑いもあるが、嬉しさが半端ない。自分がこれほど嬉しいと思うとは、エルヴィンとしては少々意外だった。
同性同士での結婚は多くないものの反対されてはいない。他国では宗教の絡みで禁止されている国もあるらしいが、少なくともマヴァリージ王国では禁止されていないし風当たりも特に強くない。
ただ多くはないので少々珍しがられはする。平民の間でのことはエルヴィンもよく知らないが、少なくとも貴族たちは跡継ぎ問題などがあるため、どうしたって異性同士での結婚が多くなるからだ。
エルヴィンがニルスと将来を誓い、婚約するというのも駄目なことではない。しかしエルヴィンはアルスラン家の長男だ。普通に考えると跡継ぎのこともあり、女性との将来を考えていると思われているだろうし、周りもそう思っているようだ。ラウラとニアキスの結婚が近くなるにつれ、ますます周りの空気も「エルヴィンもそろそろ結婚し父親の跡を継ぐだろう」という色になっているのを否応なしに感じる。
エルヴィンとて長男としてのケジメや責任感もあるため、いずれは両親にニルスとのことを打ち明けたいと思いつつも、まだその時ではないと考えていた。
なのに、ニルスに言われてこんなに嬉しく思うなんてな。
多分、まだその時ではないと考える理由として家のこともあるが、何より思っていたのが「ニルスともっと堅固な関係になってから」と思っていたからかもしれない。さすがに気軽なその場限りの付き合いを望んだりしないだろうとは思いつつも、真面目なニルスのほうから「婚約」という言葉が出て、エルヴィンとのことを本当に真剣に考えてくれている上に「俺たちそれなりに絆を紡いできたのかな」と思えるからかもしれない。
「婚約、かあ」
改めて口にすると、どこかこそばゆい。
結婚などそもそも全然考えていなかった。遡る前は何人かの女性と付き合ったものの、将来を考え結婚について真面目に向き合おうとする前にラウラのことがあり、そこからはそれどころではなくなった。遡ってからは以前と同じ羽目にならないよう心を配っていたためそれどころではなかったし、ニルスを好きになってからはますます家の問題としての結婚に興味がなくなっていた。
また、両親にはニルスのことをいずれ話そうと思ってはいたが、同性での結婚まで考えてはいなかった。
「……エルヴィンは婚約、したくないか? 駄目か?」
表情に動きはほぼないというのに、何故か垂れ下がった耳や尻尾が見えそうな気がした。
「駄目だなんて、まさか。ただ、結婚とか婚約まで考えてなかったんだ。あ、でもニルスとの付き合いをいい加減に思ってたわけじゃないよ? いずれ両親にも話そうと思っていたし」
「そうか」
今度も表情は変わらないが、嬉しそうな様子が感じられる。
あーもうかわいいな。
自分より背の高い男に対してとてつもなくかわいく思える時点でもう末期なのだろう。今後ニルスより好きな相手など、自分にできそうな気がしない。
ただ、それとこれとは別だ。
「婚約についてはその、改めてちゃんとニルスと話したいし、家のこともあるから今すぐどうこう決められないけど」
「うん」
「でもその、体を繋げるのは別に婚約してからじゃなくてもよくないか? お互い気持ちが間違いないんだから」
「……そうかもだが。多分俺はその辺考えが古いのだろう。リックにも言われたことがある」
それはどういう話の時に言われたのだろうかとエルヴィンとしては気になった。自分とのそういった関係について話していた時でないことを軽く祈っておく。
「そういうところを……ちゃんとしたい」
ちゃんしたいのわかるけど、でも俺はお前とちゃんとアレがしたいんだよ……!
そう思ったものの、ニルスの考えも尊重したい。欲望を無視したら、確かに急がなくとも婚約してからでもいいのではないだろうかとも思える。欲望を無視したら。
「……わかったよニルス」
「エルヴィン……」
「でもその、体に触れあったりはまた、していい、んだろ?」
それもやはりもうやめておこうと言われたらどうしようかとエルヴィンがおずおず聞けば、ニルスがこくりと頷いた後に少し顔をそらしてきた。見れば気のせいかもしれないがほんの少し耳が赤い気がする。
やっぱかわいい。触れ合えるのは嬉しいけど、最後までは我慢しなきゃなの、切ないな。
「婚約……お前が休暇を取れた時にちゃんと話を進めよう」
真顔になって言えば、ニルスはおそらく少々戸惑いつつもまた頷いてきた。
まさかこんな話になるとはと思いつつ、やはり嬉しい気持ちが強い。
子どもはもう、望めないけどな。ごめんね、母上、父上。
でもラウラがいる。ヴィリーもいるが、確か今のところ結婚どころか婚約する相手も決まっていなかった。
ラウラ……。
ふと、嬉しそうに自分の膨らんだ腹を撫でながらシュテファンについて話していたラウラが浮かんだ。
0
お気に入りに追加
497
あなたにおすすめの小説
伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。
実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので!
おじいちゃんと孫じゃないよ!
【BL】こんな恋、したくなかった
のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】
人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。
ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。
※ご都合主義、ハッピーエンド
不憫な推しキャラを救おうとしただけなのに
はぴねこ
BL
美幼児&美幼児(ブロマンス期)からの美青年×美青年(BL期)への成長を辿る長編BLです。
金髪碧眼美幼児のリヒトの前世は、隠れゲイでBL好きのおじさんだった。
享年52歳までプレイしていた乙女ゲーム『星鏡のレイラ』の攻略対象であるリヒトに転生したため、彼は推しだった不憫な攻略対象:カルロを不運な運命から救い、幸せにすることに全振りする。
見た目は美しい王子のリヒトだが、中身は52歳で、両親も乳母も護衛騎士もみんな年下。
気軽に話せるのは年上の帝国の皇帝や魔塔主だけ。
幼い推しへの高まる父性でカルロを溺愛しつつ、頑張る若者たち(両親etc)を温かく見守りながら、リヒトはヒロインとカルロが結ばれるように奮闘する!
リヒト… エトワール王国の第一王子。カルロへの父性が暴走気味。
カルロ… リヒトの従者。リヒトは神様で唯一の居場所。リヒトへの想いが暴走気味。
魔塔主… 一人で国を滅ぼせるほどの魔法が使える自由人。ある意味厄災。リヒトを研究対象としている。
オーロ皇帝… 大帝国の皇帝。エトワールの悍ましい慣習を嫌っていたが、リヒトの利発さに興味を持つ。
ナタリア… 乙女ゲーム『星鏡のレイラ』のヒロイン。オーロ皇帝の孫娘。カルロとは恋のライバル。
貧乏Ωの憧れの人
ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。
エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの
転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~
槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。
最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者
R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
スパダリ(本人の希望)な従者と、ちっちゃくて可愛い悪役令息の、溺愛無双なお話です(笑)
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる