彼は最後に微笑んだ

Guidepost

文字の大きさ
上 下
163 / 193

163話

しおりを挟む
 そう返ってくるとはさすがに予想していなかった。確かにそれはわかるが、そうじゃない。

「い、いや。そうじゃなくて、えっと男同士のやり方っていうか」

 苦笑しながら言えば、おそらく怪訝そうな顔をされた。そんなに怪訝そうな顔をされる難しいことを言っただろうかとエルヴィンのほうが怪訝な気持ちになる。

「……別に男女別云々は知らないが……単に俺は……いや……」

 その上今まで性的なことだろうが淡々と口にしていたニルスが言い淀んでいる。

「単に?」
「……何でもない」

 何でもなくは、ないよね? むしろ余計気になるだろ。

 とはいえこの様子ではニルスはこのまま言わなさそうでしかない。

「とにかく、別に性別を気にして考えて、なかった」

 ニルスらしい答えではある。だがどうにも気になる。あとついでに、性別を考えてないのはいいが、男相手にというか、肛門相手に気軽に突っ込めるものだと思われていてもそれはそれで困る。

 え、どうしよう……ちょっとだけ、ちょっとだけならいいだろうか……?

 迷っている素振りを自分自身に見せても仕方ないのだが、一応迷う素振りを出しつつエルヴィンはさっとポケットからケースを取り出した。そしてそれこそ迷うことなく制服につける。

「今、何故それを……?」

 見ていたニルスがおそらく怪訝そうな顔をまたしているようだし、怪訝に思うだろうなとはエルヴィンも痛いほどわかる。話の途中でこれは、不審者なレベルで怪訝な行動だろう。だがとりあえずエルヴィンはニルスに笑いかけた。

「そういえば持ってるのにつけてなかったなと思って」

 嘘は好きじゃないし得意でもない。だがこれくらいならエルヴィンとて処世術を身につけた貴族の端くれなので対応できる。

「そうか」

 あとニルスはリックや俺に対して簡単に納得しすぎじゃない?

 少々心配になりつつ、エルヴィンはそっとニルスの腕辺りに不自然じゃない程度に手を触れさせた。

『突然ブローチをつけたくなる気持ちは全然わからないけど、訳のわからないエルヴィンもかわいい』

反射的に顔が熱くなり、エルヴィンは触れていた手を離して顔を覆う。

「エルヴィン?」
「な、んでもない」

 お前は俺が何してもかわいい、なのか? っていうか訳のわからない俺と思われてる……。

「そうか」

 この「そうか」というのも本当に納得していることもあるのだろうが、単に気にしていないだけだったりもするのだなと改めて実感した。少なくとも今がそれだったと思われる。性的な話などをしつつ突然ブローチを取り出してケースから出してつけ出す訳のわからない男だと思っても、まさかの「かわいい」が付く、「そうか」だった。
 気を取り直してエルヴィンはもう一度そっと手をニルスの腕にそっと触れさせた。だがひたすら「かわいい」としか聞こえてこない。

「あー……えっと、ほんとさっきは男女別は知らないけど単に何って言いかけたの?」
『単に俺がお前に欲情してお前のことをすべて貪りたくて堪らなくて、欲しくて堪らなくて、男同士だろうが男女だろうが関係なくお前に入れたくて堪らない、んだが、そんな自分勝手で最低なこと言えるはずがないから……』
「言って!」
「えっ?」

 思わず口にしてしまい、また怪訝そうに見られた。だが今の質問の続きなのだろうと納得してくれたようで「……本当に、その……何でも、ない」と言いにくそうな様子で口にしてきた。
 紳士なのはいいが、そういった激しい部分も全然出してくれて構わないのにとエルヴィンは思う。日頃から激しいところしかない人ならさすがにエルヴィンも引くだろうしついていけないが、ニルスならむしろたまに見せて欲しい。だが勝手に気持ちを読んでいるため、言えるはずもない。

「……あと、その……男女別は知らないって言うけど、その……尻は勝手に、その、濡れないし、簡単に解れないと思う、んだけ、ど」

 そろそろこれは何プレイだろうかと思えてきた。今後のことも考えて明確にしておきたくはあるが、こういう方法ではなくもっと上手いやり方があるのではないだろうか。

「ああ、そうだろうな」
『もちろん、いずれする時はエルヴィンが傷つかないよう、永遠ともいう時間をかけて優しく解したい』
「それはそれで俺が死ぬ……」

 色んな意味で。あと、どうやらニルスの中ではやはりというか、完全に役割は決まっているようだ。先ほどからの心の声で、それだけは間違いない。

 っていうか、ニルス……知ってるんだ。あのニルスが? このニルスが? エッチなことを? 逆に何で知ってんの?

 とはいえ聞けない前提でもし聞いたとしても「性教育で」と返ってきそうな気、しかしない。

「え? エルヴィンが死……?」
「死? は、はは。まさか。聞き違いじゃないかな」

 はははと笑うとニルスからはまた「そうか」と返ってきたし心の中でも『そうか』と言っていた。心の中は表と違ってびっくりするくらい饒舌だが、基本的に裏表がないところがまた大好きだとエルヴィンは思う。そして自分のしていることに罪悪感を覚えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。 実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので! おじいちゃんと孫じゃないよ!

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

不憫な推しキャラを救おうとしただけなのに

はぴねこ
BL
美幼児&美幼児(ブロマンス期)からの美青年×美青年(BL期)への成長を辿る長編BLです。 金髪碧眼美幼児のリヒトの前世は、隠れゲイでBL好きのおじさんだった。 享年52歳までプレイしていた乙女ゲーム『星鏡のレイラ』の攻略対象であるリヒトに転生したため、彼は推しだった不憫な攻略対象:カルロを不運な運命から救い、幸せにすることに全振りする。 見た目は美しい王子のリヒトだが、中身は52歳で、両親も乳母も護衛騎士もみんな年下。 気軽に話せるのは年上の帝国の皇帝や魔塔主だけ。 幼い推しへの高まる父性でカルロを溺愛しつつ、頑張る若者たち(両親etc)を温かく見守りながら、リヒトはヒロインとカルロが結ばれるように奮闘する! リヒト… エトワール王国の第一王子。カルロへの父性が暴走気味。 カルロ… リヒトの従者。リヒトは神様で唯一の居場所。リヒトへの想いが暴走気味。 魔塔主… 一人で国を滅ぼせるほどの魔法が使える自由人。ある意味厄災。リヒトを研究対象としている。 オーロ皇帝… 大帝国の皇帝。エトワールの悍ましい慣習を嫌っていたが、リヒトの利発さに興味を持つ。 ナタリア… 乙女ゲーム『星鏡のレイラ』のヒロイン。オーロ皇帝の孫娘。カルロとは恋のライバル。

貧乏Ωの憧れの人

ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。 エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの

転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。 最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者 R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...