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160話
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近寄ってくる者たちは深刻そうではないので、おそらくは好奇心といったところだろうか。話の餌にだけはされたくない。
「ちょ、っとここではまずいな。どこか移動しよう。というか、仕事大丈夫? 日を改めようか?」
「問題ない」
焦って促したエルヴィンの手を、ニルスはいつもと変わらない様子で頷きながらつかんできた。そしてエルヴィンが何か言う前にその場から連れ出す。
「どこ、行く?」
「……休憩の」
「ああ、あそこなら二人きりになれるもんな」
だからいくらでも話ができるしというつもりで言った後で、何となく別の意味にも取れるなと気づいてエルヴィンの顔が熱くなる。ニルスの表情は見えなかったが、握っているエルヴィンの手を持つ力が少し強くなった。
休憩室に入ると、とりあえずエルヴィンはそわそわとしながらソファーへと足を向けた。足がギクシャクしていないことを願う。
ニルスと顔を合わせた瞬間は動揺しつつもまだ普通でいられた。いや、顔は赤くなっていたようだが、今ほど落ち着かない気持ちではなかった。
何だろな……こう改めてって状態と、施錠できる部屋で二人きりって状態が、さ……。
「エルヴィン……」
「っひゃい?」
そわそわしていたエルヴィンは突然ニルスに呼ばれた気がして思わず変な返事をしてしまった。情けないのと居たたまれないのとで今度こそ自分でも顔が赤くなっているのがとてもよくわかるくらい熱くなった。
「……ぅ。な、何? ニルス」
ニルスはといえば、変な返事のエルヴィンをおそらくは困惑したように見ていたのだろうが、特にそれを指摘することもなく同じソファーに、少し間を空けて座ってきた。それに気づいて「もっと小さなソファーに座ればよかった」と内心思いつつ、エルヴィンはニルスを見た。
「……改めて、すまない、エルヴィン」
「だっ、だから! 何でニルスが謝るの。やらかしたのは俺だろ。お前は俺を助けてくれたんだ。謝るどころか偉そうにふんぞり返りながら見返りを寄こせって言ってもいいくらいだ」
「言えない……そうして欲しいのか……?」
何でだよ……!
「いや、さすがに俺もそうして欲しいとは思ってないよ……俺のこと何だと……。とにかく、ものの例えだよ。それくらい、お前は謝る必要ないし俺に感謝されて当然ってこと」
「当然とは……思えん」
「でも本当に助かったんだよ。……ありがとう、ニルス」
まだ礼すら言えてなかった。ようやく言えると一気に気持ちがその言葉に伴ったようにエルヴィンは自分の顔が自然とほころぶのが感じられた。
「……はぁ」
ふとニルスからため息が漏れた。おまけに頭を抱えるように片手を片目の辺りに当てている。
「おい。お前は謝る必要ないけど、俺が礼を言うのは当たり前なんだからな」
「……違う。そうじゃない」
「じゃあ、何」
「昨日から堪えっぱなしで……」
「どこか痛いのか? 体の調子がよくないのか?」
具合でも悪いのだろうかとエルヴィンはソファーの空間を詰めてニルスを覗き込む。具合が悪いというのに迷惑をかけた自分が最悪すぎる。
「いや……大丈夫だ」
「でも」
不具合を堪えているにしても、せめてエルヴィンの前では素直に調子が悪いと言って欲しい。エルヴィンとて好きな相手、要はニルスの前で恰好つけられるならつけたいと思うが、やはり相手側からしたらちゃんと言ってくれるほうが嬉しいし助かる。
それをニルスに伝えると「もちろん、俺もお前には何でも言って欲しいと思う」と返ってきた。
「だったら」
「……それとこれは別だ」
何がどう別なのか。とはいえ無理強いしてまで何でも言えとはエルヴィンも思わないため、譲歩する。
「わかったよ。でも本当に調子悪いとかなら言ってくれ」
「……ああ」
「とにかく、お前は俺を助けてくれたから俺としてはすごく感謝だし、お前は絶対謝らないで」
「……だが」
「だがもダガーもないんだよ」
「短剣が何故ここで出てくる?」
「……そこは流して。その……ニルスがどうしても気にかかるとか罪悪感が何故かあるっていうなら」
「うん」
「俺に昨日、何してくれたのか、その、教えてくれ、たら……それで、チャラってこと、で、さ」
取引に持ちかけることではないが、ひたすらニルスに申し訳ないと思われるくらいなら、あえて取引風にすればまだ何とか割り切ってくれるのではとエルヴィンは思った。
俺も知りたいから、ウィンウィンだし。
「き、のう……のこと……言う、のか?」
だがとてつもなく動揺してきたニルスを見ると、ニルスにとってかなり高等技になるのかもしれないのだと理解した。
だよな……ただでさえニルス、あまり言葉にするの得意じゃなさそうな上に、その……エロいこと、なんだろうし……。
「あ、今のなし」
「え?」
「そうじゃなくて、えっと、俺の質問に答えてくれたらチャラで!」
これならまだ言いやすいだろう。おまけに一番知りたいことも知れる。とてつもなく聞きづらいが、ニルスはエルヴィンの百倍は自ら説明しづらいだろう。
「エルヴィンの質問……」
「そう、質問。……あー、その、あれだ」
知りたいが、やはり口にするのは少々難しい。
俺の尻が微かに違和感あるんだけど、お前、俺に突っ込んだ?
簡単に言えばこんな感じだろう。だがあまりにあからさますぎるし、言った後で土に還りたくなりそうだ。
「ちょ、っとここではまずいな。どこか移動しよう。というか、仕事大丈夫? 日を改めようか?」
「問題ない」
焦って促したエルヴィンの手を、ニルスはいつもと変わらない様子で頷きながらつかんできた。そしてエルヴィンが何か言う前にその場から連れ出す。
「どこ、行く?」
「……休憩の」
「ああ、あそこなら二人きりになれるもんな」
だからいくらでも話ができるしというつもりで言った後で、何となく別の意味にも取れるなと気づいてエルヴィンの顔が熱くなる。ニルスの表情は見えなかったが、握っているエルヴィンの手を持つ力が少し強くなった。
休憩室に入ると、とりあえずエルヴィンはそわそわとしながらソファーへと足を向けた。足がギクシャクしていないことを願う。
ニルスと顔を合わせた瞬間は動揺しつつもまだ普通でいられた。いや、顔は赤くなっていたようだが、今ほど落ち着かない気持ちではなかった。
何だろな……こう改めてって状態と、施錠できる部屋で二人きりって状態が、さ……。
「エルヴィン……」
「っひゃい?」
そわそわしていたエルヴィンは突然ニルスに呼ばれた気がして思わず変な返事をしてしまった。情けないのと居たたまれないのとで今度こそ自分でも顔が赤くなっているのがとてもよくわかるくらい熱くなった。
「……ぅ。な、何? ニルス」
ニルスはといえば、変な返事のエルヴィンをおそらくは困惑したように見ていたのだろうが、特にそれを指摘することもなく同じソファーに、少し間を空けて座ってきた。それに気づいて「もっと小さなソファーに座ればよかった」と内心思いつつ、エルヴィンはニルスを見た。
「……改めて、すまない、エルヴィン」
「だっ、だから! 何でニルスが謝るの。やらかしたのは俺だろ。お前は俺を助けてくれたんだ。謝るどころか偉そうにふんぞり返りながら見返りを寄こせって言ってもいいくらいだ」
「言えない……そうして欲しいのか……?」
何でだよ……!
「いや、さすがに俺もそうして欲しいとは思ってないよ……俺のこと何だと……。とにかく、ものの例えだよ。それくらい、お前は謝る必要ないし俺に感謝されて当然ってこと」
「当然とは……思えん」
「でも本当に助かったんだよ。……ありがとう、ニルス」
まだ礼すら言えてなかった。ようやく言えると一気に気持ちがその言葉に伴ったようにエルヴィンは自分の顔が自然とほころぶのが感じられた。
「……はぁ」
ふとニルスからため息が漏れた。おまけに頭を抱えるように片手を片目の辺りに当てている。
「おい。お前は謝る必要ないけど、俺が礼を言うのは当たり前なんだからな」
「……違う。そうじゃない」
「じゃあ、何」
「昨日から堪えっぱなしで……」
「どこか痛いのか? 体の調子がよくないのか?」
具合でも悪いのだろうかとエルヴィンはソファーの空間を詰めてニルスを覗き込む。具合が悪いというのに迷惑をかけた自分が最悪すぎる。
「いや……大丈夫だ」
「でも」
不具合を堪えているにしても、せめてエルヴィンの前では素直に調子が悪いと言って欲しい。エルヴィンとて好きな相手、要はニルスの前で恰好つけられるならつけたいと思うが、やはり相手側からしたらちゃんと言ってくれるほうが嬉しいし助かる。
それをニルスに伝えると「もちろん、俺もお前には何でも言って欲しいと思う」と返ってきた。
「だったら」
「……それとこれは別だ」
何がどう別なのか。とはいえ無理強いしてまで何でも言えとはエルヴィンも思わないため、譲歩する。
「わかったよ。でも本当に調子悪いとかなら言ってくれ」
「……ああ」
「とにかく、お前は俺を助けてくれたから俺としてはすごく感謝だし、お前は絶対謝らないで」
「……だが」
「だがもダガーもないんだよ」
「短剣が何故ここで出てくる?」
「……そこは流して。その……ニルスがどうしても気にかかるとか罪悪感が何故かあるっていうなら」
「うん」
「俺に昨日、何してくれたのか、その、教えてくれ、たら……それで、チャラってこと、で、さ」
取引に持ちかけることではないが、ひたすらニルスに申し訳ないと思われるくらいなら、あえて取引風にすればまだ何とか割り切ってくれるのではとエルヴィンは思った。
俺も知りたいから、ウィンウィンだし。
「き、のう……のこと……言う、のか?」
だがとてつもなく動揺してきたニルスを見ると、ニルスにとってかなり高等技になるのかもしれないのだと理解した。
だよな……ただでさえニルス、あまり言葉にするの得意じゃなさそうな上に、その……エロいこと、なんだろうし……。
「あ、今のなし」
「え?」
「そうじゃなくて、えっと、俺の質問に答えてくれたらチャラで!」
これならまだ言いやすいだろう。おまけに一番知りたいことも知れる。とてつもなく聞きづらいが、ニルスはエルヴィンの百倍は自ら説明しづらいだろう。
「エルヴィンの質問……」
「そう、質問。……あー、その、あれだ」
知りたいが、やはり口にするのは少々難しい。
俺の尻が微かに違和感あるんだけど、お前、俺に突っ込んだ?
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