156 / 193
156話
しおりを挟む
リックが腹を抱えて笑っている。それをエルヴィンは何とも言い難い表情で見ながら「いい加減笑うのやめてください」と絞り出すように頼んだ。
「だって。君がそんな勘違いしてたなんて思いもよらなくて」
「そりゃするでしょうっ? あんな苦しかったのに何もなかったみたいに楽になってて、そしておそらくはリックの寝室のリックのベッドで眠っていたんですよ俺。おまけに服まで着替えて。その上あなたが様子を窺いに入ってきた。勘違いもするでしょう?」
お互い同時に言った言葉に、お互い違和感を覚えて二人は改めて話を突き合わせていた。そしてようやく自分が盛大な勘違いをしていたとわかったエルヴィンは少しの間ベッドの布団にもぐって出てこられないほど、居たたまれなさに包まれていた。挙句、ようやく出てきたエルヴィンを見てリックが笑い出したのだ。
「しちゃうかなあ? だって俺と君はそういう関係じゃないでしょ」
「ですが俺、本当に昨日はおかしかったから、理性ぶっ飛んでやらかしたのか、と」
「あはは。何ならそういうことにしてもうしばらく様子を楽しんでもよかったね」
「よくありませんよ……! はぁ……ですが改めて、本当にご迷惑をおかけいたしました。申し訳ありません」
ため息をついた後、向かいのソファーに座っているリックに対して座ったまま頭を下げると「次謝ったら罰ゲームね」と言われた。
「いや、何でですか……」
「あの果物のこと知らないエルヴィンが謝ることなんて何一つないからだよ」
「それでもご迷惑をかけたのは事実ですから」
「ならちょっとした粗相だと思っておきなよ」
「……何かお漏らししたみたいですけど」
「あはは! お漏らしか」
「いや、笑うとこ違います」
「お漏らししても俺は怒らないから大丈夫だよ」
「いやもう、この話どこへ行く感じなんですか……」
「ふふ。とにかく、君が謝るなら俺も同じだけ、ちゃんと食べるのを止めさせられなくてごめんねって言うから」
「……もう。わかりました。では、助けてくださってありがとうございます」
「俺は何も手助けできてないよ?」
「? ですが俺の具合は完全によくなってます。あの果物の威力がどんなものかわかりませんが、さすがに一晩寝たから治ったとかじゃないですよね? そもそもぐっすり眠れるわけがない。リックが魔法でどうにかしてくださったんじゃないんですか?」
怪訝な顔でリックに言えば、一瞬ポカンとした後で「ああ、なるほど」と頷いてきた。
「君はほぼ意識、飛んじゃってたんだねえ」
「そう言いませんでした? だからてっきり理性もぶっ飛んで襲ってしまったのか、と」
「はは。じゃあ次は襲ってもらおうかな。途中から襲うのは俺になるだろうけど」
「……言ってることがわかりませんし、次がそもそもありませんが」
「残念。あとね、君を助けたのはニルスだよ」
リックの口からニルスの名前を聞いたエルヴィンは腹の奥だろうか、よくわからないがどこかが何だか妙に疼く気がした。
「ニ、ルス」
「仕事から戻ってきてね。一瞬殺されちゃうかと思ったよ」
「いやいや、あなた王子ですけど」
「君が関わっているニルスにかかったら王子だろうが王だろうが関係ないと思うよ……。まあ事情は何とか説明したし、把握したニルスが君を助けたってわけ」
ニルスが俺を助けた……。
「って、えっと……」
「君は覚えてないだろうし、俺は明確に言わないけど、でもわかるよね?」
「え? え? あ……」
「ああ、大丈夫。俺は即退散したから」
「い、いえそんな心配、は……」
ニルスが。
助けてくれた。
少し動揺したせいか、脳内に浸透するのに少々時間がかかった。だが浸透すると一気に顔が熱くなった。
「う、わ……」
そんなエルヴィンをリックは楽しそうに笑みを浮かべて見ている。
リックにも把握されているという羞恥心と、ニルスに痴態を見られたのであろう羞恥心が半端ない。だがその反面、ニルスが助けてくれたというじんわりしみ込んでくるような堪らない嬉しさと、あの状況からこうしてすっきりした状況になるまでに自分がニルスにされたであろうことを思っての官能的な気持ちも半端ない。
「ちょ、色々耐えられない……」
「はは」
「あと何で俺は覚えてないんでしょう……」
「まあ、仕方ないよね。後でニルスに聞けば?」
「聞けるわけないでしょう……。それに聞いてニルスが説明してくれると思います?」
「ブローチ使えば」
「使いません……」
「えーせっかくなのに。だいたい旅行中は持ってたブローチ、今はどこにあるの」
「これは制服ですし」
「制服にブローチつけたら駄目なんてルールないでしょ」
「職務中手が触れることもあるんです。無差別な勢いで誰彼ともなく心読んじゃったらどうしてくれるんですか」
「大変だろうねえ」
「他人事……! あとブローチは鍵のかかる俺のロッカーの私服につけてます」
「肌身離さず持ってなさいよ。ああそうそう。本当は昨日渡そうと思ってたんだけど」
ニルスはにこにこと何かを差し出してきた。見れば小さなケースだ。
「……これは?」
「あのブローチ専用のケース。これにブローチ入れてポケットに入れてたら、俺の魔法かけてるから万が一手が当たっても心の声も聞こえないよ」
「また無駄に高等な魔法使って……」
「無駄扱いやめてね。ちゃんとエルヴィンに持っててもらいたいし、必要ないとポケットに入れておいても、いつでも不意に使いたくなったら気軽に使えるでしょ」
「気軽に使わそうとしないでください」
とはいえ、一つだけどうしても知りたいことはある。これだけはニルスに聞けるのならば聞きたい。
「だって。君がそんな勘違いしてたなんて思いもよらなくて」
「そりゃするでしょうっ? あんな苦しかったのに何もなかったみたいに楽になってて、そしておそらくはリックの寝室のリックのベッドで眠っていたんですよ俺。おまけに服まで着替えて。その上あなたが様子を窺いに入ってきた。勘違いもするでしょう?」
お互い同時に言った言葉に、お互い違和感を覚えて二人は改めて話を突き合わせていた。そしてようやく自分が盛大な勘違いをしていたとわかったエルヴィンは少しの間ベッドの布団にもぐって出てこられないほど、居たたまれなさに包まれていた。挙句、ようやく出てきたエルヴィンを見てリックが笑い出したのだ。
「しちゃうかなあ? だって俺と君はそういう関係じゃないでしょ」
「ですが俺、本当に昨日はおかしかったから、理性ぶっ飛んでやらかしたのか、と」
「あはは。何ならそういうことにしてもうしばらく様子を楽しんでもよかったね」
「よくありませんよ……! はぁ……ですが改めて、本当にご迷惑をおかけいたしました。申し訳ありません」
ため息をついた後、向かいのソファーに座っているリックに対して座ったまま頭を下げると「次謝ったら罰ゲームね」と言われた。
「いや、何でですか……」
「あの果物のこと知らないエルヴィンが謝ることなんて何一つないからだよ」
「それでもご迷惑をかけたのは事実ですから」
「ならちょっとした粗相だと思っておきなよ」
「……何かお漏らししたみたいですけど」
「あはは! お漏らしか」
「いや、笑うとこ違います」
「お漏らししても俺は怒らないから大丈夫だよ」
「いやもう、この話どこへ行く感じなんですか……」
「ふふ。とにかく、君が謝るなら俺も同じだけ、ちゃんと食べるのを止めさせられなくてごめんねって言うから」
「……もう。わかりました。では、助けてくださってありがとうございます」
「俺は何も手助けできてないよ?」
「? ですが俺の具合は完全によくなってます。あの果物の威力がどんなものかわかりませんが、さすがに一晩寝たから治ったとかじゃないですよね? そもそもぐっすり眠れるわけがない。リックが魔法でどうにかしてくださったんじゃないんですか?」
怪訝な顔でリックに言えば、一瞬ポカンとした後で「ああ、なるほど」と頷いてきた。
「君はほぼ意識、飛んじゃってたんだねえ」
「そう言いませんでした? だからてっきり理性もぶっ飛んで襲ってしまったのか、と」
「はは。じゃあ次は襲ってもらおうかな。途中から襲うのは俺になるだろうけど」
「……言ってることがわかりませんし、次がそもそもありませんが」
「残念。あとね、君を助けたのはニルスだよ」
リックの口からニルスの名前を聞いたエルヴィンは腹の奥だろうか、よくわからないがどこかが何だか妙に疼く気がした。
「ニ、ルス」
「仕事から戻ってきてね。一瞬殺されちゃうかと思ったよ」
「いやいや、あなた王子ですけど」
「君が関わっているニルスにかかったら王子だろうが王だろうが関係ないと思うよ……。まあ事情は何とか説明したし、把握したニルスが君を助けたってわけ」
ニルスが俺を助けた……。
「って、えっと……」
「君は覚えてないだろうし、俺は明確に言わないけど、でもわかるよね?」
「え? え? あ……」
「ああ、大丈夫。俺は即退散したから」
「い、いえそんな心配、は……」
ニルスが。
助けてくれた。
少し動揺したせいか、脳内に浸透するのに少々時間がかかった。だが浸透すると一気に顔が熱くなった。
「う、わ……」
そんなエルヴィンをリックは楽しそうに笑みを浮かべて見ている。
リックにも把握されているという羞恥心と、ニルスに痴態を見られたのであろう羞恥心が半端ない。だがその反面、ニルスが助けてくれたというじんわりしみ込んでくるような堪らない嬉しさと、あの状況からこうしてすっきりした状況になるまでに自分がニルスにされたであろうことを思っての官能的な気持ちも半端ない。
「ちょ、色々耐えられない……」
「はは」
「あと何で俺は覚えてないんでしょう……」
「まあ、仕方ないよね。後でニルスに聞けば?」
「聞けるわけないでしょう……。それに聞いてニルスが説明してくれると思います?」
「ブローチ使えば」
「使いません……」
「えーせっかくなのに。だいたい旅行中は持ってたブローチ、今はどこにあるの」
「これは制服ですし」
「制服にブローチつけたら駄目なんてルールないでしょ」
「職務中手が触れることもあるんです。無差別な勢いで誰彼ともなく心読んじゃったらどうしてくれるんですか」
「大変だろうねえ」
「他人事……! あとブローチは鍵のかかる俺のロッカーの私服につけてます」
「肌身離さず持ってなさいよ。ああそうそう。本当は昨日渡そうと思ってたんだけど」
ニルスはにこにこと何かを差し出してきた。見れば小さなケースだ。
「……これは?」
「あのブローチ専用のケース。これにブローチ入れてポケットに入れてたら、俺の魔法かけてるから万が一手が当たっても心の声も聞こえないよ」
「また無駄に高等な魔法使って……」
「無駄扱いやめてね。ちゃんとエルヴィンに持っててもらいたいし、必要ないとポケットに入れておいても、いつでも不意に使いたくなったら気軽に使えるでしょ」
「気軽に使わそうとしないでください」
とはいえ、一つだけどうしても知りたいことはある。これだけはニルスに聞けるのならば聞きたい。
0
お気に入りに追加
497
あなたにおすすめの小説
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。
実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので!
おじいちゃんと孫じゃないよ!
【BL】こんな恋、したくなかった
のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】
人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。
ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。
※ご都合主義、ハッピーエンド
不憫な推しキャラを救おうとしただけなのに
はぴねこ
BL
美幼児&美幼児(ブロマンス期)からの美青年×美青年(BL期)への成長を辿る長編BLです。
金髪碧眼美幼児のリヒトの前世は、隠れゲイでBL好きのおじさんだった。
享年52歳までプレイしていた乙女ゲーム『星鏡のレイラ』の攻略対象であるリヒトに転生したため、彼は推しだった不憫な攻略対象:カルロを不運な運命から救い、幸せにすることに全振りする。
見た目は美しい王子のリヒトだが、中身は52歳で、両親も乳母も護衛騎士もみんな年下。
気軽に話せるのは年上の帝国の皇帝や魔塔主だけ。
幼い推しへの高まる父性でカルロを溺愛しつつ、頑張る若者たち(両親etc)を温かく見守りながら、リヒトはヒロインとカルロが結ばれるように奮闘する!
リヒト… エトワール王国の第一王子。カルロへの父性が暴走気味。
カルロ… リヒトの従者。リヒトは神様で唯一の居場所。リヒトへの想いが暴走気味。
魔塔主… 一人で国を滅ぼせるほどの魔法が使える自由人。ある意味厄災。リヒトを研究対象としている。
オーロ皇帝… 大帝国の皇帝。エトワールの悍ましい慣習を嫌っていたが、リヒトの利発さに興味を持つ。
ナタリア… 乙女ゲーム『星鏡のレイラ』のヒロイン。オーロ皇帝の孫娘。カルロとは恋のライバル。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師の松本コウさんに描いていただきました。
貧乏Ωの憧れの人
ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。
エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの
転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~
槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。
最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者
R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる