彼は最後に微笑んだ

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154話

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 そうか、と頷いたニルスをじっと見てきた後、リックは微笑んできた。

「心配?」
「心配しない恋人なんているのか?」
「中にはいるんじゃないかな?」
「そんなのは知らんし、どうでもいい」
「護衛騎士にして欲しくない?」
「いや。エルヴィンの腕は確かだ。お前を護衛するのにエルヴィンは相応しい。それと俺の心配は別だ。気にするな」
「ふふ」
「……どうした」

 おかしそうに笑うリックを見れば、小さく首を振ってきた後にまたリックは微笑んでくる。

「いや、ね? お前を小さな頃から知ってるし、恋愛なんて全然興味ないって感じの、それも無骨者のお前がさ、何だかいい男になったものだねとね」
「……二歳年下が、俺の兄みたいなことを」

 ため息をつきながらニルスこそ首を振った。

「前にも言ったけど、大人になってからの二歳差なんてあってないようなものだよ。じゃあ、ありがたくエルヴィンを任命させてもらおう」
「ああ」
「……護衛騎士をエルヴィンに、って決めた時にさ」

 いつも余計なことは煩いくらいに言ってくるものの、真面目な話はむしろ大抵はぐらかす勢いのリックが続けてきた。何となくその様子が、最近どこか変だなと思っていたニルスのリックへの違和感と重なる。

「絶対あり得ないってわかってても、後々問題になったりしないよう、あと立場上さ……」
「うん」
「エルヴィンや彼の家族が絶対に派閥問題に絡んでないって確証得ないといけないのが……何かね、この国の王族であり王位継承権第二位って存在だってのに、結局俺の立場って、大したことないっていうか、何だろね、つまらないなあ、みたいなさ、何か、ねえ……」

 なるほど、とニルスは理解した。何となくおかしいと思っていたニルスの違和感は間違っていなかったようだ。
 過激派だとか命を狙われるだとか、普通の者ならそれこそ恐れたり落ち込んだりするかもしれない。だがリックやデニスは小さな頃からそういったことが起こり得る世界で生きてきたし教育を受けてきている。今さら派閥問題がこじれたからといって、多少は困惑したりするとしても、ニルスが違和感を覚えるほどリックが落ち込んだりショックを受けたりするはずがない。むしろ過激派なんて存在は「わかりやすくて助かるよ」くらい笑って言いそうだ。おまけにリックは王権に対して公にはしていないものの全く興味がない。派閥に関しても普段は全然気にしていない。
 そしてそういった存在に悩まされ、心配し、駆除していくのがニルスやニルスの父親、それにジェムといった立場の者だ。
 そんなリックだが、家族や仲間を疑ってかからなければならないとなるとやはり気持ちも揺らぐのだろう。リックの立場ならそれこそ、身内絡みに対してどうってことないと構えていなければならないのかもしれないが、ニルスとしてはそれらが原因で何となくおかしいと感じてしまうようなリックが、「リックらしい」と思えた。

「俺も、そしてエルヴィンも、お前の立場はよくわかっている」

 言いたいことをうまく口にできないものの、ニルスが伝えたいことはわかったのだろう。リックが笑みを浮かべ頷いてきた。

「ありがとう。世間的に見たらアルスラン家は第一王子派かなと思われやすそうだよね」

 以前もリックは「アルスラン家はどちらかと言えば第一王子派とでも言うのかな?」などと口にしていた。

「お前が言うように、確かにノルデルハウゼン侯爵は王直属だし、見ていても特に俺やデニスどちらかをひいきにするってこともないけどさ。やっぱり周りはそういう風に思いそうだろ? でもエルヴィンは俺直属の騎士団となったし、普段からその騎士団で俺専用窓口みたいな役割を受け持たされてるから」
「お前のせいでな」
「はは。でもほら、そういうことだから結局アルスラン家の長男はどちら派だろうと世間でもいまいちわからないよね」
「それが狙いだったのか?」
「うーん、単に俺がエルヴィンをそばに置きたいだけってのは一番の本音だけど」
「……」
「それの副産物みたいなものかな」
「……」
「とにかく、どちら派と明確じゃない感じで悪くないのではって思ってたけど、護衛騎士にするならその不確かな感じとか、第一王子派からも第二王子派からも様子を窺われているような立場をさ、もう少しはっきりさせないといけないのかなあって」
「……なるほど」
「どちら派でもないにしてもその辺明確にできそうな何かをね、仕方なく探ってたんだけどさ、何だかねえ、嫌な立場だよな俺は、って思っちゃうよね」
「それは問題ない」

 リックらし過ぎることに対して少々呆れていたニルスだが、それに関しては即答した。実際、問題などない。リックは何も気にしなくていい。

「はは。うん、ありがとう、ニルス。そうだな、ノルデルハウゼン侯爵にははっきりこの件について話をすることにするよ。それでもし、アルスラン家の立ち位置などが派閥問題に変に絡んだとしても、お前は家柄とか立場とか関係なくエルヴィンと仲よくしててね」

 何だかそれもこの間言われたような気がする。結局、何となくおかしいという違和感に対してリックは答えのようなものをニルスが以前聞いた時にはすでに口にしていたことになるのだろう。いつものように回りくどいしわかりにくいが。

「というか、ノルデルハウゼン侯爵にこの件に関して話するなら、エルヴィンにも……」
「あ、駄目。却下。そうそう、申し訳ないけど、お前もエルヴィンに派閥問題の話は禁止だから」
「お前の部下であり、俺の恋人でもあるのだが?」
「それは関係ないんだ。信用してないとかそういうのじゃない。わかるだろ、エルヴィンは真面目だし口も堅い。でもね、顔に出さずにこういった問題を誰にもバレず秘密にできると思う?」
「……ああ、なるほど……」

 ニルスも理解した。そのためエルヴィンには自分からそれ関係の話は一切持ち出さないようにした。
 とりあえず旅は無事終わってよかったし、商談の他に目的だった件も予想以上にうまくいった。まだまだこれからだが、過激派のことはうまく片付いていくだろう。

 エルヴィンとも……。

 もっといい関係を築いていければいいなと思った後で昨夜のことを思い出し、ニルスはまた落ち着かない気持ちになった。
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