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152話
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部屋を出ると、ニルスは自分の仕事をするためデニスの元へ向かった。リックの補佐だが、リックのそばでしか仕事ができないわけではない。
今はとにかく危険思想の過激派貴族を芋づる式に捕らえていかないとな。
リックから派閥のことで抱えている問題について話を聞いたのは今回の旅に出る少し前くらいだっただろうか。
その頃ニルスはエルヴィンとの鍛冶屋デートや休憩室でのひと時など幸せな時間を過ごせてほくほくしつつ、リックの様子が何となくおかしいことを疑問に思っていた。しかしそれとなく聞いてもリックはいつもはぐらかす。
ただ、ある日は違った。
「ニルス、お前も派閥のことは知ってるよね」
「……ああ」
珍しくリックが人払いをしてきた上に真面目な話を持ちかけてきそうなことにかなり驚きつつも、ニルスはただ頷いた。だが驚いているのはバレバレだったようで苦笑される。
「そんなに唖然としなくても」
「……何故わかる」
「わからないとでも? とにかくさ、派閥はまあ、いいんだけどね」
「ああ」
「兄上側にも俺側にも、過激派って言えばいいのかな。極端なタイプの貴族がいるんだ」
「それは俺も聞いたことがあるが……」
過激派の貴族たちはそれぞれ相手側の王子が失脚することも望んでいるし狙っている節がある。大抵の貴族はどちら派というのはあれども、そこまで考えはしない。大抵は純粋に自分が信じる王子こそ王となればさらなる国の発展がと考える者もいれば、自分の利益に伴うのはこちらの王子だからと考える者もいるものの、どちら派の貴族であっても国の未来への期待や損得勘定で物事を考えている程度であり、この国の王子をどうこうしようとまで企むことはない。
リックが言うには、その過激派の中でもさらに極端なことを考えている者たちがいるらしい。
「極端……失脚だけでなく、ということか」
「そう」
「……今までは俺にも特に言うつもりなさそうだったが、急に何故言うことにした?」
少し考えてから聞けば、珍しくリックが少し困ったように笑った。
「うーん。言ってもお前、怒らない?」
「約束はできない」
「だよねえ。嘘とかつけないものね、ニルス」
「いいから言え」
有無を言わせない勢いでそれだけ口にするとリックが苦笑してきた。
「わかったよ。最近よくニルスに買い物頼んでるでしょ?」
「? ああ」
「お前が俺のお使いに行っている間を狙って、何度か俺に危害を加えようとしてくるやからがいてね」
「は?」
「さすがにいつもじゃないよ? 最初はさ、たまたまかなって思ったんだよね。俺が串肉食べたくなったのだって急にだったし。でもほら、ニルスが俺から離れて出ていくのってこっそりじゃないでしょ。お前は他の者に用件を告げて行くわけだし、お前の代わりとして俺に用ができた時に対応できるよう配置につく者だっているし。で、様子を見るために何度も串肉を買いに行ってもらってたんだけど、さすがに胸焼けしそうだったよ途中から」
他のものを買えばいいだろうと言いそうになって、ニルスはため息をつきながら一呼吸置いた。そもそも、そこじゃない。
「……てっきり相当串肉が気に入ったのだと思っていたが……だいたい、危害とは?」
「直接刺客が来ることもあったし、毒物を混ぜてこようとする者もいたねえ」
冗談じゃない。ニルスが珍しく怒りをくすぶらせているとリックがニルスの肩をぽんぽんと叩いてきた。
「大丈夫だよ。俺は一度も危険な目に遭ってない。お前がいなきゃ駄目になる警備や対応しか自分の身の回りに備えられないような王子ならそもそも俺を推す派閥もないだろうし、目障りに思う派閥もないでしょ」
「そういう問題じゃない」
「わかってるよ。とにかく、俺の命さえ狙うようなお貴族様たちはどうやら自分たちのことは特定できないと自信があるらしくてね。だから隙を狙ってくるんだろね」
「刺客の口を割らせればいいだろう。割らないのなら俺が……」
「遠慮するよ。ニルスは大抵のことに秀でてるけど少なくとも知略縦横じゃないのは自分でもわかるでしょ。それにエルヴィンにはあんなに優しいくせにさ」
「今それ関係ないだろ……」
「あるある。彼にはあんなに優しいのに、俺や俺の家族が関わることに対しては冷酷無比なとこあるでしょ、ニルスは。お前がやれば間違いなく相手は喋る気になる前にボロ雑巾であの世行きだよ」
否定したいところだが、否定の言葉が浮かばない。とはいえ、王やその家族、そして何よりリックを守ることがニルスの仕事だし、彼ら家族と昔から一緒であるニルスにとって彼らは自分の家族のように大事な存在だ。この仕事が天職だと思っているニルスとしては、リックたちの安全を脅かす者に容赦ないのは仕方ないことではと思う。
「まあ、どのみち無理なんだよね。捕まった者たちは皆、歯や他のどこかに毒、仕込んでるみたいで自決しちゃうんだよ。馬鹿だよね。あと、そういう者を平気で使うやつらにこの国を支える存在の一人になって欲しくない」
リックの気持ちはとてもわかる。ニルスとて同じように思う。
「だがお前自ら餌となっておびき寄せる必要はないだろ……第二王子である自覚を持て」
「もちろん持ってるよ。だからこそ、こうして洗い出そうとしている。こっちは派閥なんて興味ないっていうかそもそも跡継ぎに興味ないってのにさ、派閥どころか過激派とかさ、それだけでも鬱陶しいとは思ってた。でも、もう見逃してられない。だいたい状況が変わろうと国を駄目にする原因があるなら放っておけない。国が傾くところを見るのはもう十分だ」
「状況? 国が傾く?」
「ああ、それはこっちの話」
にこりと微笑むリックをニルスは怪訝な顔で見た。とはいえリックがたまによくわからない言動をとるのは今に始まったことではない。
……というか最初の質問の答えに全然たどりつかないんだが。
危害を加える者がいるという話はことの原因や発端であって、ニルスに話すことにした理由ではない。
ただ、よくわからない言動をとるだけでなく回りくどいのもリックの持ち味とでも言うのだろうか。大抵は何か考えがあって回りくどくしてくるのだが、今回もそうなのだろうかとニルスは辛抱強く話の流れにそのまま流されないよう留まりながら続きを促した。
今はとにかく危険思想の過激派貴族を芋づる式に捕らえていかないとな。
リックから派閥のことで抱えている問題について話を聞いたのは今回の旅に出る少し前くらいだっただろうか。
その頃ニルスはエルヴィンとの鍛冶屋デートや休憩室でのひと時など幸せな時間を過ごせてほくほくしつつ、リックの様子が何となくおかしいことを疑問に思っていた。しかしそれとなく聞いてもリックはいつもはぐらかす。
ただ、ある日は違った。
「ニルス、お前も派閥のことは知ってるよね」
「……ああ」
珍しくリックが人払いをしてきた上に真面目な話を持ちかけてきそうなことにかなり驚きつつも、ニルスはただ頷いた。だが驚いているのはバレバレだったようで苦笑される。
「そんなに唖然としなくても」
「……何故わかる」
「わからないとでも? とにかくさ、派閥はまあ、いいんだけどね」
「ああ」
「兄上側にも俺側にも、過激派って言えばいいのかな。極端なタイプの貴族がいるんだ」
「それは俺も聞いたことがあるが……」
過激派の貴族たちはそれぞれ相手側の王子が失脚することも望んでいるし狙っている節がある。大抵の貴族はどちら派というのはあれども、そこまで考えはしない。大抵は純粋に自分が信じる王子こそ王となればさらなる国の発展がと考える者もいれば、自分の利益に伴うのはこちらの王子だからと考える者もいるものの、どちら派の貴族であっても国の未来への期待や損得勘定で物事を考えている程度であり、この国の王子をどうこうしようとまで企むことはない。
リックが言うには、その過激派の中でもさらに極端なことを考えている者たちがいるらしい。
「極端……失脚だけでなく、ということか」
「そう」
「……今までは俺にも特に言うつもりなさそうだったが、急に何故言うことにした?」
少し考えてから聞けば、珍しくリックが少し困ったように笑った。
「うーん。言ってもお前、怒らない?」
「約束はできない」
「だよねえ。嘘とかつけないものね、ニルス」
「いいから言え」
有無を言わせない勢いでそれだけ口にするとリックが苦笑してきた。
「わかったよ。最近よくニルスに買い物頼んでるでしょ?」
「? ああ」
「お前が俺のお使いに行っている間を狙って、何度か俺に危害を加えようとしてくるやからがいてね」
「は?」
「さすがにいつもじゃないよ? 最初はさ、たまたまかなって思ったんだよね。俺が串肉食べたくなったのだって急にだったし。でもほら、ニルスが俺から離れて出ていくのってこっそりじゃないでしょ。お前は他の者に用件を告げて行くわけだし、お前の代わりとして俺に用ができた時に対応できるよう配置につく者だっているし。で、様子を見るために何度も串肉を買いに行ってもらってたんだけど、さすがに胸焼けしそうだったよ途中から」
他のものを買えばいいだろうと言いそうになって、ニルスはため息をつきながら一呼吸置いた。そもそも、そこじゃない。
「……てっきり相当串肉が気に入ったのだと思っていたが……だいたい、危害とは?」
「直接刺客が来ることもあったし、毒物を混ぜてこようとする者もいたねえ」
冗談じゃない。ニルスが珍しく怒りをくすぶらせているとリックがニルスの肩をぽんぽんと叩いてきた。
「大丈夫だよ。俺は一度も危険な目に遭ってない。お前がいなきゃ駄目になる警備や対応しか自分の身の回りに備えられないような王子ならそもそも俺を推す派閥もないだろうし、目障りに思う派閥もないでしょ」
「そういう問題じゃない」
「わかってるよ。とにかく、俺の命さえ狙うようなお貴族様たちはどうやら自分たちのことは特定できないと自信があるらしくてね。だから隙を狙ってくるんだろね」
「刺客の口を割らせればいいだろう。割らないのなら俺が……」
「遠慮するよ。ニルスは大抵のことに秀でてるけど少なくとも知略縦横じゃないのは自分でもわかるでしょ。それにエルヴィンにはあんなに優しいくせにさ」
「今それ関係ないだろ……」
「あるある。彼にはあんなに優しいのに、俺や俺の家族が関わることに対しては冷酷無比なとこあるでしょ、ニルスは。お前がやれば間違いなく相手は喋る気になる前にボロ雑巾であの世行きだよ」
否定したいところだが、否定の言葉が浮かばない。とはいえ、王やその家族、そして何よりリックを守ることがニルスの仕事だし、彼ら家族と昔から一緒であるニルスにとって彼らは自分の家族のように大事な存在だ。この仕事が天職だと思っているニルスとしては、リックたちの安全を脅かす者に容赦ないのは仕方ないことではと思う。
「まあ、どのみち無理なんだよね。捕まった者たちは皆、歯や他のどこかに毒、仕込んでるみたいで自決しちゃうんだよ。馬鹿だよね。あと、そういう者を平気で使うやつらにこの国を支える存在の一人になって欲しくない」
リックの気持ちはとてもわかる。ニルスとて同じように思う。
「だがお前自ら餌となっておびき寄せる必要はないだろ……第二王子である自覚を持て」
「もちろん持ってるよ。だからこそ、こうして洗い出そうとしている。こっちは派閥なんて興味ないっていうかそもそも跡継ぎに興味ないってのにさ、派閥どころか過激派とかさ、それだけでも鬱陶しいとは思ってた。でも、もう見逃してられない。だいたい状況が変わろうと国を駄目にする原因があるなら放っておけない。国が傾くところを見るのはもう十分だ」
「状況? 国が傾く?」
「ああ、それはこっちの話」
にこりと微笑むリックをニルスは怪訝な顔で見た。とはいえリックがたまによくわからない言動をとるのは今に始まったことではない。
……というか最初の質問の答えに全然たどりつかないんだが。
危害を加える者がいるという話はことの原因や発端であって、ニルスに話すことにした理由ではない。
ただ、よくわからない言動をとるだけでなく回りくどいのもリックの持ち味とでも言うのだろうか。大抵は何か考えがあって回りくどくしてくるのだが、今回もそうなのだろうかとニルスは辛抱強く話の流れにそのまま流されないよう留まりながら続きを促した。
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