彼は最後に微笑んだ

Guidepost

文字の大きさ
上 下
148 / 193

148話

しおりを挟む
 帰国した翌日、話をするため執務室へ来るようエルヴィンに伝えているとリックから聞いていたニルスは、いつものように茶の用意をしていた。エルヴィンは甘い菓子も好きだったなとそして思い、茶だけでなく何か一緒に出すものも用意しようかと考えているとノックがあり、デニスの使いの者が入ってきた。
 用件を聞くとバルトルト事件のことで確認しておきたいことがあるとのことで、リックに来てもらいたいとデニスが言っているらしい。確認だけなのでさほど時間は取らせないようではある。

「今俺が行かないといけないようなことなの? 予定があるんだけど」
「それは……私には判断しかねます。申し訳ありません」
「はぁ。そりゃそうだよね。わかった、とりあえずじゃあ……」
「俺が行く」

 ため息をつきながら立ち上がろうとするリックを制し、ニルスはデニスの使いに近づいた。

「で、ですが」
「リック殿下とほぼずっと一緒だったから、多分俺でも対応できるはずだ。それにデニス殿下には俺がそう言う。だからあなたは安心して。心配しなくていい」
「は、はい」
「またタラしてるよ、この天然」
「何か言ったか?」

 何故か苦笑しているリックへ顔を向けると「大したことじゃないよ」と笑いかけてきた。リックがそういう笑顔になる時は少なくとも何もない訳ではないだろうくらいはニルスにもわかるが、本人がそう言うならと頷いた。

「それはさておき、何だったらニルスがエルヴィンに話をしてくれてもいいんだけど」
「やめておこう。俺がリックのように話せるわけないだろう?」
「はは。じゃあ申し訳ないけどお仕事頼むね。ありがとう、ニルス」
「問題ない」

 帰国する前から慌ただしかったせいで、エルヴィンとはひたすら愛し合ったあの時以来、ゆっくり話す時間すら取れていない。せめてリックがラヴィニアの話をエルヴィンとする間、ニルスはそばについてエルヴィンをひたすら眺めていようと思っていたのだが、仕事ならば仕方ない。
 ラヴィニアのこととなると心配なほど構えていたエルヴィンだけに、ニルスからすれば大した内容でもなさそうなことであっても聞いておきたいだろうとは思う。そうなるとやはり、リックが話したほうがいい。
 心残りはエルヴィンが好きそうな菓子を準備できなかったことだが、それも仕方ない。
 デニスの元へ出向くと「お前が来たのか」と言われたが、リックがエルヴィンと約束があることを話せば「そうか」と頷いていた。
 確認しておきたいことは幸いニルスでも把握できていることだったため、検証を含めしばらくデニスたちと共にちょっとした会議に参加する羽目になった。偶然発覚した事件とはいえ、まさかここまで芋づる式に陰で何やら企んで動いていた過激派をつるし上げられることになるとはと、ニルスとしても心から喜ばしく思う。
 以前からリックも周りにさとられないよう、情報収集などは行っていた。とはいえエルヴィンたちのように、一般の貴族たちからすれば「派閥があるなあ」程度しか把握されていないような、比較的穏便な派閥貴族しか表立っておらず、なかなか尻尾をつかむことができないでいたようだ。ニルスも隠密は本業ではないため、リックの口から派閥絡みの不穏な存在についてはっきり聞いたのすら、旅に出る少し前のことだ。それからそれの件で動くようになっても、周りに不信がられないためにも下手に何もできなかった。

 改めてよかった……。過激派貴族はリックたちそれぞれの失脚を望むどころか命さえ狙いかねない様子だったようだしな……。

 もちろん尻尾をつかめていないのもあり、そういったことも推測でしかなかったのだが、例え推測であっても王子の命を狙うという状況を甘んじて受け入れる訳にいかない。
 とにかく、今回のことでおそらく一掃できるか、それに近い勢いで片づけられるのではないだろうか。ただ懸念するのは、取りこぼした者がそれこそ王子の命を狙わないか、だ。いずれ捕まるのではと怯えて過ごすくらいならいっそのこと逃亡しようと考えてくれたほうが助かるが、やけになって無謀なことをしでかす可能性がないとはいえない。
 会議ではその件についても提案しておいた。

「ああ、それは俺も考えた。対策としては……」

 頷き、話を続けるデニスを見ながら、子どもの頃は結構わがままで周りを困らせていたデニスをニルスはぼんやり思い出す。あのまま成長しなくてよかったと思う。子どものわがままならまだしも、そのまま第一継承者である大人になられていたらと考えると、弟ながらに遠慮なく兄を振り回していたリックに対してよくやったとさえ思えてくる。

 当時はほどほどにしてやれと思ってたけどもな。

 会議を終えると、ニルスは少しだけデニス、ジェムと話してからその場を離れた。

「エルヴィンにもよろしく伝えててくれ」
「はい」

 戻っている間に「やはり何か菓子でも用意するか」などと考えたが、予想よりも少々時間が経っているのもあり一旦戻ってから考えることにした。リックのことだから余計なことも話すだろうし、さすがにもうエルヴィンは帰ってしまったということはないだろう。何なら本人に食べたいものはないか直接聞いてもいい。
 そんな呑気なことを考えながら戻ると、部屋では珍しく本気で困惑しているような表情のリックと、どう見ても動物のように発情しているとしか思えないエルヴィンが抱きあっている光景が目に入ってきた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...