彼は最後に微笑んだ

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144話

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「ゆする材料ですらない、とは?」

 それこそどんな話をしたのだろうとエルヴィンが聞くも「どうでもよくない?」と笑顔で返される。

「いや……それよりもっとどうでもいい話や、聞いてはいけないような話を散々されたような気がしますが」

 思わず微妙な顔で見返してしまい、笑われた。

「笑うとこですか」
「ごめんごめん。エルヴィンのわかりやすい表情につい」
「……俺のわかりやすい表情についてはそこまでと自覚はなかったものの、さらっと流してください……」
「そうだねえ。まあ、さ。とにかくレディ・ラヴィニアに関しては気にしなくていいよ。ゆすってもいいことないくらい彼女もわかるだろうし、俺は恋愛対象にされないし、兄上とは結局接点持ててないしね」

 確かに店で顔を合わせたというか、合わせてもいないだろうが、その時は第一王子だと知らなかっただろうし、それ以降二人が顔を合わせることはなかった。

「ああそうそう。エルヴィンとしては忘れてはいけないこと、あったね」
「俺が忘れては?」
「レディ・ラヴィニアには、ニルスを狙っても無駄だともちゃんと言っておいたから」
「ちょ」

 実際、ニルスが少し離れたところに警備兼用で立っている時にニックはラヴィニアに「残念ながらニルスを狙っても無駄だから教えておいてあげるね」と告げたのだそうだ。

「無駄かどうかは私が決めることでは? 第二王子殿下」
「まあそうかもだけどさ。ほんと時間の無駄だから教えてあげたんだよ。親切にも」
「まあ」
「ニルスには大切な恋人がいてね、それもニルスが小さな頃からずっと片思いしてきた人なんだ。ようやくそれが実ったんだよ? 君も多少ニルスの性格知ってるだろうし、想像もつくんじゃないかな、頭いいもんね。ニルスがどれだけ一途で他に目を向けないか、よく考えなくてもわかるでしょ?」
「……さあ。そこまで私はカイセルヘルム侯爵をよく知っているわけではありませんので。ですが、彼が簡単になびいてくれて動かしやすい人でないことはわかります」
「あはは。その通りだよ」
「……はぁ。何だかもうめんどくさくなっちゃった。どのみちあなた方のどなたかを狙って上手くいってもマヴァリージで上手くやっていけるかどうかは別話ですものね。いくら私が周りを気にしないとはいえ、不正を働いて平民となった家柄の女という目は鬱陶しいものですし」
「今現状、君は平民だけど、そこからのし上がるのとどう違うの?」
「全然違いますのよ、王子様。スタートが落ちぶれ平民となった女というレッテルなのか、平民として上質な女としてもてはやされてるか、は大きく違うでしょう?」
「でも君ならレッテルさえどうにかしそうだけど」
「あら。買いかぶってくださってありがとうございます、第二王子殿下。よかったらお付き合いいたします?」
「はは。遠慮しておくよ、俺は遊びや適当な付き合いはあまり好きじゃないんでね」
「まあ私も第二王子殿下お相手に自分が一番ベストな状況になれる気がしませんので、仕方ありませんわね。……あと私にも挑むのに多少楽を味わいたい気持ちはありますので、第二王子殿下に対してはご遠慮しておきます。とにかく、レッテルがない現状のほうがありがたいですわね」
「なるほど」
「で、今回のことで私に何か利点はありますかしら?」

 リックはラヴィニアとのやり取りを話し「捕まえてくれた報酬として希望するものを聞いたんだ」と続けてきた。

「何だったんですか? まさか何らかの地位、とか?」
「いや。俺かもしくはマヴァリージとして与えられるのは結局マヴァリージでの地位になるだろう? それはいらないんだってさ。名誉や名声よりも日々の楽しく美しい暮らしが大事なんだって。地位はあくまでもそれを楽しむための手段らしいよ。だから面倒そうなマヴァリージはもう結構、だってさ。仕方ないからそれなりの価値ある宝石を贈ることにした」

 何というか、ラヴィニアらしいと言えばラヴィニアらしいのかもしれないが、エルヴィンのイメージとしてはもっと地位などにも欲まみれなイメージがあったので意外だった。

「宝石なら自ら身に着けて楽しめるし、飽きたらかなりの値段で売れるしね」
「それだけで済んだんですか……」

 それだけとはいえ、おそらくとてつもなく値の張る宝石ではあるのだろう。だが何というか脱力してしまう。ラウラに毒を盛り、国を乗っ取る勢いで君臨していた王妃ラヴィニアを知っているだけに、拍子抜けというのだろうか。

「ああ、あと一つだけ」
「な、何を欲求されたんですか……!」
「はは。目が怖いよエルヴィン」

 だって仕方ない。

「……申し訳ありません」
「あと一つはね、肯定か否定して欲しいってことだったよ」
「は?」
「ニルスの好きな人。もしかして君、エルヴィンじゃないかって聞かれてね」
「は?」
「口は基本軽くはないんだけど、報酬だしねぇ。仕方ないでしょ?」
「え?」
「肯定したらレディ・ラヴィニア、やっぱりって頷いた後に、男にずっと片思いしていた相手なら私の魅力が伝わらないのも仕方ありませんねって満足げに笑ってたよ。よかったね。これでもう、ニルスや君はレディ・ラヴィニアと関わること、ないだろうし」

 よかった、のか?

 確かによかったのだろう。だがどうにももろ手を挙げて喜べないエルヴィンは複雑な表情をリックへ向けた。
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