彼は最後に微笑んだ

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143話

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 エルヴィンが相変わらず唖然としていると、またもやリックは苦笑してくる。この感じを先ほどから何度となく繰り返している気がする。

「だいたい乗り心地が慣れないからってさ、その上普段から鍛えてる騎士だってのに食べすぎと馬車酔いだけでそこまで疲れたりしないんじゃない? まあ俺は酔わないから知らないけど」
「俺も酔いません」
「ああはい、そういうことにしておこうね」
「リック……」
「とにかく、俺の回復魔法、よく効いたでしょ? まさか馬車酔……食べすぎだけでそんなに効くとでも思ってたの? 俺の魔法は胃腸薬じゃないんだけど」
「……」
「いつも心配性なニルスがさ、大した腕前でない君を護衛騎士として連れてくって言う俺に対して反対しないと思う? あの王子を王子と思っていなさそうな無骨者がさ? むしろ喜んでたよねニルスは、君と一緒だって。確かにお守りとしてブローチは持ってて欲しいとは思ったようだけどさ、その上で君の腕を信頼してるからこそ、何も言わないんだと思わない?」
「……」
「君は君の腕を侮りすぎ。ちゃんとね、俺たちの命を守ってくれてたんだよ、俺の護衛騎士様は」

 思いもよらないとはこのことではないだろうか。
エルヴィンは先ほどから開いた口が塞がらなかった。

 え、そんなこと、ある?

 確かに記憶にさえ残らないほどあっけなく、盗賊らしきものに対応してはいた。それこそ王子たちを守らなければというよりは、たまに町で出会うようなごろつきに対する日常的な対応に近い勢いではあった。

 だって弱かったし……!

 それが王子をどうこうしようとする刺客のすることかと思いきり突っ込みたいほど、弱かった。向こうが弱いのではなくエルヴィンがかなり強いだけだなどと、誰が思うというのか。

「えぇ……」
「むしろ何で君はそこまで自分を侮ってるのかな」
「侮ってはいませんし……それなりに腕にも自信あるつもりです。ただ、王子の護衛騎士というのはさすがに、と……」

 かつて自分の無力さを激しいほど味わったせいなのだろうか。エルヴィンとしては自分をそこまで侮っているつもりはなかったが、どこかで「自分は情けないほど無力だから」といまだに思っている節ががあったのだろうか。

「とにかく、それ聞いて一応わかってくれたかな? 君はちゃんと護衛騎士としての仕事を全うしてくれてたよ」
「……え、っと……それは、何より、です」
「まだ納得してなさそうだねえ……」

 納得していないと言うか、信じられないと言ったほうが近い気はする。

「じゃあさ、今回のこの件絡みの諸々が終わったら、一度トーナメント方式の剣術大会でも開こうか。そうだな、兄上の戴冠式祝いの一環としてなんて、どう?」
「え? 俺に聞かれても……っていうか戴冠式? 国王の引退はまだでは……」
「ここだけの話ね。今回のことで父上はむしろ兄上の即位を早めようとお考えなんだ。だから……」
「っちょ、俺が気軽に聞いていいことでないのでは……」

 リックの言葉を慌てて遮ると、リックはまたもや苦笑してきた。

「ほんと変なとこでクソ真面目でお堅いんだよねえ、エルヴィンは」
「変なとこじゃなく真っ当なところです! まだ公でないその情報は俺にも公にしないでください」
「えー?」
「えー、じゃありません。じゃないと個人的に会っている時も王子呼ばわりしますからね」
「……わかったよ。ほんっとエルヴィンは。もう少し柔らかくていいと思うんだけど。いっそ媚薬とか飲んだら柔らかくなるんじゃない?」
「ほんとにやりそうなので言っておきますが、やめてくださいね? そんなもの飲んであなたが見る羽目になるのは考えに柔軟な俺ではなく、残念ながら俺の痴態です」
「それはそれで……」
「ほんっとやめてくださいね?」

 思いきり睨む勢いで念押ししたらリックは楽しげに笑いながら「さすがに俺もしないよ、ニルスに殺されちゃう」と手を振ってきた。

「というか、話が逸れに逸れて、何の話が本題だったか行方不明気味なんですが……」
「そうだねえ。えっと、何の話だっけ」
「……ケヒシュタット卿について、が元々本題でしょうか。あ、いや。違いますね。……ラヴィニア嬢とされた話の内容、ですかね」

 ラヴィニアとの話を聞くつもりが、まさか国が絡んだ陰謀にまで発展したのちにエルヴィンの性格についての駄目出しという流れだった。

「ああ、そうだったね。レディ・ラヴィニアはねえ……確かに魅力的な外見をしてるしとても賢い女性だ。頭の回転がいいというか」
「まさか好きになっちゃったとか……」
「はは。まさか。確かに魅力的な外見だけど、風船で言うとちょっと空気が詰まりすぎてる気がするしねえ」
「胸の話ですか……? 今そういう話をする流れでは……」
「はは。違うからね? そういう話も嫌いじゃないけど。要はさ、近くにいると危険な人だろうなあって。あの人は。俺はエルヴィンくらい少し空気の抜けた感じの風船がいいなぁ」
「……褒められてる気がしませんね……」
「いいなあって言ってるのに。とにかくね、まあそういう女性だし、今回のような目に遭っても何も支障はなさそうだね」
「むしろ今回のことをネタにゆするとかそういうことは、その、ないでしょうか」
「ああ、それに関してはあらかじめ、ゆする材料ですらないと暗に示してきたから問題ないよ」

 ラヴィニアだけに心配になって口にしたエルヴィンに対し、リックはさらっと笑顔で答えてきた。
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