143 / 193
143話
しおりを挟む
エルヴィンが相変わらず唖然としていると、またもやリックは苦笑してくる。この感じを先ほどから何度となく繰り返している気がする。
「だいたい乗り心地が慣れないからってさ、その上普段から鍛えてる騎士だってのに食べすぎと馬車酔いだけでそこまで疲れたりしないんじゃない? まあ俺は酔わないから知らないけど」
「俺も酔いません」
「ああはい、そういうことにしておこうね」
「リック……」
「とにかく、俺の回復魔法、よく効いたでしょ? まさか馬車酔……食べすぎだけでそんなに効くとでも思ってたの? 俺の魔法は胃腸薬じゃないんだけど」
「……」
「いつも心配性なニルスがさ、大した腕前でない君を護衛騎士として連れてくって言う俺に対して反対しないと思う? あの王子を王子と思っていなさそうな無骨者がさ? むしろ喜んでたよねニルスは、君と一緒だって。確かにお守りとしてブローチは持ってて欲しいとは思ったようだけどさ、その上で君の腕を信頼してるからこそ、何も言わないんだと思わない?」
「……」
「君は君の腕を侮りすぎ。ちゃんとね、俺たちの命を守ってくれてたんだよ、俺の護衛騎士様は」
思いもよらないとはこのことではないだろうか。
エルヴィンは先ほどから開いた口が塞がらなかった。
え、そんなこと、ある?
確かに記憶にさえ残らないほどあっけなく、盗賊らしきものに対応してはいた。それこそ王子たちを守らなければというよりは、たまに町で出会うようなごろつきに対する日常的な対応に近い勢いではあった。
だって弱かったし……!
それが王子をどうこうしようとする刺客のすることかと思いきり突っ込みたいほど、弱かった。向こうが弱いのではなくエルヴィンがかなり強いだけだなどと、誰が思うというのか。
「えぇ……」
「むしろ何で君はそこまで自分を侮ってるのかな」
「侮ってはいませんし……それなりに腕にも自信あるつもりです。ただ、王子の護衛騎士というのはさすがに、と……」
かつて自分の無力さを激しいほど味わったせいなのだろうか。エルヴィンとしては自分をそこまで侮っているつもりはなかったが、どこかで「自分は情けないほど無力だから」といまだに思っている節ががあったのだろうか。
「とにかく、それ聞いて一応わかってくれたかな? 君はちゃんと護衛騎士としての仕事を全うしてくれてたよ」
「……え、っと……それは、何より、です」
「まだ納得してなさそうだねえ……」
納得していないと言うか、信じられないと言ったほうが近い気はする。
「じゃあさ、今回のこの件絡みの諸々が終わったら、一度トーナメント方式の剣術大会でも開こうか。そうだな、兄上の戴冠式祝いの一環としてなんて、どう?」
「え? 俺に聞かれても……っていうか戴冠式? 国王の引退はまだでは……」
「ここだけの話ね。今回のことで父上はむしろ兄上の即位を早めようとお考えなんだ。だから……」
「っちょ、俺が気軽に聞いていいことでないのでは……」
リックの言葉を慌てて遮ると、リックはまたもや苦笑してきた。
「ほんと変なとこでクソ真面目でお堅いんだよねえ、エルヴィンは」
「変なとこじゃなく真っ当なところです! まだ公でないその情報は俺にも公にしないでください」
「えー?」
「えー、じゃありません。じゃないと個人的に会っている時も王子呼ばわりしますからね」
「……わかったよ。ほんっとエルヴィンは。もう少し柔らかくていいと思うんだけど。いっそ媚薬とか飲んだら柔らかくなるんじゃない?」
「ほんとにやりそうなので言っておきますが、やめてくださいね? そんなもの飲んであなたが見る羽目になるのは考えに柔軟な俺ではなく、残念ながら俺の痴態です」
「それはそれで……」
「ほんっとやめてくださいね?」
思いきり睨む勢いで念押ししたらリックは楽しげに笑いながら「さすがに俺もしないよ、ニルスに殺されちゃう」と手を振ってきた。
「というか、話が逸れに逸れて、何の話が本題だったか行方不明気味なんですが……」
「そうだねえ。えっと、何の話だっけ」
「……ケヒシュタット卿について、が元々本題でしょうか。あ、いや。違いますね。……ラヴィニア嬢とされた話の内容、ですかね」
ラヴィニアとの話を聞くつもりが、まさか国が絡んだ陰謀にまで発展したのちにエルヴィンの性格についての駄目出しという流れだった。
「ああ、そうだったね。レディ・ラヴィニアはねえ……確かに魅力的な外見をしてるしとても賢い女性だ。頭の回転がいいというか」
「まさか好きになっちゃったとか……」
「はは。まさか。確かに魅力的な外見だけど、風船で言うとちょっと空気が詰まりすぎてる気がするしねえ」
「胸の話ですか……? 今そういう話をする流れでは……」
「はは。違うからね? そういう話も嫌いじゃないけど。要はさ、近くにいると危険な人だろうなあって。あの人は。俺はエルヴィンくらい少し空気の抜けた感じの風船がいいなぁ」
「……褒められてる気がしませんね……」
「いいなあって言ってるのに。とにかくね、まあそういう女性だし、今回のような目に遭っても何も支障はなさそうだね」
「むしろ今回のことをネタにゆするとかそういうことは、その、ないでしょうか」
「ああ、それに関してはあらかじめ、ゆする材料ですらないと暗に示してきたから問題ないよ」
ラヴィニアだけに心配になって口にしたエルヴィンに対し、リックはさらっと笑顔で答えてきた。
「だいたい乗り心地が慣れないからってさ、その上普段から鍛えてる騎士だってのに食べすぎと馬車酔いだけでそこまで疲れたりしないんじゃない? まあ俺は酔わないから知らないけど」
「俺も酔いません」
「ああはい、そういうことにしておこうね」
「リック……」
「とにかく、俺の回復魔法、よく効いたでしょ? まさか馬車酔……食べすぎだけでそんなに効くとでも思ってたの? 俺の魔法は胃腸薬じゃないんだけど」
「……」
「いつも心配性なニルスがさ、大した腕前でない君を護衛騎士として連れてくって言う俺に対して反対しないと思う? あの王子を王子と思っていなさそうな無骨者がさ? むしろ喜んでたよねニルスは、君と一緒だって。確かにお守りとしてブローチは持ってて欲しいとは思ったようだけどさ、その上で君の腕を信頼してるからこそ、何も言わないんだと思わない?」
「……」
「君は君の腕を侮りすぎ。ちゃんとね、俺たちの命を守ってくれてたんだよ、俺の護衛騎士様は」
思いもよらないとはこのことではないだろうか。
エルヴィンは先ほどから開いた口が塞がらなかった。
え、そんなこと、ある?
確かに記憶にさえ残らないほどあっけなく、盗賊らしきものに対応してはいた。それこそ王子たちを守らなければというよりは、たまに町で出会うようなごろつきに対する日常的な対応に近い勢いではあった。
だって弱かったし……!
それが王子をどうこうしようとする刺客のすることかと思いきり突っ込みたいほど、弱かった。向こうが弱いのではなくエルヴィンがかなり強いだけだなどと、誰が思うというのか。
「えぇ……」
「むしろ何で君はそこまで自分を侮ってるのかな」
「侮ってはいませんし……それなりに腕にも自信あるつもりです。ただ、王子の護衛騎士というのはさすがに、と……」
かつて自分の無力さを激しいほど味わったせいなのだろうか。エルヴィンとしては自分をそこまで侮っているつもりはなかったが、どこかで「自分は情けないほど無力だから」といまだに思っている節ががあったのだろうか。
「とにかく、それ聞いて一応わかってくれたかな? 君はちゃんと護衛騎士としての仕事を全うしてくれてたよ」
「……え、っと……それは、何より、です」
「まだ納得してなさそうだねえ……」
納得していないと言うか、信じられないと言ったほうが近い気はする。
「じゃあさ、今回のこの件絡みの諸々が終わったら、一度トーナメント方式の剣術大会でも開こうか。そうだな、兄上の戴冠式祝いの一環としてなんて、どう?」
「え? 俺に聞かれても……っていうか戴冠式? 国王の引退はまだでは……」
「ここだけの話ね。今回のことで父上はむしろ兄上の即位を早めようとお考えなんだ。だから……」
「っちょ、俺が気軽に聞いていいことでないのでは……」
リックの言葉を慌てて遮ると、リックはまたもや苦笑してきた。
「ほんと変なとこでクソ真面目でお堅いんだよねえ、エルヴィンは」
「変なとこじゃなく真っ当なところです! まだ公でないその情報は俺にも公にしないでください」
「えー?」
「えー、じゃありません。じゃないと個人的に会っている時も王子呼ばわりしますからね」
「……わかったよ。ほんっとエルヴィンは。もう少し柔らかくていいと思うんだけど。いっそ媚薬とか飲んだら柔らかくなるんじゃない?」
「ほんとにやりそうなので言っておきますが、やめてくださいね? そんなもの飲んであなたが見る羽目になるのは考えに柔軟な俺ではなく、残念ながら俺の痴態です」
「それはそれで……」
「ほんっとやめてくださいね?」
思いきり睨む勢いで念押ししたらリックは楽しげに笑いながら「さすがに俺もしないよ、ニルスに殺されちゃう」と手を振ってきた。
「というか、話が逸れに逸れて、何の話が本題だったか行方不明気味なんですが……」
「そうだねえ。えっと、何の話だっけ」
「……ケヒシュタット卿について、が元々本題でしょうか。あ、いや。違いますね。……ラヴィニア嬢とされた話の内容、ですかね」
ラヴィニアとの話を聞くつもりが、まさか国が絡んだ陰謀にまで発展したのちにエルヴィンの性格についての駄目出しという流れだった。
「ああ、そうだったね。レディ・ラヴィニアはねえ……確かに魅力的な外見をしてるしとても賢い女性だ。頭の回転がいいというか」
「まさか好きになっちゃったとか……」
「はは。まさか。確かに魅力的な外見だけど、風船で言うとちょっと空気が詰まりすぎてる気がするしねえ」
「胸の話ですか……? 今そういう話をする流れでは……」
「はは。違うからね? そういう話も嫌いじゃないけど。要はさ、近くにいると危険な人だろうなあって。あの人は。俺はエルヴィンくらい少し空気の抜けた感じの風船がいいなぁ」
「……褒められてる気がしませんね……」
「いいなあって言ってるのに。とにかくね、まあそういう女性だし、今回のような目に遭っても何も支障はなさそうだね」
「むしろ今回のことをネタにゆするとかそういうことは、その、ないでしょうか」
「ああ、それに関してはあらかじめ、ゆする材料ですらないと暗に示してきたから問題ないよ」
ラヴィニアだけに心配になって口にしたエルヴィンに対し、リックはさらっと笑顔で答えてきた。
0
お気に入りに追加
497
あなたにおすすめの小説
伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。
実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので!
おじいちゃんと孫じゃないよ!
【BL】こんな恋、したくなかった
のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】
人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。
ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。
※ご都合主義、ハッピーエンド
不憫な推しキャラを救おうとしただけなのに
はぴねこ
BL
美幼児&美幼児(ブロマンス期)からの美青年×美青年(BL期)への成長を辿る長編BLです。
金髪碧眼美幼児のリヒトの前世は、隠れゲイでBL好きのおじさんだった。
享年52歳までプレイしていた乙女ゲーム『星鏡のレイラ』の攻略対象であるリヒトに転生したため、彼は推しだった不憫な攻略対象:カルロを不運な運命から救い、幸せにすることに全振りする。
見た目は美しい王子のリヒトだが、中身は52歳で、両親も乳母も護衛騎士もみんな年下。
気軽に話せるのは年上の帝国の皇帝や魔塔主だけ。
幼い推しへの高まる父性でカルロを溺愛しつつ、頑張る若者たち(両親etc)を温かく見守りながら、リヒトはヒロインとカルロが結ばれるように奮闘する!
リヒト… エトワール王国の第一王子。カルロへの父性が暴走気味。
カルロ… リヒトの従者。リヒトは神様で唯一の居場所。リヒトへの想いが暴走気味。
魔塔主… 一人で国を滅ぼせるほどの魔法が使える自由人。ある意味厄災。リヒトを研究対象としている。
オーロ皇帝… 大帝国の皇帝。エトワールの悍ましい慣習を嫌っていたが、リヒトの利発さに興味を持つ。
ナタリア… 乙女ゲーム『星鏡のレイラ』のヒロイン。オーロ皇帝の孫娘。カルロとは恋のライバル。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師の松本コウさんに描いていただきました。
貧乏Ωの憧れの人
ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。
エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの
転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~
槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。
最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者
R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる