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141話
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考えているエルヴィンを見ていた様子のリックがおかしそうに笑ってきた。
「何ですか?」
「いや、ほんとエルヴィンはブローチのいらない人だなあって」
「は?」
先ほどもそれらしきことを言っていた。
「……ってもしかして俺、そんなにわかりやすいんですか?」
隠し事は確かにさほど得意ではないし思ったことが顔に出やすいほうだと自分でもある程度は認識しているが、笑われるほどなのかとエルヴィンは微妙な気持ちになりながらリックを見返した。
「まあ俺が人の顔色とか窺うの得意ってのもあるけど」
そう言われると、リックだけに得意そうだとエルヴィンも素直に納得した。
「ああ、俺だけじゃないよ。エルヴィンが思ってる通り兄上はレディ・ラヴィニアみたいな人に使われやすいかもしれないけど、あれでも兄上だって人を見る目はそれなりにあるんだよ」
「デッ」
「で?」
「い、いえ。その、俺の考えを読まれたんだと思いますが、その、決して俺はデニス殿下を侮っていたわけでは……」
「あはは。俺の前でまでそんなかしこまらなくても。それに君が兄上を侮っているとまでは俺も思ってないよ。まあ俺もそうだけどね、王位継承者としては普段から人を見る目を養わないと駄目だと俺は思ってる。兄上がエルヴィンの顔色にいち早く気づいたのだって、ちゃんと君の人柄を見た上で好ましいと思い、気に入っていたからこそだと思うよ」
「デニス殿下が俺を……?」
遡る前の出来事を思えば到底考えられない話過ぎて、今はあの頃と違うのだとわかっていても唖然としてしまう。第一デニスに人を見る目があるのなら何故あの頃、おとなしいながらも優しいラウラのよさに気づけずラヴィニアに骨抜きにされたというのか。
「……人はさ、誰とどう付き合うかでも変わっちゃえると思わない?」
またじっとエルヴィンを見ていたらしいリックが静かな声で聞いてきた。
それは確かにそうだとエルヴィンも思う。現に今までエルヴィンはそれらを目の当たりにしてきた。遡る前と違う行動をとったというだけでなく、誰かと異なる流れで接することでも変わってきたはずだ。
エルヴィンが頷くとリックも笑みを浮かべながら頷いてきた。
「俺とエルヴィンが偶然、出会ったのだってそうだよね。もしあの時出会ってなかったら違った未来だったかもしれない」
間違いなくそうだろう。リックやニルスと出会わなかったらまた全く同じ未来を繰り返していたとまでは思わないが、似たような結果になってしまっていた可能性だってあるし、遡る前とも今とも違う未来になっていた可能性もある。
「俺とエルヴィンが出会うことで、俺や君の家族、親しい人たちだって変わったかもしれない」
確かにそれも否定できない。結局のところ結果論であり、実際はどうなっていたのか、どうなるのか、どうなっていくのかなんて何一つわからないが、リックの言うことはとてもわかった。
やはりリックも遡る前のリックではないし、そんなリックと接してきたデニス殿下も遡る前とは違うってこと、なのかな。
その辺を考えようとすると答えのない考えだけにこんがらがってくるものの、ふと「ラヴィニアも遡る前のラヴィニアと違う、とか?」などと浮かんでしまった。
いや、人は変わるけど本質までは変わらないはずだ。現にデニスも流されやすそうというのは遡る前も今も同じだと思われる。ラヴィニアだって自分の欲のためならきっと今でも人を利用し、殺そうと思えば殺せるはずだ。たまたま今はそういう流れでないだけで。
とはいえ今のリックはラヴィニアのことというよりデニスのことを思いながら言ったのだろう。
少しだけ、何故あえて「人は変わる」ということを今エルヴィンに言うのだろうとは思う。
まるで俺が遡る前のデニス殿下を知ってるせいでデニス殿下のことで唖然としていたのを知ってるみたい。
しかしそんなことリックが知る由もないはずで、多分いつものように自分は考えすぎなのだろうなとエルヴィンは内心苦笑した。
「……まさか第一王子殿下が俺を気に入ってくれてるなんてと少し驚きましたが、確かに俺の具合まで気にしてくださってましたもんね。光栄なことです」
気を取り直してエルヴィンが言えば、リックはにっこりと微笑んできた。
「とにかくレディ・ラヴィニアの証言もあるし、ケヒシュタット卿の投獄、処罰は免れないと思うよ。でも思わぬ収穫だったな」
「収穫? 不穏な考えを持つ貴族を割り出せるからですか?」
「そうそう。最近特に俺や兄上の失脚を望む貴族の存在がね、誰とは明確じゃないながらも目立ってきていたんだ。それこそ命を狙われそうな勢いで」
「なっ? そ、こまでだったんですか? だったらなおさら旅になんて……」
「わかってやったんだよ。二人がそろうことで多分誰かぼろを出す者が出てくるのではって。君だって不思議に思ったんでしょ? 王子二人がそろって旅に出るなんていいのかって。この間言った通り、これは王も承知のことだよ。まあ父親としては渋られたけどね」
「王も承知ってそういう意味……」
エルヴィンが護衛騎士として付き添うという話を聞いた時に交わしていた会話をふと思い出した。
「どこにそんな国家的危惧さえ兼ね備えそうな荒療治を行う王族がいるんです……? 本当に大丈夫なのですか? 国王も承知の件なのでしょうか……あなたが勝手に決めたとかじゃ……?」
「俺を何だと思ってるの? いくら俺でもそこまでじゃないよ。安心して。父上の判断でもある」
そんな風なことを話していた。国王の判断というのが兄弟そろって旅に出ること以外、その時は思いもよらなかった。
「何ですか?」
「いや、ほんとエルヴィンはブローチのいらない人だなあって」
「は?」
先ほどもそれらしきことを言っていた。
「……ってもしかして俺、そんなにわかりやすいんですか?」
隠し事は確かにさほど得意ではないし思ったことが顔に出やすいほうだと自分でもある程度は認識しているが、笑われるほどなのかとエルヴィンは微妙な気持ちになりながらリックを見返した。
「まあ俺が人の顔色とか窺うの得意ってのもあるけど」
そう言われると、リックだけに得意そうだとエルヴィンも素直に納得した。
「ああ、俺だけじゃないよ。エルヴィンが思ってる通り兄上はレディ・ラヴィニアみたいな人に使われやすいかもしれないけど、あれでも兄上だって人を見る目はそれなりにあるんだよ」
「デッ」
「で?」
「い、いえ。その、俺の考えを読まれたんだと思いますが、その、決して俺はデニス殿下を侮っていたわけでは……」
「あはは。俺の前でまでそんなかしこまらなくても。それに君が兄上を侮っているとまでは俺も思ってないよ。まあ俺もそうだけどね、王位継承者としては普段から人を見る目を養わないと駄目だと俺は思ってる。兄上がエルヴィンの顔色にいち早く気づいたのだって、ちゃんと君の人柄を見た上で好ましいと思い、気に入っていたからこそだと思うよ」
「デニス殿下が俺を……?」
遡る前の出来事を思えば到底考えられない話過ぎて、今はあの頃と違うのだとわかっていても唖然としてしまう。第一デニスに人を見る目があるのなら何故あの頃、おとなしいながらも優しいラウラのよさに気づけずラヴィニアに骨抜きにされたというのか。
「……人はさ、誰とどう付き合うかでも変わっちゃえると思わない?」
またじっとエルヴィンを見ていたらしいリックが静かな声で聞いてきた。
それは確かにそうだとエルヴィンも思う。現に今までエルヴィンはそれらを目の当たりにしてきた。遡る前と違う行動をとったというだけでなく、誰かと異なる流れで接することでも変わってきたはずだ。
エルヴィンが頷くとリックも笑みを浮かべながら頷いてきた。
「俺とエルヴィンが偶然、出会ったのだってそうだよね。もしあの時出会ってなかったら違った未来だったかもしれない」
間違いなくそうだろう。リックやニルスと出会わなかったらまた全く同じ未来を繰り返していたとまでは思わないが、似たような結果になってしまっていた可能性だってあるし、遡る前とも今とも違う未来になっていた可能性もある。
「俺とエルヴィンが出会うことで、俺や君の家族、親しい人たちだって変わったかもしれない」
確かにそれも否定できない。結局のところ結果論であり、実際はどうなっていたのか、どうなるのか、どうなっていくのかなんて何一つわからないが、リックの言うことはとてもわかった。
やはりリックも遡る前のリックではないし、そんなリックと接してきたデニス殿下も遡る前とは違うってこと、なのかな。
その辺を考えようとすると答えのない考えだけにこんがらがってくるものの、ふと「ラヴィニアも遡る前のラヴィニアと違う、とか?」などと浮かんでしまった。
いや、人は変わるけど本質までは変わらないはずだ。現にデニスも流されやすそうというのは遡る前も今も同じだと思われる。ラヴィニアだって自分の欲のためならきっと今でも人を利用し、殺そうと思えば殺せるはずだ。たまたま今はそういう流れでないだけで。
とはいえ今のリックはラヴィニアのことというよりデニスのことを思いながら言ったのだろう。
少しだけ、何故あえて「人は変わる」ということを今エルヴィンに言うのだろうとは思う。
まるで俺が遡る前のデニス殿下を知ってるせいでデニス殿下のことで唖然としていたのを知ってるみたい。
しかしそんなことリックが知る由もないはずで、多分いつものように自分は考えすぎなのだろうなとエルヴィンは内心苦笑した。
「……まさか第一王子殿下が俺を気に入ってくれてるなんてと少し驚きましたが、確かに俺の具合まで気にしてくださってましたもんね。光栄なことです」
気を取り直してエルヴィンが言えば、リックはにっこりと微笑んできた。
「とにかくレディ・ラヴィニアの証言もあるし、ケヒシュタット卿の投獄、処罰は免れないと思うよ。でも思わぬ収穫だったな」
「収穫? 不穏な考えを持つ貴族を割り出せるからですか?」
「そうそう。最近特に俺や兄上の失脚を望む貴族の存在がね、誰とは明確じゃないながらも目立ってきていたんだ。それこそ命を狙われそうな勢いで」
「なっ? そ、こまでだったんですか? だったらなおさら旅になんて……」
「わかってやったんだよ。二人がそろうことで多分誰かぼろを出す者が出てくるのではって。君だって不思議に思ったんでしょ? 王子二人がそろって旅に出るなんていいのかって。この間言った通り、これは王も承知のことだよ。まあ父親としては渋られたけどね」
「王も承知ってそういう意味……」
エルヴィンが護衛騎士として付き添うという話を聞いた時に交わしていた会話をふと思い出した。
「どこにそんな国家的危惧さえ兼ね備えそうな荒療治を行う王族がいるんです……? 本当に大丈夫なのですか? 国王も承知の件なのでしょうか……あなたが勝手に決めたとかじゃ……?」
「俺を何だと思ってるの? いくら俺でもそこまでじゃないよ。安心して。父上の判断でもある」
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