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140話
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「お疲れ様だったね」
リックに呼ばれ、エルヴィンはリックの執務室にいた。
帰国してから少しバタついたものの、呼ばれたのは帰国した翌日だ。リックは「改めて時間を作って」と言っていたが、まさかこんな早くに時間を作ってくれるとは思っていなかった。
「あの、俺のことは後回しでいいんですよ?」
「どういうこと?」
「だってどう考えても今、あなた絶対忙しいでしょう?」
「そうでもないよ?」
ただでさえ商談を終えた後だけにその報告や対応に忙しいはずな上、それよりも重要な案件が発生してしまっている。バルトルトの件だ。しかもこれに関しては国として対応しなくてはならないほど重大な事柄だというのに「そうでもない」わけがない。
「……何でそんな嘘つくんですか」
「やだなぁ、エルヴィン。そんな微妙そうな顔で俺を見ないでくれる?」
「見てません」
「どうせならもっと熱のこもった目で俺を見て欲しいな」
「できません」
申し訳なささえ感じていたというのに結局いつものような対応をしてしまい、エルヴィンはため息をついた。
「殿下は」
「リック」
「……今は仕事中では」
「休憩中だよ。時間作ったって言ったでしょ」
「……」
「リック」
「……リックは俺の上司であり第二王子であらせられるんですよ。俺に対して変な気遣いは不要です」
「忘れて欲しくないけど、幼馴染でもあるからね? それこそ大事な幼馴染に気遣いもできない男だとでも? あとそもそも気遣いって何」
「忙しいのに時間を割かせてしまって申し訳なく思っている俺にわざと呆れさせるような言動取りましたよね」
「……あはは。気のせいじゃないかな、考えすぎ。エルヴィンはほんといつも考えすぎなんだから。俺、いつもこんなだろ?」
「ですが」
「とにかく、俺だってちょっとした休憩欲しいし、君のことはいい口実にもなってるんだよ。だからお互いウィンウィンでしょ」
「別に俺はそこまでラヴィニア嬢のことを聞きたいわけでは……」
「まぁまぁ。じゃあウィンウィンじゃない、俺がひたすらお得ってことで。俺は話したいしね。とはいえ、正直な話、特に大した内容ではないんだけどね」
ラヴィニアから事情聴取した後で、ニルスと同じ立場の貴族だと名乗ったリックに対してラヴィニアは「本当はあなた、第二王子殿下ではありません?」とにっこり微笑んできたのだという。
「何故そう思うのかな?」
「だってカイセルヘルム侯爵は第二王子殿下の補佐ですし、いくら何らかの仕事を請けたにしても、殿下のそばを長らく離れるような仕事は受けるはずないでしょうし。それに王子殿下たちの命を狙ったわけではなくとも、あの貴族はかなりまずいことしでかそうとしたわけでしょう?」
「それも、何故そう思う?」
「あらましはお伝えしたと思いますけど?」
「ああ、そうだね」
「そこから想像できる内容を想像したたけですわ。もちろん詳しくは存じ上げませんし、私がそれについてお伺いすることができないのは存じ上げております。いくつか思いつく内容に正解があるかもわかりません。ですがろくでもないことだろうくらい、馬鹿でもわかりますわよね」
「はは。で?」
「そんなことに衛兵などを通すわけでもなくいきなり直接何の関係もなさそうな貴族様がやって来られたんです。何かあると思うじゃないですか。それにあのカイセルヘルム侯爵が自然とあなたに従ってる感じ、ありますし。あと第二王子殿下と言えば諸々の事件を解決される際によく対応なさっているイメージがとてもありましたし」
「なるほど」
「で、私の予想、合ってます?」
「ご想像にお任せするよ」
「まあ、意地悪ね」
そんな風なやり取りを交わした様子だとリックの話から何となく察し、エルヴィンは少し気分が落ちるのを感じた。
まさかラヴィニアは今回、リックに目を? などと余計なことをつい考えてしまう。呪縛から解き放たれたと思っていたというのに、まだ多少なりとも縛られているのだろうか。
そんなエルヴィンをじっと見てきた後、リックは「君に対してはさ、君にあげたブローチみたいなのは全く不要だなあってよく思うよ」と笑いかけてきた。
「……? えっと、どういう意味です?」
「何となく?」
「何で疑問形なんですか。あと何となくって何」
「何となくは何となくだよ。あまり気にしないで」
「だったらあなたも訳のわからないこと言わないでください」
「そうだねえ。ああそうそう、彼女ってマヴァリージにいる頃わりと恋多き女性って感じだったでしょ」
恋多きというか、上昇志向というか……。
「それは多分今も変わってないんだろうけど、さすがに俺には恋、してくれないみたいだよ」
「は? え、っと、何で……」
「はっきり言われたんだよね」
意地悪ね、と笑いかけてきた後にラヴィニアは「第二王子殿下は頭がよすぎて私みたいな見た目だけの馬鹿女に殿下は似つかわしくありませんものね。ご身分、隠されなくても私は他に言いませんし何よりさすがに媚は売りませんわよ」と楽しげに言い放ってきたそうだ。
「は?」
「恋多きレディ・ラヴィニアにさえ頭がいいって言われちゃうみたいだよ俺は」
「い、いやいやいや」
「いやいやって、何。エルヴィンは俺のこと馬鹿だと実は思ってたとか? それは悲しいなあ」
「ち、違いますけど」
確かにリックは変な言動ばかりとるイメージが強いものの、かなり頭の回転がいい人だとはエルヴィンも思っている。ラヴィニアもそれを今までリックが成し遂げてきた成果やその宿屋で交わした会話で察知し、警戒した上で対象外にしたということなのかもしれない。
だとすればラヴィニアは思っていた以上に狡猾で頭の回転がいい。そして遡る前のラヴィニアがデニスを対象にしたということは。
そりゃデニス殿下って手のひらで転がしやすそうではあるけど……。
リックに呼ばれ、エルヴィンはリックの執務室にいた。
帰国してから少しバタついたものの、呼ばれたのは帰国した翌日だ。リックは「改めて時間を作って」と言っていたが、まさかこんな早くに時間を作ってくれるとは思っていなかった。
「あの、俺のことは後回しでいいんですよ?」
「どういうこと?」
「だってどう考えても今、あなた絶対忙しいでしょう?」
「そうでもないよ?」
ただでさえ商談を終えた後だけにその報告や対応に忙しいはずな上、それよりも重要な案件が発生してしまっている。バルトルトの件だ。しかもこれに関しては国として対応しなくてはならないほど重大な事柄だというのに「そうでもない」わけがない。
「……何でそんな嘘つくんですか」
「やだなぁ、エルヴィン。そんな微妙そうな顔で俺を見ないでくれる?」
「見てません」
「どうせならもっと熱のこもった目で俺を見て欲しいな」
「できません」
申し訳なささえ感じていたというのに結局いつものような対応をしてしまい、エルヴィンはため息をついた。
「殿下は」
「リック」
「……今は仕事中では」
「休憩中だよ。時間作ったって言ったでしょ」
「……」
「リック」
「……リックは俺の上司であり第二王子であらせられるんですよ。俺に対して変な気遣いは不要です」
「忘れて欲しくないけど、幼馴染でもあるからね? それこそ大事な幼馴染に気遣いもできない男だとでも? あとそもそも気遣いって何」
「忙しいのに時間を割かせてしまって申し訳なく思っている俺にわざと呆れさせるような言動取りましたよね」
「……あはは。気のせいじゃないかな、考えすぎ。エルヴィンはほんといつも考えすぎなんだから。俺、いつもこんなだろ?」
「ですが」
「とにかく、俺だってちょっとした休憩欲しいし、君のことはいい口実にもなってるんだよ。だからお互いウィンウィンでしょ」
「別に俺はそこまでラヴィニア嬢のことを聞きたいわけでは……」
「まぁまぁ。じゃあウィンウィンじゃない、俺がひたすらお得ってことで。俺は話したいしね。とはいえ、正直な話、特に大した内容ではないんだけどね」
ラヴィニアから事情聴取した後で、ニルスと同じ立場の貴族だと名乗ったリックに対してラヴィニアは「本当はあなた、第二王子殿下ではありません?」とにっこり微笑んできたのだという。
「何故そう思うのかな?」
「だってカイセルヘルム侯爵は第二王子殿下の補佐ですし、いくら何らかの仕事を請けたにしても、殿下のそばを長らく離れるような仕事は受けるはずないでしょうし。それに王子殿下たちの命を狙ったわけではなくとも、あの貴族はかなりまずいことしでかそうとしたわけでしょう?」
「それも、何故そう思う?」
「あらましはお伝えしたと思いますけど?」
「ああ、そうだね」
「そこから想像できる内容を想像したたけですわ。もちろん詳しくは存じ上げませんし、私がそれについてお伺いすることができないのは存じ上げております。いくつか思いつく内容に正解があるかもわかりません。ですがろくでもないことだろうくらい、馬鹿でもわかりますわよね」
「はは。で?」
「そんなことに衛兵などを通すわけでもなくいきなり直接何の関係もなさそうな貴族様がやって来られたんです。何かあると思うじゃないですか。それにあのカイセルヘルム侯爵が自然とあなたに従ってる感じ、ありますし。あと第二王子殿下と言えば諸々の事件を解決される際によく対応なさっているイメージがとてもありましたし」
「なるほど」
「で、私の予想、合ってます?」
「ご想像にお任せするよ」
「まあ、意地悪ね」
そんな風なやり取りを交わした様子だとリックの話から何となく察し、エルヴィンは少し気分が落ちるのを感じた。
まさかラヴィニアは今回、リックに目を? などと余計なことをつい考えてしまう。呪縛から解き放たれたと思っていたというのに、まだ多少なりとも縛られているのだろうか。
そんなエルヴィンをじっと見てきた後、リックは「君に対してはさ、君にあげたブローチみたいなのは全く不要だなあってよく思うよ」と笑いかけてきた。
「……? えっと、どういう意味です?」
「何となく?」
「何で疑問形なんですか。あと何となくって何」
「何となくは何となくだよ。あまり気にしないで」
「だったらあなたも訳のわからないこと言わないでください」
「そうだねえ。ああそうそう、彼女ってマヴァリージにいる頃わりと恋多き女性って感じだったでしょ」
恋多きというか、上昇志向というか……。
「それは多分今も変わってないんだろうけど、さすがに俺には恋、してくれないみたいだよ」
「は? え、っと、何で……」
「はっきり言われたんだよね」
意地悪ね、と笑いかけてきた後にラヴィニアは「第二王子殿下は頭がよすぎて私みたいな見た目だけの馬鹿女に殿下は似つかわしくありませんものね。ご身分、隠されなくても私は他に言いませんし何よりさすがに媚は売りませんわよ」と楽しげに言い放ってきたそうだ。
「は?」
「恋多きレディ・ラヴィニアにさえ頭がいいって言われちゃうみたいだよ俺は」
「い、いやいやいや」
「いやいやって、何。エルヴィンは俺のこと馬鹿だと実は思ってたとか? それは悲しいなあ」
「ち、違いますけど」
確かにリックは変な言動ばかりとるイメージが強いものの、かなり頭の回転がいい人だとはエルヴィンも思っている。ラヴィニアもそれを今までリックが成し遂げてきた成果やその宿屋で交わした会話で察知し、警戒した上で対象外にしたということなのかもしれない。
だとすればラヴィニアは思っていた以上に狡猾で頭の回転がいい。そして遡る前のラヴィニアがデニスを対象にしたということは。
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