彼は最後に微笑んだ

Guidepost

文字の大きさ
上 下
140 / 193

140話

しおりを挟む
「お疲れ様だったね」

 リックに呼ばれ、エルヴィンはリックの執務室にいた。
 帰国してから少しバタついたものの、呼ばれたのは帰国した翌日だ。リックは「改めて時間を作って」と言っていたが、まさかこんな早くに時間を作ってくれるとは思っていなかった。

「あの、俺のことは後回しでいいんですよ?」
「どういうこと?」
「だってどう考えても今、あなた絶対忙しいでしょう?」
「そうでもないよ?」

 ただでさえ商談を終えた後だけにその報告や対応に忙しいはずな上、それよりも重要な案件が発生してしまっている。バルトルトの件だ。しかもこれに関しては国として対応しなくてはならないほど重大な事柄だというのに「そうでもない」わけがない。

「……何でそんな嘘つくんですか」
「やだなぁ、エルヴィン。そんな微妙そうな顔で俺を見ないでくれる?」
「見てません」
「どうせならもっと熱のこもった目で俺を見て欲しいな」
「できません」

 申し訳なささえ感じていたというのに結局いつものような対応をしてしまい、エルヴィンはため息をついた。

「殿下は」
「リック」
「……今は仕事中では」
「休憩中だよ。時間作ったって言ったでしょ」
「……」
「リック」
「……リックは俺の上司であり第二王子であらせられるんですよ。俺に対して変な気遣いは不要です」
「忘れて欲しくないけど、幼馴染でもあるからね? それこそ大事な幼馴染に気遣いもできない男だとでも? あとそもそも気遣いって何」
「忙しいのに時間を割かせてしまって申し訳なく思っている俺にわざと呆れさせるような言動取りましたよね」
「……あはは。気のせいじゃないかな、考えすぎ。エルヴィンはほんといつも考えすぎなんだから。俺、いつもこんなだろ?」
「ですが」
「とにかく、俺だってちょっとした休憩欲しいし、君のことはいい口実にもなってるんだよ。だからお互いウィンウィンでしょ」
「別に俺はそこまでラヴィニア嬢のことを聞きたいわけでは……」
「まぁまぁ。じゃあウィンウィンじゃない、俺がひたすらお得ってことで。俺は話したいしね。とはいえ、正直な話、特に大した内容ではないんだけどね」

 ラヴィニアから事情聴取した後で、ニルスと同じ立場の貴族だと名乗ったリックに対してラヴィニアは「本当はあなた、第二王子殿下ではありません?」とにっこり微笑んできたのだという。

「何故そう思うのかな?」
「だってカイセルヘルム侯爵は第二王子殿下の補佐ですし、いくら何らかの仕事を請けたにしても、殿下のそばを長らく離れるような仕事は受けるはずないでしょうし。それに王子殿下たちの命を狙ったわけではなくとも、あの貴族はかなりまずいことしでかそうとしたわけでしょう?」
「それも、何故そう思う?」
「あらましはお伝えしたと思いますけど?」
「ああ、そうだね」
「そこから想像できる内容を想像したたけですわ。もちろん詳しくは存じ上げませんし、私がそれについてお伺いすることができないのは存じ上げております。いくつか思いつく内容に正解があるかもわかりません。ですがろくでもないことだろうくらい、馬鹿でもわかりますわよね」
「はは。で?」
「そんなことに衛兵などを通すわけでもなくいきなり直接何の関係もなさそうな貴族様がやって来られたんです。何かあると思うじゃないですか。それにあのカイセルヘルム侯爵が自然とあなたに従ってる感じ、ありますし。あと第二王子殿下と言えば諸々の事件を解決される際によく対応なさっているイメージがとてもありましたし」
「なるほど」
「で、私の予想、合ってます?」
「ご想像にお任せするよ」
「まあ、意地悪ね」

 そんな風なやり取りを交わした様子だとリックの話から何となく察し、エルヴィンは少し気分が落ちるのを感じた。
 まさかラヴィニアは今回、リックに目を? などと余計なことをつい考えてしまう。呪縛から解き放たれたと思っていたというのに、まだ多少なりとも縛られているのだろうか。
 そんなエルヴィンをじっと見てきた後、リックは「君に対してはさ、君にあげたブローチみたいなのは全く不要だなあってよく思うよ」と笑いかけてきた。

「……? えっと、どういう意味です?」
「何となく?」
「何で疑問形なんですか。あと何となくって何」
「何となくは何となくだよ。あまり気にしないで」
「だったらあなたも訳のわからないこと言わないでください」
「そうだねえ。ああそうそう、彼女ってマヴァリージにいる頃わりと恋多き女性って感じだったでしょ」

 恋多きというか、上昇志向というか……。

「それは多分今も変わってないんだろうけど、さすがに俺には恋、してくれないみたいだよ」
「は? え、っと、何で……」
「はっきり言われたんだよね」

 意地悪ね、と笑いかけてきた後にラヴィニアは「第二王子殿下は頭がよすぎて私みたいな見た目だけの馬鹿女に殿下は似つかわしくありませんものね。ご身分、隠されなくても私は他に言いませんし何よりさすがに媚は売りませんわよ」と楽しげに言い放ってきたそうだ。

「は?」
「恋多きレディ・ラヴィニアにさえ頭がいいって言われちゃうみたいだよ俺は」
「い、いやいやいや」
「いやいやって、何。エルヴィンは俺のこと馬鹿だと実は思ってたとか? それは悲しいなあ」
「ち、違いますけど」

 確かにリックは変な言動ばかりとるイメージが強いものの、かなり頭の回転がいい人だとはエルヴィンも思っている。ラヴィニアもそれを今までリックが成し遂げてきた成果やその宿屋で交わした会話で察知し、警戒した上で対象外にしたということなのかもしれない。
 だとすればラヴィニアは思っていた以上に狡猾で頭の回転がいい。そして遡る前のラヴィニアがデニスを対象にしたということは。

 そりゃデニス殿下って手のひらで転がしやすそうではあるけど……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。 実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので! おじいちゃんと孫じゃないよ!

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

不憫な推しキャラを救おうとしただけなのに

はぴねこ
BL
美幼児&美幼児(ブロマンス期)からの美青年×美青年(BL期)への成長を辿る長編BLです。 金髪碧眼美幼児のリヒトの前世は、隠れゲイでBL好きのおじさんだった。 享年52歳までプレイしていた乙女ゲーム『星鏡のレイラ』の攻略対象であるリヒトに転生したため、彼は推しだった不憫な攻略対象:カルロを不運な運命から救い、幸せにすることに全振りする。 見た目は美しい王子のリヒトだが、中身は52歳で、両親も乳母も護衛騎士もみんな年下。 気軽に話せるのは年上の帝国の皇帝や魔塔主だけ。 幼い推しへの高まる父性でカルロを溺愛しつつ、頑張る若者たち(両親etc)を温かく見守りながら、リヒトはヒロインとカルロが結ばれるように奮闘する! リヒト… エトワール王国の第一王子。カルロへの父性が暴走気味。 カルロ… リヒトの従者。リヒトは神様で唯一の居場所。リヒトへの想いが暴走気味。 魔塔主… 一人で国を滅ぼせるほどの魔法が使える自由人。ある意味厄災。リヒトを研究対象としている。 オーロ皇帝… 大帝国の皇帝。エトワールの悍ましい慣習を嫌っていたが、リヒトの利発さに興味を持つ。 ナタリア… 乙女ゲーム『星鏡のレイラ』のヒロイン。オーロ皇帝の孫娘。カルロとは恋のライバル。

貧乏Ωの憧れの人

ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。 エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの

転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。 最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者 R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...