138 / 193
138話
しおりを挟む
エルヴィンから報告を受けたデニスとリックの指示により、捕まえた貴族は一旦滞在させてもらっている宮殿までフリッツとエルヴィンで連れて行くことになった。
だが宿屋へ戻る際はフリッツだけでなくリックもついてきた。
「ラヴィニア嬢に話を聞くにしてもニルスだけだとほら、言葉数とかね」
リックの身分がバレてしまうことを懸念したエルヴィンに対しては「俺は別にバレてもいいけど、まあ仕事絡みでニルスと行動を共にしている貴族だと言えばいいんじゃないかな」と言っていた。
確かにニルスだけだと会話上少々心配な上に個人的にもラヴィニアとずっと二人きりはエルヴィンが嫌だし心配で仕方ない。それにリックなら上手く適当にその辺を誤魔化せそうでしかないと思え、エルヴィンもそれ以上は何も言わなかった。
宮殿までの道中、貴族は騒ぐことも逃げようとすることもしなかった。多分下手に騒いで目立つことを避けたのだろうし、王族付きの護衛騎士から逃げても無駄だと早々に悟ってくれたのかもしれない。そこまで浅はかではないようだとわかったものの、なら何故こんな馬鹿げたことをしようとしたのだろうとエルヴィンからすれば謎で仕方がない。
リックがラヴィニアの元へ向かった代わりに、デニスが直々にその貴族と対面することにしたようだ。
デニスを見た途端に顔を青ざめたということは、少なくともデニスの顔をよく把握している程度に上級貴族ということだ。そういえぱリックを見た時もそっと、いやわりと動揺していたかもしれない。
子どもの頃と違ってあまり様々なパーティなどに顔を出さなくなったエルヴィンはこの貴族の顔を見ても全然誰かわからなかったが、リックやフリッツは宿屋で顔を見てすぐに「ケヒシュタット伯バルトルト……」「ケヒシュタット卿」などと呟いていた。
後で改めて聞いたが、この貴族はバルトルト・ヒアホフという名前の伯爵らしい。上級でも貴族の令息や令嬢なら王子の顔を知らない人は少なくないだろうが、伯爵ともなれば第一王子どころか第二王子とも城で顔を合わせる機会はそこそこあるのだろう。そしてバルトルトは第二王子派の貴族として内々では有名だったらしい。
デニスの顔を見て青ざめていたバルトルトも最初は白を切ったりしていた。今や平民であるラヴィニアの証言くらいどうとでもなると高を括っていたのだろうか。だがエルヴィンとニルスが何も知らないまま突入してきたのではなく、隣の部屋で会話を聞いていたことを改めてエルヴィンの口から聞くと、観念したようにうなだれていた。
何だろうな、詰めが甘いんだよな。
遡る前、ラヴィニアとラヴィニアによって変わってしまったデニスから恐ろしい思いをさせられてきたエルヴィンは、生温い視線をバルトルトへ向けた。
マヴァリージ王国内では特に機密事項にしていなかったデニスとリックの商業目的の旅が貴族たちの耳に入ることは、ある意味当たり前ではある。派閥のことをエルヴィンでもさすがに周りから聞いていただけに、何故もっと厳重にしないのか不思議ではあった。現にこうして悪事を働こうとしてくる貴族がいる。
まあそれはさておき、さ。
何らかの目論見があってエルヴィンたちの旅を窺っていたのはいいとして、いやよくはないが、そこからこういった行動に出る流れがとにかく浅はか過ぎる。
話を聞いているとラヴィニアのことも昨日エルヴィンたちが酒場へ向かったことで同じくたまたま知ったようだ。以前からラヴィニアの動向を探っていて計画を練っていたわけではないらしい。
「まあ、リックもラヴィニア嬢とやらがこの国にいることに驚いていたらしいしな」
後でデニスがそう言っていた。デニスいわく、不祥事を起こし逃げるように国を出たヒュープナー家の動向を、リックはそれこそ念のためずっと調べさせ把握していたらしい。エルヴィンとしては遡る前の記憶があるからありがたいと思うものの、普通に考えて金銭の誤魔化しを行った貴族のその後をそこまで気にするものなのかと少し思ったが、色々計り知れないリックのことだ、元々知っているエルヴィンとは違うものの、ラヴィニアに対して何か思うところがあったのかもしれないし、ラヴィニアではなくその父親が何か気がかりだったのかもしれない。
とにかく、把握していたはずが何故かこの国にいたラヴィニアにリックですら驚いていたくらいだ、こんな詰めの甘いバルトルトに把握できるはずもない。
そもそもこの人、ラヴィニアも甘く見すぎ。
おそらくは見た目から頭の弱くて軽い元令嬢くらいに思っていたのかもしれない。だが今の人生ではないものの、一介の男爵令嬢が王妃にまでのし上がったくらいの女性だ。頭が弱いわけがないし、のし上がるためには毒殺さえするような性格をしている。ちょっとした餌に転がされるはずがない。
それを行き当たりばったりで利用しようとするバルトルトに対し、生温い目を向けてしまうのは至って仕方ないとエルヴィンは思う。第一、王子を、ひいては王国をどうこうしようと目論むならもっと慎重に気長に入念に動くべきだろう。
よくこんなで伯爵なんかやってんな。一人っ子か何かで親から簡単に引き継いだとかなのかな。
三十代くらいの年齢であろうに、少々軽率すぎる。こんな貴族に支持され利用しようと目論まれている第二王子ことリックがかわいそうになってくる。
だが宿屋へ戻る際はフリッツだけでなくリックもついてきた。
「ラヴィニア嬢に話を聞くにしてもニルスだけだとほら、言葉数とかね」
リックの身分がバレてしまうことを懸念したエルヴィンに対しては「俺は別にバレてもいいけど、まあ仕事絡みでニルスと行動を共にしている貴族だと言えばいいんじゃないかな」と言っていた。
確かにニルスだけだと会話上少々心配な上に個人的にもラヴィニアとずっと二人きりはエルヴィンが嫌だし心配で仕方ない。それにリックなら上手く適当にその辺を誤魔化せそうでしかないと思え、エルヴィンもそれ以上は何も言わなかった。
宮殿までの道中、貴族は騒ぐことも逃げようとすることもしなかった。多分下手に騒いで目立つことを避けたのだろうし、王族付きの護衛騎士から逃げても無駄だと早々に悟ってくれたのかもしれない。そこまで浅はかではないようだとわかったものの、なら何故こんな馬鹿げたことをしようとしたのだろうとエルヴィンからすれば謎で仕方がない。
リックがラヴィニアの元へ向かった代わりに、デニスが直々にその貴族と対面することにしたようだ。
デニスを見た途端に顔を青ざめたということは、少なくともデニスの顔をよく把握している程度に上級貴族ということだ。そういえぱリックを見た時もそっと、いやわりと動揺していたかもしれない。
子どもの頃と違ってあまり様々なパーティなどに顔を出さなくなったエルヴィンはこの貴族の顔を見ても全然誰かわからなかったが、リックやフリッツは宿屋で顔を見てすぐに「ケヒシュタット伯バルトルト……」「ケヒシュタット卿」などと呟いていた。
後で改めて聞いたが、この貴族はバルトルト・ヒアホフという名前の伯爵らしい。上級でも貴族の令息や令嬢なら王子の顔を知らない人は少なくないだろうが、伯爵ともなれば第一王子どころか第二王子とも城で顔を合わせる機会はそこそこあるのだろう。そしてバルトルトは第二王子派の貴族として内々では有名だったらしい。
デニスの顔を見て青ざめていたバルトルトも最初は白を切ったりしていた。今や平民であるラヴィニアの証言くらいどうとでもなると高を括っていたのだろうか。だがエルヴィンとニルスが何も知らないまま突入してきたのではなく、隣の部屋で会話を聞いていたことを改めてエルヴィンの口から聞くと、観念したようにうなだれていた。
何だろうな、詰めが甘いんだよな。
遡る前、ラヴィニアとラヴィニアによって変わってしまったデニスから恐ろしい思いをさせられてきたエルヴィンは、生温い視線をバルトルトへ向けた。
マヴァリージ王国内では特に機密事項にしていなかったデニスとリックの商業目的の旅が貴族たちの耳に入ることは、ある意味当たり前ではある。派閥のことをエルヴィンでもさすがに周りから聞いていただけに、何故もっと厳重にしないのか不思議ではあった。現にこうして悪事を働こうとしてくる貴族がいる。
まあそれはさておき、さ。
何らかの目論見があってエルヴィンたちの旅を窺っていたのはいいとして、いやよくはないが、そこからこういった行動に出る流れがとにかく浅はか過ぎる。
話を聞いているとラヴィニアのことも昨日エルヴィンたちが酒場へ向かったことで同じくたまたま知ったようだ。以前からラヴィニアの動向を探っていて計画を練っていたわけではないらしい。
「まあ、リックもラヴィニア嬢とやらがこの国にいることに驚いていたらしいしな」
後でデニスがそう言っていた。デニスいわく、不祥事を起こし逃げるように国を出たヒュープナー家の動向を、リックはそれこそ念のためずっと調べさせ把握していたらしい。エルヴィンとしては遡る前の記憶があるからありがたいと思うものの、普通に考えて金銭の誤魔化しを行った貴族のその後をそこまで気にするものなのかと少し思ったが、色々計り知れないリックのことだ、元々知っているエルヴィンとは違うものの、ラヴィニアに対して何か思うところがあったのかもしれないし、ラヴィニアではなくその父親が何か気がかりだったのかもしれない。
とにかく、把握していたはずが何故かこの国にいたラヴィニアにリックですら驚いていたくらいだ、こんな詰めの甘いバルトルトに把握できるはずもない。
そもそもこの人、ラヴィニアも甘く見すぎ。
おそらくは見た目から頭の弱くて軽い元令嬢くらいに思っていたのかもしれない。だが今の人生ではないものの、一介の男爵令嬢が王妃にまでのし上がったくらいの女性だ。頭が弱いわけがないし、のし上がるためには毒殺さえするような性格をしている。ちょっとした餌に転がされるはずがない。
それを行き当たりばったりで利用しようとするバルトルトに対し、生温い目を向けてしまうのは至って仕方ないとエルヴィンは思う。第一、王子を、ひいては王国をどうこうしようと目論むならもっと慎重に気長に入念に動くべきだろう。
よくこんなで伯爵なんかやってんな。一人っ子か何かで親から簡単に引き継いだとかなのかな。
三十代くらいの年齢であろうに、少々軽率すぎる。こんな貴族に支持され利用しようと目論まれている第二王子ことリックがかわいそうになってくる。
0
お気に入りに追加
506
あなたにおすすめの小説



新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる