彼は最後に微笑んだ

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135話

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 目の前の男に面識はない。名前すら名乗られていない。その上理由をきちんと教えることもなくただ「美味しいだろう?」と餌をちらつかせた気になっている。
 完全にラヴィニアを愚かな女だと決めつけ、侮っているのが手に取るようにわかる。

 間違いなくこいつ、マヴァリージの第二王子派の貴族でしょ。そして私に第一王子を誘惑させ、それを機に第一王子の失脚を狙ってるってとこかしら。

 別に王や王子に愛人ができようが失脚するとは限らない。むしろ跡継ぎなどを考え、たくさん妃を持つよう推進する貴族だっているだろう。それにラヴィニアの手にかかれば、失脚どころか今すぐにでも王にしてあげることもできるはずだ。
 ただ目の前の貴族は単にラヴィニアを侮っている。自分が利用するだけして後は始末するか盾にするつもりなのかもしれない。
 ラヴィニアを第一王子の愛人か何かにさせ、自分が陰で操りながら第一王子であるデニスを担ぎ上げる振りをしつつ振り回させて王として相応しくない存在として貶めるといったところだろうか。
 おそらくそうに違いない。もし第一王子派でありラヴィニアを愛人や妃にさせ、自分が陰で操りつつ王子をそれこそ祭り上げ、王となった暁にはこの貴族がデニスを動かそうと考えているならば、今ここでラヴィニアをこれほどコケにはしないだろう。もう少し納得のいく説明をするか、それなりにちゃんと理由を話すはずだ。

 ふふ。クソ野郎が。

 ラヴィニアはにっこりと微笑んだ。



 エルヴィンはわかったと言ってくれたニルスに感謝しつつ、こっそりとラヴィニアのあとをつけていた。少し間が開いてしまったものの見つけるのは簡単だった。それくらい、エルヴィンはラヴィニアのことはすぐ見つけられるようだ。

 ぜんっぜん嬉しくないけどな。

 ラヴィニアより少し前を歩く男性だが、先ほど見かけた瞬間はラヴィニアと連れ立っているように見えたのだが、改めて見ていると知り合いでも何でもない、ただ偶然ラヴィニアの前を歩いているだけの状態にも見える。だがエルヴィンは見逃していない。見かけた時ほんの一瞬のタイミングではあったが、ラヴィニアとその男性が何やら話をしていたのを。たまたま道を聞いたとかそういった雰囲気ではなかった。
 とはいえ今その二人を少々遠目で眺めていると、やはり何も関係ないように見える。ということはむしろあえて知らない振りをしているのではないかとエルヴィンには思えた。

 何だろう……不倫関係、とか?

 男性はそれなりの身なりをしている。一応この町に溶け込もうと試みた様子は窺えるが、エルヴィンたちのように質はいいとはいえ質素な身なりをしているわけでもなく、どう見ても貴族にしか見えない。
 平民の男女関係について詳しくはないが、少なくとも貴族についてならわかる。妻がいても愛人を抱える貴族は少なくない。不倫であってもこんな風にこそこそする必要はあまりないように思う。
 考えられるとしたら、男性の奥方がかなり怖い人か、もしくは平民に対しとても差別意識があるくせにこうして関係を持つのをやめられないろくでなしか、もしくは後ろ暗いことを企んでいるかだ。
 ラヴィニアが絡んでいるだけにエルヴィンの中では「後ろ暗いことを企む」に軍配が上がった。
 もし本当にそうだとしたら大変なことになりそうだとエルヴィンは内心青ざめた。貴族とラヴィニアがこそこそと組んで何かをするなど、安心できる材料が皆無でしかない。
 ここはマヴァリージではなくゼノガルトだ。もし何か企むのだとしても、このゼノガルトでという可能性は低くない。とはいえあの男性がマヴァリージの貴族であり二人でマヴァリージのことで何か企んでいるという可能性だってなくはない。
 直接追放されたわけではないが、ある意味マヴァリージ王国から、もしくはサヴェージ家から間接的に追放されたようなものであるラヴィニアが恨みを抱いている可能性もある。

 それでとある貴族を誘惑してマヴァリージに仕返しを企んでるかもしれないし、マヴァリージの貴族を利用して再度マヴァリージで返り咲くことを企んでるかもしれない、よな……?

 遡る前とはずいぶん前から異なる展開になっているため、逆に先が全く読めないエルヴィンとしては、最悪のことを想定しつつ動くしかない。よって、いくら苦手だからとはいえラヴィニアのことを避けるわけにはいかなかった。
 だが二人が少し間を空けつつ安っぽい宿屋へ入っていくのを見ると「……やっぱりただの不倫?」とも思う。旅人が利用する宿というよりはそういう意味合いの宿といった感じしかしない。

「どう思う? ただの逢引きかな」
「わからない」

 首を振りつつ、ニルスは躊躇することなくその宿屋へ向かって行く。

「ニルス?」
「俺らも入ろう」
「……うん、そうだな」

 ラヴィニアたちが階段を上がっていくのがちらりと見えた。急いでカウンターへ向かうと、幸いまだ宿帳が出たままになっており、ラヴィニアたちが入るのであろう部屋がどこかすぐにわかった。雷鳴の間だ。おそらく男の偽名だろうが、記された一番最後のが、それだ。
 ちらりと鍵が下げられているところを見て、エルヴィンは雷鳴の間の隣に下げられている鍵を確認した。

「部屋は……稲妻の間にして」
「何かこだわりでも?」
「ちょっとね」
「了解」
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