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134話
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店を出ると男は黙ったまま一人歩き出した。ラヴィニアも仕方なくあとに続く。身長差もあるし重い生地のドレスだけにさくさく歩く男に歩幅を合わせるのは少々きつい。仕事の話だと言うし、ラヴィニアに対して親切にする必要も甘やかす必要もないのはわかるが、もう少し丁寧にというか気遣ってもばちは当たらないのではと内心思う。
というか別に私だってそんな気遣いいらないじゃない。こっちは話を聞いてやる側なんだからね。
「ちょっと。私と一緒に歩いてるとこ見られたくないってんならそもそも話振ってこないで」
「……。……悪かった。もう少しゆっくり歩こう」
男は振り向いてじろりとラヴィニアを見た後、存外申し訳なさそうに謝ってきた。そして実際ゆっくりと歩き出す。ただラヴィニアの手を取ろうとはしてこない。
「君にしてもらいたい仕事が仕事だけにね、申し訳ないがエスコートはできない。あまり目立ちたくないしね」
「身分の違いで目立つってこと?」
「それもないとは言わないが、君は目立つ女性だ。自分でもわかってるんだろう?」
ええ、もちろん。
とはいえそれが理由ではないだろう。だが言う気はないということかとラヴィニアは男の背中をじろりと見た。
そのままどこへ向かうのだろうと思っていたが、ここだと示されたのは味も素っ気もない宿だった。
「ちょっと。私は誰とでも寝るような女じゃないんだけど」
「私もそうだよ、レディ。誰にも聞かれず話すのに酒場やこんな通りでは難しいのでね」
淡々と返してくる男の顔は嘘を言っているようには見えなかった。少なくとも大抵の男がラヴィニアに見せてくる欲望の漏れは感じられない。
とった部屋に入ると、少し後に横の部屋にも誰かが入るのが音でわかった。
「ずいぶん壁が薄そうだけど、内緒話は大丈夫なの?」
「壁に耳を押しつけでもしない限り私たちが何の話をしているかまでわからないだろうし、まず人目につかないので問題ない」
「ふーん? じゃあ早速聞かせてもらおうじゃない」
こういう相手に愛想を振りまく気はない。
「飲み物は何かいるかい?」
「結構よ」
「いいだろう。まず君にまとまった金を渡そう。それは報酬ではない。その金で君は自分を着飾るといい。もちろん着飾るための衣装やアクセサリーはそのまま君にあげるよ。君なら何が自分に似合うかよくわかっているだろうし、自分で選ぶほうがいいだろう? そしてその後私の姪ということで一緒にマヴァリージへ来てもらう」
「何のために?」
「第一王子と接して親しくなってもらうためかな」
「どういうことなの? 第一私はマヴァリージの大抵の貴族に顔、知られてると思うんだけど。いくら落ちぶれて逃げるように国を出ていても、そこまで皆さんの記憶は悪くないでしょうよ。あなたの姪なんて無理がありすぎるんじゃない?」
「別に君を本当に私の姪として紹介してまわる気はないよ。あといくら一部で有名だった君だろうが、おそらく第一王子は君の顔なんて知らないだろう。君はただ、私を介して上手く王子と接してもらえばいい。仲よくなってくれればいい。幸い私は王子たちと接する機会もあるのでね。君はもちろん王子と面識などないだろうが、君なら親しくなるなんてわけないだろう?」
仲よく、親しく。その言葉には「誘惑し取り入り、関係をもつ」という意味が含まれているような気がして仕方がない。だが普通に考えて、一介の平民女を第一王子に偽りの身分で紹介し親しくさせるだけというのはあり得なさすぎる。あと、実際関係を運よく持てたとしてもラヴィニアはこの男の姪として公にはできない。ということは自分の身内として王子の何番目かの妃にといったことを企むこともできないだろう。あまりにお粗末すぎる。
何かしら。どうにも私は見下されてる気がしてならないし、腹立たしいわね。
「第一王子はもう結婚したはずだけど」
「そうだが、まさか君はそんなことを気にする女性だったかな」
気にしない。本来なら気にしないし、チャンスがあるならばもちろんつかんで離さない。ずっと接触したかった王子と接触できるのならば喜んでその機会を逃さないし、結婚してようがどうだろうが誘惑する自信もある。
少なくともこの男はラヴィニアの外見だけでなく、そういった性格を把握している。からこそ、他の本当に姪だと誤魔化せそうな女ではなくラヴィニアにわざわざ声をかけてきたのだろう。
「……それに、何故そんなことをしようとしてるのか聞いていいかしら」
「それは君には関係ないことだ。君はただ、綺麗なドレスやアクセサリーを手にできるだけじゃなく、誘惑できるできない関わらず報酬ももらえ、あわよくば第一王子のいい人になれる。私とて、王子に姪と紹介した分利益があるわけだが、君に負担はないだろう? こんないい話、袖にする方がおかしいと思わないか?」
確かにそうなのかもしれない。
このチャンスはもろ手を挙げて喜ぶところ、なんでしょうけど……。
だが気に食わない。男のあからさまにこちらを見下しているような態度も気に食わないが、何より間違いなく裏しかないであろう内容を、男はまともに説明する気がないままラヴィニアを使おうとしているところが何より気に食わない。
馬鹿にしているのだろう。落ちぶれたラヴィニアを見て、ないものねだりの胸ばかり大きな馬鹿女とでも思っているのだろう。
私がうさんくささに気づかないとでも思ってるの? それともうさんくさかろうが美味しい話には飛びつくものだとでも思ってるの?
少し考えればおかしなところしかない怪しげな提案に、いい話とばかりに飛びつく愚かな女と絶対に間違いなく見下されているようだ。
というか別に私だってそんな気遣いいらないじゃない。こっちは話を聞いてやる側なんだからね。
「ちょっと。私と一緒に歩いてるとこ見られたくないってんならそもそも話振ってこないで」
「……。……悪かった。もう少しゆっくり歩こう」
男は振り向いてじろりとラヴィニアを見た後、存外申し訳なさそうに謝ってきた。そして実際ゆっくりと歩き出す。ただラヴィニアの手を取ろうとはしてこない。
「君にしてもらいたい仕事が仕事だけにね、申し訳ないがエスコートはできない。あまり目立ちたくないしね」
「身分の違いで目立つってこと?」
「それもないとは言わないが、君は目立つ女性だ。自分でもわかってるんだろう?」
ええ、もちろん。
とはいえそれが理由ではないだろう。だが言う気はないということかとラヴィニアは男の背中をじろりと見た。
そのままどこへ向かうのだろうと思っていたが、ここだと示されたのは味も素っ気もない宿だった。
「ちょっと。私は誰とでも寝るような女じゃないんだけど」
「私もそうだよ、レディ。誰にも聞かれず話すのに酒場やこんな通りでは難しいのでね」
淡々と返してくる男の顔は嘘を言っているようには見えなかった。少なくとも大抵の男がラヴィニアに見せてくる欲望の漏れは感じられない。
とった部屋に入ると、少し後に横の部屋にも誰かが入るのが音でわかった。
「ずいぶん壁が薄そうだけど、内緒話は大丈夫なの?」
「壁に耳を押しつけでもしない限り私たちが何の話をしているかまでわからないだろうし、まず人目につかないので問題ない」
「ふーん? じゃあ早速聞かせてもらおうじゃない」
こういう相手に愛想を振りまく気はない。
「飲み物は何かいるかい?」
「結構よ」
「いいだろう。まず君にまとまった金を渡そう。それは報酬ではない。その金で君は自分を着飾るといい。もちろん着飾るための衣装やアクセサリーはそのまま君にあげるよ。君なら何が自分に似合うかよくわかっているだろうし、自分で選ぶほうがいいだろう? そしてその後私の姪ということで一緒にマヴァリージへ来てもらう」
「何のために?」
「第一王子と接して親しくなってもらうためかな」
「どういうことなの? 第一私はマヴァリージの大抵の貴族に顔、知られてると思うんだけど。いくら落ちぶれて逃げるように国を出ていても、そこまで皆さんの記憶は悪くないでしょうよ。あなたの姪なんて無理がありすぎるんじゃない?」
「別に君を本当に私の姪として紹介してまわる気はないよ。あといくら一部で有名だった君だろうが、おそらく第一王子は君の顔なんて知らないだろう。君はただ、私を介して上手く王子と接してもらえばいい。仲よくなってくれればいい。幸い私は王子たちと接する機会もあるのでね。君はもちろん王子と面識などないだろうが、君なら親しくなるなんてわけないだろう?」
仲よく、親しく。その言葉には「誘惑し取り入り、関係をもつ」という意味が含まれているような気がして仕方がない。だが普通に考えて、一介の平民女を第一王子に偽りの身分で紹介し親しくさせるだけというのはあり得なさすぎる。あと、実際関係を運よく持てたとしてもラヴィニアはこの男の姪として公にはできない。ということは自分の身内として王子の何番目かの妃にといったことを企むこともできないだろう。あまりにお粗末すぎる。
何かしら。どうにも私は見下されてる気がしてならないし、腹立たしいわね。
「第一王子はもう結婚したはずだけど」
「そうだが、まさか君はそんなことを気にする女性だったかな」
気にしない。本来なら気にしないし、チャンスがあるならばもちろんつかんで離さない。ずっと接触したかった王子と接触できるのならば喜んでその機会を逃さないし、結婚してようがどうだろうが誘惑する自信もある。
少なくともこの男はラヴィニアの外見だけでなく、そういった性格を把握している。からこそ、他の本当に姪だと誤魔化せそうな女ではなくラヴィニアにわざわざ声をかけてきたのだろう。
「……それに、何故そんなことをしようとしてるのか聞いていいかしら」
「それは君には関係ないことだ。君はただ、綺麗なドレスやアクセサリーを手にできるだけじゃなく、誘惑できるできない関わらず報酬ももらえ、あわよくば第一王子のいい人になれる。私とて、王子に姪と紹介した分利益があるわけだが、君に負担はないだろう? こんないい話、袖にする方がおかしいと思わないか?」
確かにそうなのかもしれない。
このチャンスはもろ手を挙げて喜ぶところ、なんでしょうけど……。
だが気に食わない。男のあからさまにこちらを見下しているような態度も気に食わないが、何より間違いなく裏しかないであろう内容を、男はまともに説明する気がないままラヴィニアを使おうとしているところが何より気に食わない。
馬鹿にしているのだろう。落ちぶれたラヴィニアを見て、ないものねだりの胸ばかり大きな馬鹿女とでも思っているのだろう。
私がうさんくささに気づかないとでも思ってるの? それともうさんくさかろうが美味しい話には飛びつくものだとでも思ってるの?
少し考えればおかしなところしかない怪しげな提案に、いい話とばかりに飛びつく愚かな女と絶対に間違いなく見下されているようだ。
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