133 / 193
133話
しおりを挟む
ただ、ニルスは相変わらず不愛想だし無口だった。
無駄口叩きすぎる男よりよっぽどいいけどね。
ニルスの性格は令嬢だった時に多少は把握している。なので素っ気ない様子だろうがラヴィニアは気にしなかった。
「ねえ、侯爵様。よかったらこの後……」
時間作らない? せっかく他国にいらしたんですもの、私がこの町のお勧めを案内してあげる。
そんな風に続けるつもりだったが、それを遮るかのように連れの一人が「申し訳ないが……」と席から立ち上がろうとしてきた。
何か商談の途中だったのだろうか。そんな雰囲気ではなかったようだけれどもとラヴィニアがそちらへ目を向けるとまたさらに他の連れが「おい、何だお前その顔色は」と言いながら席を立ち、ラヴィニアを遮ろうとしてきた男の前で何か言っている。
顔色?
見れば確かにその男の顔色はよくなさそうだった。ついでにその男もニルスとは違ったタイプながらに美しい顔立ちをしていると、改めてちゃんと目の当たりにしてラヴィニアは思った。
何この男たち。他のやつらもほんと綺麗な顔立ちだし上品そうだし。まあカイセルヘルム侯爵の連れなら少なくとも公爵か侯爵、格が落ちても伯爵程度の身分ではありそう。もしくはその息子ってとこかしら?
いくら身分が高いとはいえ、見た目まで整っている保証は当然ない。だというのにここにいる男たちは皆見た目も上質だ。
類は友を呼ぶっていうやつ? イケメンばかりでここへただ遊びに来たの?
もしくは仕事絡みでここへ来たのだろうか。とはいえニルスは第二王子の補佐だ。そんな仕事をしているニルスが、王子から離れてまでする他の仕事などあるのだろうか。
待って。じゃあもしかしたらここにいる誰かは第二王子のリック殿下って可能性、ない……?
ハッとなったものの、残念ながらマヴァリージの王子たちの顔をラヴィニアはちゃんと知らない。
でも……確か王子たちは金髪碧眼じゃなかったっけ?
金髪は一瞥しただけでわかるが、よく見ればここにいるうちの二人が金髪碧眼だった。金髪と碧眼の組み合わせは全くないとは言わないが少数派ではある。
え……ちょっと……。
まさか、とラヴィニアは唖然とした。証拠はないし明確なことはわからない。おまけにこの男たちは誰一人名前などで呼び合わないので判断すらできない。結局何も言えないまま、男たちが出ていくのを眺めているだけしかできなかった。
もし王子だったら? 私はとても大きな魚を逃がしてしまったということ?
しかも可能性のある男は二人いた。ラヴィニアが考えつく可能性としては三通りある。ニルスが補佐をしている第二王子とその影武者という可能性、第二王子のリックだけでなく第一王子のデニスもいたという可能性、そしてどちらも思い過ごしだという可能性。
ただ、マヴァリージの王子は二人だけだ。その二人がそろって出かけることなど普通に考えてあり得ない。万が一のことがあって二人とも死んでしまったらどうするのか。あと一人王女であるアリアネがいるが、当時他の貴族から聞いた話だと国を継ぐ意志は全くないという。
さすがに王もそんな娘だけ残して息子二人を送り出すなんてするわけない、か。
雰囲気は似ていたし、だとしたらリックのために用意された影武者だろうか。とはいえいくら周りに顔をあまり知られていなくとも本人と影武者を一緒にさせて行動するのも変な話だ。影武者の意味を成していない。
だったらやっぱり私の考えすぎかしら? どのみち確か第二王子は頭がよすぎたから私でも手に余りそうだけど……。
翌日、昼下がりの一旦店を閉めた状態でラヴィニアは帰ることもなく椅子に座りながらまだそのことを考えていた。店主は引っ込んでいるが、バーテンダーの男がグラスを磨いていて時折どうでもいい世間話をしてくる。それに対して適当に相手しつつ考えていた折、誰かが店に入ってくるのに気づいた。
「お客さん、今はクローズだよ。あと二時間してから来ておくれ」
バーテンダーが声をかけるも、入ってきた男は気に留めることもなくラヴィニアに近づいてきた。ラヴィニアはため息をついた。だが見上げるとかなり身なりのいい様子をしている。邪険にするより優しく出たほうがいいだろう。
「お客さん? 聞こえたでしょ。あと二時間後に来てくれたらサービスしたげるから」
にっこり微笑むも、男はにこりともしない。だが「仕事の話がある」とラヴィニアに向かってぼそりと呟いてきた。どうやらいい客になりそうな金づるというわけではなさそうだ。
「……仕事? あいにくだけど私、ここで働いてるの。すでに」
「君の見た目ならいい金になるが?」
「……私の見た目がいいのは私も知ってる。いい体してるってこともね。でもね、こう見えて私、娼婦になる気はさらさらないのよ。いくら私が平民だからって侮辱する気なら……」
「そんなくだらないことで私が出向くはずもなかろう。私は貴族だぞ」
知ってるわよ、そんな恰好の平民なんていやしないのよ馬鹿野郎。
「だったら何よ」
「……ミス・ヒュープナー。いや、レディ・ラヴィニア……君をそんな扱いするはずなどないだろう。だが本当にいい金になる。運が向けば王子のいい人になれるかもしれんのだが?」
小声で話す男の顔に、これ以上はここで話せないと出ている。
「ラヴィニア? 大丈夫か? 助けがいるなら……」
変に絡まれているように見えたのだろう。カウンターからバーテンダーの男が声をかけてきた。
「大丈夫よ、ヨハン。この人、私の知り合い。ちょっと出てくるわ。どうせ休憩中だし」
「本当に大丈夫なのか?」
「ええ」
「わかった。なら行っておいで」
無駄口叩きすぎる男よりよっぽどいいけどね。
ニルスの性格は令嬢だった時に多少は把握している。なので素っ気ない様子だろうがラヴィニアは気にしなかった。
「ねえ、侯爵様。よかったらこの後……」
時間作らない? せっかく他国にいらしたんですもの、私がこの町のお勧めを案内してあげる。
そんな風に続けるつもりだったが、それを遮るかのように連れの一人が「申し訳ないが……」と席から立ち上がろうとしてきた。
何か商談の途中だったのだろうか。そんな雰囲気ではなかったようだけれどもとラヴィニアがそちらへ目を向けるとまたさらに他の連れが「おい、何だお前その顔色は」と言いながら席を立ち、ラヴィニアを遮ろうとしてきた男の前で何か言っている。
顔色?
見れば確かにその男の顔色はよくなさそうだった。ついでにその男もニルスとは違ったタイプながらに美しい顔立ちをしていると、改めてちゃんと目の当たりにしてラヴィニアは思った。
何この男たち。他のやつらもほんと綺麗な顔立ちだし上品そうだし。まあカイセルヘルム侯爵の連れなら少なくとも公爵か侯爵、格が落ちても伯爵程度の身分ではありそう。もしくはその息子ってとこかしら?
いくら身分が高いとはいえ、見た目まで整っている保証は当然ない。だというのにここにいる男たちは皆見た目も上質だ。
類は友を呼ぶっていうやつ? イケメンばかりでここへただ遊びに来たの?
もしくは仕事絡みでここへ来たのだろうか。とはいえニルスは第二王子の補佐だ。そんな仕事をしているニルスが、王子から離れてまでする他の仕事などあるのだろうか。
待って。じゃあもしかしたらここにいる誰かは第二王子のリック殿下って可能性、ない……?
ハッとなったものの、残念ながらマヴァリージの王子たちの顔をラヴィニアはちゃんと知らない。
でも……確か王子たちは金髪碧眼じゃなかったっけ?
金髪は一瞥しただけでわかるが、よく見ればここにいるうちの二人が金髪碧眼だった。金髪と碧眼の組み合わせは全くないとは言わないが少数派ではある。
え……ちょっと……。
まさか、とラヴィニアは唖然とした。証拠はないし明確なことはわからない。おまけにこの男たちは誰一人名前などで呼び合わないので判断すらできない。結局何も言えないまま、男たちが出ていくのを眺めているだけしかできなかった。
もし王子だったら? 私はとても大きな魚を逃がしてしまったということ?
しかも可能性のある男は二人いた。ラヴィニアが考えつく可能性としては三通りある。ニルスが補佐をしている第二王子とその影武者という可能性、第二王子のリックだけでなく第一王子のデニスもいたという可能性、そしてどちらも思い過ごしだという可能性。
ただ、マヴァリージの王子は二人だけだ。その二人がそろって出かけることなど普通に考えてあり得ない。万が一のことがあって二人とも死んでしまったらどうするのか。あと一人王女であるアリアネがいるが、当時他の貴族から聞いた話だと国を継ぐ意志は全くないという。
さすがに王もそんな娘だけ残して息子二人を送り出すなんてするわけない、か。
雰囲気は似ていたし、だとしたらリックのために用意された影武者だろうか。とはいえいくら周りに顔をあまり知られていなくとも本人と影武者を一緒にさせて行動するのも変な話だ。影武者の意味を成していない。
だったらやっぱり私の考えすぎかしら? どのみち確か第二王子は頭がよすぎたから私でも手に余りそうだけど……。
翌日、昼下がりの一旦店を閉めた状態でラヴィニアは帰ることもなく椅子に座りながらまだそのことを考えていた。店主は引っ込んでいるが、バーテンダーの男がグラスを磨いていて時折どうでもいい世間話をしてくる。それに対して適当に相手しつつ考えていた折、誰かが店に入ってくるのに気づいた。
「お客さん、今はクローズだよ。あと二時間してから来ておくれ」
バーテンダーが声をかけるも、入ってきた男は気に留めることもなくラヴィニアに近づいてきた。ラヴィニアはため息をついた。だが見上げるとかなり身なりのいい様子をしている。邪険にするより優しく出たほうがいいだろう。
「お客さん? 聞こえたでしょ。あと二時間後に来てくれたらサービスしたげるから」
にっこり微笑むも、男はにこりともしない。だが「仕事の話がある」とラヴィニアに向かってぼそりと呟いてきた。どうやらいい客になりそうな金づるというわけではなさそうだ。
「……仕事? あいにくだけど私、ここで働いてるの。すでに」
「君の見た目ならいい金になるが?」
「……私の見た目がいいのは私も知ってる。いい体してるってこともね。でもね、こう見えて私、娼婦になる気はさらさらないのよ。いくら私が平民だからって侮辱する気なら……」
「そんなくだらないことで私が出向くはずもなかろう。私は貴族だぞ」
知ってるわよ、そんな恰好の平民なんていやしないのよ馬鹿野郎。
「だったら何よ」
「……ミス・ヒュープナー。いや、レディ・ラヴィニア……君をそんな扱いするはずなどないだろう。だが本当にいい金になる。運が向けば王子のいい人になれるかもしれんのだが?」
小声で話す男の顔に、これ以上はここで話せないと出ている。
「ラヴィニア? 大丈夫か? 助けがいるなら……」
変に絡まれているように見えたのだろう。カウンターからバーテンダーの男が声をかけてきた。
「大丈夫よ、ヨハン。この人、私の知り合い。ちょっと出てくるわ。どうせ休憩中だし」
「本当に大丈夫なのか?」
「ええ」
「わかった。なら行っておいで」
0
お気に入りに追加
497
あなたにおすすめの小説
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。
実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので!
おじいちゃんと孫じゃないよ!
【BL】こんな恋、したくなかった
のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】
人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。
ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。
※ご都合主義、ハッピーエンド
不憫な推しキャラを救おうとしただけなのに
はぴねこ
BL
美幼児&美幼児(ブロマンス期)からの美青年×美青年(BL期)への成長を辿る長編BLです。
金髪碧眼美幼児のリヒトの前世は、隠れゲイでBL好きのおじさんだった。
享年52歳までプレイしていた乙女ゲーム『星鏡のレイラ』の攻略対象であるリヒトに転生したため、彼は推しだった不憫な攻略対象:カルロを不運な運命から救い、幸せにすることに全振りする。
見た目は美しい王子のリヒトだが、中身は52歳で、両親も乳母も護衛騎士もみんな年下。
気軽に話せるのは年上の帝国の皇帝や魔塔主だけ。
幼い推しへの高まる父性でカルロを溺愛しつつ、頑張る若者たち(両親etc)を温かく見守りながら、リヒトはヒロインとカルロが結ばれるように奮闘する!
リヒト… エトワール王国の第一王子。カルロへの父性が暴走気味。
カルロ… リヒトの従者。リヒトは神様で唯一の居場所。リヒトへの想いが暴走気味。
魔塔主… 一人で国を滅ぼせるほどの魔法が使える自由人。ある意味厄災。リヒトを研究対象としている。
オーロ皇帝… 大帝国の皇帝。エトワールの悍ましい慣習を嫌っていたが、リヒトの利発さに興味を持つ。
ナタリア… 乙女ゲーム『星鏡のレイラ』のヒロイン。オーロ皇帝の孫娘。カルロとは恋のライバル。
貧乏Ωの憧れの人
ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。
エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの
風音樹の人生ゲーム
猫
BL
(主人公が病気持ちです。地雷の方はバックでお願いします)
誰にも必要とされることの無い人生だった。
唯一俺を必要としてくれた母は、遠く遠くへいってしまった。
悔しくて、辛くて、ーー悔しいから、辛いから、笑って。
さいごのさいごのさいごのさいごまで、わらって。
俺を知った人が俺を忘れないような人生にしよう。
脳死で書いたので多分続かない。
作者に病気の知識はありません。適当です。
転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~
槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。
最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者
R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる