彼は最後に微笑んだ

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132話

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 チャンスは一瞬の内に逃してしまう。だから気づけば絶対にそれをつかんで離してはいけないと思っている。
 今付き合っている貴族はラヴィニアにぞっこんのようだが、親に振り回される弱いところがある。そんな男は親からの結婚話が出れば間違いなく平民のラヴィニアを捨てそちらへ行くだろう。愛人でいるも悪くはないが、どうせ本命でなく愛人になるのなら、さらにもっと高い地位を持つ貴族がいい。
 結局、ラヴィニアの読みは当たっていた。ゼノガルトへ来た途端「実はここへ来る前に親から結婚話が出て……」と男は申し訳なさそうに話してきた。もちろんラヴィニアを連れて来るにもかなりこそこそしていたので薄々気づいてはいた。
 自分もぎりぎりまで親にゼノガルトへ行くことを話さなかったが、言えば反対されるのが目に見えているからだ。父親の場合溺愛というよりは、貴族と付き合う娘が商売にも利用できると思っている。その娘が結婚するわけでもないのに手元にないのは腹立たしいからだろう。それに対して文句はない。それでこそラヴィニアの父親だと思っている。母親は単に心配だからだろうけれども。
 親の言いなりである男を見ているといくらそれなりの貴族で見た目も悪くなくとも、みすぼらしく見えてきた。すぐ打ち明けないところに男の浅ましい意地汚さを感じる。普通なら「わかっていてすぐ話さないなんて」と憤慨するところだろう。恋人関係をぎりぎりまで堪能して捨てるという、完全に利用し捨てられる構図しか浮かばないだろう。だがラヴィニアは違う。優しく妖艶に微笑んだ。

「わかったわ」
「お前ならわかってくれると思ってた。でも捨てないよ。そんなことはしない。こっそりになるけど小さくともちゃんと家は用意する」

 そう。そしてそのしょぼくれた家であなたが来たい時に来るのを心待ちにしておけってことね。

「悪いけど」

 悪くなんて思ってないけどね。

「私、愛人になんてなりたくないの。それこそ大切に愛を育んできたあなたならわかってくれるでしょう? かといって結婚してくれないとあなたの親に訴える、なんて馬鹿なこともしないわ」

 一瞬青くなった男はラヴィニアの最後の言葉を聞いてあからさまにホッとしてきた。

「でもね、誰も知らないこんなとこに連れてこられたのよ」

 旅費が浮いて助かったわ。

「親に内緒で出てくるしかなかったわ」

 旅立つぎりぎりに言ったけどね。

「もう帰られないかも。心細くて私、死んでしまいそう」

 正直わくわくして死んじゃいそうかもだけど。

「ラヴィニア……」
「だからね、わかるでしょう? だって賢くて優しくて太っ腹でスマートなあなただもの」
「あ、ああ……わ、わかるよ。当面暮らしていける金は用意しよう。で、でもラヴィニア。俺は本当にお前と……」
「駄目よ、あなた。ご両親の期待を裏切っちゃ駄目。紹介されたご令嬢と幸せになって。大切なあなたが幸せになることが、私の最大の望みよ。だからいいの。私は引きます。でも生活はしていかないとだから……そっちは心苦しいけど、受け取るわ。あなたの愛の証として」
「わ、かった。もちろん愛してるよ、ラヴィニア」
「ええ、私も」

 その貴族からまとまった金を受け取ると、ラヴィニアはあらかじめ探しておいた住む場所へ真っ先に引っ越した。それでも男の動向は気にしておいたが、仕事が上手くいかなかったのか案外スムーズに終わったのか、しばらくするとラヴィニアを探すのも諦め、思っていた以上に早くゼノガルトから引き上げていったようだ。その後は親が勧めた令嬢と結婚するのだろう。

 まあ、私とこっそり愛人関係を続けたいなんて思うような男との幸せな結婚はなさそうだけどね。せめて堂々とするくらいの気骨を持ってから提案しろってね。どこぞの令嬢か知らないけど、むしろ同情したげる。

 男に「心細い」と言ったものの、やっていく算段はちゃんと立てている。とりあえずはまた酒場で働こうと思っていた。男も帰ったことだし心置きなく働ける。
 その賑わっている界隈は店などが寄り集まっているからか、さほど大きな地域には感じられない。それでも全体的には大きな町に違いない。そんなところでうまくやっていけるだろうかという人並みの心配は少しくらいならした。だがやはり杞憂だった。ここでも話題に上がっているらしい程度には人気が出た。
 ここならばもっといい身分の誰かに出会えるかもしれない。相変わらず仕事は面倒だし疲れもするが、そう期待しながら働いていたある日、ラヴィニアは知った顔を見た。
 最初は気づかなかった。やたら目立つ高級そうな男たちがいるなと思い、迷うことなく近づいたらその内の一人が侯爵だったのだ。

 まさかこんなとこにカイセルヘルム侯爵がいるなんて。

 ニルスのことはかなり狙っていた。侯爵というだけでなく、等親のそこそこ近い王族でもある。その上、職業は第二王子の補佐だ。おまけに背も高く見目がとてもいい。
 ベストは王子だったが、接触したくとも中々機会に恵まれなかった。だがニルスなら妥協ではなく本命でもいいとさえ思えていた。

 それもこれも全部儚い夢になったと思ってたけど……またチャンスの神様が微笑んでくれてるのかしら?

 だったら逃さないようしっかりつかまないといけないとばかりに、ラヴィニアは積極的な態度でニルスへ話しかけた。他の連れも明らかに高級そうな匂いしかしないが、こんな場合は狙いを定めないと釣れるものも釣れない。
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