彼は最後に微笑んだ

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130話

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 昔から綺麗なものや楽しいものが大好きだった。ただ、それらは手軽に入るものではなく、特に自分の家のように中途半端な身分だと手が届きそうなのに届かないこともよくある。
 子どもの頃はそういったこともわからず、ただ欲しがっていれば親が手に入れてくれた。駄々をこねれば周りがどうにかしてくれた。欲しいものが子どもらしい、言わば安っぽいものだったからというのもあるかもしれない。
 成長するにつれ、駄々をこねればどうにかなるものでもないと何となく理解していった。いっそ初めから完全に手が届かない地位だったならばよかったのだろうか。それはわからない。ただ、目の前にちらついている欲しいものに手を伸ばさないなんて生きている意味すらないとはわかっていた。例えそれが自然と手が届くものではなくとも。
 ラヴィニアは小さな頃から目立つ容姿をしていた。はっきりとした目鼻立ちに、小柄ながらにすらりと長い手足、そして早熟な体質。おかげで周りからかわいがってもらえた。
 だがそれだけでは駄目なのだと、子どもの頃に招待された子どもたちのティーパーティーで嫌というほど思い知った。
 周りから「かわいい」「目立つ子だね」「しっかりしてるね」などともてはやされても、結局人が集まるのは高い地位の子だった。全然目立たない容姿だけでなく、おとなしい面白みのない、人を楽しませる気など全くないつまらない子どもでも、どこぞの侯爵令嬢だとか伯爵令嬢というだけで人は集まった。

 あんな地味でつまらない子なのに。家が伯爵家ってだけで本人は何の努力もしてないのに。

 馬鹿みたいだと思った。ただ、そんな現実を見ても腐る気はなかった。
 手が届きそうで届かなくても、代わりに自分の持てる利点を最大限利用すれば誰かが用意してくれるということをそして学んだ。もちろん施しが欲しいのではない。あくまでも自分の力だ。用意してもらうのではなく、用意させる力。

「ミス・ヒュープナー。あなたとお会いできて光栄だ」

 大抵の貴族子息たちはそう言う。もちろん、身分に惹かれてではない。光栄だなどと言いながらもこちらが低い身分だと忘れることなく扱っているのはその呼び方でわかる。男爵や子爵の娘にレディはつけてもらえない。

「……ええ。私もあなたに会えてすごく嬉しい」

 だがそんな思いは少しも出さずにただ無邪気に微笑む。全体的に高身長の割合が高いマヴァリージでは女性も背の高い人が少なくない。子どもの頃より伸びたはずの、よその国ではおそらく普通だろうが、この国では低めの身長かもしれないマイナス点は、下から思わせぶりに見上げることでカバーしている。
 背は小ぶりでも、武器になる大ぶりの胸はいつだって誇らしげに主張している。そしてその胸を強調するためには引っ込むところは引っ込めておきたい。だから自分のこの自慢の体をケアすることは怠ったことがないし、どれほどきつかろうがコルセットで内臓が潰れそうだと思おうが、それを緩めたこともない。

 何が悪いというの?

 高い地位にある貴族はその地位を武器にしている。こちらはそんな地位がない代わりに自らそのものを武器にしているだけだ。持って生まれただけでなくさらに磨きをかけているこの体も、そしてこの性格も、何もかも自分の財産であり、武器だ。
 ラヴィニアはこの身でのし上がるつもりだった。幸い自分はこの国の王子と歳が近い。なら目指す最大目標は王妃ではないだろうか。
 教養? マナー?
 それをどれだけ身につければ身分が関係なくなるというのか。それこそ高貴な淑女たちは家柄もあって小さな頃から否応なしに身につけさせられているだろう。ただの男爵家であるラヴィニアがそれで対抗して勝てるわけがない。

 王子とてしょせん男じゃない。だったら私自身に磨きをかけ、それを武器に挑むのが最短でしょ?

 最大目標はあくまでも王子だ。とはいえ他の高い地位の子息とてターゲットには違いない。保険は必要だ。
 目指し方は間違ってなかったとラヴィニアは思っている。自分を武器に社交界を練り歩き、気づけば「ミス・ヒュープナー」ではなく「レディ・ラヴィニア」と呼ばれるようになった。

 ごらんよ。他の男爵令嬢や子爵令嬢で私みたいにレディと呼んでもらえる女なんてどこにもいない。私だけ。それもこれも全部私が学び、努力し、培い、発揮してきた力なのよ。

 もちろん体を安売りしたことは一度もない。人懐こく気さくでいて妖艶な態度は確かに振りまいた。そこはラヴィニアのプライドには響かない。そんなで欲しいものが手に入るなら、いくらでも安売りしてやる。だが自分の財産そして武器である体は絶対安売りしない。
 体だけでなく、それこそプライドも安売りしない。施しだけは絶対にいらない。あくまでも自分が相手を好きに動かすための手段として愛想を振りまくが、それだけだ。中には愛想を振りまくほうがプライドに響くという人もいるだろう。それは価値観の相違だろうしラヴィニアの知ったことではない。
 目指し方は絶対に間違ってなかったはずだ。きっとこのままいけばいずれ第一王子の目にも留まっていたはずだとラヴィニアは思っている。自分の虜になった男を使って知った情報の一つに「中々婚約者を決めないデニス王子の好みは女らしい見目の女という可能性がある」というものがあった。だから身分のつり合ういかにも淑女らしいおとなしい令嬢に興味がもてないのではないかという、あくまでも噂ではあるもののわりと信ぴょう性のある噂だった。
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