彼は最後に微笑んだ

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129話

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 結局よくわからないままその果物も好奇心で買った。だがそれは皮がそれなりに厚そうでナイフを使って食べるもののような気がするため、持って帰ることにした。
 とりあえずピタヤをその場で食べる。ピタヤは一見とげとげしたような硬そうな皮に見えるが、手で簡単にむくことができる。ただ上手く食べないと手が果実の汁まみれになるが、噴水の近くを確保済みなので気にしない。
 粒々した種の感触が楽しい柔らかい果実は白色だったり黄色だったり濃いピンク色だったりする。白色のものなどはものによると味がほとんどわかりにくかったりするが、これはピンク色の果実だった。おかげでそのままでも甘い。

「ニルスって果物好きなの?」
「……まあ」

 道理であの時もシュナップスを呆れるほど飲めていたのだなとエルヴィンはそっと思った。穀物や芋が原材料のシュナップスもあるが、あの時飲んでいたシュナップスは果実が原材料だった。とはいえそこまで果実の味が主張しているわけではないのだが、飲みやすさなどあったのかもしれない。

「じゃあ好奇心で買ってみたザイフォンクプアスってやつも帰ったら食べてみようよ」
「ああ」

 頷くニルスはどう見てもわくわくしてそうにないし何なら楽しそうにも見えない。だが興味なければ「いや」とちゃんと振ってくれるのを知っているため、エルヴィンは笑みを浮かべてニルスに笑いかけた。
 あと、そろそろ自己嫌悪からも多少なりとも立ち直ってくれているような気もする。ただ、エルヴィンが「立ち直ったんだな」などと言えばさらなる自己嫌悪に陥りそうなので口にはしないでおく。
 代わりに、というか全然代わりではないがエルヴィンがしたいので正直に口にした。

「この噴水のとこに座ってる間だけでも、手、繋いでいい?」

 ずっと清い仲だったのが、ようやくそれなりに深い仲になれたのだ。

 いや、ようやくのわりにどれだけするんだってくらい延々としてたけどさ。

 とにかく、ようやくそれなりに深い仲になった身としては、こうして外に出ていても正直もっとイチャイチャしたい。とはいえでかい男二人で人の目を憚らずイチャイチャする図はエルヴィンとて見たくない。でも全然触れないのも寂しい。

「手?」
「そう。手」
「それくらい……別に歩いている時でも構わない」

 そうだった。ニルスはそういうところ俺と違ってあまり気にしないんだった。

 エルヴィンは「そっか」と笑いかけながら上着を脱いだ。ここでブローチだけ外すのは妙に不自然だろう。

「何故」
「ん?」
「何故上着を?」

 その質問には暗に「日差しが温かいとはいえさすがに上着を脱ぐと寒いだろう」と示しているくらいエルヴィンにもわかる。

「あ、えっと、あれだ。ニルスの隣にいるとついポカポカしちゃって」

 あははと誤魔化したが自分でも「そんなことある?」と内心突っ込んでいる。

「そうか」

 でもニルスは受け入れてくれちゃうんだよなぁ。

 苦笑しながら食べ終えたニルスの手に自分の手をそっと絡めた。二人ともまだ水でゆすいでないため、ピタヤの果汁でほんのりべたついているのがわかる。だが不快どころか妙に性的な気分になった。意味がわからないしどれだけ自分は欲求不満なのかとエルヴィンは微妙になる。

「……お前が」

 珍しくニルスから何か言いかけてきた。

「俺が?」
「……歩いてる時じゃなくて今、手を繋ごうと思った理由が……」
「うん」
「わかった……繋ぐとついそれ以上お前と繋がりたくなるから……だな」

 違うよ?

 本当に違う、けれども結果的にエルヴィンもそうなっていたのでだが否定の言葉は口にしていないし「違わないわ、まさにそうだわ」とすぐ肯定的な気持ちになっていた。

「はは。俺ら、けだものだな」

 落ち着かなくて一旦手をそっと離すとエルヴィンはあえて笑いかけた。

「……そうだな」

 けだもの、という言葉にニルスが否定しないだけでさらにエルヴィンの興奮度が高まった。こんな晴れた健全な町中だというのに体と頭の機能が壊れてしまっているのかもしれない。
 だが幸い、というのだろうか。実際は不幸にも、だろう。そんな浮かれた気持ちはすぐに消えてしまった。向こうの通りにラヴィニアが歩いているのが目に入ってきたからだ。
 偶然とはいえ、別におかしなことでもないのだろう。思えばここは昨日行った酒場から離れていない町の中心だし、ここから外れた地域は広いだろうが、この賑わった場所はさほど広いわけでもない。
 だが何よりも会いたくない見たくない人物を軽率に見てしまう不運や、倒れそうなほど嫌っている人物に誰よりも早く気づける自分に嫌気はさす。

「……エルヴィン?」

 ニルスは真逆の意味で誰よりも早くエルヴィンの様子に気づいてくれる。それだけは一気に落ち込んだ気分の今でも嬉しく思う。
 また変に心配かけてしまうのでラヴィニアを見かけたということは黙っていようと一瞬思ったが、ラヴィニアは今の身分に不似合いそうな格好の男性とどこかへ連れ立って向かっているような気がした。
 もちろんそういう商売もあるだろうが、いくら落ちぶれた元令嬢だとしてもプライドだけは捨てなさそうなラヴィニアがそういうことをするとも思えない。
 何となく嫌な予感がして、エルヴィンは立ち上がり手をとりあえず水ですすいだ。

「ラヴィニアを見かけた。けっこう身分がよさそうな男と一緒だった。何となく気になるから後をつけてみたいんだけど、構わないか?」
「だが……、……、……わかった」

 躊躇するように何か言いかけたニルスだが、すぐに頷いてくれた。
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