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120話
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具合がよくなっているようだとしても念のため休んでとニルスに言われ、エルヴィンはソファーにおとなしく座った。
「ベッドで横に……」
「ほんとそこまで悪くないから。むしろもう元気だから。ここでゆっくりするよ」
体はいたって健康だ。何なら心も今は健康だと思う。そんな状態でベッドに横たわってもかえって疲れそうな気がする。
ニルスは頷くと、かいがいしく茶の準備をし始めた。相変わらず手慣れた様子だが、リックの補佐をしているなら不思議ではない。
ちなみによその国では「補佐」と聞くと完全に仕事の手伝いをするものだと受け止めるらしい。リックたちが仕事の打ち合わせをしている間、部屋の外で待機していたエルヴィンはその時近くにいた近衛兵と話をしてそれを知った。
「ここでは何て言うんだ?」
「侍従かな」
「堅苦しいな」
「いやまあ王や王子に仕えるわけだし」
「確かに」
「よそでは従者とも言うかも」
「へえ。補佐って言わないんだな。マヴァリージでは殿下たちが幼少の時から任ぜられて殿下を世話し助けつつ政治的な業務も行う職を言うんだけどな。なりたくても簡単になれる職じゃない」
そんな仕事に、ニルスがついてるんだぞと心の中だけで得意げに付け足す。
「仕事内容はこっちもそんな感じだろうけど。つっても俺らには遠すぎる上位職だから詳しくは知らないけどさ」
そんな会話をしていたことを何となく思い出しているとニルスが「飲むといい」とカップの乗ったソーサーをそっと置いてきた。
「ありがとう」
いい匂いがする。口に含むとすでに蜂蜜の入ったリージハイム茶だった。
「ここにこの茶葉、あるんだ?」
「ああ。ここの人らの気遣いだろう」
リージハイム茶はその名の通り、マヴァリージにあるリージハイム地方でとれる茶葉を使った茶だ。紅茶のわりにあまり赤みのない金色に近い色をした茶だが、香りと味はかなり芳醇で美味しい。ミルクを入れてもストレートでも合う。もちろん蜂蜜も合う。
ニルスもエルヴィンの向かいに座って茶を飲んだところで、エルヴィンは「ニルス」と呼びかけた。ニルスは無言のままだが視線をエルヴィンへ移動させてくる。
あー、この俺に視線が移ってくる感じも好きだなあ。
思わず少しわき道にそれた後でエルヴィンは改めて口を開いた。
「その、俺のこと……好き、だよな?」
「ああ」
こういう時のニルスは照れることもなくエルヴィンを見つめたまま頷いてくる。むしろこちらが照れてしまいそうだとエルヴィンは思った。
「そ、そうか。その、俺も好きだ。で、町へ出る前にお前が言ってた話なんだけど」
一旦区切ったが、ニルスは無言のままエルヴィンを見ている。何の話かわかっているのかわかっていないのかさえ判断できない。ブローチに頼りたくもなる。
「……俺が好きなのに、触れたいし触れられたいのに駄目ってどういう意味なんだろうか」
「……俺のわがままでお前を傷つけたくない」
「いや、それじゃわからないよ。だいたい俺が傷つくって、何」
もしかして俺の尻穴がお前ので傷つけられちゃうってこと? 役割そういえば決めてないけど……っていうか決める段階までもがまだ遠すぎるわけだけど、とにかくニルスとしては俺はそっちなの? じゃなくてえっと、何だ? あー、えっと、あ、そう、えっとそんな心配しちゃうくらいニルスのは──
「欲に突き進んでしまってお前の心を傷つけてしまうかもしれない」
そっちかよ。つい尻の穴の心配までしちゃっただろ……。動揺してあらぬことまで想像しそうになっちゃっただろ。
だいたい幼馴染とはいえ、案外同性でもお互いの裸など見る機会がない。何人もの男女入り乱れで風呂に入る国がよそにはあると噂で聞いて「何その楽園」と思ったことはあるが、マヴァリージの貴族の間では少なくとも風呂は個人で使用するものだ。だからニルスの裸も上半身ですらちゃんとじっくり見たことはない。
ましてやニルスの……じゃなくて、今それ考えること違う。俺はどうしてこう、本題からそれがちなのか。
「だいたい突き進まれて何で俺の心……」
「それに体だって傷つけるだろう」
あっ、やっぱそうなの? そっちもそうなの? えー、っていうか俺、もう何に動揺してんだかわからなくなってきた。役割? ニルスのあれ?
「……何故赤面している……やはり具合が」
「悪くないから! だいたい俺が赤面するたびに具合悪いのかと思う思考回路そろそろ改めて」
「しかし……」
「ほんっと違うから。赤くなってる時は大抵ニルスのこと考えてたりニルスの言動に反応したりニル……」
動揺していたからか、いつも思っていたことをつい声に出してしまった。ますます自分の顔が熱くなるのがわかる。
「……そうか」
そして「そうか」と返してくる淡々とした様子のニルスからは相変わらず何も読み取れない。ただ、エルヴィンの希望がそう見させてくるのだろうとしか思えないものの、何となく微かに耳の上あたりが赤い気がする。
まあ、気のせいなんだろうけどな。
「と、とにかく俺は赤くなっても具合悪くなってないから。あとお前がぐいぐい来てくれんのに何で俺の心傷つくわけ?」
「無体なことを無理やり……」
「俺もお前が好きなんだけど?」
「だが」
「好きな相手とどうこうなりたいって考えるのは俺だけ? 俺がそういう欲強すぎるってこと?」
エルヴィンの勢いに圧されてか、もしくは言っていることを理解した上で思いきり否定してくれているのか、ニルスの首がぶんぶんと横に振られた。
「ベッドで横に……」
「ほんとそこまで悪くないから。むしろもう元気だから。ここでゆっくりするよ」
体はいたって健康だ。何なら心も今は健康だと思う。そんな状態でベッドに横たわってもかえって疲れそうな気がする。
ニルスは頷くと、かいがいしく茶の準備をし始めた。相変わらず手慣れた様子だが、リックの補佐をしているなら不思議ではない。
ちなみによその国では「補佐」と聞くと完全に仕事の手伝いをするものだと受け止めるらしい。リックたちが仕事の打ち合わせをしている間、部屋の外で待機していたエルヴィンはその時近くにいた近衛兵と話をしてそれを知った。
「ここでは何て言うんだ?」
「侍従かな」
「堅苦しいな」
「いやまあ王や王子に仕えるわけだし」
「確かに」
「よそでは従者とも言うかも」
「へえ。補佐って言わないんだな。マヴァリージでは殿下たちが幼少の時から任ぜられて殿下を世話し助けつつ政治的な業務も行う職を言うんだけどな。なりたくても簡単になれる職じゃない」
そんな仕事に、ニルスがついてるんだぞと心の中だけで得意げに付け足す。
「仕事内容はこっちもそんな感じだろうけど。つっても俺らには遠すぎる上位職だから詳しくは知らないけどさ」
そんな会話をしていたことを何となく思い出しているとニルスが「飲むといい」とカップの乗ったソーサーをそっと置いてきた。
「ありがとう」
いい匂いがする。口に含むとすでに蜂蜜の入ったリージハイム茶だった。
「ここにこの茶葉、あるんだ?」
「ああ。ここの人らの気遣いだろう」
リージハイム茶はその名の通り、マヴァリージにあるリージハイム地方でとれる茶葉を使った茶だ。紅茶のわりにあまり赤みのない金色に近い色をした茶だが、香りと味はかなり芳醇で美味しい。ミルクを入れてもストレートでも合う。もちろん蜂蜜も合う。
ニルスもエルヴィンの向かいに座って茶を飲んだところで、エルヴィンは「ニルス」と呼びかけた。ニルスは無言のままだが視線をエルヴィンへ移動させてくる。
あー、この俺に視線が移ってくる感じも好きだなあ。
思わず少しわき道にそれた後でエルヴィンは改めて口を開いた。
「その、俺のこと……好き、だよな?」
「ああ」
こういう時のニルスは照れることもなくエルヴィンを見つめたまま頷いてくる。むしろこちらが照れてしまいそうだとエルヴィンは思った。
「そ、そうか。その、俺も好きだ。で、町へ出る前にお前が言ってた話なんだけど」
一旦区切ったが、ニルスは無言のままエルヴィンを見ている。何の話かわかっているのかわかっていないのかさえ判断できない。ブローチに頼りたくもなる。
「……俺が好きなのに、触れたいし触れられたいのに駄目ってどういう意味なんだろうか」
「……俺のわがままでお前を傷つけたくない」
「いや、それじゃわからないよ。だいたい俺が傷つくって、何」
もしかして俺の尻穴がお前ので傷つけられちゃうってこと? 役割そういえば決めてないけど……っていうか決める段階までもがまだ遠すぎるわけだけど、とにかくニルスとしては俺はそっちなの? じゃなくてえっと、何だ? あー、えっと、あ、そう、えっとそんな心配しちゃうくらいニルスのは──
「欲に突き進んでしまってお前の心を傷つけてしまうかもしれない」
そっちかよ。つい尻の穴の心配までしちゃっただろ……。動揺してあらぬことまで想像しそうになっちゃっただろ。
だいたい幼馴染とはいえ、案外同性でもお互いの裸など見る機会がない。何人もの男女入り乱れで風呂に入る国がよそにはあると噂で聞いて「何その楽園」と思ったことはあるが、マヴァリージの貴族の間では少なくとも風呂は個人で使用するものだ。だからニルスの裸も上半身ですらちゃんとじっくり見たことはない。
ましてやニルスの……じゃなくて、今それ考えること違う。俺はどうしてこう、本題からそれがちなのか。
「だいたい突き進まれて何で俺の心……」
「それに体だって傷つけるだろう」
あっ、やっぱそうなの? そっちもそうなの? えー、っていうか俺、もう何に動揺してんだかわからなくなってきた。役割? ニルスのあれ?
「……何故赤面している……やはり具合が」
「悪くないから! だいたい俺が赤面するたびに具合悪いのかと思う思考回路そろそろ改めて」
「しかし……」
「ほんっと違うから。赤くなってる時は大抵ニルスのこと考えてたりニルスの言動に反応したりニル……」
動揺していたからか、いつも思っていたことをつい声に出してしまった。ますます自分の顔が熱くなるのがわかる。
「……そうか」
そして「そうか」と返してくる淡々とした様子のニルスからは相変わらず何も読み取れない。ただ、エルヴィンの希望がそう見させてくるのだろうとしか思えないものの、何となく微かに耳の上あたりが赤い気がする。
まあ、気のせいなんだろうけどな。
「と、とにかく俺は赤くなっても具合悪くなってないから。あとお前がぐいぐい来てくれんのに何で俺の心傷つくわけ?」
「無体なことを無理やり……」
「俺もお前が好きなんだけど?」
「だが」
「好きな相手とどうこうなりたいって考えるのは俺だけ? 俺がそういう欲強すぎるってこと?」
エルヴィンの勢いに圧されてか、もしくは言っていることを理解した上で思いきり否定してくれているのか、ニルスの首がぶんぶんと横に振られた。
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