彼は最後に微笑んだ

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119話

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 それでも、元々女好きであろうデニスが、ここへは間違いなく見目のいい女性を見に来たはずだというのに、好みなのであろうラヴィニアに対し一瞥もくれないままエルヴィンを心配してきた。

 それって……。

 馬ではなく馬車に乗せられたエルヴィンは車内でもずっとはたから見ればぼんやりしていたようだ。その間ずっとそのことについて頭の中がぐるぐるとしていた。

 それって、もう、もう本当に、間違いなく、大丈夫ってこと、だよ、な……?
 そうだ、そうだよ。今度こそもう、大丈夫だ。本当に大丈夫だ。

 エルヴィンの中で今の人生ですらどこか否定的というか、ずっと構えていた分身すら「大丈夫なんだ」と全身で訴えていた。
 今度こそ、やり直し人生を自分はやり遂げたのだと心から思えた。エルヴィンの心にある、呪縛の鎖が音を立てて砕けた。

「泣いてるの? エルヴィン」

 隣に座っていたリックがそっと呟くように口にしてきた。それにより、自分が泣いていたのだと初めて気づいた。俯き加減だったため、デニスやジェムは気づいていない。そして誰よりもエルヴィンの様子にいつも気づいてくれるニルスはエルヴィンの代わりに馬に乗っているはずだ。

「まだ少し具合悪そうだね。俺に寄りかかるといいよ」

 いつも茶化したり色々聞いてくるリックはエルヴィンに何も聞かず、ただ静かにエルヴィンの肩に手を回し引き寄せてきた。泣き顔までデニスに見せてこれ以上余計な心配をかけるのも申し訳なく、エルヴィンはありがたく言われた通り顔を隠すようにしてリックに寄りかかった。
 ゼノガルトの宮殿へ戻ると、エルヴィンはデニスとリック直々に「明日は休むように」と言われた。

「いえ、もう大丈夫です。どこも悪くありません。むしろリック殿下の護衛騎士として任命されているというのに本当に申し訳ありませんでした」
「そんなこと、今言ってないでしょ?」
「リックの言う通りだ。お前、馬鹿みたいにお堅いな?」

 デニスが呆れたようにため息をついてくる。馬鹿みたいと言われてしまった。

「……ですが」
「煩い。どのみち明日は城内でのやり取りしかない。その上ニルスがいるし、問題ない。何ならフリッツ、お前も休むか?」
「と、とんでもない! ノルデルハウゼン卿は間違いなく休まれたほうがいいですが、俺は元気ですし休みは必要ありません」
「あ、そうだ。だったらエルヴィンが心配だし、エルヴィンの看病に慣れてるニルスが明日休んでエルヴィンの様子見てて。ジェムとフリッツがいればこっちは余裕だしね」
「何だ、ニルスは看病に慣れてるのか?」

 にこにこと言うリックに、デニスが怪訝な顔で聞いている。

「たまたまですけどね。ニルス、それでいいよね?」
「もちろんだ」

 も、もちろんだ、じゃないよ……! あまりに予期しないことだったのもあって勝手に焦ってしまった俺が休むだけでもとんでもないのに、ニルスまで休ませるなんて……。

 だが言い返そうとする前にリックから「反論は受け付けないよ。俺の命令が聞けない護衛騎士は困るしね」などと言われてしまった。

「……お心遣い、感謝いたします」

 町で何も飲み食いしなかったから、とデニスとリックは食事の用意を頼み、テーブルがすでに準備された部屋へ向かっていった。いつもついているジェムはもちろんのこと、フリッツもリックが「ニルスの代わりに俺の世話してね」と連れていく。生真面目なフリッツは「光栄です」と少々硬い表情になってかしこまっていた。

「食事は食べられそうか……?」

 ニルスが促してきたため二人で部屋に向かっている時に聞かれ、エルヴィンは頷いた。

「ああ。その、本当に俺もう何ともないんだよ。殿下たちに申し訳ないんだけど」
「そうか……よかった。だがまだ顔色はあまりよくない。明日は言われた通り休め」
「……わかった。でもニルス、看病はいらないよ、ほんっとに俺、どこも悪くないんだ」
「ああ」

 いや、全然「ああ」じゃないよなそれ。

 ラヴィニアに会うなんて予想もしてなかったせいでかなり動揺したが、実際具合が悪いわけではないし、むしろデニスのことをもう本当に心配しなくてもいいという確信を得られた気がするため、ある意味気分はいい。顔色がもしまだよくないのだとしても部屋で一旦落ち着けばすぐに戻るだろう。何ならもうすぐ近づいている季節に似つかわしいような、咲き乱れる花のように明るい血色のいい顔色になれる気がする。

 なのでほんっと皆に申し訳ないんだけど……。

 ただ、いくら大丈夫だと言っても心配されるなら、ここはその優しさに甘えて今から明日まで休ませてもらうことにしようとエルヴィンは思った。それにニルスもそばについてくれるというのなら、それもありがたく享受させてもらうことにする。
 だとしたら町へ行く前に言いかけていたこと、ちゃんと言わせてもらおう。
 うんうんと思っていると、ニルスがエルヴィンをじっと見てきた。

「な、何?」
「いや……確かに具合、かなりよくなってるようでよかった」
「何だよ……ありがとう」

 よかったと言いながら、ニルスがほんの少し口元をほころばせてきたように思え、部屋で落ち着かなくても今ので間違いなく一気に血色のいい顔色になった気がした。
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