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118話
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正直、倒れそうだった。情けないとは思う。
デニスに対しては変に構えることがほぼなくなったものの、エルヴィンはまだ呪縛が解けていないかのようにラヴィニアを見て固まってしまっていた。
見た目はずいぶん変わったが、給仕の女はラヴィニアで間違いない。悲しいかな、倒れそうなほど嫌悪している相手だというのに、いや、むしろそれだからか、エルヴィンがラヴィニアに気づかないわけがなかった。
令嬢としてパーティに出まくっていた頃と違い、かなり質素なドレスを着ている。体も少し痩せたかもしれない。笑っていてもどこか疲れたような様子も窺える。
だが絹ではなくもっさりとした羊毛のドレスを着ていようが、露出の多い夜会用ドレスと違い体を覆いつくすような日常的デザインをまとっていようが、胸は相変わらず大きなままだし痩せた分、他に引っ込むところはさらに引っ込んでいるように思えた。
自信に溢れた時と違いどこか疲れたような顔つきも、退廃的な色気に見えないこともない。
まさかこんなところで会うなんて……ようやく運命から逃れられたと思えるようになっていたのに。もしかしてデニス殿下とラヴィニアが出会うのは必然なのか……?
心のどこかで、そう考えてしまうところがまだちっとも呪縛から逃れられていない証拠だとエルヴィンの中にいる小さな分身が言っている。
だから考えすぎるな、本当にこれはたまたまだ。偶然だ。
そうとも言っているというのに、エルヴィンの本体を大きく占めている大きな分身が「違う、やはりどうあがこうがラヴィニアから逃れられないんだ」と頭を抱えていた。
どうしよう。
どうしたらいい?
いや、俺がどうにかできるのか?
無言のまま、固まったまま内心では混乱する勢いで考えていたが、ふと見ればラヴィニアがあろうことかニルスに気づき、目をつけているようだ。
ニルス……? 何で? デニス王子じゃなく?
もしかしたらデニスは王子だけに、上流貴族たちを色々物色していたであろうラヴィニアもちゃんと外見を把握できていなかったのだろうか。せいぜい遠目でしか見れていなかったのかもしれない。遡る前と違い、デニスもあまりパーティーなどで令嬢や令息たちと大っぴらに接していないはずだ。
それに、まさかこんなところにマヴァリージ王国の王子が、っていう先入観もあるのかもしれない、のかな。でもだったら大公爵家の子息であり侯爵でもあるニルスだってこんなとこにいるわけないって思わない? 何でニルスには気づくの? 何なんだよ?
悶々としだしたエルヴィンに当然ながら気づくはずもなく、ラヴィニアはにこやかな様子でニルスにますます話しかけている。王子二人がいるからだろう、下手に何も言えない様子のニルスは無言のままだ。
それでも普通なら「怒っているのだろうか」と思われがちなニルスに臆することなく、さすがというか、むしろプラスに受け止めているのかラヴィニアは「ねえ、侯爵様。よかったらこの後……」などと言いだした。
冗談じゃない。ニルスは俺のだ……!
「申し訳ないが……」
エルヴィンは口を開きながら顔を上げ、席から立ち上がろうとした。すると予想外の人から「おい、何だお前その顔色は」と言われる。
まさかのデニスが、ラヴィニアに目もくれずに立ち上がりエルヴィンのそばまでやってきた。
デニス殿下……?
「え、あ、問題ありま……」
「は? 何を言っている? 問題しかない顔色だろうが。おい、すまないが今日はもうやめておく。席料が必要ならいくらでも払っておけ」
ジェムに言うと、デニスは次にニルスとフリッツに向かって「お前たちはこいつを支えてやれ」と言い放ち、リックを促しながら歩き出した。
「出るぞ」
唖然としていたエルヴィンに、いつの間にか真横まで来ていたニルスが手を差し出してくる。それをつかむ前にハッとなったエルヴィンはとりあえず立ち上がった。するとニルスはエルヴィンを支えるようにして歩くのを促してきた。
フリッツもずっとしていたのであろう困惑顔のまま、気がかりそうにエルヴィンを時折見ながら歩幅を揃えて歩いている。
店を出る前にエルヴィンはそっとラヴィニアを窺った。ラヴィニアはまだエルヴィンたちがいた席のそばで唖然としているようだった。
どういうことなのだろうとエルヴィンは少し混乱していた。
こちらの顔色に気づき、気遣ってくれることに関しては、旅を始めてからますます知るようになったデニスだけにさほど意外ではなくなっている。旅に出る前ならそれだけでも結構驚いていたかもしれない。
今少し混乱しているのはそこではなく、デニスがラヴィニアに目もくれず、エルヴィンの心配をしてきたというところだ。
確かに今のラヴィニアは令嬢ではないし上質な格好もしていない。だが質素な格好でもわかる大きな胸や妖艶な様子は、エルヴィンからすればまだ健在のように思えた。
多分だが、デニスはラヴィニアのような女性が好みなのだと思う。女性として好きというより、単に性的な好みというのだろうか。
なのに……?
もちろん、今のデニスは間違いなく結婚した令嬢を大切に思っている。おそらく女好きだろうに愛人どころかちょっとした付き合いすら、他の誰ともしていないことからも窺える。何故なら結婚する前なら変に話題になり面倒だったであろう女性との付き合いも、王妃となる予定の令嬢と結婚することで王子としてはかえって自由になるはずだ。跡継ぎの絡みもあり、どこの国も大抵そうだが他に妃を設けてはいけないという決まりがない。
だというのに今のデニスは全く誰とも浮き名を流さない。
デニスに対しては変に構えることがほぼなくなったものの、エルヴィンはまだ呪縛が解けていないかのようにラヴィニアを見て固まってしまっていた。
見た目はずいぶん変わったが、給仕の女はラヴィニアで間違いない。悲しいかな、倒れそうなほど嫌悪している相手だというのに、いや、むしろそれだからか、エルヴィンがラヴィニアに気づかないわけがなかった。
令嬢としてパーティに出まくっていた頃と違い、かなり質素なドレスを着ている。体も少し痩せたかもしれない。笑っていてもどこか疲れたような様子も窺える。
だが絹ではなくもっさりとした羊毛のドレスを着ていようが、露出の多い夜会用ドレスと違い体を覆いつくすような日常的デザインをまとっていようが、胸は相変わらず大きなままだし痩せた分、他に引っ込むところはさらに引っ込んでいるように思えた。
自信に溢れた時と違いどこか疲れたような顔つきも、退廃的な色気に見えないこともない。
まさかこんなところで会うなんて……ようやく運命から逃れられたと思えるようになっていたのに。もしかしてデニス殿下とラヴィニアが出会うのは必然なのか……?
心のどこかで、そう考えてしまうところがまだちっとも呪縛から逃れられていない証拠だとエルヴィンの中にいる小さな分身が言っている。
だから考えすぎるな、本当にこれはたまたまだ。偶然だ。
そうとも言っているというのに、エルヴィンの本体を大きく占めている大きな分身が「違う、やはりどうあがこうがラヴィニアから逃れられないんだ」と頭を抱えていた。
どうしよう。
どうしたらいい?
いや、俺がどうにかできるのか?
無言のまま、固まったまま内心では混乱する勢いで考えていたが、ふと見ればラヴィニアがあろうことかニルスに気づき、目をつけているようだ。
ニルス……? 何で? デニス王子じゃなく?
もしかしたらデニスは王子だけに、上流貴族たちを色々物色していたであろうラヴィニアもちゃんと外見を把握できていなかったのだろうか。せいぜい遠目でしか見れていなかったのかもしれない。遡る前と違い、デニスもあまりパーティーなどで令嬢や令息たちと大っぴらに接していないはずだ。
それに、まさかこんなところにマヴァリージ王国の王子が、っていう先入観もあるのかもしれない、のかな。でもだったら大公爵家の子息であり侯爵でもあるニルスだってこんなとこにいるわけないって思わない? 何でニルスには気づくの? 何なんだよ?
悶々としだしたエルヴィンに当然ながら気づくはずもなく、ラヴィニアはにこやかな様子でニルスにますます話しかけている。王子二人がいるからだろう、下手に何も言えない様子のニルスは無言のままだ。
それでも普通なら「怒っているのだろうか」と思われがちなニルスに臆することなく、さすがというか、むしろプラスに受け止めているのかラヴィニアは「ねえ、侯爵様。よかったらこの後……」などと言いだした。
冗談じゃない。ニルスは俺のだ……!
「申し訳ないが……」
エルヴィンは口を開きながら顔を上げ、席から立ち上がろうとした。すると予想外の人から「おい、何だお前その顔色は」と言われる。
まさかのデニスが、ラヴィニアに目もくれずに立ち上がりエルヴィンのそばまでやってきた。
デニス殿下……?
「え、あ、問題ありま……」
「は? 何を言っている? 問題しかない顔色だろうが。おい、すまないが今日はもうやめておく。席料が必要ならいくらでも払っておけ」
ジェムに言うと、デニスは次にニルスとフリッツに向かって「お前たちはこいつを支えてやれ」と言い放ち、リックを促しながら歩き出した。
「出るぞ」
唖然としていたエルヴィンに、いつの間にか真横まで来ていたニルスが手を差し出してくる。それをつかむ前にハッとなったエルヴィンはとりあえず立ち上がった。するとニルスはエルヴィンを支えるようにして歩くのを促してきた。
フリッツもずっとしていたのであろう困惑顔のまま、気がかりそうにエルヴィンを時折見ながら歩幅を揃えて歩いている。
店を出る前にエルヴィンはそっとラヴィニアを窺った。ラヴィニアはまだエルヴィンたちがいた席のそばで唖然としているようだった。
どういうことなのだろうとエルヴィンは少し混乱していた。
こちらの顔色に気づき、気遣ってくれることに関しては、旅を始めてからますます知るようになったデニスだけにさほど意外ではなくなっている。旅に出る前ならそれだけでも結構驚いていたかもしれない。
今少し混乱しているのはそこではなく、デニスがラヴィニアに目もくれず、エルヴィンの心配をしてきたというところだ。
確かに今のラヴィニアは令嬢ではないし上質な格好もしていない。だが質素な格好でもわかる大きな胸や妖艶な様子は、エルヴィンからすればまだ健在のように思えた。
多分だが、デニスはラヴィニアのような女性が好みなのだと思う。女性として好きというより、単に性的な好みというのだろうか。
なのに……?
もちろん、今のデニスは間違いなく結婚した令嬢を大切に思っている。おそらく女好きだろうに愛人どころかちょっとした付き合いすら、他の誰ともしていないことからも窺える。何故なら結婚する前なら変に話題になり面倒だったであろう女性との付き合いも、王妃となる予定の令嬢と結婚することで王子としてはかえって自由になるはずだ。跡継ぎの絡みもあり、どこの国も大抵そうだが他に妃を設けてはいけないという決まりがない。
だというのに今のデニスは全く誰とも浮き名を流さない。
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