彼は最後に微笑んだ

Guidepost

文字の大きさ
上 下
114 / 193

114話

しおりを挟む
 朝、エルヴィンと一旦別れて部屋へ戻り、水を飲もうが何をしようが我慢ならずにニルスがひたすら柱に頭を打ちつけていると「二日酔いで頭痛するにしても、そんな対処ある?」と呆れた声が聞こえてきた。

「あとニルスの力なら柱が壊れちゃうでしょ」
「……勝手に入るな」
「俺、王子様だから」
「そんなのは理由にならない。あと頭痛の対処じゃない」

 ため息をつきながらニルスが柱から離れると、いつの間にか部屋に入ってきていたリックが呆れた顔のまま「じゃあ何してたの」と近づいてきた。

「……反省だ」

 途端、笑われる。
 反省することで笑われるとは普通思わないかもしれないが、相手はリックだ。何かリックなりの捉え方があったのだろう。

「もしかして酔っぱらってしまってエルヴィンに何もできなかったから?」
「な……、違う」
「違うの?」

 リックは首を傾げながら何か呟き、手をニルスにかざしてきた。すると淡い光を感じた後、ニルスの中にあった重苦しいような頭痛や吐き気などが治まっていく。

「治しに来てくれたのか? すまない」
「エルヴィンに頼まれてね」

 エルヴィンに、と聞いてニルスはまた柱に頭を打ちつけたくなった。だがその前に察したリックに止められる。

「俺の大事な補佐が馬鹿になっちゃったらどうしてくれるの」
「むしろ俺は少し馬鹿になったほうがいい」
「自虐的な考えはエルヴィンに好かれないよ?」
「……朝食はもう済ませたのか?」
「ふふ。素直でかわいいねえ、ニルスは。で、何の反省?」
「無様にも酔ってしまった上にその様をエルヴィンにさらけ出し、迷惑をかけた。しかも部屋にまで上がりこんで……最悪だ」
「何でそうなるの? ほんっとエルヴィンにしてもニルスにしても、ちょっと頭おかしいレベルで固くない? 頭」
「言い過ぎだろ……」

 微妙な顔でニルスを見れば、気づいたニルスがおかしそうに見返してきた。

「そこはあわよくば酔った勢いでエルヴィンをものにしよう、じゃないの?」
「お前のほうが俺よりは頭がおかしい」
「俺、第二王子って覚えてる?」
「嫌ってほどな」
「にしても、そんなくらいで頭を柱に打ちつける? 頭大丈夫か誰だって疑いたくもなるでしょ」

 今度はリックがため息をつきながら、無詠唱でニルスの額に触れてきた。すると二日酔いの頭痛とは別にズキズキとしていた部分の痛みもなくなった。

「これは別に治してくれなくても……」
「赤くなってるの、エルヴィンが気づかないとでも? 反省しないとと思ってるくせに余計な心配をエルヴィンにさせたいの?」
「……治してくれてありがとう」
「ふふ。で?」
「何だ」
「それだけじゃないでしょ、絶対。確かにお前ならとてつもなく落ち込む案件なのかもしれないけど、柱に頭ぶつけ倒すほどじゃないはず」

 大抵の者がニルスの表情を読み取れない中、兄だけでなくリックも正確に読み取ってくる。それだけでなく、こんなことまで読み取ってくるリックをニルスはむしろ微妙な気持ちで眺める。

「そんな顔しない」
「……別に何でも」
「なくはないよね。何で? 言わないとエルヴィンに言うからね、柱に頭ぶつけてたって」
「……、……はぁ。その……朝目覚める前に不謹慎な夢を見てしまった」
「不謹慎? 何の……ああ、なるほど! エルヴィンとのエッチな夢見たってことか」
「言うな……」

 居たたまれなくて顔をそらすと「それだって柱ぶつけるようなことじゃないでしょ」とまた呆れた声がする。

「正常な男子じゃないか。まあ、そういうことは大抵もっと早めの年齢から経験しそうだけど。でも別に朝立ち見られたわけでもないんでしょ? ましてや夢精しちゃったわけでもないんでしょ?」
「してない」
「なら全然問題なくない?」

 あまりにあっさりと言われ、そうなのだろうかと少し思いそうだったが、言ってきた相手はリックだ。油断はできない。

「俺としては問題ある」
「はぁ。そんなでエルヴィンともっと深い仲になれるの?」
「……段階は踏むつもりだ」
「何の? だって両思いで付き合っていて、キスだってもうしてるしデートもしてるじゃない。手だって繋いでるだろ? 他にどんな段階がいるの? むしろ知りたい」

 何だかんだで結構知られていることに改めてニルスは気づいた。そんなにベラベラとエルヴィンとの間にあったことを喋ったつもりはないのだが、いつの間にか喋らされていたのだろうか。

「恋愛経験がないからよくはわからない、が……例えば婚約、とか」
「別に同性同士での婚約を禁止する法はないけど、今時そんなこと言ってるのニルスくらいじゃない? 大抵の人はニルスやエルヴィンより当然か弱いだろう女性相手でも、もっと積極的だよ……」
「エルヴィン相手に女性も男性もない」
「はいはい、そうでしたね」

 ため息をまたつくと、リックは「そんな悠長なことしてて、他の誰かにエルヴィン取られても知らないよ」と首を振ってきた。

「他、の……」
「そう。他の誰か。エルヴィンって見た目も中身もいいでしょ?」
「当然だ」
「はは。なのに誰かが狙わないとニルスは本当に信じてるの?」

 あまり考えないようにしていたが、リックの言うことはもっとも過ぎて返す言葉もなかった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...