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110話
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部屋まで来た時も、ニルスなら「じゃあ……」と呟くくらいで手を上げてからそのまま去っていくだろうなという確信に近いイメージをエルヴィンは持っていた。キスくらいはしてくれるかもしれないが、紳士らしくそのまま去るような気がしていた。
「お前、ニルスで合ってる?」
だがニルスはほぼ無言には違いないものの、あまりに当たり前のようにエルヴィンにあてがわれた部屋に入っていた。ぎこちなさもなくあまりに自然だった。
「俺は俺だが……」
口数が少ないところは確かにニルスだ。というか本体はニルスでしかない。だが拭えない違和感が半端ない。
エルヴィンが戸惑っている中、ニルスは無言のまま勝手に歩いていく。
「お、おい。ニルス」
エルヴィンはとりあえず上着を脱いで近くにある椅子の背にかける。ニルスはそのままベッドの縁に腰かけると、おそらく少しぼんやりとした様子でエルヴィンを見てきた。
ベッドに座った時は一瞬、誘われているのかと期待……ではなく驚いたが、座っただけで何もしてこようとしないし何も言わない。おまけによく見ると多分ぼんやりとしている様子から、ようやくエルヴィンは気づいた。
ひょっとして、ニルス……酔ってるのか?
テンションが変わる様子もなく足元もしっかりしていた。呂律が回ることもなく基本的な言動はいつもと変わらない。
だが、所々違和感はあった。あった、が。
そんなわかりにくい酔い方、ある?
ニルスも酒に弱くはない。酒が飲めるようになってから一緒に飲むことは度々あったし、ニスルが酔ったところを見たことはなかったはずだ。
……いや、今もわかりにく過ぎて今までがどうだったか断言はできない気がちょっとしてきた、けどさ。
だが少なくとも今まではエルヴィンが酔うほどではなくてもいい気分になってテンションを上げていると心配されるくらいだった。やはりニルスは酒に弱くないはずだ。
でも、待てよ。俺も今日はかなり飲んだんだよ、な?
エルヴィンが酒に強いとよく知っているリックから「エルヴィンを部屋まで送ってあげて」「結構飲んだくせに」「他国でもし何かやらかしたらどうするの?」などと言われるくらい飲んだのだろう。自分では全然酔った気がしないが、自分の中での許容範囲内と思っていたものの酔っている可能性があるだろうと思われる程度には飲んだのだろう。
ただ、ニルスも確かにエルヴィンのペースに合わせてくれたのか結構飲んでいたと思うが、エルヴィンがこの調子なのだからニルスだけが酔うというのも不思議な話だ。
それにゆっくり食後酒を楽しみたいのもあったし一応護衛騎士だけに勤務時間外だろうが酔っぱらうのはどうかと思ったのもあって、エルヴィンはかなり度数の高いシュナップスは皆でいる時に一杯しか飲んでいない。リックとニルスの三人で飲んでいた時はツィトローネビーアばかり飲んでいた。これは度数が低い。リックには「シュナップスも用意したけど」と言われたが遠慮しておいた。
……もしかして。
「ニルス」
呼びかけるとエルヴィンを見てくる。その様子はやはりいつもと変わらないように見える。
「お前、リックの部屋で何飲んでた?」
酒を飲みながら話すのが目的であって、周りが何を飲んでいるかなど基本的に気にしない。色の見えるグラスなら気づいたかもしれないが、あいにく錫でできたグラスなので中身は見えなかった。
「酒だが」
「だよな。知ってる! じゃなくて、俺はツィトローネビーアを飲んでたんだけど……」
「食前も食後もシュナップスだ」
あーっ、やっぱり……!
「……ニルス。俺がお前を送っていくよ」
「不要だ」
不要じゃないよ、だって多分絶対きっと、お前、酔ってるよ……!
「送らせてくれ」
「……嬉しい」
「ん?」
「けど不要だ」
不要っていうか、不毛なやり取りだな。
ニルスが酔っているところなど貴重かもしれない。脳裏にしっかり収めたい気もしないでもない。だが自国のエルヴィンかニルスの屋敷というならまだしも、よその国だけに堪能しづらさしかない。
「わかった。じゃあもうここで眠っていくといいよ」
リックの部屋ほどではないが、エルヴィンに用意された部屋もそれなりに心地よく整った部屋で、ソファーで眠っても体が痛くなることはなさそうだ。
ちなみに普段中々二人きりでゆっくりできることがないし、本当ならば他に誰もいない部屋で二人きりなんて甘い時間を過ごすのに絶好の機会だろう。
でも酔った相手にできることなんて俺にはないし。
少し残念に思ってため息をつきつつ、ソファーで眠る準備のためベッドから離れようとしたら腕をつかまれた。
「どこへ行くんだ……?」
「ソファーだよ。ああ、そうだな。クッションを使うよりたくさんあるここの枕の一つを持っていくか」
「どこへも行くな」
ソファーじゃなく、枕元のほうへ移動しようとしたら持たれていた腕を引かれた。
「別に部屋から出るんじゃなくてな、」
「……どこへも行くな」
ニルスさん?
かわいいけど少し困った、とエルヴィンは苦笑した。
「眠る準備をするだけだよ」
「ここで眠ればいい」
「ここで眠るのはニルスだよ」
「ここで眠ればいい」
「お前がね、ここで眠るの」
「ここで眠ればいい」
さすがにニルスが酔っぱらっていることに関して疑いはなくなった。
ベッドで男二人が一緒に眠るくらいの広さは十分ある。だが好きな相手と一緒のベッドで眠る心の広さというかゆとりはエルヴィンには多分なさそうだ。
「あのな、ニル……」
言い聞かせようとしたら、エルヴィンの足元近くの絨毯がちろちろと燃え出した。
「え、ちょ……まさか火事……」
のわけがない。火元原因がまったくない。多分炎の属性を持っているニルスの仕業だろう。
もしかしなくても結構酔ってる……!
「お前、ニルスで合ってる?」
だがニルスはほぼ無言には違いないものの、あまりに当たり前のようにエルヴィンにあてがわれた部屋に入っていた。ぎこちなさもなくあまりに自然だった。
「俺は俺だが……」
口数が少ないところは確かにニルスだ。というか本体はニルスでしかない。だが拭えない違和感が半端ない。
エルヴィンが戸惑っている中、ニルスは無言のまま勝手に歩いていく。
「お、おい。ニルス」
エルヴィンはとりあえず上着を脱いで近くにある椅子の背にかける。ニルスはそのままベッドの縁に腰かけると、おそらく少しぼんやりとした様子でエルヴィンを見てきた。
ベッドに座った時は一瞬、誘われているのかと期待……ではなく驚いたが、座っただけで何もしてこようとしないし何も言わない。おまけによく見ると多分ぼんやりとしている様子から、ようやくエルヴィンは気づいた。
ひょっとして、ニルス……酔ってるのか?
テンションが変わる様子もなく足元もしっかりしていた。呂律が回ることもなく基本的な言動はいつもと変わらない。
だが、所々違和感はあった。あった、が。
そんなわかりにくい酔い方、ある?
ニルスも酒に弱くはない。酒が飲めるようになってから一緒に飲むことは度々あったし、ニスルが酔ったところを見たことはなかったはずだ。
……いや、今もわかりにく過ぎて今までがどうだったか断言はできない気がちょっとしてきた、けどさ。
だが少なくとも今まではエルヴィンが酔うほどではなくてもいい気分になってテンションを上げていると心配されるくらいだった。やはりニルスは酒に弱くないはずだ。
でも、待てよ。俺も今日はかなり飲んだんだよ、な?
エルヴィンが酒に強いとよく知っているリックから「エルヴィンを部屋まで送ってあげて」「結構飲んだくせに」「他国でもし何かやらかしたらどうするの?」などと言われるくらい飲んだのだろう。自分では全然酔った気がしないが、自分の中での許容範囲内と思っていたものの酔っている可能性があるだろうと思われる程度には飲んだのだろう。
ただ、ニルスも確かにエルヴィンのペースに合わせてくれたのか結構飲んでいたと思うが、エルヴィンがこの調子なのだからニルスだけが酔うというのも不思議な話だ。
それにゆっくり食後酒を楽しみたいのもあったし一応護衛騎士だけに勤務時間外だろうが酔っぱらうのはどうかと思ったのもあって、エルヴィンはかなり度数の高いシュナップスは皆でいる時に一杯しか飲んでいない。リックとニルスの三人で飲んでいた時はツィトローネビーアばかり飲んでいた。これは度数が低い。リックには「シュナップスも用意したけど」と言われたが遠慮しておいた。
……もしかして。
「ニルス」
呼びかけるとエルヴィンを見てくる。その様子はやはりいつもと変わらないように見える。
「お前、リックの部屋で何飲んでた?」
酒を飲みながら話すのが目的であって、周りが何を飲んでいるかなど基本的に気にしない。色の見えるグラスなら気づいたかもしれないが、あいにく錫でできたグラスなので中身は見えなかった。
「酒だが」
「だよな。知ってる! じゃなくて、俺はツィトローネビーアを飲んでたんだけど……」
「食前も食後もシュナップスだ」
あーっ、やっぱり……!
「……ニルス。俺がお前を送っていくよ」
「不要だ」
不要じゃないよ、だって多分絶対きっと、お前、酔ってるよ……!
「送らせてくれ」
「……嬉しい」
「ん?」
「けど不要だ」
不要っていうか、不毛なやり取りだな。
ニルスが酔っているところなど貴重かもしれない。脳裏にしっかり収めたい気もしないでもない。だが自国のエルヴィンかニルスの屋敷というならまだしも、よその国だけに堪能しづらさしかない。
「わかった。じゃあもうここで眠っていくといいよ」
リックの部屋ほどではないが、エルヴィンに用意された部屋もそれなりに心地よく整った部屋で、ソファーで眠っても体が痛くなることはなさそうだ。
ちなみに普段中々二人きりでゆっくりできることがないし、本当ならば他に誰もいない部屋で二人きりなんて甘い時間を過ごすのに絶好の機会だろう。
でも酔った相手にできることなんて俺にはないし。
少し残念に思ってため息をつきつつ、ソファーで眠る準備のためベッドから離れようとしたら腕をつかまれた。
「どこへ行くんだ……?」
「ソファーだよ。ああ、そうだな。クッションを使うよりたくさんあるここの枕の一つを持っていくか」
「どこへも行くな」
ソファーじゃなく、枕元のほうへ移動しようとしたら持たれていた腕を引かれた。
「別に部屋から出るんじゃなくてな、」
「……どこへも行くな」
ニルスさん?
かわいいけど少し困った、とエルヴィンは苦笑した。
「眠る準備をするだけだよ」
「ここで眠ればいい」
「ここで眠るのはニルスだよ」
「ここで眠ればいい」
「お前がね、ここで眠るの」
「ここで眠ればいい」
さすがにニルスが酔っぱらっていることに関して疑いはなくなった。
ベッドで男二人が一緒に眠るくらいの広さは十分ある。だが好きな相手と一緒のベッドで眠る心の広さというかゆとりはエルヴィンには多分なさそうだ。
「あのな、ニル……」
言い聞かせようとしたら、エルヴィンの足元近くの絨毯がちろちろと燃え出した。
「え、ちょ……まさか火事……」
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もしかしなくても結構酔ってる……!
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