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109話
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「そろそろ夜も更けてきた。君たちも部屋に戻るといいよ」
エルヴィンが切り出す前に、珍しくリックからそう言ってきた。もしかしたらリックもさすがに疲れているのかもしれない。
グラスなどをある程度片づけてから戻ろうとしていると、リックがニルスに「お前も戻るがてら、エルヴィンを部屋まで送ってあげて」と言っているのが聞こえた。見ればニルスは無言のまま頷いている。
「お、れは送ってもらわなくても大丈夫です」
「何言ってるの。俺よりも結構飲んでたくせに」
「ですがリックも知っての通り、俺酒に強いので……」
いい気分になるくらいはあるが、我を失うことはない。
「いいから送ってもらいなよ。他国でもし何かやらかしたらどうするの?」
そう言われると返す言葉もない。自分では全く酔っている気はしないが、何事も絶対などない。エルヴィンの様子を気遣って送ってもらうのは申し訳ないが、リックが言うように万が一何かやらかしてしまったらと思うと送ってもらうのもやぶさかではない。
「そうですね。ではお願いします。ニルス、悪いな」
エルヴィンが素直に頷いていると、ニルスがリックを見ながらぼそりと「エルヴィンをよく把握してる……」と呟いたような気がした。
「俺を把握?」
「……お前は悪くない。気にする必要はない。リックに言われなくとも送る気だった」
「そっか」
大して離れた距離ではない。同じフロア内だ。それでもニルスも送ろうと思っていたのなら、もしかしたらエルヴィンは自分だけがわかっていないだけで酒に酔っているのだろうか。得てして酔っぱらいこそ、自分は酔ってないと思いがちだ。
俺もそれなのかな。全然酔ってる気分でもないんだけどな。
足元もしっかりしているし頭もふらつかないし目も回っていない。思考も明確なつもりだ。だが、そう思い込んでいるだけなのかもしれない。
「じゃあ、二人とも気をつけてね。あと明日は朝の遅い時間から動く予定だから、ゆっくりでいいよ」
「わかりました」
「ああ」
にこにこと手を振るリックに頷くと、エルヴィンたちは部屋を出た。護衛騎士ならリックの部屋の前などで警備すべきだろうかと思っていたが「いらないよ」とリックにはすでに笑われ済みだ。
「俺らも普段から普通に過ごしてるの、知ってるでしょ。子どもの頃泊まりに来たこともあったでしょ」
確かに王子であるリックの部屋の前でずっと立っている人はいなかったが、ここは他国だ。警戒はいるのではと思ったのだが首を振られた。
「ゼノガルトとは友好的な付き合いをしているし、この国はマヴァリージと同じで資源が豊かな分、平和だよ。あと、今なら自分の宮殿のほうがよっぽど警戒必要かもね」
「はあ、なるほど、そういうもの……って、え? 最後何か不穏なこと、言いませんでした?」
「気のせいじゃない?」
そんな話をしつつ、気づけばどうでもいい話を酒の肴にしていた。
松明ではなく、これも機械の技術なのだろうか、ガラスの中で勝手に灯っている明かりが点々とある廊下をニルスと歩きながらリックとの会話を反芻していたエルヴィンだったが、ふと今頃になってニルスと今二人きりなのだと気づいた。しかも部屋まで送ってくれるということは、部屋まで二人きりだ。中に入ってもらえたならば、部屋の中でも二人きりだ。
「うわ……」
とても小さな声が漏れたのだが、聞こえたらしいニルスが「エルヴィン?」とエルヴィンを覗き込むように見てきた。
明かりが点々とあるとはいえ、薄暗くてよかった。そうでないと顔が赤くなっていることに気づかれて、また無駄に心配されるところだ。
「ど、うもしない」
「そうか。よかった」
呟くと、ニルスはまた無言のまま歩き始める。身長差はあるものの同じ歩幅で歩いてくれている。
あー、好きだな。
「ニルス。手、繋いでいい?」
思わず聞いていた。ニルスなら「ああ」とか「そうか」などと言いながら一見快く繋いでくれそうな気がするが、恋愛に関してあまり慣れていないのか警戒ではないが、たまに変に構えられる時がある。今もそうかもしれないと思っていたら「もちろんだ」と言いながらニルスのほうから手を繋いでくれた。
うっそ、マジで?
思わず軽く驚いた。優しいニルスだけに受け入れてくれる可能性は高かったものの、この反応は予想していなかった。
あ、でもニルスから手を繋いでくれてよかった。そういや俺、ブローチつけたままだわ。
エルヴィンの手袋を外した手を握ってくるニルスの手袋を外した手は、やはりこの間思ったのと同じようにそれなりにごつごつとしている。そして普段より熱い気がする。
やっぱり内心緊張してるとかそんななのかな? いや、緊張だと冷たくなる? でも意識し過ぎてくれてるのかも?
だがとりあえず少なくとも緊張は違った。緊張している者は握りながらエルヴィンの指や手の甲、手のひらなどをまさぐったりしない。
というか、え、誰?
まさかニルスの皮を被った誰かなのかと一瞬本気で疑った。だがずっとニルスと一緒だったし皆でいる時は普段のニルスそのものだった気がする。
いや、気持ちいい。すごく気持ちいいんだけど、戸惑いが半端なさ過ぎて集中できないんだけど……。
「ニ、ルス?」
「お前の手は心地いいな」
ほんと誰。
エルヴィンが切り出す前に、珍しくリックからそう言ってきた。もしかしたらリックもさすがに疲れているのかもしれない。
グラスなどをある程度片づけてから戻ろうとしていると、リックがニルスに「お前も戻るがてら、エルヴィンを部屋まで送ってあげて」と言っているのが聞こえた。見ればニルスは無言のまま頷いている。
「お、れは送ってもらわなくても大丈夫です」
「何言ってるの。俺よりも結構飲んでたくせに」
「ですがリックも知っての通り、俺酒に強いので……」
いい気分になるくらいはあるが、我を失うことはない。
「いいから送ってもらいなよ。他国でもし何かやらかしたらどうするの?」
そう言われると返す言葉もない。自分では全く酔っている気はしないが、何事も絶対などない。エルヴィンの様子を気遣って送ってもらうのは申し訳ないが、リックが言うように万が一何かやらかしてしまったらと思うと送ってもらうのもやぶさかではない。
「そうですね。ではお願いします。ニルス、悪いな」
エルヴィンが素直に頷いていると、ニルスがリックを見ながらぼそりと「エルヴィンをよく把握してる……」と呟いたような気がした。
「俺を把握?」
「……お前は悪くない。気にする必要はない。リックに言われなくとも送る気だった」
「そっか」
大して離れた距離ではない。同じフロア内だ。それでもニルスも送ろうと思っていたのなら、もしかしたらエルヴィンは自分だけがわかっていないだけで酒に酔っているのだろうか。得てして酔っぱらいこそ、自分は酔ってないと思いがちだ。
俺もそれなのかな。全然酔ってる気分でもないんだけどな。
足元もしっかりしているし頭もふらつかないし目も回っていない。思考も明確なつもりだ。だが、そう思い込んでいるだけなのかもしれない。
「じゃあ、二人とも気をつけてね。あと明日は朝の遅い時間から動く予定だから、ゆっくりでいいよ」
「わかりました」
「ああ」
にこにこと手を振るリックに頷くと、エルヴィンたちは部屋を出た。護衛騎士ならリックの部屋の前などで警備すべきだろうかと思っていたが「いらないよ」とリックにはすでに笑われ済みだ。
「俺らも普段から普通に過ごしてるの、知ってるでしょ。子どもの頃泊まりに来たこともあったでしょ」
確かに王子であるリックの部屋の前でずっと立っている人はいなかったが、ここは他国だ。警戒はいるのではと思ったのだが首を振られた。
「ゼノガルトとは友好的な付き合いをしているし、この国はマヴァリージと同じで資源が豊かな分、平和だよ。あと、今なら自分の宮殿のほうがよっぽど警戒必要かもね」
「はあ、なるほど、そういうもの……って、え? 最後何か不穏なこと、言いませんでした?」
「気のせいじゃない?」
そんな話をしつつ、気づけばどうでもいい話を酒の肴にしていた。
松明ではなく、これも機械の技術なのだろうか、ガラスの中で勝手に灯っている明かりが点々とある廊下をニルスと歩きながらリックとの会話を反芻していたエルヴィンだったが、ふと今頃になってニルスと今二人きりなのだと気づいた。しかも部屋まで送ってくれるということは、部屋まで二人きりだ。中に入ってもらえたならば、部屋の中でも二人きりだ。
「うわ……」
とても小さな声が漏れたのだが、聞こえたらしいニルスが「エルヴィン?」とエルヴィンを覗き込むように見てきた。
明かりが点々とあるとはいえ、薄暗くてよかった。そうでないと顔が赤くなっていることに気づかれて、また無駄に心配されるところだ。
「ど、うもしない」
「そうか。よかった」
呟くと、ニルスはまた無言のまま歩き始める。身長差はあるものの同じ歩幅で歩いてくれている。
あー、好きだな。
「ニルス。手、繋いでいい?」
思わず聞いていた。ニルスなら「ああ」とか「そうか」などと言いながら一見快く繋いでくれそうな気がするが、恋愛に関してあまり慣れていないのか警戒ではないが、たまに変に構えられる時がある。今もそうかもしれないと思っていたら「もちろんだ」と言いながらニルスのほうから手を繋いでくれた。
うっそ、マジで?
思わず軽く驚いた。優しいニルスだけに受け入れてくれる可能性は高かったものの、この反応は予想していなかった。
あ、でもニルスから手を繋いでくれてよかった。そういや俺、ブローチつけたままだわ。
エルヴィンの手袋を外した手を握ってくるニルスの手袋を外した手は、やはりこの間思ったのと同じようにそれなりにごつごつとしている。そして普段より熱い気がする。
やっぱり内心緊張してるとかそんななのかな? いや、緊張だと冷たくなる? でも意識し過ぎてくれてるのかも?
だがとりあえず少なくとも緊張は違った。緊張している者は握りながらエルヴィンの指や手の甲、手のひらなどをまさぐったりしない。
というか、え、誰?
まさかニルスの皮を被った誰かなのかと一瞬本気で疑った。だがずっとニルスと一緒だったし皆でいる時は普段のニルスそのものだった気がする。
いや、気持ちいい。すごく気持ちいいんだけど、戸惑いが半端なさ過ぎて集中できないんだけど……。
「ニ、ルス?」
「お前の手は心地いいな」
ほんと誰。
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