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108話
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その後もどこかへ案内されたり商談が始まったりと全然ゆっくりする間もなく、気づけば夕食の時間となっていた。
「結構忙しいんですね」
食後ようやく酒を飲みながらゆったりできた。
マヴァリージでは食後酒によくシュナップスを飲むが、ゼノガルトでもそれは同じらしい。ちなみにいくつかあるシュナップスの中でもミラベルで作られたシュナップスが甘みもあってエルヴィンは好きだ。ただシュナップスはアルコール度数が高いのでゆっくり飲む酒ではない。なので今はツィトローネビーアを飲んでいた。爽やかな柑橘の酸味とほんのり感じる穀物の甘みが飲みやすい酒だ。
「まあ、今回は商談で来てるのもあるしね」
案内された部屋は護衛騎士として来ているエルヴィンですら個室だった。ホッと少しだけ寛いだ後に夕食をとり、食後酒として一旦皆でシュナップスを飲んでから、今はリックの部屋でニルスと三人で寛いでいるところだった。
「お前らは幼馴染で仲いいんだろ。ゆっくり話でもするといい」
デニスにそんな風に言われ、主にリックが遠慮なく率先して席を立ち、今に至る。エルヴィンはとりあえずリックの部屋まで送った後自分の部屋へ戻ろうとして引きとめられていた。ちなみにさすが王子に準備された部屋だけあって、エルヴィンが使用する部屋とは全然違う。ベッド一つとっても豪華だ。
「あと、デニス殿下って案外その、何というか、いい人ですね」
幼馴染だろうしゆっくりすればいいなど、遡る前のデニスを知っているエルヴィンからすれば驚愕の優しさだ。
「いい人って」
リックがおかしそうに笑っている。
「……デニス殿下には黙っててくださいよ。一介の騎士が何を偉そうにと思われる」
「兄上は別にそんなこと、気にしないけどね」
以前のデニスなら下手をすれば処刑だっただろう。
「そっか」
エルヴィンが思わず笑みを浮かべると、今まで黙っていたニルスが「デニスのこと、気になるのか?」と聞いてきた。
ある意味気にはなる。どうしたって気にもなる。だがニルスが言っているのはそういう意味ではないだろう。
「別にならないよ」
「そうか……よかった」
え、何が? 何がよかったのニルス。
もしかしてヤキモチ妬いてくれたのだろうか。だがそんなわかりやすいニルスは珍しい気がするので、自分のの思い過ごしでしかないのだろうなとエルヴィンはとりあえずニルスに笑いかける。
「ねえ、二人でいちゃつくのは俺がいなくなってからにしてね」
「い、いちゃつきませんけど……っ?」
ニルスの前で何を言うか、とエルヴィンは焦ってリックを見た。
「そう? で、今エルヴィンが赤くなったのは……」
「酒のせいですね」
言いかけているリックに被り気味で即答した。
「お酒、結構強かったよね?」
「俺も歳、取ってきてますので」
「二十歳そこそこでそんなこと言ってたらもっと上のご令嬢たちに刺されるよ?」
「何てこと言うんですか……」
しばらくどうでもいい話をして、そろそろ自分の部屋へ戻ろうとエルヴィンが考えているとリックが改まった様子で「エルヴィン」と呼びかけてきた。
「はい?」
「君は派閥に興味などないだろうけど」
「まあ、そうですね」
「もし誰かに聞かれたら何て答える?」
「誰かに? 聞かれたらって、派閥ってことはええと、第一王子派か第二王子派かってことですよね。特に考えてなかったけど、そうだな……聞かれたら多分、どちら派でもないし王が決めることに従う、かな」
リックが王位を狙っているならば言いづらいことだろう。こういった時にリックがリックでよかったと思う。自分が思っていることや考えをそのまま口に出せる素晴らしさは、遡る前の記憶がある分なおさら大いにわかっている。
エルヴィンの言葉にリックは満足そうに頷いた。
「ニルスと同じような回答だね」
「ニルスと?」
ちらりとニルスを見るも、ニルスはいつもの通り無言だし一見無表情だ。
「ええと、デニス殿下はリックと違ってやっぱり王位につく気はとてもあるんです、よね?」
「そりゃ第一王子だしね。野望とかじゃなく、自分の仕事だと思っておられるんじゃないかな」
「もし万が一リックが王位につく、とかになったら……?」
以前のエルヴィンが知るデニスなら周りに煽られて内戦でも起こしかねない。
「うーん、まあ俺がそんなつもりないからまずあり得ないだろうけど、そうだね、もし万が一そうなったら最初は憤慨するだろうけど」
「憤慨、しそうですか」
「そりゃあね。幼い頃から次期王になるべく教育を受けてきてるんだし。なのに比較的自由に過ごしてきた俺が突然王になるって言われたら、はあ? ってなるんじゃない?」
そう言われるとそうだなとエルヴィンも納得した。リックは魔力が強い上に国のためという名目もあり、留学に行かされたわけだが、本人も留学を楽しんでいるようだった。それに子どもの頃はあまり制限もなくエルヴィンたちとよく遊んだりしていた。よく知らないものの、デニスは幼い頃からリックほど自由に遊んだりもできなかったのだろう。
「確かに」
「ね? でもだからといって今の兄上なら問題ないよ。文句言いつつも俺を支えてくれるだろうね」
「……今の?」
リックの言い方が引っかかっていると、リックが一瞬真顔に近いというか多分ぽかんとした顔になってからにっこり微笑んできた。
「あはは、そうだよね、エルヴィンは幼い頃の兄上知らないしね。ちっちゃな兄上は結構わがまま放題だったんだよ」
「あ、ああ、そういう……。へえ、そうなんですね」
そのまま成長していたら以前のデニスだったということなのだろうか。リックの影響なのか色々な影響が重なった偶然なのかはわからないが、デニスも変わってくれて本当によかったと改めてエルヴィンは思った。
「結構忙しいんですね」
食後ようやく酒を飲みながらゆったりできた。
マヴァリージでは食後酒によくシュナップスを飲むが、ゼノガルトでもそれは同じらしい。ちなみにいくつかあるシュナップスの中でもミラベルで作られたシュナップスが甘みもあってエルヴィンは好きだ。ただシュナップスはアルコール度数が高いのでゆっくり飲む酒ではない。なので今はツィトローネビーアを飲んでいた。爽やかな柑橘の酸味とほんのり感じる穀物の甘みが飲みやすい酒だ。
「まあ、今回は商談で来てるのもあるしね」
案内された部屋は護衛騎士として来ているエルヴィンですら個室だった。ホッと少しだけ寛いだ後に夕食をとり、食後酒として一旦皆でシュナップスを飲んでから、今はリックの部屋でニルスと三人で寛いでいるところだった。
「お前らは幼馴染で仲いいんだろ。ゆっくり話でもするといい」
デニスにそんな風に言われ、主にリックが遠慮なく率先して席を立ち、今に至る。エルヴィンはとりあえずリックの部屋まで送った後自分の部屋へ戻ろうとして引きとめられていた。ちなみにさすが王子に準備された部屋だけあって、エルヴィンが使用する部屋とは全然違う。ベッド一つとっても豪華だ。
「あと、デニス殿下って案外その、何というか、いい人ですね」
幼馴染だろうしゆっくりすればいいなど、遡る前のデニスを知っているエルヴィンからすれば驚愕の優しさだ。
「いい人って」
リックがおかしそうに笑っている。
「……デニス殿下には黙っててくださいよ。一介の騎士が何を偉そうにと思われる」
「兄上は別にそんなこと、気にしないけどね」
以前のデニスなら下手をすれば処刑だっただろう。
「そっか」
エルヴィンが思わず笑みを浮かべると、今まで黙っていたニルスが「デニスのこと、気になるのか?」と聞いてきた。
ある意味気にはなる。どうしたって気にもなる。だがニルスが言っているのはそういう意味ではないだろう。
「別にならないよ」
「そうか……よかった」
え、何が? 何がよかったのニルス。
もしかしてヤキモチ妬いてくれたのだろうか。だがそんなわかりやすいニルスは珍しい気がするので、自分のの思い過ごしでしかないのだろうなとエルヴィンはとりあえずニルスに笑いかける。
「ねえ、二人でいちゃつくのは俺がいなくなってからにしてね」
「い、いちゃつきませんけど……っ?」
ニルスの前で何を言うか、とエルヴィンは焦ってリックを見た。
「そう? で、今エルヴィンが赤くなったのは……」
「酒のせいですね」
言いかけているリックに被り気味で即答した。
「お酒、結構強かったよね?」
「俺も歳、取ってきてますので」
「二十歳そこそこでそんなこと言ってたらもっと上のご令嬢たちに刺されるよ?」
「何てこと言うんですか……」
しばらくどうでもいい話をして、そろそろ自分の部屋へ戻ろうとエルヴィンが考えているとリックが改まった様子で「エルヴィン」と呼びかけてきた。
「はい?」
「君は派閥に興味などないだろうけど」
「まあ、そうですね」
「もし誰かに聞かれたら何て答える?」
「誰かに? 聞かれたらって、派閥ってことはええと、第一王子派か第二王子派かってことですよね。特に考えてなかったけど、そうだな……聞かれたら多分、どちら派でもないし王が決めることに従う、かな」
リックが王位を狙っているならば言いづらいことだろう。こういった時にリックがリックでよかったと思う。自分が思っていることや考えをそのまま口に出せる素晴らしさは、遡る前の記憶がある分なおさら大いにわかっている。
エルヴィンの言葉にリックは満足そうに頷いた。
「ニルスと同じような回答だね」
「ニルスと?」
ちらりとニルスを見るも、ニルスはいつもの通り無言だし一見無表情だ。
「ええと、デニス殿下はリックと違ってやっぱり王位につく気はとてもあるんです、よね?」
「そりゃ第一王子だしね。野望とかじゃなく、自分の仕事だと思っておられるんじゃないかな」
「もし万が一リックが王位につく、とかになったら……?」
以前のエルヴィンが知るデニスなら周りに煽られて内戦でも起こしかねない。
「うーん、まあ俺がそんなつもりないからまずあり得ないだろうけど、そうだね、もし万が一そうなったら最初は憤慨するだろうけど」
「憤慨、しそうですか」
「そりゃあね。幼い頃から次期王になるべく教育を受けてきてるんだし。なのに比較的自由に過ごしてきた俺が突然王になるって言われたら、はあ? ってなるんじゃない?」
そう言われるとそうだなとエルヴィンも納得した。リックは魔力が強い上に国のためという名目もあり、留学に行かされたわけだが、本人も留学を楽しんでいるようだった。それに子どもの頃はあまり制限もなくエルヴィンたちとよく遊んだりしていた。よく知らないものの、デニスは幼い頃からリックほど自由に遊んだりもできなかったのだろう。
「確かに」
「ね? でもだからといって今の兄上なら問題ないよ。文句言いつつも俺を支えてくれるだろうね」
「……今の?」
リックの言い方が引っかかっていると、リックが一瞬真顔に近いというか多分ぽかんとした顔になってからにっこり微笑んできた。
「あはは、そうだよね、エルヴィンは幼い頃の兄上知らないしね。ちっちゃな兄上は結構わがまま放題だったんだよ」
「あ、ああ、そういう……。へえ、そうなんですね」
そのまま成長していたら以前のデニスだったということなのだろうか。リックの影響なのか色々な影響が重なった偶然なのかはわからないが、デニスも変わってくれて本当によかったと改めてエルヴィンは思った。
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