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106話
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ゼノガルトまでは馬車で一週間半かかった。途中宿に泊まりながらの行程なので予定通りではある。これが竜馬でだと十八時間くらいあれば行けるらしい。
ただ王とその家族以外は基本使えない。騎竜馬隊なら別だが、それこそエリート中のエリートだし適性がないと難しい。
「君だってエリートには違いないけどさ、馬車で酔うエルヴィンには難しそうだねえ」
リックがおかしそうに言ってきた。
「馬車で酔ったんじゃありません。朝から何故か皆がやたらめったら俺に食わそうとするから……」
もちろん馬車が快適だとはエルヴィンも言えない。さすが王族が乗る馬車らしく、外見は地味な造りの馬車を用意していても中はふかふかのクッションやあらゆる工夫が凝らされている造りは他の馬車に比べて乗り心地いいと言える。しかし何時間も乗り続けられる代物ではない。
ただ、リックやニルスを見ていると何時間乗ろうが平気そうには見える。コツでもあるのだろうか。普段たまの外出に馬車を使う程度のエルヴィンと違い、王族関係者は皆、もしかしたら厳しい馬車訓練的なものでも受けているのだろうかと馬鹿げたことすらエルヴィンの頭に過る。
それでも酔うほどではなかった。主に尻は痛いものの、感覚器官はやられてはいなかったはずだ。疲労感があったことは否定しないものの、酔ってはいなかった。
そんな今朝のことだ。
公な旅ではないので各地にある貴族の屋敷は利用せず、いつものように近くの村や町の宿で寝泊まりしてからの朝食だったが、そこの宿での食事があまりに美味しかったため、エルヴィンが「何これ、とてつもなく美味しい」と素直に感嘆していると、気づけばエルヴィンの前にあれよあれよという間に山ほどの食べ物が積まれていった。
リックやニルスだけなら「おいやめろ」と言えただろうが、デニスやジェムまでもがパンや料理を置いてくる。まださほど慣れていないジェムだけでなく、さすがにデニスに対して「おいやめろ」など言えるはずもなく、また出された食べ物は無駄にしないという貴族としては珍しいのかもしれない教育を受けてきたエルヴィンとしては「お残し」はできそうになく、かなりの量を食べることになった。
「美味いならもっと食え」
おまけに次から次へと食べていくエルヴィンが面白かったのかわからないが、デニスはさらに頼もうとしていた。ただそこでニルスが、目で助けを求めるエルヴィンに気づいてくれたようで「もうやめておいたほうがいい」とデニスに首を振り、止めてくれた。あと、食べるのも手伝ってくれた。
食後に「とても幸せそうに食べていたから」とニルスに言われたが、ニルスはさておき他の三人の真意はわからない。そして今に至る。これ以上馬車が跳ねたら胃の中のものが出てきてしまうかもしれない。
「美味しかったでしょ?」
「……物事には限度、というものが……うっ、あって、ですね……」
「エルヴィンって普段からわりと食べるほうだから大丈夫かと思ったよ」
「限度、という……もの……」
駄目だ、これ以上喋っても、出る。
そう思っているとリックが何か呟くようにさらりと詠唱すると手をエルヴィンにかざしてきた。すると、あれほど苦しかった胃袋が突然すっきりする。
「い、まのは?」
「回復魔法だよ」
「回復魔法で胃の消化をどうにかできるものですか? 相変わらずリックの魔法は規格外ですね……」
「ここはお礼を言うとこでしょ?」
「確かにそうですね、ありがとうございます。ただ、苦しんでる俺を見ていてもっと早くかけてもらえなかったのかということは言わないことにしますが、」
「言ってるよね」
「俺がこうなった一因ではありますので、リック」
「それを言うならニルスもでしょ」
「……すまない……」
リックに名指しされ、ニルスがうなだれている。エルヴィンは慌てて否定するように手を振った。
「ニルスは好意からですし、すぐに俺の異変に気づいてデニス殿下を止めてくれたし食べるのも手伝ってくれましたから!」
「えー、えこひいきだ。俺らだって好意からなのに」
「なら、俺が苦しそうにしていることにも気づいてくださいよ」
「気づいたけど、それでも食べる君や吐き気を堪えてる君がかわいくて」
「あんたね……」
とりあえず魔法のおかげで馬車を停めて休憩してもらう羽目にならずにすんだ。それに関しては本当に感謝だと思う。一介の騎士が王子たちの足を止めるなど、あってはならない。
ちなみに宿泊の部屋割りだが、一般人が使う雑魚寝部屋をさすがに使うはずもなく、大抵の宿では二人部屋をほぼ毎回取っている。もちろん、エルヴィンがニルスと二人になるはずもない。当たり前のように王子たちとそれぞれの補佐役だ。エルヴィンはデニスの護衛騎士フリッツとの部屋になる。
ニルスはエルヴィンとフリッツが同室であることが大いに不満そうだったし、リックに至っては「俺とエルヴィンを入れ替えたらいいじゃない」などと言ってきたが、エルヴィンとしてはこんなところで私情など挟めるわけがない。言われてすぐ「お断りします」と口にしていた。
フリッツとは多少顔見知りではある。真面目な人柄なのでとても安心する。
元々あちらの候補にはレオンハルト・キュッテルやハンノ・ユンカーが上がっていたらしい。だがレオンハルトはかなり強いものの身長が二メートルを超える。身長の高い者がマヴァリージには多いが、他国ではそうでもなかったりする。完全なお忍びというわけではないものの公にしている旅でもないため、さすがに目立ちすぎてしまうのは安全上でもありがたくないのだろう。
またハンノはかなり剣の腕前がいいのだが、何故か候補に上がった後で取り消されたとリックがおかしく話していた。そんな様子をニルスが黙って見ていた。
ハンノは以前エルヴィンが倒れかかった時に休憩室まで運んでくれた性格もいい人だ。何故取り消されたのかとエルヴィンが聞けば「何故だろうねえ」と返ってきた。多分教えてくれる気はないのだろう。
ただ王とその家族以外は基本使えない。騎竜馬隊なら別だが、それこそエリート中のエリートだし適性がないと難しい。
「君だってエリートには違いないけどさ、馬車で酔うエルヴィンには難しそうだねえ」
リックがおかしそうに言ってきた。
「馬車で酔ったんじゃありません。朝から何故か皆がやたらめったら俺に食わそうとするから……」
もちろん馬車が快適だとはエルヴィンも言えない。さすが王族が乗る馬車らしく、外見は地味な造りの馬車を用意していても中はふかふかのクッションやあらゆる工夫が凝らされている造りは他の馬車に比べて乗り心地いいと言える。しかし何時間も乗り続けられる代物ではない。
ただ、リックやニルスを見ていると何時間乗ろうが平気そうには見える。コツでもあるのだろうか。普段たまの外出に馬車を使う程度のエルヴィンと違い、王族関係者は皆、もしかしたら厳しい馬車訓練的なものでも受けているのだろうかと馬鹿げたことすらエルヴィンの頭に過る。
それでも酔うほどではなかった。主に尻は痛いものの、感覚器官はやられてはいなかったはずだ。疲労感があったことは否定しないものの、酔ってはいなかった。
そんな今朝のことだ。
公な旅ではないので各地にある貴族の屋敷は利用せず、いつものように近くの村や町の宿で寝泊まりしてからの朝食だったが、そこの宿での食事があまりに美味しかったため、エルヴィンが「何これ、とてつもなく美味しい」と素直に感嘆していると、気づけばエルヴィンの前にあれよあれよという間に山ほどの食べ物が積まれていった。
リックやニルスだけなら「おいやめろ」と言えただろうが、デニスやジェムまでもがパンや料理を置いてくる。まださほど慣れていないジェムだけでなく、さすがにデニスに対して「おいやめろ」など言えるはずもなく、また出された食べ物は無駄にしないという貴族としては珍しいのかもしれない教育を受けてきたエルヴィンとしては「お残し」はできそうになく、かなりの量を食べることになった。
「美味いならもっと食え」
おまけに次から次へと食べていくエルヴィンが面白かったのかわからないが、デニスはさらに頼もうとしていた。ただそこでニルスが、目で助けを求めるエルヴィンに気づいてくれたようで「もうやめておいたほうがいい」とデニスに首を振り、止めてくれた。あと、食べるのも手伝ってくれた。
食後に「とても幸せそうに食べていたから」とニルスに言われたが、ニルスはさておき他の三人の真意はわからない。そして今に至る。これ以上馬車が跳ねたら胃の中のものが出てきてしまうかもしれない。
「美味しかったでしょ?」
「……物事には限度、というものが……うっ、あって、ですね……」
「エルヴィンって普段からわりと食べるほうだから大丈夫かと思ったよ」
「限度、という……もの……」
駄目だ、これ以上喋っても、出る。
そう思っているとリックが何か呟くようにさらりと詠唱すると手をエルヴィンにかざしてきた。すると、あれほど苦しかった胃袋が突然すっきりする。
「い、まのは?」
「回復魔法だよ」
「回復魔法で胃の消化をどうにかできるものですか? 相変わらずリックの魔法は規格外ですね……」
「ここはお礼を言うとこでしょ?」
「確かにそうですね、ありがとうございます。ただ、苦しんでる俺を見ていてもっと早くかけてもらえなかったのかということは言わないことにしますが、」
「言ってるよね」
「俺がこうなった一因ではありますので、リック」
「それを言うならニルスもでしょ」
「……すまない……」
リックに名指しされ、ニルスがうなだれている。エルヴィンは慌てて否定するように手を振った。
「ニルスは好意からですし、すぐに俺の異変に気づいてデニス殿下を止めてくれたし食べるのも手伝ってくれましたから!」
「えー、えこひいきだ。俺らだって好意からなのに」
「なら、俺が苦しそうにしていることにも気づいてくださいよ」
「気づいたけど、それでも食べる君や吐き気を堪えてる君がかわいくて」
「あんたね……」
とりあえず魔法のおかげで馬車を停めて休憩してもらう羽目にならずにすんだ。それに関しては本当に感謝だと思う。一介の騎士が王子たちの足を止めるなど、あってはならない。
ちなみに宿泊の部屋割りだが、一般人が使う雑魚寝部屋をさすがに使うはずもなく、大抵の宿では二人部屋をほぼ毎回取っている。もちろん、エルヴィンがニルスと二人になるはずもない。当たり前のように王子たちとそれぞれの補佐役だ。エルヴィンはデニスの護衛騎士フリッツとの部屋になる。
ニルスはエルヴィンとフリッツが同室であることが大いに不満そうだったし、リックに至っては「俺とエルヴィンを入れ替えたらいいじゃない」などと言ってきたが、エルヴィンとしてはこんなところで私情など挟めるわけがない。言われてすぐ「お断りします」と口にしていた。
フリッツとは多少顔見知りではある。真面目な人柄なのでとても安心する。
元々あちらの候補にはレオンハルト・キュッテルやハンノ・ユンカーが上がっていたらしい。だがレオンハルトはかなり強いものの身長が二メートルを超える。身長の高い者がマヴァリージには多いが、他国ではそうでもなかったりする。完全なお忍びというわけではないものの公にしている旅でもないため、さすがに目立ちすぎてしまうのは安全上でもありがたくないのだろう。
またハンノはかなり剣の腕前がいいのだが、何故か候補に上がった後で取り消されたとリックがおかしく話していた。そんな様子をニルスが黙って見ていた。
ハンノは以前エルヴィンが倒れかかった時に休憩室まで運んでくれた性格もいい人だ。何故取り消されたのかとエルヴィンが聞けば「何故だろうねえ」と返ってきた。多分教えてくれる気はないのだろう。
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