彼は最後に微笑んだ

Guidepost

文字の大きさ
上 下
105 / 193

105話

しおりを挟む
 多分ジェムがデニスに対してひたすら敬語なのは、元々そういうタイプなのだろうと今のやりとりでエルヴィンはひしひしと感じた。
 ただ、テキパキと仕事をこなしそうな風に見えるジェムと、遡る前のジェムがあまり一致しない。遡る前のジェムは遠目でしか見たことないが、少なくともあの頃のデニスに対し意見を言うことすら諦めていたような印象がある。要は言いなりと言うのだろうか。

 リックがまだ留学中だったあの頃、デニス殿下に意見できる人なんて誰もいなかったもんな。もしいたのだとしても処刑されるなりして、いなくなってたのかもしれないけど。

 デニスとジェムとは違う馬車だった。ちなみにリックとニルスとの三人で馬車に乗る際、エルヴィンは「俺は護衛ですが」と、乗馬で行くつもりだったことを仄めかしたがリックからは笑顔で綺麗にスルーされた。
 出発して少ししてからエルヴィンはリックに話しかける。

「殿下」
「……あのね、エルヴィン。仕事中だからという君の考えはこれでも尊重してるけどさ、さすがに公でない上に幼馴染三人だけのこういう場では普通にしない? まさか今回の旅、四六時中殿下呼ばわりするつもり?」
「そのつもりでしたけど」
「やめてくれるかな。何事もオンオフは大事でしょ。旅の間俺は仕事から逃れられないわけ?」

 言われてみれば確かにそれはそうだとエルヴィンは納得した。ただでさえ普段から忙しいらしいリックに二十四時間体制で仕事を強要するようなものかもしれない。

 仕事中のリック見てても遊んでいるようにしか見えないけどな、俺的には。

「わかりました、リック」
「ありがとう。で、何?」
「ジェムって昔からあんな風でした?」
「あんなって?」
「何て言うか、真面目でテキパキとしていてデニス殿下をしっかり支えてるようなというか。堅苦しそうなんだけど、どこか面白……あ、いや、これはまあ、流してください」
「あはは、流さないけどね。面白いよね、ジェムって。あと眼鏡似合う」
「わかります。その眼鏡をくいって指で押し上げるとこがとても似合ってますよね」
「似合ってるよねえ」

 ちなみにニルスはちゃんとここにいる。会話に入ってこないしリアクションもないが、これでも二人の話は聞いているようだ。それがニルスにとって気楽なのだろうが、ニルスの意見も聞いてみたくなり、リックへの質問を一旦置いておいたままエルヴィンはニルスを見た。

「ニルスもそう思わない?」
「……眼鏡が似合うという話、か?」
「そうそう。くいってするとことか」
「……くい……よくわからないが、眼鏡は似合っているんじゃないだろうか」

 ほんのり首を傾げた後に答えてきた内容からして、多分エルヴィンとリックがおかしく思っていた内容についてはさっぱり把握していないのだろうなということはわかった。

 何だかニルスらしいし、かわいいな。今、どう思ってるんだろうな。

 心を読んでみたくて思わずそっとニルスに触れたくなったが、何とか堪えた。だがそれに気づいたようでリックが「読めばいいのに」などと言ってくる。それに対しニルスが「何を読むんだ」とリックに聞いた。

「と、とにかくリック。ジェムって昔からそんな感じでしたっけ」
「あー、どうだろうね」

 おかしそうにリックはにこにこと笑みを向けてくる。だがその後を続けてきたのはリックではなくニルスだった。

「昔からではない。多分リックのせいだろう」
「えっ?」

 ニルスが口を挟んでくるなんて、後で雨が降るのではと驚いた後にエルヴィンはもう一度「えっ」と驚いた。まさかとは思ったが、ジェムも変わっていたのかと驚いたのと、単純にリックのせいだと聞いて驚いた。

 まあリックのせいで何かがどうこうなったことに関しては驚かないけど……。

 でもエルヴィンが変えたかった未来に影響するような人物の一人がリックの言動か何かによって変わったのだと思うとやはり驚く。絶対そうだと言い切れはしないが、おそらく普通は皆、特に何もしなければ多分遡る前と同じ性格だろうし流れになるはずだ。それをエルヴィンが言動をあえて変えていくことで流れなども変わるのではと期待していたし、実際変わったのではと思っていた。
 もちろん性質の根本が変わるわけではないが、ラウラのように表立って出る言動は環境などによって変わるものだと判断している。

 でも……リックの言動によって性格が以前と変わる人がいた、ってこと、だよな……?

「……リックのせい?」
「ひどいなあニルスってば。俺のせいだなんて」
「……。元々ジェムが真面目なのは間違いないが、デニスの補佐を……している絡みで、リックとも接する機会は……少なくなかった」

 寡黙ながらにとつとつと話してくれた内容によると、デニスをいいように転がすリックに、気づけば自分も転がされていたりしたらしいジェムはいつの間にか今のような感じになっていたらしい。

 何だろな、舐められないよう努力した結果的な?

 微妙な顔になりながらエルヴィンは納得した。あとわからないが、もしかしたら遡る前のリックも、今のリックと違うのかもしれない。

 だからジェムもそんなリックの影響で以前の言いなりそうなジェムじゃなくて今のようなジェムになったっぽいし。

 とすると、ひょっとしてデニスもリックの影響で以前のデニスとは違う可能性はないだろうか。というかニルスも変わったりしているのだろうか。

 いや、でも待てよ。だとしたらでもリックは何故変わった? 

 いくら以前と違って子どもの頃からニルスやリックとエルヴィンが出会えたにしても、リック自体がそんなに変わることなんてあるのだろうか。

 どうなんだろな……何かもうよくわからなくなってきた。あえて変えようと目論んだし、家族なら俺が影響与えたことも結構あるだろけど……。

 エルヴィンと絡むことで、自動的に何か変わってしまうということなのだろうか。もしくはエルヴィンが直接絡まなくとも、何かや誰かが遡る前と多少でも変わることによって他の何かや誰かも変わるのかもしれない。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

心からの愛してる

マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。 全寮制男子校 嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります ※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...