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103話
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心底本当だと言ったものの、仕事を終えた頃からじわじわと「一緒の旅」という事実がほんのり桃色をしながらエルヴィンの中にしみ込んできた。それは外側にも少しだけにじみ出ていたようで、何人かに「何かいいことでもあったのか?」「にやついてるようだけど、どうした」などと言われる始末だ。
仕事の流れでならまだしも普段中々会う約束もできないというのに、こういう時に限ってニルスと会う予定があったりする。それまでになるべく顔に出ないよう、エルヴィンは「リックを護衛する仕事に向かうだけだ」と何度も自分に言い聞かせた。それはもう、しつこいくらいに言い聞かせた。ここまで念押ししたら、いくら自分で自分に言い聞かせているのだとしても大丈夫だろうと呆れるくらい言い聞かせた。
「……何だか嬉しそうに見える。どうかしたのか?」
まだ言い聞かせ足りないのか俺は……!
待ち合わせていた中庭のガゼボでニルスに会うなり言われ、エルヴィンは自分に対して微妙な気持ちになる。思わず片手で口を覆いながら「気のせいだ」とほんのり顔をそらせた。
「そうか」
そのまま庭の散策をしながら、少しの間何も喋らなかったニルスが「俺は……嬉しいことがあった」と呟くように言ってくる。
「え、そうなのか? 聞いても?」
「……ああ。数日後に出発するリックの護衛にお前が選ばれたと聞いた」
「あ、ああうん」
「俺も行く。……一緒だな」
かわいいかよ……!
思わず悶絶したくなったがそれは懸命にも堪えられた。あとニルスに聞かれて「気のせいだ」などと口走った自分をむしろ残念に思う。
「その、俺も嬉しい」
「そうか」
「ああ。……でも俺がリックの護衛なんて、力不足過ぎて心配でもあるんだよな」
「それは大丈夫だ」
「大丈夫って」
「エルヴィンなら問題ない」
リックにしてもニルスにしても俺を過大評価しすぎでは。
どう考えても身に余る仕事だと思っているエルヴィンはため息をつきたくなった。とはいえニルスがいてくれることでかなり安心できたし、嬉しさがかなりあるし、おまけにニルスからも「嬉しいこと」と言われてわりとそわそわした気持ちになってはいる。
「問題ない、か。それを現実にすべく、がんばるよ」
「ああ」
散策中、ブローチも外していることだしできることなら手をつないで歩きたくもなったが、ここは一般の貴族も出入りできる城の庭だ。残念だが断念することにした。
また少し無言のまま並んで歩いていると、少ししてニルスに「エルヴィン」と呼ばれた。
「何?」
「最近はブローチ……しないのか?」
「え?」
「リックがお守りだと渡した」
「あ、ああうん。ほら、その、リックも帰国してるし俺も騎士としてずいぶん慣れてきたし……いやまあそれでもリックの護衛はまだまだアレだと思ってるけど……とにかく、絶えず身につける必要もないかなって」
あはは、と少々渇いた笑いになりつつエルヴィンが答える。だがいつもなら「そうか」で終わるニルスが「だが」と珍しく反論してきた。
「リックの魔力は強い……。そのリックがお守りとして作ったものなら本当にお前を守ってくれるはずだ」
その強い魔力はろくでもない魔法にほぼ全振りされてるよ。
「そ、そうだろうな」
「それに俺が一緒ではあるが……旅に危険はつきものだ。念のため、出発する時には身につけておいて欲しい」
いやそれは、と言いかけた。だが基本無口なニルスが二言以上話した上に、して欲しいとお願いまでしてきた。断れるわけがない。
「わ、かった」
エルヴィンが笑みを浮かべて頷くと、ニルスも心なしか微笑んできたような気がした。
出発当日、エルヴィンを見るなりリックはにっこりと微笑みながら話しかけてくる。
「そのブローチ、まだつけてくれてるんだね」
「おはようございます。……めざといですね」
「そりゃあ、もう」
そんなリックとエルヴィンを見ていたらしいデニスが近づいてくる。今は乗っていく馬車の近くに集まっているため、ただでさえ普段あまり見かけることさえないデニスが近いなと思っていたエルヴィンは思わずヒヤリとした。これほど近くにいることなど基本ないからか、もうデニスに対しては何ともないと思っていただけに微妙な気持ちになる。さすがに少々情けない。
「リックとお前は結構仲がいいのだな。えっと……ノルデルハウゼン卿」
一応先ほど挨拶だけは交わした。交わしたというか、名乗って「今回はよろしくお願いいたします」と頭を下げると不自然ではない程度に、だが脱兎のごとく少し離れたので、ほぼ一方的に挨拶したようなものだ。
「そうだよ、兄上。俺とエルヴィンは親友だからね」
「ああ、こいつがエルヴィン、か」
話し方は遡る前と大して変わらず今もぞんざいだ。とはいえ王子ならば別におかしいことはない。むしろリックの話し方が柔らかすぎるくらいかもしれない。
つってもリック、腹の中は柔らかくないだろけどな。
そう思っているとリックがさらに笑顔でエルヴィンを見てくる。ブローチをつけているのはこちらだというのにまるで心を読まれたようで落ち着かない。いっそ読んでやれとばかりにエルヴィンも笑顔で手をリックに差し出すも、笑顔のまま無視された。だが代わりにデニスがエルヴィンの手を握ってきた。
仕事の流れでならまだしも普段中々会う約束もできないというのに、こういう時に限ってニルスと会う予定があったりする。それまでになるべく顔に出ないよう、エルヴィンは「リックを護衛する仕事に向かうだけだ」と何度も自分に言い聞かせた。それはもう、しつこいくらいに言い聞かせた。ここまで念押ししたら、いくら自分で自分に言い聞かせているのだとしても大丈夫だろうと呆れるくらい言い聞かせた。
「……何だか嬉しそうに見える。どうかしたのか?」
まだ言い聞かせ足りないのか俺は……!
待ち合わせていた中庭のガゼボでニルスに会うなり言われ、エルヴィンは自分に対して微妙な気持ちになる。思わず片手で口を覆いながら「気のせいだ」とほんのり顔をそらせた。
「そうか」
そのまま庭の散策をしながら、少しの間何も喋らなかったニルスが「俺は……嬉しいことがあった」と呟くように言ってくる。
「え、そうなのか? 聞いても?」
「……ああ。数日後に出発するリックの護衛にお前が選ばれたと聞いた」
「あ、ああうん」
「俺も行く。……一緒だな」
かわいいかよ……!
思わず悶絶したくなったがそれは懸命にも堪えられた。あとニルスに聞かれて「気のせいだ」などと口走った自分をむしろ残念に思う。
「その、俺も嬉しい」
「そうか」
「ああ。……でも俺がリックの護衛なんて、力不足過ぎて心配でもあるんだよな」
「それは大丈夫だ」
「大丈夫って」
「エルヴィンなら問題ない」
リックにしてもニルスにしても俺を過大評価しすぎでは。
どう考えても身に余る仕事だと思っているエルヴィンはため息をつきたくなった。とはいえニルスがいてくれることでかなり安心できたし、嬉しさがかなりあるし、おまけにニルスからも「嬉しいこと」と言われてわりとそわそわした気持ちになってはいる。
「問題ない、か。それを現実にすべく、がんばるよ」
「ああ」
散策中、ブローチも外していることだしできることなら手をつないで歩きたくもなったが、ここは一般の貴族も出入りできる城の庭だ。残念だが断念することにした。
また少し無言のまま並んで歩いていると、少ししてニルスに「エルヴィン」と呼ばれた。
「何?」
「最近はブローチ……しないのか?」
「え?」
「リックがお守りだと渡した」
「あ、ああうん。ほら、その、リックも帰国してるし俺も騎士としてずいぶん慣れてきたし……いやまあそれでもリックの護衛はまだまだアレだと思ってるけど……とにかく、絶えず身につける必要もないかなって」
あはは、と少々渇いた笑いになりつつエルヴィンが答える。だがいつもなら「そうか」で終わるニルスが「だが」と珍しく反論してきた。
「リックの魔力は強い……。そのリックがお守りとして作ったものなら本当にお前を守ってくれるはずだ」
その強い魔力はろくでもない魔法にほぼ全振りされてるよ。
「そ、そうだろうな」
「それに俺が一緒ではあるが……旅に危険はつきものだ。念のため、出発する時には身につけておいて欲しい」
いやそれは、と言いかけた。だが基本無口なニルスが二言以上話した上に、して欲しいとお願いまでしてきた。断れるわけがない。
「わ、かった」
エルヴィンが笑みを浮かべて頷くと、ニルスも心なしか微笑んできたような気がした。
出発当日、エルヴィンを見るなりリックはにっこりと微笑みながら話しかけてくる。
「そのブローチ、まだつけてくれてるんだね」
「おはようございます。……めざといですね」
「そりゃあ、もう」
そんなリックとエルヴィンを見ていたらしいデニスが近づいてくる。今は乗っていく馬車の近くに集まっているため、ただでさえ普段あまり見かけることさえないデニスが近いなと思っていたエルヴィンは思わずヒヤリとした。これほど近くにいることなど基本ないからか、もうデニスに対しては何ともないと思っていただけに微妙な気持ちになる。さすがに少々情けない。
「リックとお前は結構仲がいいのだな。えっと……ノルデルハウゼン卿」
一応先ほど挨拶だけは交わした。交わしたというか、名乗って「今回はよろしくお願いいたします」と頭を下げると不自然ではない程度に、だが脱兎のごとく少し離れたので、ほぼ一方的に挨拶したようなものだ。
「そうだよ、兄上。俺とエルヴィンは親友だからね」
「ああ、こいつがエルヴィン、か」
話し方は遡る前と大して変わらず今もぞんざいだ。とはいえ王子ならば別におかしいことはない。むしろリックの話し方が柔らかすぎるくらいかもしれない。
つってもリック、腹の中は柔らかくないだろけどな。
そう思っているとリックがさらに笑顔でエルヴィンを見てくる。ブローチをつけているのはこちらだというのにまるで心を読まれたようで落ち着かない。いっそ読んでやれとばかりにエルヴィンも笑顔で手をリックに差し出すも、笑顔のまま無視された。だが代わりにデニスがエルヴィンの手を握ってきた。
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