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102話
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「え、俺も殿下の付き添いに、ですか……」
久し振りにしっかり訓練を行っていい汗をかいたとすっきりしていたエルヴィンの元に、リックから呼び出されていると連絡が入った時には「今度は何をやらされるのか」などと少々思いつつすぐに着替えて向かった。
そして予想外のことを言われてエルヴィンは唖然とした顔でリックを見たところだった。
「何でそんなに予想外って顔するの? どうせエルヴィンのことだから、この間の仕事について対応して欲しければニルスとの進行状況について話せとか言われるんじゃ、なんて思ったんだろうけど」
「人の感情を的確に当ててくるのやめてください」
「あはは、当たってるんだ」
「……。とにかく、何故俺が?」
リックに言われた通りのことを一言たりとも違えず考えながらこの執務室に向かっていたエルヴィンがリックに聞かされたのは「予定している俺と兄上の出張に付き添ってね」だった。
「何故? 変な質問だね。普段でも俺が出張とかで出かける時は必ず護衛がついているよ? 王子に護衛がつくの、おかしなこと?」
「い、いえ。それは当然のことですけど、でもその役を何故俺が、と思って」
他国への出張どころか、ちょっとした外出でも基本的にリックたちには護衛騎士がつく。それは当たり前のことだとエルヴィンも認識している。ただそういった業務には腕に自信しかないようなかなりのエリート騎士がつく。それも当然の話だろう。この国の王族を護衛するのに一般の騎士がついていいはずがない。
そしてエルヴィンは名門貴族の令息であり、自分なりに剣の腕に自信はあるものの、所属している騎士団の階級的にはまだまだ一般的な騎士だと認識している。
「エルヴィンが俺を護衛するの、そんなにおかしいこと?」
「俺では力不足です」
「そこは役不足だ、くらい言って欲しいけど」
「言えるわけないでしょう……。あの、冗談抜きで俺みたいな一般の騎士では……それとも誰か精鋭騎士を決めた上で一般の騎士にも経験を踏ませよう的な?」
それならまだわかるとばかりにリックを見れば、珍しくリックが呆れたようにため息をついてきた。
「エルヴィン。君は何でも持ってる優れた人の部類だと思ってたけど、どうやら自信だけはどこかに置き忘れてきたみたいだね」
「通常の任務でしたらそれなりの自信を持って挑みますが、さすがにこの国の王子を護衛する役目に対しては置き忘れるというより自信のほうが飛んで逃げてしまうようです」
「上手く言ったつもりかしらないけど、全然上手くないからね」
「とにかく、冗談なら……」
「冗談? エルヴィンこそ冗談はやめてね。君の腕前はちゃんと把握してるよ。この間の剣術試合でもかなりの成績を収めてたの、誰」
「試合と実地は違います。あなたの安全が第一なんですよ?」
「そうだよ、俺や兄上の安全が第一だ。だから俺は俺の護衛に君を選んだ。はい、これ以上口答えするなら王子としてそれなりの罰を与えるけど」
「職権乱用です」
「そんなわけないでしょ」
「……、……承りました……」
「そんなこの世の終わりにとどめを刺せと命令されたみたいな対応しないで欲しいな」
「似たようなものです。……あの」
「何?」
「デニス殿下にも護衛騎士はつくんですよね?」
「安心して。つくよ」
ならまだ多少は心の荷は軽くなる。エルヴィンはかろうじてホッとした。
ちなみに今回の出張だが、リックが留学していた国ミレノールよりもマヴァリージに近いところにある国ゼノガルトと新たな商業的契約を結ぶためのものだという。普段ならそれなりに重要な内容だと外交役としてリックが出向くのだが、今回はおそらくは次期国王としての挨拶も兼ねているのだろう、デニスも一緒に向かうことになったらしい。
通常ならあまり兄弟そろって出向くことはない。事故や災害などで万が一のことがあった場合一度に二人の後継者を失うことになるからだ。
しかし二人が出てもアリアネが残っている。
「とはいえ、いくらアリアネ殿下が残っておられるにしても、通常ならばあり得ないでしょう?」
「まあ、ね。でも姉上だとむしろ権力の範疇外だろうし……」
「え?」
「ああ、何でも。あれじゃない? こうすることで国に一人残る姉上にも王族としての責任感を養わせるという、さ」
「どこにそんな国家的危惧さえ兼ね備えそうな荒療治を行う王族がいるんです……? 本当に大丈夫なのですか? 国王も承知の件なのでしょうか……あなたが勝手に決めたとかじゃ……?」
リックが絡むだけに、リックが勝手に判断してそうな気さえ、感じられる。
「俺を何だと思ってるの? いくら俺でもそこまでじゃないよ。安心して。父上の判断でもある」
リックに付き添うのはエルヴィンだけでなくニルスもだとそして聞いて、エルヴィンは一気に力が抜けた。
「そんなにニルスと一緒なのが嬉しいの?」
「そこじゃありません……ニルスはあなたの付き添いに慣れてるし、騎士でないものの剣や格闘の腕前はかなりのものだ。思いきり肩の荷が下りてホッとしたんです」
「ふーん?」
「そんな顔で見ないでいただけます? 心の底から本当ですから!」
久し振りにしっかり訓練を行っていい汗をかいたとすっきりしていたエルヴィンの元に、リックから呼び出されていると連絡が入った時には「今度は何をやらされるのか」などと少々思いつつすぐに着替えて向かった。
そして予想外のことを言われてエルヴィンは唖然とした顔でリックを見たところだった。
「何でそんなに予想外って顔するの? どうせエルヴィンのことだから、この間の仕事について対応して欲しければニルスとの進行状況について話せとか言われるんじゃ、なんて思ったんだろうけど」
「人の感情を的確に当ててくるのやめてください」
「あはは、当たってるんだ」
「……。とにかく、何故俺が?」
リックに言われた通りのことを一言たりとも違えず考えながらこの執務室に向かっていたエルヴィンがリックに聞かされたのは「予定している俺と兄上の出張に付き添ってね」だった。
「何故? 変な質問だね。普段でも俺が出張とかで出かける時は必ず護衛がついているよ? 王子に護衛がつくの、おかしなこと?」
「い、いえ。それは当然のことですけど、でもその役を何故俺が、と思って」
他国への出張どころか、ちょっとした外出でも基本的にリックたちには護衛騎士がつく。それは当たり前のことだとエルヴィンも認識している。ただそういった業務には腕に自信しかないようなかなりのエリート騎士がつく。それも当然の話だろう。この国の王族を護衛するのに一般の騎士がついていいはずがない。
そしてエルヴィンは名門貴族の令息であり、自分なりに剣の腕に自信はあるものの、所属している騎士団の階級的にはまだまだ一般的な騎士だと認識している。
「エルヴィンが俺を護衛するの、そんなにおかしいこと?」
「俺では力不足です」
「そこは役不足だ、くらい言って欲しいけど」
「言えるわけないでしょう……。あの、冗談抜きで俺みたいな一般の騎士では……それとも誰か精鋭騎士を決めた上で一般の騎士にも経験を踏ませよう的な?」
それならまだわかるとばかりにリックを見れば、珍しくリックが呆れたようにため息をついてきた。
「エルヴィン。君は何でも持ってる優れた人の部類だと思ってたけど、どうやら自信だけはどこかに置き忘れてきたみたいだね」
「通常の任務でしたらそれなりの自信を持って挑みますが、さすがにこの国の王子を護衛する役目に対しては置き忘れるというより自信のほうが飛んで逃げてしまうようです」
「上手く言ったつもりかしらないけど、全然上手くないからね」
「とにかく、冗談なら……」
「冗談? エルヴィンこそ冗談はやめてね。君の腕前はちゃんと把握してるよ。この間の剣術試合でもかなりの成績を収めてたの、誰」
「試合と実地は違います。あなたの安全が第一なんですよ?」
「そうだよ、俺や兄上の安全が第一だ。だから俺は俺の護衛に君を選んだ。はい、これ以上口答えするなら王子としてそれなりの罰を与えるけど」
「職権乱用です」
「そんなわけないでしょ」
「……、……承りました……」
「そんなこの世の終わりにとどめを刺せと命令されたみたいな対応しないで欲しいな」
「似たようなものです。……あの」
「何?」
「デニス殿下にも護衛騎士はつくんですよね?」
「安心して。つくよ」
ならまだ多少は心の荷は軽くなる。エルヴィンはかろうじてホッとした。
ちなみに今回の出張だが、リックが留学していた国ミレノールよりもマヴァリージに近いところにある国ゼノガルトと新たな商業的契約を結ぶためのものだという。普段ならそれなりに重要な内容だと外交役としてリックが出向くのだが、今回はおそらくは次期国王としての挨拶も兼ねているのだろう、デニスも一緒に向かうことになったらしい。
通常ならあまり兄弟そろって出向くことはない。事故や災害などで万が一のことがあった場合一度に二人の後継者を失うことになるからだ。
しかし二人が出てもアリアネが残っている。
「とはいえ、いくらアリアネ殿下が残っておられるにしても、通常ならばあり得ないでしょう?」
「まあ、ね。でも姉上だとむしろ権力の範疇外だろうし……」
「え?」
「ああ、何でも。あれじゃない? こうすることで国に一人残る姉上にも王族としての責任感を養わせるという、さ」
「どこにそんな国家的危惧さえ兼ね備えそうな荒療治を行う王族がいるんです……? 本当に大丈夫なのですか? 国王も承知の件なのでしょうか……あなたが勝手に決めたとかじゃ……?」
リックが絡むだけに、リックが勝手に判断してそうな気さえ、感じられる。
「俺を何だと思ってるの? いくら俺でもそこまでじゃないよ。安心して。父上の判断でもある」
リックに付き添うのはエルヴィンだけでなくニルスもだとそして聞いて、エルヴィンは一気に力が抜けた。
「そんなにニルスと一緒なのが嬉しいの?」
「そこじゃありません……ニルスはあなたの付き添いに慣れてるし、騎士でないものの剣や格闘の腕前はかなりのものだ。思いきり肩の荷が下りてホッとしたんです」
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