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せっかくリックに買ってきたものを、戻ってきた途端「それ、エルヴィンに届けて」とリック自身に言われた。ニルスは仕方なく、いや、エルヴィンに会いに行く口実ができるのは最高にありがたいものの、リックのために買ってきたものを恋人へ届けることに何となく変な感じがしつつ、しかし命令とあらば、と素直に届けていた。
エルヴィンは少し話した後に「そういえばこれ、今町で話題なんだってな」と言いながら袋から一つまみ取り出してニルスの目の前で早速味見をしていた。
……かわいい。
「あ、美味しい。これ、けっこう美味いぞ、ニルス。お前もどう?」
かわいい。
本当に美味しそうな顔をしながらニコニコ勧めてくるエルヴィンに対し、断れる者がいたら多分その者は不感症か何かだろうなどと思いながらニルスはコクリと頷き、差し出してきたエルヴィンから手で受け取り口に含んだ。その後で「もし俺がここで口を開けたらエルヴィンはそのまま食べさせてくれるのだろうか」と思いつつも、そもそも自分が絶対できそうにないなとも思う。
ところでエルヴィンに嘘は絶対つきたくない。とはいえ、実はニルスが甘いものや辛いものといった味をあまり得意としないということは今のところ打ち明けたことがない。
さすがに「これを打ち明けたら嫌われる」とまで思ったことはないが、言う必要もない気がして口にしていない。今もただ、もぐもぐと口にして食べ終えた。
甘いものはそれにまだマシだ。エルヴィンもさすがに脳天が突き抜けそうなほど甘いものは食べないようで、それでもニルスにとっては十二分に甘いと感じるもののまだ耐えられる。問題は辛いものだ。あれは多分、苦手な者にとっては劇薬な気がする。口や喉が実際ただれていないことが不思議でならないくらい、刺激物による攻撃が半端ない。
でもエルヴィンは辛いものも、大好きだから……。
その後執務室に戻るとリックがにこにことニルスを見てきた。
「蜂蜜漬けのガルバンゾ、エルヴィンは喜んでた?」
「美味いそうだ」
「それはよかった。で?」
「何だ」
「どうせエルヴィンに勧められるか、エルヴィンが食べてるならってことかで、お前も食べたんでしょ」
相変わらず正しく読んでくるリックを、ニルスは無言で見返した。
「図星なの、顔に出てるよ」
そして表情も相変わらず間違えることなく読んでくる。
「辛いものも甘いものも苦手なのに、ほんとお疲れ様だね」
「疲れてない」
「エルヴィンが好きな食べ物、そこにエルヴィンがいなくてもニルスってばよく注文したりしてるでしょ。俺、知ってるからね。甘いバターキュルビスパイとか辛いグーラッシュとかさ。だいたいお前、本当ならお茶よりコーヒーのくせに」
とりあえず煩いのでそっとしておくことにした。ニルスはリックが散らかした書類を整理していく。
「あ、無視? 王子様を無視するの?」
「俺に王子を主張しても無駄だ」
「かわいくない」
「俺のほうが年上だ」
「大丈夫。中身は俺のほうが年上だよ」
何を競っているのか。ニルスはまたそっとしておこうと思った。
「あ、その辺の書類は触らなくていいよ」
いくつか束になっている書類を手に取ろうとしたら遮られる。
「そう言うならもう少し整理しろ」
「してるんだけど次々舞い込んでくるからね、追い付かない」
「だから俺が……」
「じゃあニルスはこっちのややこしそうなやつ整理して」
にこにことリックが指摘してきたスペースはなるほど、確かにできれば触れたくない状態だった。ニルスは言われた通り、無言でそこを整理していく。手に取る書類に関してはあまり注意を払わないようにしてはいるが、リックからは「補佐だから基本どの書類に目を通しても構わない」と言われてはいる。補佐という役職は世間で言う野心家だったならば最高のポストかもしれない。
その実、仕事内容はわりと召使い的だったりするけどな。
とはいえ、今まで一度たりともこの仕事を不満だと思ったことはない。リックのことも呆れることは多々ありながらも王子として尊敬している。リックは何だかんだ言って仕事のできる男だ。
ただ、だからといって王位を狙えばいいと思ったことはない。リックが王になれば確かにマヴァリージ王国はさらなる繁栄を見込めるのではとまるで親の欲目のように思いはするが、デニスが駄目だとも思わないし案外デニスのようなタイプのほうが、道を間違えない限り周りの意見も取り入れつついい感じに国を背負えそうだと思ったりもしている。
第一、そもそもリックにその気がない。また、その気がないリックに王位をそそのかすような気を、ニルスも持ち合わせていない。
世間話的な感じでエルヴィンが珍しく派閥について話題にしていたが、そのエルヴィンもおそらく興味は特にないのではと思っている。恋人としてはニルスが恋愛初心者だけに未知だらけであるものの、エルヴィンそのものに対してはこれでも幼馴染として昔から一緒にいたのだ、それくらいはわかる。
でも……そういえば最近よく派閥についてよそで耳にするかもしれないな。
興味はなくとも、リックに仕える仕事の一環として周りに気を配るくらいはニルスもしている。ただいつものゴシップ絡み程度に思っていた。だがそれぞれそういったことに興味がなさそうなリックからもエルヴィンからもそれに関した話題が出てきたとなると、一応気にしておいたほうがいいかもしれないとニルスは何となく思った。
エルヴィンは少し話した後に「そういえばこれ、今町で話題なんだってな」と言いながら袋から一つまみ取り出してニルスの目の前で早速味見をしていた。
……かわいい。
「あ、美味しい。これ、けっこう美味いぞ、ニルス。お前もどう?」
かわいい。
本当に美味しそうな顔をしながらニコニコ勧めてくるエルヴィンに対し、断れる者がいたら多分その者は不感症か何かだろうなどと思いながらニルスはコクリと頷き、差し出してきたエルヴィンから手で受け取り口に含んだ。その後で「もし俺がここで口を開けたらエルヴィンはそのまま食べさせてくれるのだろうか」と思いつつも、そもそも自分が絶対できそうにないなとも思う。
ところでエルヴィンに嘘は絶対つきたくない。とはいえ、実はニルスが甘いものや辛いものといった味をあまり得意としないということは今のところ打ち明けたことがない。
さすがに「これを打ち明けたら嫌われる」とまで思ったことはないが、言う必要もない気がして口にしていない。今もただ、もぐもぐと口にして食べ終えた。
甘いものはそれにまだマシだ。エルヴィンもさすがに脳天が突き抜けそうなほど甘いものは食べないようで、それでもニルスにとっては十二分に甘いと感じるもののまだ耐えられる。問題は辛いものだ。あれは多分、苦手な者にとっては劇薬な気がする。口や喉が実際ただれていないことが不思議でならないくらい、刺激物による攻撃が半端ない。
でもエルヴィンは辛いものも、大好きだから……。
その後執務室に戻るとリックがにこにことニルスを見てきた。
「蜂蜜漬けのガルバンゾ、エルヴィンは喜んでた?」
「美味いそうだ」
「それはよかった。で?」
「何だ」
「どうせエルヴィンに勧められるか、エルヴィンが食べてるならってことかで、お前も食べたんでしょ」
相変わらず正しく読んでくるリックを、ニルスは無言で見返した。
「図星なの、顔に出てるよ」
そして表情も相変わらず間違えることなく読んでくる。
「辛いものも甘いものも苦手なのに、ほんとお疲れ様だね」
「疲れてない」
「エルヴィンが好きな食べ物、そこにエルヴィンがいなくてもニルスってばよく注文したりしてるでしょ。俺、知ってるからね。甘いバターキュルビスパイとか辛いグーラッシュとかさ。だいたいお前、本当ならお茶よりコーヒーのくせに」
とりあえず煩いのでそっとしておくことにした。ニルスはリックが散らかした書類を整理していく。
「あ、無視? 王子様を無視するの?」
「俺に王子を主張しても無駄だ」
「かわいくない」
「俺のほうが年上だ」
「大丈夫。中身は俺のほうが年上だよ」
何を競っているのか。ニルスはまたそっとしておこうと思った。
「あ、その辺の書類は触らなくていいよ」
いくつか束になっている書類を手に取ろうとしたら遮られる。
「そう言うならもう少し整理しろ」
「してるんだけど次々舞い込んでくるからね、追い付かない」
「だから俺が……」
「じゃあニルスはこっちのややこしそうなやつ整理して」
にこにことリックが指摘してきたスペースはなるほど、確かにできれば触れたくない状態だった。ニルスは言われた通り、無言でそこを整理していく。手に取る書類に関してはあまり注意を払わないようにしてはいるが、リックからは「補佐だから基本どの書類に目を通しても構わない」と言われてはいる。補佐という役職は世間で言う野心家だったならば最高のポストかもしれない。
その実、仕事内容はわりと召使い的だったりするけどな。
とはいえ、今まで一度たりともこの仕事を不満だと思ったことはない。リックのことも呆れることは多々ありながらも王子として尊敬している。リックは何だかんだ言って仕事のできる男だ。
ただ、だからといって王位を狙えばいいと思ったことはない。リックが王になれば確かにマヴァリージ王国はさらなる繁栄を見込めるのではとまるで親の欲目のように思いはするが、デニスが駄目だとも思わないし案外デニスのようなタイプのほうが、道を間違えない限り周りの意見も取り入れつついい感じに国を背負えそうだと思ったりもしている。
第一、そもそもリックにその気がない。また、その気がないリックに王位をそそのかすような気を、ニルスも持ち合わせていない。
世間話的な感じでエルヴィンが珍しく派閥について話題にしていたが、そのエルヴィンもおそらく興味は特にないのではと思っている。恋人としてはニルスが恋愛初心者だけに未知だらけであるものの、エルヴィンそのものに対してはこれでも幼馴染として昔から一緒にいたのだ、それくらいはわかる。
でも……そういえば最近よく派閥についてよそで耳にするかもしれないな。
興味はなくとも、リックに仕える仕事の一環として周りに気を配るくらいはニルスもしている。ただいつものゴシップ絡み程度に思っていた。だがそれぞれそういったことに興味がなさそうなリックからもエルヴィンからもそれに関した話題が出てきたとなると、一応気にしておいたほうがいいかもしれないとニルスは何となく思った。
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