彼は最後に微笑んだ

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98話

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「およびですか」

 ノックして「お入り」と返事があったため、エルヴィンはドアを開けて執務室の中へ足を踏み入れた。

「やあ、エルヴィンだったんだね。えっと、君を呼んだのはね……、これこれ。君の父親に渡しておいて欲しい書類をいくつか、持って行ってもらえないかなと思って」
「かしこまりました」

 開口一番に無駄話ではなく仕事の話をしてきたリックを、少々白目をむき気味になりながらもエルヴィンは顔に出さないよう心がけつつリックの元へ向かった。ふとニルスがいないことに気づき、辺りをそっと見ていると「ニルスはお使いに行ってていないよ」と言われる。

「そ、そうですか」
「ほんの少しでも姿が見たいの? 初々しいねえ」
「べ……、そんなんじゃありません」

 確かに少し期待したが単にいないなと思っただけだ、とエルヴィンはムキになって言い返そうとしたものの、それは思いとどまれた。

「……っていうかまたお使いって。ニルスを何だと思ってるんですか。侯爵を使いっ走りにします?」
「お使いも大切な仕事だよ」
「どうせまた串肉なんでしょう?」
「残念。今日は蜂蜜漬けのガルバンゾだよ」
「……」
「そんな残念なものを見るような顔で王子様を見ないでくれる?」
「王子様が食べもしないおやつを買わせに侯爵を使うなんてと、どうしても少し残念でして」
「あはは。エルヴィンは面白いねえ」

 何が面白いのか。

「というか、何で食べもしないなんて言うの?」
「あなた甘いもの食べないじゃないですか」
「えー? そんなことないよ」
「食べてるの、見たことありませんけど」
「俺のこと、そんなにわかってくれてるんだ? 愛を感じるねえ」
「殿下……」
「仕事モードで呼ばれるの、やっぱ好きじゃないなあ。ほんと変なとこ頑固だよねエルヴィンって。まあいいけど。じゃあ買ってきてもらったガルバンゾはエルヴィンにあげるね」
「結構です」
「遠慮しないで。甘いもの好きなの知ってるし、最近市場辺りでは話題らしいよ、その蜂蜜漬け。だから俺としては、どんなのかなと思っただけなんだ。立派な市場調査だよ」

 物は言いようとはよく言ったものだ。とはいえ話題、と言われるとエルヴィンもかなり気になる。おまけに言われた通り、甘いものは辛いものと同じく大好きだ。だが何となく負けた気がしてエルヴィンは言葉を詰まらせた。

「ふふ。遠慮しないで。後で届けさせるから。じゃあ書類、君の上司でもあるウーヴェ総長に渡しておいてね」
「……かしこまりました。あとありがとうございます」

 ため息を堪えてエルヴィンがそこから立ち去ろうとすると「あ、そうそう」とリックがついでといった風に続けてきた。

「エルヴィンの家族の中で、俺の兄さんとかの話題、最近上がることある?」

 俺の兄さん──デニス殿下のことか。

 ようやく最近はデニスの名前が出たり話題が出たりしてもそこまで緊張したり気構えたりしなくなってきた。ようやくだ。

「特には……、……ああ、でも少しだけ」
「へえ。どんな話題?」
「殿下ってそんなにお兄様のことを気になされるほどブラコンでしたっけ?」
「あはは。まあ君たち兄弟には適わないよね、確かに」
「それはそうですけど」
「そこ認めるの早いね……」
「そりゃ自他共に認めるブラコンですので。あと話題ってほどでも……多分最近どこの貴族の間でも上がるような話ですかね。そろそろデニス殿下が王位継承されるのでは、みたいな」

 もしリックが王位を狙っているような野心家だったならば言葉に気をつけないといけない話題ではあるが、リックが王位に興味ないことは友人であるエルヴィンや仕事上でわりと付き合いのあるらしいウーヴェはよく知っている。

「ああ、なるほど」
「それがどうかされたんですか?」
「ううん。確かにそういった話題がわりと上がってるし、貴族たちの間でやっぱ話題なのかなって思っただけだよ」
「……ちなみに私の上司として改めてお伺いしておきますが」
「うん?」
「殿下は王位に興味は……」
「あると思う?」
「はは。いえ」
「君のご家族の間で派閥について話題出たりもするの?」
「派閥、ですか? いえ、そこまでは……殿下も知っておられると思いますが、父や弟……まあ俺も元々そうでしたが、二人は王に仕える仕事についています。なので現王に従うだけですね。俺の団はあなた直属となっていますのでもちろんあなたに従いますが、だからといってあなたも特に希望されておられないのに王のご威光に反するようなことは……」
「さすがエルヴィン。堅くて真面目だね」
「……何なんですか。とにかく、世間話もいいですが俺はそろそろ自分の仕事に戻らせてもらいます」

 ため息を今度こそつくと、エルヴィンはリックから預かっていた書類を掲げ「失礼いたします」と執務室を出た。
 後で届けさせると言っていたのは普通に誰か使用人に持ってこさせるものだとばかり思っていたが、ニルスが直々に蜂蜜漬けのガルバンゾを持ってきたのを見て「ほんとニルスを使いっ走りにするよな」と微妙に思いつつも、二人の時間を作ってくれているということもわかるため、こっそり感謝もした。

「でもニルス」
「うん」
「ちゃんとした仕事させてもらえてるのか?」
「大丈夫」
「ならいいけど……」
「使いに出るのも仕事だ」
「いやそりゃまあそうかもなんだけどね」

 改めてリックのそばで仕える仕事はニルスにしかできそうにないなとエルヴィンは妙に実感した。
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