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97話
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「ニルス、また串肉買いに行く?」
最近書類仕事が増えたリックが紙面を眺めながら言ってきて、ニルスは呆れたようにリックを見た。
「……あれだけ立て続けに食べてまだ食べたいのか……」
「うーん、正直なところを言えば少々胃もたれしそう」
「なら食うな」
「えー」
リックは頬杖つきながら次々に書類を見ては机に置いて行く。あまりに書類仕事が多すぎて飽きたのだろうか、それにしても何となく様子がと、ニルスはリックに近づいた。
「最近、エルヴィンとはどう?」
すると急にそう聞かれ、近づいていたニルスはそのままそこに固まった。
「……ん? どうしたのニルス」
返事どころか足音も聞こえなくなったからか、リックが不意に顔を上げてニルスを見てくる。
「いや……」
「ふーん? さては俺がいきなりエルヴィンのこと聞いたから意識したんだろう? かわいいねえ」
「二歳年下のくせに」
「歳関係ないでしょ。子どもの頃ならまだしも、むしろこの歳になってくると」
「お前は子どもの頃からこんな感じだろ」
「えー? あと、ほら、俺は王子様だから。部下をかわいがってんの」
「……」
「微妙な顔、しない」
先ほどから、というかいつもそうだがリックはニルスの表情を大抵間違えずに読み取るどころか、無言のニルスの考えすら読み取ってくる。これはもう特技と言っても差し支えないのではと、自分に関することながらニルスは少し思う。
だというのにニルスはリックのことをちっとも読み取ることができない。もちろん多少のことなら他の者よりわかっているつもりではあるが、これだけ付き合いが長くても相変わらず飄々としながら何を考えているのかわからなかったりすることは少なくない。
今もそうだ。咄嗟にエルヴィンの名前が出たためつい変に固まってしまったが、とにかくいつも通りエルヴィンのことでからかう風に見えて、何となくいつもと違う。それはわかるが、それ以上はわからない。
普通に「何かあるのだろう?」と聞いてもほぼまともに答えないんだろうな。
「ニルス、どうしたの? 何やら考えているようだけど?」
「……いや」
「ふーん? で? エルヴィンとはどうなの?」
「別に。普通だ」
「はは。お前がエルヴィンのことで普通であったためしなど、なくない?」
「言い過ぎだろ……」
「鍛冶屋デートのあともデート、してる?」
「……あまり出かけては……、だがこの間は休憩室で少しだけゆっくり過ごせた」
その時のことを思い出すと今でも心臓が高鳴る。
ただ、今はリックの様子が気になった。
「そう。いいことだね」
いつもならもっと何か、例えばニルスが返事に困るようなことが十くらいは返ってきそうなものだ。やはり何となくおかしい気がする。
「……何か、あったのか?」
聞いてもまともに答えてくれないとしても、ニルスとしては聞かないわけにいかなかった。
「別にないよ。でも、まあ、そうだね。アルスラン家はどちらかと言えば第一王子派とでも言うのかな?」
予想は特に何もしていなかったとはいえ、思いもよらないことを聞かれた。
「騎士団総長のノルデルハウゼン侯爵がそもそも王直属とも言える職務についている。第一王子というよりは王ではないか?」
何かあると思ったが、派閥について言及してくるとは思っていなかった。というかリック自身、明言してはいないものの王権に全く興味がない様子なので派閥に関しても特に気にしていないと思っていた。
「まあ、そうだけどさ。ニルス、お前の父親デトレフのように王の補佐をしているわけでもないし、基本的には次の跡継ぎ予定の者を支持するんじゃないかな。少なくとも周りはそう思うだろう」
「そう言われると、確かにそうなんだろうが……だからどうした?」
「うーん、別にどうもしないかな」
「そこまで言っておいて、どういうつもりだ」
「どういうつもりも何もないんだけどなあ。……ああうん、まあでも、そうだな。ニルス、お前はニルスのままでいいからね」
「……言われなくとも俺は……俺以外になったことはない、が……」
「はは。それそれ。そういう感じのままでいいというか」
「は?」
「あと、エルヴィンとは家柄とか色々関係なく仲よく付き合ってね。どのみちお前はもう独立した貴族なんだし」
「そのつもりだが……?」
「エルヴィンを大切にしてね、ってこと。じゃあとりあえず蜂蜜漬けのガルバンゾ、町で買ってきて」
「……お前、そんなに甘いもの食べないだろ……」
「急に庶民の味が食べたくなることってあるでしょ」
「ない」
「俺はあるんだよね」
「……はぁ。で? 串肉は?」
「それはもういいかな」
「了解した」
こうなると買って来いしか言わないだろうと、ニルスはため息をつきながらドアへ向かった。途中振り向くとニルスを見ていたらしいリックがにこにこと手を振ってくる。
「……行ってくる」
「ごゆっくり」
「お前の用事で出かけるのにごゆっくりも何もない」
「いやいや、それは違うよニルス。用事を頼まれつつ、町の様子を窺ってさ、」
「お前以外も警備しろ、と?」
「馬鹿だね、違う。次のデートの下見をするってわけ」
「……行ってくる」
仕事の合間に何を言っているのだと微妙になりつつも、ニルスは少し向かう足取りが早めになった。
最近書類仕事が増えたリックが紙面を眺めながら言ってきて、ニルスは呆れたようにリックを見た。
「……あれだけ立て続けに食べてまだ食べたいのか……」
「うーん、正直なところを言えば少々胃もたれしそう」
「なら食うな」
「えー」
リックは頬杖つきながら次々に書類を見ては机に置いて行く。あまりに書類仕事が多すぎて飽きたのだろうか、それにしても何となく様子がと、ニルスはリックに近づいた。
「最近、エルヴィンとはどう?」
すると急にそう聞かれ、近づいていたニルスはそのままそこに固まった。
「……ん? どうしたのニルス」
返事どころか足音も聞こえなくなったからか、リックが不意に顔を上げてニルスを見てくる。
「いや……」
「ふーん? さては俺がいきなりエルヴィンのこと聞いたから意識したんだろう? かわいいねえ」
「二歳年下のくせに」
「歳関係ないでしょ。子どもの頃ならまだしも、むしろこの歳になってくると」
「お前は子どもの頃からこんな感じだろ」
「えー? あと、ほら、俺は王子様だから。部下をかわいがってんの」
「……」
「微妙な顔、しない」
先ほどから、というかいつもそうだがリックはニルスの表情を大抵間違えずに読み取るどころか、無言のニルスの考えすら読み取ってくる。これはもう特技と言っても差し支えないのではと、自分に関することながらニルスは少し思う。
だというのにニルスはリックのことをちっとも読み取ることができない。もちろん多少のことなら他の者よりわかっているつもりではあるが、これだけ付き合いが長くても相変わらず飄々としながら何を考えているのかわからなかったりすることは少なくない。
今もそうだ。咄嗟にエルヴィンの名前が出たためつい変に固まってしまったが、とにかくいつも通りエルヴィンのことでからかう風に見えて、何となくいつもと違う。それはわかるが、それ以上はわからない。
普通に「何かあるのだろう?」と聞いてもほぼまともに答えないんだろうな。
「ニルス、どうしたの? 何やら考えているようだけど?」
「……いや」
「ふーん? で? エルヴィンとはどうなの?」
「別に。普通だ」
「はは。お前がエルヴィンのことで普通であったためしなど、なくない?」
「言い過ぎだろ……」
「鍛冶屋デートのあともデート、してる?」
「……あまり出かけては……、だがこの間は休憩室で少しだけゆっくり過ごせた」
その時のことを思い出すと今でも心臓が高鳴る。
ただ、今はリックの様子が気になった。
「そう。いいことだね」
いつもならもっと何か、例えばニルスが返事に困るようなことが十くらいは返ってきそうなものだ。やはり何となくおかしい気がする。
「……何か、あったのか?」
聞いてもまともに答えてくれないとしても、ニルスとしては聞かないわけにいかなかった。
「別にないよ。でも、まあ、そうだね。アルスラン家はどちらかと言えば第一王子派とでも言うのかな?」
予想は特に何もしていなかったとはいえ、思いもよらないことを聞かれた。
「騎士団総長のノルデルハウゼン侯爵がそもそも王直属とも言える職務についている。第一王子というよりは王ではないか?」
何かあると思ったが、派閥について言及してくるとは思っていなかった。というかリック自身、明言してはいないものの王権に全く興味がない様子なので派閥に関しても特に気にしていないと思っていた。
「まあ、そうだけどさ。ニルス、お前の父親デトレフのように王の補佐をしているわけでもないし、基本的には次の跡継ぎ予定の者を支持するんじゃないかな。少なくとも周りはそう思うだろう」
「そう言われると、確かにそうなんだろうが……だからどうした?」
「うーん、別にどうもしないかな」
「そこまで言っておいて、どういうつもりだ」
「どういうつもりも何もないんだけどなあ。……ああうん、まあでも、そうだな。ニルス、お前はニルスのままでいいからね」
「……言われなくとも俺は……俺以外になったことはない、が……」
「はは。それそれ。そういう感じのままでいいというか」
「は?」
「あと、エルヴィンとは家柄とか色々関係なく仲よく付き合ってね。どのみちお前はもう独立した貴族なんだし」
「そのつもりだが……?」
「エルヴィンを大切にしてね、ってこと。じゃあとりあえず蜂蜜漬けのガルバンゾ、町で買ってきて」
「……お前、そんなに甘いもの食べないだろ……」
「急に庶民の味が食べたくなることってあるでしょ」
「ない」
「俺はあるんだよね」
「……はぁ。で? 串肉は?」
「それはもういいかな」
「了解した」
こうなると買って来いしか言わないだろうと、ニルスはため息をつきながらドアへ向かった。途中振り向くとニルスを見ていたらしいリックがにこにこと手を振ってくる。
「……行ってくる」
「ごゆっくり」
「お前の用事で出かけるのにごゆっくりも何もない」
「いやいや、それは違うよニルス。用事を頼まれつつ、町の様子を窺ってさ、」
「お前以外も警備しろ、と?」
「馬鹿だね、違う。次のデートの下見をするってわけ」
「……行ってくる」
仕事の合間に何を言っているのだと微妙になりつつも、ニルスは少し向かう足取りが早めになった。
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