彼は最後に微笑んだ

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96話

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 ニルスの手は少しずつだが温まってきた気がする。
 そこでエルヴィンは改めて手のごつさを感じた。背はあるものの、ニルスの手は繊細に見える。指が長いからだろうか。しなやかですらりとした指に見えていた。
 だが実際じっくり触れると案外ごつごつしている。女性とは違う手や指の感触に引くどころかむしろドキドキしている自分に気づき、改めて自分は性別関係なくニルスが好きなのだろうなとエルヴィンは実感した。
 ずっと見上げていると、ニルスに無表情のまま視線をそらされた。

 んん? 俺に触れられて緊張しつつも喜んでくれているって思ったけど、もしかして思い上がり? 多少ドキドキしてくれてるかなって思ったけど、気のせい?

 そういえば「俺に触れられて嬉しくない?」という質問にも答えてもらっていない。むしろ困惑しかされていないのではと、思わず手を離しそうになったところでぎゅっと手を握られた。

「ニル……」

 見上げたまま名前を呼びかけるとキスされた。あわよくばこの部屋でキスくらいはしたいと思っていたエルヴィンとしては大歓迎だが、ニルスに手を握られているせいで抱き寄せたり抱きしめたりができない。仕方なく手を握られたまま顔をさらにニルスのほうへもたげさせた。そして離れようとするニルスの下唇にそっと噛みつく。
 驚いたのか、エルヴィンの手を握るニルスの力が緩んだ。エルヴィンはそのまま指を絡めながら、離したニルスの手からゆっくり移動させ、ニルスの背中へ回す。

 もっと味わいたい。
 もっとくっつきたい。
 もっと、したい。

 何度も合間に呼吸しながらキスを深めていく。できればこのまま舌も絡めたいところだが、そうしてしまうと自分に歯止めがかけられるかどうか、いささか自信がない。とはいえ今やっているお互い何度も角度を変え重ねては啄んで、さらに重ねるといった味わい尽くすようなキスも自制しきれるかどうか定かではないかもしれない。
 ふと次に一呼吸した時に「嬉しい」とニルスが囁いてきた。

「ん……?」
「……お前に……触れられるのも、触れるのも……嬉しい」

 今返事かよ。
 というかニルスさん……? 狙ってんのかってくらい、今の、直撃されたんだけど。

 ただ、間違いなくわかるのはニルスが狙ってなどいないということだ。言葉数の少ない寡黙なニルスがそんなことするわけない。
 堪らなくなってまたキスを深めた。どんどん激しくなっていっている気がする。

「は……、ぁ。俺はさっき言ったけど、もっかい言うな……俺も嬉しい。触れるのも、触れられるのも、すごく嬉しい」

 できればこのまま抱き寄せて押し倒したいくらいだったが、何とか堪えた。
 生真面目な性格がそうしたのもあるが、正直なところどうしていいかわからないからというのが強い。
 理性よりも本能が優勢だったとはいえ、自分よりも大きな男を上手く押し倒す方法が普通にわからなかった。現に抱き寄せることはできても、それ以上びくともしそうになかった。そんな男相手に、いくら遡る前に女相手とはいえ恋人同士の絡みを経験したことがあるとはいえ、上手く事が運べる気がしないというのだろうか。

 そういえば……ニルスはどうなのかな。俺をどうこうしたいって思ったりするのかな。

 かなり息を乱しながら何となく思った。
 もしそう思ってもらえるのなら、それはそれで嬉しい。
 結局キスだけで終わったものの、結構な時間をその部屋で過ごした気がする。最後らへんは二人が、というより多分主にエルヴィンが落ち着くため、常備されているらしい茶を淹れて二人でゆっくり飲んだ。

 こんなデートも悪くない。

 ニヤニヤしないよう口元に気をつけながらエルヴィンは残りの書類仕事を片付けようと事務室へ戻った。同僚からは「珍しく中々帰ってこないから、リック殿下につかまってしまったのかと思った」などと言われた。どうやらエルヴィンが度々リックに絡まれているのをよく把握しているらしい。
 実は私事でまったりしていたわけで、塗れ衣申し訳ないとリックにほんの少し思った。しかしそう思われるくらい最近は仕事中絡まれているということでもある。

「そう思うくらい俺が殿下に絡まれてるの知ってるなら、手助けしてあげようとか……」
「でもエルヴィン、お前殿下と仲よしだろ」
「不敬にならないのなら殿下とは親友だと俺は思ってるって言うけど、それとこれとは別だろ。仕事としての殿下とのやり取りは、できれば俺としてはもっと少ないほうが平穏でいられる」
「親友と思うことより後のもの言いのほうがよっぽど不敬だと思うぞ」
「それな」

 もう一人がおかしそうに同意してくる。

「だいたいお前は親しく絡まれるから仕事として困るってことだろ?」
「そうだけど」
「俺らは殿下のおそばとかな、畏まりすぎて恐れ多すぎて困るんだよ。どっちが気持ちの上で大変だと思う?」
「俺にも一応恐れ多さはあるから、俺だな」
「不正解。残念賞として、新たに発生した急ぎの申請書、リック殿下のところへ持って行って」
「うんうん。急ぎだしな」
「……」

 呆れたように同僚たちを見つつも、休憩時間だったとはいえ少しオーバーしてしまっていたエルヴィンとしては文句が言いにくい。結局またリックの執務室へ行く羽目になった。
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