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93話
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少し前、ニルスが袋いっぱいのリック所望串肉を持って執務室へ戻ってきたら、中から「失礼します!」と聞き間違えることなど絶対にない声が聞こえてきた。そしてニルスがドアを開ける前にドアが勝手に開いた。ニルスが唖然とドアの脇に立っているのにも気づかず、出てきたその人は走り去っていく。
できることなら即、後を追いたかったがそうもいかない。ニルスは去っていったエルヴィンの様子が気になりつつも部屋の中へ入った。
「お帰り、ニルス。何その大袋」
「……今ある分全部よこせと言った」
「あはは。普通、屋台の食べ物買い占める?」
「足りないとかお前に言わせないためだ。嫌になるくらい食べろ」
「わあ、嬉しいね。ニルスも一緒に食べてね」
「……食べながら聞け。エルヴィンは一体どうした」
串肉を手に入れると風のごとくさっさと帰ってきたのもあり、まだほかほかと湯気さえ出ている。それらを用意した大皿にぶちまける勢いで乗せるとニルスはリックに差し出した。
「とても大貴族とは思えない所作だね」
「いいから食べろ。そして話せ」
「うん、やっぱり美味いな、この安っぽさが最高に美味しい」
安っぽさがいいという気持ちはあまりわからないが、毒見を必ずされているせいで冷めた最高級品ばかり口にするであろう王子ともなれば、何か違うものを求めたくなるのかもしれない。
とりあえず冷める前に持って帰られてよかった。
内心思いつつニルスは「エルヴィンはどうしたんだ」と再度聞く。
「ニルスも食べようよ」
「腹が減ったから、袋に入れさせている時にすでに数本口にしている」
実際は腹が減ったのでも食べてみたかったわけでもない。リックが心置きなくすぐ食べられるよう、買った串肉の数本を無造作に選んであらかじめ毒見しただけに過ぎない。だがいちいち言う必要はないし、どのみち言わなくともリックは気づいているのだろう。
「数本で足りるわけないでしょ、その塔みたいにでかい体で」
「俺はそこまででかくない。平均だろう。それを言うならエルヴィンとは別の隊にいるレオンハルトだ」
騎士というよりは戦士が似合う男であるレオンハルトの身長はおそらく二メートルを優に超えるのではとニルスは認識している。
逆にリックは小柄なほうだとニルスは思っているが、それを口にすると延々「この国の平均がおかしいのであって世界的に見て俺は中の上」と語られるのは目に見えているため控えている。
「あー彼は大きいねえ」
しみじみしながら何本目かの串肉を食べているリックに対し、ニルスはもう一度「エルヴィンはどうしたんだ」と聞いた。リックを相手するならムキになると負けだ。ムキにならなくとも勝てないことは多いが、それも仕事だと思うことにしてはいる。ただ、どちらにしてもエルヴィンのことに関しては永続的に耐性があるので問題ない。
「性交について実践つきで教えてあげてもいいって言ったら真っ赤になって出て行ったよ」
「……」
「ニルス。主に対して黙って剣を抜こうとしたよね?」
「何とか思いとどまった。あとお前はそろそろ口を慎むということを覚えても遅くはない」
「必要な時にはちゃんと慎めるよ、大丈夫」
にっこり微笑むリックに何本もの串肉を突っ込んでやろうかと思ったが、万が一串が喉に刺さっては一大事なのでこれも思いとどまる。代わりにため息をつくと「残りの仕事は?」と聞いた。
「もう今日は上がっていいよ。俺もサインばっかして疲れちゃったし。ああそうそう、このたくさんの書類、エルヴィンに届けてあげて。それが今日最後の仕事で。お疲れ様」
「……明日も串肉を買ってこようか?」
「あはは。ニルス、いい子だねえ」
「お前より二つも年上だけどな。この後、ちゃんと休憩するように」
「了解。じゃあ書類、お願いね」
執務室を出るとニルスはとある事務室へ向かった。エルヴィンが所属する騎士団が訓練以外に事務仕事などを行う際に使用する部屋になる。執務室を慌てて出て行った時にも一部書類を抱えていたため、そこにいるだろうと目論んでのことだが、案の定エルヴィンはそこにいた。
「ニルス」
「お前が置いて行った書類だ」
「え? あ、ああ! 持ってきてくれたんだな、ありがとう」
「……リックが届けるよう言ってきただけだ」
「そうか。リック、残りもサインしてくれたんだ。リックにもお礼、言っておいて」
笑みをニルスへ向けてくるエルヴィンが天使にしか見えないと思いつつ、ニルスはエルヴィンの顔色を窺った。今は普通に戻っているが先ほどは真っ赤だった。
リックが変なことを言ったせいだとわかってはいるが、そんなことで真っ赤になるエルヴィンがかわいい上でリックに言われたからではないかと多少心配にもなる。あと普通に「すぐ赤くなるようだが、まさか変なことを言われたからではなくまた熱が……?」といった心配も拭えない。
「執務室を飛び出した際に顔が真っ赤だったけど、大丈夫なのか」
「い、いたのか?」
「今度は立ち聞きじゃない」
「別に疑ったんじゃないし、別にニルスがいつも立ち聞きするとも思ってないから」
「そうか。たまたま戻ってくるところだった」
「全然気づかなかったよ」
「真っ赤だったしな……体に支障はないか? 大丈夫?」
できることなら即、後を追いたかったがそうもいかない。ニルスは去っていったエルヴィンの様子が気になりつつも部屋の中へ入った。
「お帰り、ニルス。何その大袋」
「……今ある分全部よこせと言った」
「あはは。普通、屋台の食べ物買い占める?」
「足りないとかお前に言わせないためだ。嫌になるくらい食べろ」
「わあ、嬉しいね。ニルスも一緒に食べてね」
「……食べながら聞け。エルヴィンは一体どうした」
串肉を手に入れると風のごとくさっさと帰ってきたのもあり、まだほかほかと湯気さえ出ている。それらを用意した大皿にぶちまける勢いで乗せるとニルスはリックに差し出した。
「とても大貴族とは思えない所作だね」
「いいから食べろ。そして話せ」
「うん、やっぱり美味いな、この安っぽさが最高に美味しい」
安っぽさがいいという気持ちはあまりわからないが、毒見を必ずされているせいで冷めた最高級品ばかり口にするであろう王子ともなれば、何か違うものを求めたくなるのかもしれない。
とりあえず冷める前に持って帰られてよかった。
内心思いつつニルスは「エルヴィンはどうしたんだ」と再度聞く。
「ニルスも食べようよ」
「腹が減ったから、袋に入れさせている時にすでに数本口にしている」
実際は腹が減ったのでも食べてみたかったわけでもない。リックが心置きなくすぐ食べられるよう、買った串肉の数本を無造作に選んであらかじめ毒見しただけに過ぎない。だがいちいち言う必要はないし、どのみち言わなくともリックは気づいているのだろう。
「数本で足りるわけないでしょ、その塔みたいにでかい体で」
「俺はそこまででかくない。平均だろう。それを言うならエルヴィンとは別の隊にいるレオンハルトだ」
騎士というよりは戦士が似合う男であるレオンハルトの身長はおそらく二メートルを優に超えるのではとニルスは認識している。
逆にリックは小柄なほうだとニルスは思っているが、それを口にすると延々「この国の平均がおかしいのであって世界的に見て俺は中の上」と語られるのは目に見えているため控えている。
「あー彼は大きいねえ」
しみじみしながら何本目かの串肉を食べているリックに対し、ニルスはもう一度「エルヴィンはどうしたんだ」と聞いた。リックを相手するならムキになると負けだ。ムキにならなくとも勝てないことは多いが、それも仕事だと思うことにしてはいる。ただ、どちらにしてもエルヴィンのことに関しては永続的に耐性があるので問題ない。
「性交について実践つきで教えてあげてもいいって言ったら真っ赤になって出て行ったよ」
「……」
「ニルス。主に対して黙って剣を抜こうとしたよね?」
「何とか思いとどまった。あとお前はそろそろ口を慎むということを覚えても遅くはない」
「必要な時にはちゃんと慎めるよ、大丈夫」
にっこり微笑むリックに何本もの串肉を突っ込んでやろうかと思ったが、万が一串が喉に刺さっては一大事なのでこれも思いとどまる。代わりにため息をつくと「残りの仕事は?」と聞いた。
「もう今日は上がっていいよ。俺もサインばっかして疲れちゃったし。ああそうそう、このたくさんの書類、エルヴィンに届けてあげて。それが今日最後の仕事で。お疲れ様」
「……明日も串肉を買ってこようか?」
「あはは。ニルス、いい子だねえ」
「お前より二つも年上だけどな。この後、ちゃんと休憩するように」
「了解。じゃあ書類、お願いね」
執務室を出るとニルスはとある事務室へ向かった。エルヴィンが所属する騎士団が訓練以外に事務仕事などを行う際に使用する部屋になる。執務室を慌てて出て行った時にも一部書類を抱えていたため、そこにいるだろうと目論んでのことだが、案の定エルヴィンはそこにいた。
「ニルス」
「お前が置いて行った書類だ」
「え? あ、ああ! 持ってきてくれたんだな、ありがとう」
「……リックが届けるよう言ってきただけだ」
「そうか。リック、残りもサインしてくれたんだ。リックにもお礼、言っておいて」
笑みをニルスへ向けてくるエルヴィンが天使にしか見えないと思いつつ、ニルスはエルヴィンの顔色を窺った。今は普通に戻っているが先ほどは真っ赤だった。
リックが変なことを言ったせいだとわかってはいるが、そんなことで真っ赤になるエルヴィンがかわいい上でリックに言われたからではないかと多少心配にもなる。あと普通に「すぐ赤くなるようだが、まさか変なことを言われたからではなくまた熱が……?」といった心配も拭えない。
「執務室を飛び出した際に顔が真っ赤だったけど、大丈夫なのか」
「い、いたのか?」
「今度は立ち聞きじゃない」
「別に疑ったんじゃないし、別にニルスがいつも立ち聞きするとも思ってないから」
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