彼は最後に微笑んだ

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91話

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 マヴァリージ王国は世襲君主制の上に一応生まれた順に王位継承上位となる。アリアネが第一子だったならば継承第一位は王女アリアネだっただろう。ただ、一応というだけで絶対ではない。現王の意志が一番であり、また周りの意見が影響されることもある。
 そのため過去には王位継承に関していざこざもあったようだが、何があっても絶対生まれた順と決めてしまうと万が一王に全く相応しくない王子や王女が第一子だったとしてもそれを覆すことが大変になってしまう。それを避けるため、厳守する法律は作られていないようだ。

 ……俺から、いや国民からしても遡る前のデニス王は王になってはいけない人だったよなあ。俺が死んだ後、ひょっとしたらリックが王位を簒奪したかもしれないけど。

 デニスが王となったあの頃だと王位継承第一位はデニスの第一子、シュテファンだった。その次に近いのが当時ラヴィニアが産んだ子どもだ。そして次にアリアネやリックとなる。
 第一子であったシュテファンがどうなったか、正直エルヴィンは先に死んでしまったはずなのでわからないというか、その辺は何故かうろ覚えだ。ただ例えシュテファンが元気に生きていたとしても、シュテファンがどうにかなってしまいラヴィニアの子へと王位継承一位が動いたとしても、デニスを退位させるなり倒すなりすれば王、または宰相となれるのはアリアネかリックだった。
 性格や立ち振る舞いが王に相応しくないだけでなく、幼子であってもやはり王となるのは難しい。不可能ではないが、下手をすれば簡単に周りの傀儡になってしまう。
 現在はデニス夫妻からまだ懐妊の知らせは出ていない。よってどのみち王位継承第二位と第三位はアリアネとリックになる。そしてアリアネ自身は「わがまま王女」という噂を否定しがたい勢いで、王位には全く興味がないと普段からわりと公言しているため、実際デニスの次に王となる可能性が一番高いのは現状だとリックだろう。
 リックも「王位? 興味ないなあ」と身内には言っているし多分本当に興味はなさそうだが、さすがに第二王子としてわきまえているのか公言したことはない。
 とはいえ過去の彼らは最終的に不穏でしかなかったが、現状の彼ら家族は穏便だし大臣なども賢明な者が多いはずだ。よほどのことがない限り王位継承に関することで不穏にはならないだろう。
 とりあえずサインが欲しいため、エルヴィンは自分の多少のプライドを売った。

「へえ。町を散策してから食事、ね。で、その後はニルスに送ってもらい帰宅、と」
「……ええ。言われた通りお聞かせいたしましたので、サイン、してくださいね。ああ、何ならついでにこちらの書類にも」
「わあ、後からさらに出してくるなんて悪徳だなあ」
「あなたに言われる筋合いは皆目ありません」

 人を振り回しはするが、基本的にあからさまな嘘はつかないリックは楽しそうにサインし出した。機嫌がよさそうなので念のために控えていたいくつものサインが必要な書類を置いてやった。するとそれらにもリックはサインしてくれる。だがさらさらとペンを動かしながら話しかけてきた。

「今どきデビュタント前の子ですらそこまで健全じゃないんじゃない?」
「書き間違えて欲しくないので黙って書いてください」
「この俺が自分の名前書くのにミスるとでも? とにかくさあ、生温すぎて俺、聞きながら風邪ひいちゃうかと思ったよ」

 わかる。確かにわかる。エルヴィンもニルスも成人して何年も経っている大人だ。その上、昔はもう少し性や恋愛に関して堅かったらしい貴族たちの間も、最近はかなりオープンで自由にはなってきている。だからこそ遡る前のエルヴィンも何人かの令嬢と付き合ったりしていたわけだ。もちろん平民たちの自由奔放ぶりには到底かなわないだろうし相変わらず制約も多いが、それでもずいぶん気楽なものになってきたのだろうし、今の若い人たちはもう少し奔放に遊んでいたりもするのだろう。

 わかるけど、リック。歯に布着せなさすぎじゃないか? 風邪ひくって何だよ……?

「余計なお世話ですし、いくら王子で上司で幼馴染とはいえあなたはもう少しお……私に遠慮してください。あと私は十分楽しかったですし満喫しました」
「でも恋人らしいのってせいぜい『あーん』くらいじゃあ?」
「……俺、そこまで話した覚えありませんが」

 一緒に食事をした、とは確かに言った。言ったが、ずっとしたかったらしいニルスの願いをかなえんがため食べさせてもらったことまで話してはいない。
 思わず「私」と言い直すことすら忘れてジト目でリックを見ると、ここ一番の笑顔を返された。

「ニルスにも同じような手を使いましたね?」
「同じような手? 人聞きが悪いなあ、エルヴィン。ニルスは俺のかけがえのない右腕だよ? そんな彼が俺に報告しないとでも?」
「あーん、のどこにも報告義務が発生するような案件は含まれてないかと俺は認識してますが?」
「右腕であり、赤ちゃんの時からそばにいる幼馴染なんだよ俺たちは。筒抜けだっておかしくないでしょ」
「おかしいだろ……!」
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