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90話
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「そういえばデートに行ったんだってね」
にこにことリックがエルヴィンを見てくる。
相変わらず筒抜けかよ、とか、あなたは俺たちの保護者ですか、とか、諸々よぎりながらリックを見ると「そんなスンッとした顔しないで」と笑われた。
「そういう顔にもなりますよ……」
「何で?」
「……いえ、別にいいんですけどね」
「えー。というかお茶でも飲みながらもっとゆっくり話そうよ」
「……わかっておられると思いますが、俺、いえ私はもっか職務中ですので」
最近リックの父親であるラフェド王の退位がささやかれている。とはいえ遡る前のように病気でとかではなく、単にそろそろ第一王子であるデニスに王位継承をしようと考えているようだ。
噂ならあまりエルヴィンの耳に入ってくることもないか、入ってきても気にしないのだが、おそらく本当のことのようだ。
それを耳にした時は一瞬緊張が体に走ったものの、今のデニスなら問題はないとすぐにその緊張を解いた。
とにかくそういう流れもあるからか、王専属であったエルヴィンが所属する騎士団も少し配置換えがあった。そして気づけば所属騎士団はリック付きになっており、こうして以前よりも仕事中会う機会も増えたというわけだ。ちなみにリック付きになったのはリックが動いたのではと思うのは思い過ごしというか、思い上がりすぎだろうか。
「俺に付き合うのも仕事でしょ?」
「あなたを守ることや身辺の警備は仕事ですが、あなたのお守りをするのは仕事に含まれていません」
「へりくだってるようで、お守りとか含まれてないとか言っちゃうとこがエルヴィンだよねえ」
「いいからさっさとその書類にサインしてください。でないと俺……私は身動きすらできません」
「俺、でいいじゃない。何で私って言い直すの?」
「勤務中でありあなたは私の上司なので」
「エルヴィン、堅いよ」
「軽い適当な騎士はどう考えても駄目でしょうが。サイン」
もはや単語のみ口にすると、ようやくリックがため息をつきながらペンを手に取ってくれた。
「君が俺付きになったらもっと面白いと思ったのになあ」
「やっぱり人事動かしたのあん……あなたですか。職権乱用甚だしいんですよ」
「俺は王子だから乱用じゃないよ。当たり前」
にこにことろくでもないことを言ってくるリックを微妙な顔で見ながらも、エルヴィンは無言でサインを促した。
「そんなに俺のサイン欲しいの?」
「次の仕事ができませんので欲しいですね。私に仕事をさせるつもりがおありならとっととしてください。ほんの二秒もかからない簡単なお仕事です」
大した内容ではないものの、剣や盾の補充に関することのため後回しにされても困る。あと、エルヴィンが所属する騎士団自体がリック付きであるはずなのに何故か、リックに直接対応する仕事が全部エルヴィンに回ってくるため、こうして大した内容でもない書類のサイン一つでも滞るとそれだけ仕事が溜まっていく。
というか、騎士の仕事かこれ。
そう思ってしまうが、実際騎士の仕事の一つでもあるので仕方ない。ただ、リックに関しては仕方なくはない。一日をこんな状態で終わらせる気はない。
「簡単なお仕事かぁ」
「あなたがスムーズに対応してくれることで私の仕事がそれだけ早く減りますし、そうするとあなたが何故か楽しんでおられる、私とカイセルヘルム侯爵のやり取りも増えるわけです」
「ええ? 俺が君たちのデートを邪魔してるって言ってんの?」
「直接的にではありませんが、間接的に。わかってます? 彼も私もあなた絡みの仕事を日々抱えてるのだと」
以前、リックから冗談で補佐になるかと言われた時に「かなりの出世だろうけれども絶対に大変すぎる仕事だろうから嫌だな」と即思ったことを思い出す。それでも現在のエルヴィンは補佐ではなく、リック付きの騎士団に所属するただの一介の騎士だ。ニルスの大変さは比ではないだろうなとしみじみ思う。日々振り回されていそうだ。
ちなみに今も振り回されてか、使いを頼まれてここにいないようだ。何の使いか聞いてみたら「お使いっていうかさ、町の屋台で売ってる串肉を食べないと溜めている仕事ができそうにないって言ったら出かけてったんだよね」とリックから返ってきた。
とてつもなく身分も実力もある侯爵をそんな使いに使わないで欲しいと思う。
「そっか。それは俺もヤだな。二人を応援してるのに」
「なら……」
サインをと言いかけるエルヴィンにリックはにっこりと笑いかけてきた。ろくなことにならない予感しかしない。
「この間のデート話を聞かせてくれたらサインする」
やっぱり。
「公私はわける主義です」
「残念ながら俺はあまり私事がないんだよね。かわいそうでしょ? ほぼ一日公事なわけ。わけたくてもわけられないほどにね。そんな俺に癒しをくれてもいいよね?」
「仕事をしながら絶えず楽しんでいる人への癒しも同情も私は持ち合わせておりません」
「でもサイン、欲しいよね?」
「……ほんっとあなたという人は……」
ニルスと何故かエルヴィンに対してはこうだが、基本的にリックは一日とてつもない量の仕事をこれでもこなしているのだという。王子としてもかなり優秀らしく、貴族の中には第一王子ではなく第二王子であるリックを王位にと思っている貴族も少なくないと聞く。
にこにことリックがエルヴィンを見てくる。
相変わらず筒抜けかよ、とか、あなたは俺たちの保護者ですか、とか、諸々よぎりながらリックを見ると「そんなスンッとした顔しないで」と笑われた。
「そういう顔にもなりますよ……」
「何で?」
「……いえ、別にいいんですけどね」
「えー。というかお茶でも飲みながらもっとゆっくり話そうよ」
「……わかっておられると思いますが、俺、いえ私はもっか職務中ですので」
最近リックの父親であるラフェド王の退位がささやかれている。とはいえ遡る前のように病気でとかではなく、単にそろそろ第一王子であるデニスに王位継承をしようと考えているようだ。
噂ならあまりエルヴィンの耳に入ってくることもないか、入ってきても気にしないのだが、おそらく本当のことのようだ。
それを耳にした時は一瞬緊張が体に走ったものの、今のデニスなら問題はないとすぐにその緊張を解いた。
とにかくそういう流れもあるからか、王専属であったエルヴィンが所属する騎士団も少し配置換えがあった。そして気づけば所属騎士団はリック付きになっており、こうして以前よりも仕事中会う機会も増えたというわけだ。ちなみにリック付きになったのはリックが動いたのではと思うのは思い過ごしというか、思い上がりすぎだろうか。
「俺に付き合うのも仕事でしょ?」
「あなたを守ることや身辺の警備は仕事ですが、あなたのお守りをするのは仕事に含まれていません」
「へりくだってるようで、お守りとか含まれてないとか言っちゃうとこがエルヴィンだよねえ」
「いいからさっさとその書類にサインしてください。でないと俺……私は身動きすらできません」
「俺、でいいじゃない。何で私って言い直すの?」
「勤務中でありあなたは私の上司なので」
「エルヴィン、堅いよ」
「軽い適当な騎士はどう考えても駄目でしょうが。サイン」
もはや単語のみ口にすると、ようやくリックがため息をつきながらペンを手に取ってくれた。
「君が俺付きになったらもっと面白いと思ったのになあ」
「やっぱり人事動かしたのあん……あなたですか。職権乱用甚だしいんですよ」
「俺は王子だから乱用じゃないよ。当たり前」
にこにことろくでもないことを言ってくるリックを微妙な顔で見ながらも、エルヴィンは無言でサインを促した。
「そんなに俺のサイン欲しいの?」
「次の仕事ができませんので欲しいですね。私に仕事をさせるつもりがおありならとっととしてください。ほんの二秒もかからない簡単なお仕事です」
大した内容ではないものの、剣や盾の補充に関することのため後回しにされても困る。あと、エルヴィンが所属する騎士団自体がリック付きであるはずなのに何故か、リックに直接対応する仕事が全部エルヴィンに回ってくるため、こうして大した内容でもない書類のサイン一つでも滞るとそれだけ仕事が溜まっていく。
というか、騎士の仕事かこれ。
そう思ってしまうが、実際騎士の仕事の一つでもあるので仕方ない。ただ、リックに関しては仕方なくはない。一日をこんな状態で終わらせる気はない。
「簡単なお仕事かぁ」
「あなたがスムーズに対応してくれることで私の仕事がそれだけ早く減りますし、そうするとあなたが何故か楽しんでおられる、私とカイセルヘルム侯爵のやり取りも増えるわけです」
「ええ? 俺が君たちのデートを邪魔してるって言ってんの?」
「直接的にではありませんが、間接的に。わかってます? 彼も私もあなた絡みの仕事を日々抱えてるのだと」
以前、リックから冗談で補佐になるかと言われた時に「かなりの出世だろうけれども絶対に大変すぎる仕事だろうから嫌だな」と即思ったことを思い出す。それでも現在のエルヴィンは補佐ではなく、リック付きの騎士団に所属するただの一介の騎士だ。ニルスの大変さは比ではないだろうなとしみじみ思う。日々振り回されていそうだ。
ちなみに今も振り回されてか、使いを頼まれてここにいないようだ。何の使いか聞いてみたら「お使いっていうかさ、町の屋台で売ってる串肉を食べないと溜めている仕事ができそうにないって言ったら出かけてったんだよね」とリックから返ってきた。
とてつもなく身分も実力もある侯爵をそんな使いに使わないで欲しいと思う。
「そっか。それは俺もヤだな。二人を応援してるのに」
「なら……」
サインをと言いかけるエルヴィンにリックはにっこりと笑いかけてきた。ろくなことにならない予感しかしない。
「この間のデート話を聞かせてくれたらサインする」
やっぱり。
「公私はわける主義です」
「残念ながら俺はあまり私事がないんだよね。かわいそうでしょ? ほぼ一日公事なわけ。わけたくてもわけられないほどにね。そんな俺に癒しをくれてもいいよね?」
「仕事をしながら絶えず楽しんでいる人への癒しも同情も私は持ち合わせておりません」
「でもサイン、欲しいよね?」
「……ほんっとあなたという人は……」
ニルスと何故かエルヴィンに対してはこうだが、基本的にリックは一日とてつもない量の仕事をこれでもこなしているのだという。王子としてもかなり優秀らしく、貴族の中には第一王子ではなく第二王子であるリックを王位にと思っている貴族も少なくないと聞く。
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