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89話
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しばらくゆっくり散策した後、二人は軽食をとろうと店へ入った。
今までも公の場で食事したり、身内だけの小さな茶会で一緒に飲食したりしていたはずだというのに妙に新鮮で、いったい何が違うのだろうとエルヴィンはそっと首を傾げる。
思い当たることと言えば両思いになったから、か、二人きりというだけでなくデートという名目だから、だろうか。
そのせいでいつもなら絶対に飲まない、アルラウネ茶を頼んでしまっていた。持ってこられて初めて自分がそれを頼んでいたことに気づく。
先入観だけど苦そうなイメージなんだよなあ。
辛いものも甘いものも好んで食べるが、苦いものは苦手だ。とはいえ自分で頼んでおきながら飲まないのもマナーがなっていなさすぎる。あと、緊張しすぎてか注文を間違えたなどと、格好が悪いのでニルスにできれば言いたくない。
アルラウネ茶はその名の通り、アルラウネという植物で作られた茶だ。アルラウネ自体は薬草として鎮痛薬や滋養強壮薬などに昔から使われてきている。また魔法薬の材料としても使われたりするだけでなく、使い方によれば麻薬や劇薬、毒薬にもなる。
もちろん、こうして茶葉に加工する際にはそういった危険な効力をなくした上で加工されて美容、健康にいいとされる一種のハーブ茶として飲まれている。
でもそもそも俺、ハーブ茶そのものがわりと得意じゃないんだよな。
美味しいと言われているものも大抵エルヴィンの味覚では薬か薬か、薬の味しかしない。おまけにアルラウネ茶は原材料のアルラウネの成分が成分だけに、加工されても苦そうでしかない。
恐る恐るといった気持ちがバレないよう、エルヴィンは心を無にして一口飲んだ。途端、真顔になる。
……全然苦くないな。むしろ味わからなさすぎでは。
ほんの少し植物味があるものの、主張してくる何かが全くない。これはこれで予想外だ。
「……エルヴィン」
「は、はい?」
「アルラウネ茶は……蜂蜜を入れるのが飲みやすいと思う、が……」
なるほどな!
「そ、そうだな。そうするよ」
取り繕っているものが早速ボロボロにはがれているのではと自分に苦笑しながら、エルヴィンは確かにティーポットの横にそっと添えられていたとても小さなピッチャーから蜂蜜を少し、カップに垂らした。
……あ、これは中々美味しいかも。
それだけならちっとも味がわからなかったはずの茶が、蜂蜜を入れることで何か味覚の相乗効果でも発生したのだろうか。何なら蜂蜜味になりそうでしかなかったが、ちゃんと風味のある茶の味がする。しかもわりと好みの味かもしれない。
いそいそと飲み干すと、エルヴィンはポットから二杯目を注いだ。蜂蜜を入れたところでふと顔を上げると、ニルスがじっとエルヴィンを見ている。
「ど、どうかしたか?」
「いや……」
いや、と言いながらもニルスはじっとエルヴィンを見てくる。もしかして、アルラウネ茶を飲んだことがないとバレただけでなく緊張により注文を間違えたことまでバレてしまったのだろうかとエルヴィンは落ち着かない気持ちになった。
「いや、って。じゃ、じゃあ何で見てくるんだ? えっと、そう、あれだ、どこか変だったか?」
「変じゃない」
「……」
「本当に」
「そ、そう?」
よくわからないが、ニルスは真顔のままだ。少なくとも「間違ったな?」と揶揄するような気持ちなどはそこに含まれていなさそうではある。
まあ、別にバレてもいいんだけどさ……俺がニルスに対してあまり恰好のいいところ見せられてないのは今に始まったことじゃないし。
今に始まったことではない、が、男としては好きな相手の前だと恰好くらいつけたくはなる。
「うまいか?」
「え? あ、ああ。好きな味だな」
「そうか。じゃあこのバターキュルビスパイも一緒にどうだ。合うと思う」
「え、でもそれはニルスが食べたくて頼んだやつだろ?」
バターキュルビスパイはエルヴィンも子どもの頃から好きで茶の時間にもよく食べていた。今ニルスが合わせているように、バニラスパイスミルクティーとよく一緒に食べていた。エルヴィンも普段なら店でもつい頼みがちだったかもしれない。今は単にメニューがちゃんと頭に入っていなかったため、アルラウネ茶しか頼んでいなかっただけだ。
「構わない」
「じゃ、じゃあ半分こしよう」
思わず言った後で微妙になる。
普通、成人男性が何かを「半分こ」なんてするか? そもそも思いつくか?
自分にそう突っ込んだが、ニルスは気にならなかったようでコクリと頷くとナイフで綺麗にパイを切り、予備の皿として置かれていた皿にパイを乗せてエルヴィンに差し出してきた。
「ありがとう」
せっかくだしと、エルヴィンはフォークとナイフで一口分を切り、パイを口に入れた。
そうそう、これこれ。
外はサクサクとしているが、中はキュルビスの自然な甘みとほんの少し感じるスパイス、そしてたっぷりのバターがじゅわっとしみ込んできて、しっとりというよりはとろけるような食感が味わえる。いつもはそれにバニラスパイスミルクティーがとてもぴったりと合っていて最高の気分になるのだが、今回は今まで避けてさえいたアルラウネ茶だ。
しかし蜂蜜を入れたアルラウネ茶を口に含むと、何とも言えない優しい甘みと風味が複雑でいてわかりやすく広がった。
エルヴィンは言葉にできないままもう一度パイを食べ、茶を飲む。
そんな様子をニルスはまたじっと見ているようだった。
今までも公の場で食事したり、身内だけの小さな茶会で一緒に飲食したりしていたはずだというのに妙に新鮮で、いったい何が違うのだろうとエルヴィンはそっと首を傾げる。
思い当たることと言えば両思いになったから、か、二人きりというだけでなくデートという名目だから、だろうか。
そのせいでいつもなら絶対に飲まない、アルラウネ茶を頼んでしまっていた。持ってこられて初めて自分がそれを頼んでいたことに気づく。
先入観だけど苦そうなイメージなんだよなあ。
辛いものも甘いものも好んで食べるが、苦いものは苦手だ。とはいえ自分で頼んでおきながら飲まないのもマナーがなっていなさすぎる。あと、緊張しすぎてか注文を間違えたなどと、格好が悪いのでニルスにできれば言いたくない。
アルラウネ茶はその名の通り、アルラウネという植物で作られた茶だ。アルラウネ自体は薬草として鎮痛薬や滋養強壮薬などに昔から使われてきている。また魔法薬の材料としても使われたりするだけでなく、使い方によれば麻薬や劇薬、毒薬にもなる。
もちろん、こうして茶葉に加工する際にはそういった危険な効力をなくした上で加工されて美容、健康にいいとされる一種のハーブ茶として飲まれている。
でもそもそも俺、ハーブ茶そのものがわりと得意じゃないんだよな。
美味しいと言われているものも大抵エルヴィンの味覚では薬か薬か、薬の味しかしない。おまけにアルラウネ茶は原材料のアルラウネの成分が成分だけに、加工されても苦そうでしかない。
恐る恐るといった気持ちがバレないよう、エルヴィンは心を無にして一口飲んだ。途端、真顔になる。
……全然苦くないな。むしろ味わからなさすぎでは。
ほんの少し植物味があるものの、主張してくる何かが全くない。これはこれで予想外だ。
「……エルヴィン」
「は、はい?」
「アルラウネ茶は……蜂蜜を入れるのが飲みやすいと思う、が……」
なるほどな!
「そ、そうだな。そうするよ」
取り繕っているものが早速ボロボロにはがれているのではと自分に苦笑しながら、エルヴィンは確かにティーポットの横にそっと添えられていたとても小さなピッチャーから蜂蜜を少し、カップに垂らした。
……あ、これは中々美味しいかも。
それだけならちっとも味がわからなかったはずの茶が、蜂蜜を入れることで何か味覚の相乗効果でも発生したのだろうか。何なら蜂蜜味になりそうでしかなかったが、ちゃんと風味のある茶の味がする。しかもわりと好みの味かもしれない。
いそいそと飲み干すと、エルヴィンはポットから二杯目を注いだ。蜂蜜を入れたところでふと顔を上げると、ニルスがじっとエルヴィンを見ている。
「ど、どうかしたか?」
「いや……」
いや、と言いながらもニルスはじっとエルヴィンを見てくる。もしかして、アルラウネ茶を飲んだことがないとバレただけでなく緊張により注文を間違えたことまでバレてしまったのだろうかとエルヴィンは落ち着かない気持ちになった。
「いや、って。じゃ、じゃあ何で見てくるんだ? えっと、そう、あれだ、どこか変だったか?」
「変じゃない」
「……」
「本当に」
「そ、そう?」
よくわからないが、ニルスは真顔のままだ。少なくとも「間違ったな?」と揶揄するような気持ちなどはそこに含まれていなさそうではある。
まあ、別にバレてもいいんだけどさ……俺がニルスに対してあまり恰好のいいところ見せられてないのは今に始まったことじゃないし。
今に始まったことではない、が、男としては好きな相手の前だと恰好くらいつけたくはなる。
「うまいか?」
「え? あ、ああ。好きな味だな」
「そうか。じゃあこのバターキュルビスパイも一緒にどうだ。合うと思う」
「え、でもそれはニルスが食べたくて頼んだやつだろ?」
バターキュルビスパイはエルヴィンも子どもの頃から好きで茶の時間にもよく食べていた。今ニルスが合わせているように、バニラスパイスミルクティーとよく一緒に食べていた。エルヴィンも普段なら店でもつい頼みがちだったかもしれない。今は単にメニューがちゃんと頭に入っていなかったため、アルラウネ茶しか頼んでいなかっただけだ。
「構わない」
「じゃ、じゃあ半分こしよう」
思わず言った後で微妙になる。
普通、成人男性が何かを「半分こ」なんてするか? そもそも思いつくか?
自分にそう突っ込んだが、ニルスは気にならなかったようでコクリと頷くとナイフで綺麗にパイを切り、予備の皿として置かれていた皿にパイを乗せてエルヴィンに差し出してきた。
「ありがとう」
せっかくだしと、エルヴィンはフォークとナイフで一口分を切り、パイを口に入れた。
そうそう、これこれ。
外はサクサクとしているが、中はキュルビスの自然な甘みとほんの少し感じるスパイス、そしてたっぷりのバターがじゅわっとしみ込んできて、しっとりというよりはとろけるような食感が味わえる。いつもはそれにバニラスパイスミルクティーがとてもぴったりと合っていて最高の気分になるのだが、今回は今まで避けてさえいたアルラウネ茶だ。
しかし蜂蜜を入れたアルラウネ茶を口に含むと、何とも言えない優しい甘みと風味が複雑でいてわかりやすく広がった。
エルヴィンは言葉にできないままもう一度パイを食べ、茶を飲む。
そんな様子をニルスはまたじっと見ているようだった。
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