彼は最後に微笑んだ

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88話

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 久し振りに町をゆっくり散策している気がする、とエルヴィンは思った。
 ちなみに迎えの馬車を用意すると言っていたので、てっきりニルスとは町にある馬車を待機させたり乗り換えたりする宿駅で待ち合わせるものとばかり思っていた。しかし迎えに来た馬車にはニルスも乗っていた。

「わざわざ来てくれなくてもいいのに」
「いや……」

 いや、と言った後は続かず、つい心を読みたくなる。だがそうなる自分がわかっているため、ブローチはあえて外していた。
 馬車を降りた後、二人で町中を歩いて回った。貴族が馬車に乗らず歩くことは通常あまりないため、二人とも上質ではあるものの庶民向けの服を着てはいる。

「そういえばこの城下町でニルスやリックと出会ったんだよな」

 遡る前は投獄されてからだったが、今回は幸運にも早々に出会えた。初めて顔を合わせた時は、本人たちではと期待しつつも「まさか本人たちのわけがない」と思っていた。しかしこれまた幸運にも茶会に招待され、改めて知り合うことができた。

 今さらだけどほんと幸運だったよな。まるで幸運の女神が味方してくれたみたいに。

 ついしみじみしてしまう。大人の足でこうして歩いていても、町は広い。こんな広い、それもお互い面識のない状態でよく出会えたなと思う。

「ああ」

 ニルスの返事は相変わらずだったが、実際三人が出会った場所を覚えていたらしく、その場までエルヴィンをエスコートするように歩いて連れてきてくれた。そして気のせいかもしれないが懐かしそうに口元を緩めたような気がする。

「そういえばこの辺だった。よく覚えてるな。俺はわりとうろ覚えだったかも。少し歩いたところにかわいい感じの雑貨を売っている店があるのは覚えてるんだけど」

 そこでラウラがテレーゼにプレゼントするものを買っていた。ついでに家族皆へのプレゼントも買ってくれていた。ちなみにエルヴィンには羽ペンで、もったいなくて今でも使わずにペン立ての花形スターとしてそこに飾られている。

「よく覚えている」
「そ、そうなんだ」

 またふとヴィリーが言っていたことを思い出す。ニルスが子どもの頃からエルヴィンに対しそういった感情を向けていたという話だ。

 やっぱりそうなのかな? だからこの場所もいまだに覚えていてくれているのかな。

「……エルヴィン」
「は、はい?」
「……顔が少し赤い気がする。もしかして歩き慣れない石畳を歩いて疲れたか?」

 優しい。けど本当に皆、エルヴィンがどれだけひ弱だと思っているのだろうかと微妙にも思う。

 あと赤くなるところに気づき過ぎない?

「疲れてないよ」
「本当?」
「ああ。というかな、ニルスを筆頭に皆、俺のことどんだけ弱っちいやつだと思ってんの? そりゃこないだはちょっと体調崩して熱まで出しちゃったけど、たまたまというか、いつもは風邪すらめったに引かないんだけど」
「そうか」

 そうか。
 そうか、だけ。

 本当にニルスらしいし、ニルスそのものだし、物足りなさを通り越して格好よささえ感じてしまうが「で? 俺の言いたいことわかった?」とはさすがに思ってしまう。

「そうか、じゃないよニルス。わかったの?」
「何がだ」
「俺は弱くない。むしろ風邪すらめったに引かない頑丈なタイプだから、そうやって心配しなくていいって言っているんだけど」
「ああ」
「……本当にわかってる?」
「わかった。だが心配はする」
「何で」
「……お前が大事だからだ」
「っひゅっ?」
「……っ何だ今の音は……もしかして呼吸困難に……?」

 慌ててエルヴィンを抱えようとしてくるニルスに、エルヴィンは片手で顔を覆いつつ「いらない」とばかりに何度も手を横に振った。
 顔が熱い。だが赤くなっているところを見たらまたニルスは「やはり具合が」と言いそうでしかない。

 お前が俺を赤くさせてきてんだけどな! あとお互い気持ち通じてるってのに何でそこで、照れてるとかじゃなくて「具合が悪い」になるのかな!

 とにかく、無口で本当に口数が少ないくせに、よくさらりと心臓に悪いことを言ってくれると思う。もちろん、堪らなく嬉しいし堪らなく愛しいが、ただでさえ見目がいい上に今ではエルヴィンが気持ちを寄せている相手でもある。心臓がいくらあっても足りないかもしれない。
 こっそりと深呼吸してから、少しおろおろとしているニルスに「本当に何でもないから」と念押しして、エルヴィンは歩き出した。その際につい歩くのを促すためニルスの手を取っていたことに、数歩後に気づく。

 手、握ってしまった。

 さすがにこんな町中でそんなことをされてドン引きしているかと振り向くと、ニルスは無言のまま繋がれた手を凝視している。

 今、どういう感情なんだろう。引いてる? それとも例の言語化できない状況になってたりする?

「悪い、無意識に手をつかんでた」

 ブローチを外していて気が緩んだのか、本当に無意識だった。エルヴィンは苦笑しながら手を離そうとすると、むしろぎゅっと握られる。

「ニルス?」
「このままでいい」
「え、でもこんな町中で?」
「構わない」

 実際気にすることもなく、というか今もちらちらと繋がれた手を見ているので違う意味では気にしていないことはないだろうが、とにかく人の目は気にすることもなくニルスは歩き出した。
 付き合って早々に恋人と手を繋ぎながら歩けるとは。しかも、同性の相手と。
 とりあえず手を繋いで歩くことに関しては嫌悪感どころか高揚感しかないとわかった。エルヴィンも笑みを浮かべて一緒に歩きながらニルスを見上げた。
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