彼は最後に微笑んだ

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87話

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 約束していた日の朝、エルヴィンは最高の気分で目が覚めた。窓まで向かいカーテンを開けると清々しい晴れた青い空が広がっている。何なら世界へ向けて「おはよう、いい朝だ」と叫びたいくらいだ。
 支度をしながら、先日ヴィリーと話していたことを思い返す。
 ヴィリーいわく、ニルスは子どもの頃からエルヴィンに対しそういった感情を向けていたらしい。本人に聞いたわけではないので鵜呑みにはできないが、絶対違うだろとも言えない。

 もし本当なら……俺はどれだけ鈍いんだ?

 少なくとも勘がいいとはいえそこまで一緒にいないヴィリーでさえ気づいていたものを、エルヴィンは今の今になっても気づけていなかった。
 ただもしそれが本当だとしたら、今まで何度か触れて勝手に読んでしまったニルスの感情の中にもそれらしきものがあったかもしれない気がしないでもない。

 ……あの言語化できないやつ、とか……もしかしたら好きな相手、って俺だけど、に触れられたりしてテンパってしまったとか、そういう……?

 そう思うと、最初は怖くもあったわけのわからないあの感情がとてつもなくかわいく思えてきて、にやけてしまう。
 あとヴィリーには「だとしても、何故お前がそこまでニルスを嫌うかわからない」と言えば「俺の兄様に邪な感情など向けて欲しくないに決まっているでしょう?」と即、返された。
 改めて弟がかわいいとも思うが、できればニルスに対してはもう少し温和な感情を持っていただきたくもある。

「ラウラは? そう、ラウラはどう思ってんの?」
「……ラウラは気づいてませんよ。俺だけです。ですが以前ラウラに、もしニルスが兄様のこと好きだとしたらどうするって聞いたら」
「聞いたら?」
「いいんじゃない、って返されました」

 俺の妹最高にかわいい。

「男同士だぞって言えば、だから? と。ラウラは兄様自身が、ニルスだろうが誰だろうが好きであり両思いなのだとしたら、男でも女でもいいそうです」
「むしろ何でお前はそう思ってくれないの」
「仕方ないでしょう? 俺の大事な兄様ですよ? 異性なら……まだ、しも……いえ、本音を言えばどこぞのご令嬢ですら嫌です。よほどの方でないと嫌だ」
「そう言われても……」
「ラウラには、もう少し大人になれと言われました」

 なんて微笑ましいんだ。

「ニヤニヤしないでください、兄様」
「いや、俺の弟と妹のやり取りがかわいくて」
「……はー。とにかく、以前のように兄様がニルスを何とも思ってないなら全力でニルスを駆除しようと思ってましたが」
「言葉の使い方間違ってない?」
「今の兄様を見てると、心底納得はできませんが、駆除まではできないなとは……とても不本意ではありますが……思い、ます」

 ヴィリーからは「だからといって、不純なことされようとしたら全力で逃げてくださいね」と念押しされはしたが、とりあえずデートについてくるとか行かせないとかそこまでの妨害をするつもりはないようだった。やはり弟もかわいいとエルヴィンはしみじみ思う。

 あと……不純なことって。

 ふと思い、メイドがいくつか持ってきてくれた服を選びながらエルヴィンは少し顔が熱くなった。

 できるのならむしろ俺がしたいくらいだけど。

 気づけば二十歳も過ぎている。おまけに今まで余裕もなくてそういったことから離れた状態だった反動か、ニルスへの気持ちを自覚した以上できるのであれば、何やらしたい。
 ただ、男同士だけにどうすればいいのかわからない部分もあるし、未だに少し怖くもある。
 キスは大丈夫だったが、いざ、それ以上に恋人同士の行為をするとなった時に自分かニルスに嫌悪感が湧いてしまったら?
 まさかそんなことはないと思いたいが、未知過ぎて言い切ることはできない。エルヴィンもそして多分だがニルスも元々同性愛者というわけではないだろうし、どうなるかなんて予想もできない。

「エルヴィン様? 大丈夫ですか? 具合が悪くなられたとか……」

 顔を赤らめつつ、ぼんやりしていたらしい。メイドが心配そうに聞いてくれた。ありがたいし嬉しいが、以前寝こんでからどうにもニルスにだけでなく色んな人から体が弱い人扱いを受けているような気がする。

「ああ、うん。ありがとう。大丈夫」

 笑いかけるとホッとしたように向こうも笑顔になる。

「よかったです。今日はお買い物に行かれるんですよね、カイセルヘルム侯爵様と」
「うん。……、……ねえ、何で知ってんの?」

 にこにこと頷いた後に違和感を覚え、それが何かすぐわかって聞くも、メイドは当然といった顔で見上げてきた。

「多分メイドたちだけでなくご主人様や奥様すら皆知ってますよ? 情報源は正確にわかりませんが、私が聞いたところによるとヴィリー様の様子に何か思うところがあったコルネリアお嬢様がヴィリー様から何らかで聞き出して、そこからラウラお嬢様や私たちにも漏れ、という流れだったかと」
「詳しいね……っ? あの、どこまで知って……?」
「どこまでというのがよくわかりませんが、今日ご一緒にお買い物へ行かれるとしか……」
「そ、そう」

 それくらいなら、とホッとしているとメイドが続けてきた。

「ですがコルネリアお嬢様がお買い物へご一緒に行かれる流れから独自のお話を思いつかれたらしく、私を含めた何人かのメイドにもそのお話を……」
「それ、聞きたいような聞きたくないような……! っていうかあの子はこの屋敷で自分の家のように寛いでるなっ? あと、それは父上や母上も聞いているの……?」
「いえ、まさか。さすがにそういったわりとその、まあ、娯楽的な内容はラウラお嬢様やメイドの間くらいでしょうか。ラウラお嬢様も特にご両親にはお話する気はないようですし、私どもにも『面白くてもお父様やお母様へ聞かせるような内容でないことはわかるでしょう? 噂話でもない単にコルネリアの妄想話なのですから』とおっしゃられたのもあり、私どももご主人様や奥様に漏らすつもりはないです」

 ラウラ……女神かな……!
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