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85話
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この間ニルスと一緒に茶を飲んでから、エルヴィンはひたすらその時のことを思い出しては緩む口元を何とか引き締めようとがんばるという流れを繰り返していた。
「今度休みが合えば町の武器兼鍛冶屋へ剣を見に行かないか」
デートだ。
初めてのデートのお誘いだ。
それも、あの無口な男からの誘いだ。
テンションが上がらないわけなどなかった。例え色気などなくとも最高に楽しみすぎる。
真顔に戻ろうと努力しているにも関わらず、家族には速攻で緩んだ顔はバレた。
「何かいいことでもあったのかい、エルヴィン」
ニルスほどではないがわりと寡黙な父親にすら聞かれ、エルヴィンは「いえ、ああ、その、今度の休日に久しぶりに町の鍛冶屋へ行こうと思ってまして」と半分真実を口にする。嘘はバレやすい上にエルヴィン自身も罪悪感が湧く。だが本当のことならば当然だが嘘くささもない。
別にニルスのことを打ち明けてもいいのだが、まだ付き合ったばかりというか、付き合っているので間違いないのだなと気づいたことすら最近だ。もうしばらくは様子見というか、何というか、とにかく今のところは自分の中でしっくり落ち着くまではニルスとの二人きりの秘密にしておきたい。
……いや、リックは知ってるけどさ。
「そうか。エルヴィンは本当に剣に関することが好きだな」
「ええ。あの鍛冶屋はかなり腕がいいと隣国にまで広まっているくらいですし」
母親やラウラにもそれで納得はされたが、ヴィリーだけは何故か納得してくれない。二人でいる時に「それだけですか?」と顔をじっと見られながら聞かれた。
「何故そんなこと、聞くんだ?」
それだけだよとは言いにくい。嘘だからだ。
エルヴィンが笑みをヴィリーへ向けるも、あからさまに納得のいかなさそうな顔を向け返された。
「……おひとりで行かれるんですか?」
そうだよと答えられたら問題ないのだが、極力嘘はつきたくない。どのみち嘘は上手くない。あえて口にしない、程度ならエルヴィンでもできるが、嘘を口にしても大抵バレる。
「一人、じゃない」
「ではどなたと?」
別にエルヴィンは普通に「ニルスとだ」と答えればいいだけの話だ。元々ニルスとは幼馴染で親友であり、今までだって一緒に出かけたことはある。
……え、でも待って。お互いの屋敷や王宮、王城はあるけど、二人で町へ出かけたことって、なくない?
今気づくなよと言いたくなることに気づいてしまい、戸惑いと動揺と、そしてときめきが止まらない。
「……兄様……何ですかその表情」
「え? な、何って、普通だけど」
「……誰と行かれるんです」
「だ、誰って、というか別に俺が誰と出かけようがよくないか?」
「よくないです」
「何でだよ。ヴィリー、お前たまに変だぞ。だいたい俺のが兄だってのに、まるで俺の保護者みたいな……」
「ある意味保護者です」
「いや、だから何でだよ」
微妙な顔で見るも、ヴィリーは真剣な顔でエルヴィンを心持ち見上げてきた。身長はほぼ変わらないが、ほんの少しだけエルヴィンのほうが高い。それはどうでもいいが、かわいい弟からほんの少しとはいえ上目遣いされては兄として平常心ではいられない。
「俺は兄様が心配なんです。わかってください。別に好奇心とか意地悪とかでこんな言動を取っているんじゃありません」
「そ、そうか」
「兄様が大切だからこそ、心配でならないんです」
「ヴィリー……。……いや、待って。嬉しいしありがたいけど、お前が兄の俺を何でそこまで心配してんの」
「はぁ。自覚してくださいよ」
「何を?」
「兄様はとても恰好がよくて男らしくて、そしてお綺麗です」
「綺麗、はおかしくないか……褒めてくれて嬉しいけどもさ」
「だというのに無防備すぎます」
「何言ってんの? 無防備って、何。あと百歩譲って俺がもし無防備なのだとしても、俺、男だから関係なくないか? それとも言葉の流れから勝手にそういう意味での無防備と受け取ったけど、もしかして命狙われてるのに無防備とか、そっち系?」
「兄様の命が狙われてるなど、神が許しても俺が許しません」
「いや、えっと、まあその、ありがとう」
「そういう意味での無防備であってます。百歩譲っていただかなくとも構いませんが、とにかく気をつけて欲しいのに全然気をつけてくださらないから、なら俺が気をつけるしかないじゃないですか」
「いや、だから何を……?」
自分の見た目が悪くないことくらいはさすがに自覚もある。これでも遡る前はモテていたほうだ。遡ってからは自分にそういった余裕がなくてさっぱりだが、もしかしてそういうところを無防備だと言っているのだろうかとエルヴィンは首を傾げた。
「その……もしかして俺目当てのご令嬢がいる、とか? そういったご令嬢に狙われてる、とか?」
そうだとしたらありがたいことではあるし嬉しくもあるが、ついこの間までは気持ちに余裕がなかったし、今はニルスしか考えられないのもあり、困ることは困る。
「ご令嬢ならここまで心配いたしません」
じゃあ何だよ、と思ったところで少々血の気が引いた。
「え、俺、もしかしてどこかのご令息に狙われてんの?」
ニルスのことは好きだが、基本的に同性にそういった感情は持てない。だが気づかない内に何人かに狙われているのだとしたら確かにぼんやりしていては無防備だろう。少なくとも令嬢よりは力もあるし行動力もありそうだ。
「今度休みが合えば町の武器兼鍛冶屋へ剣を見に行かないか」
デートだ。
初めてのデートのお誘いだ。
それも、あの無口な男からの誘いだ。
テンションが上がらないわけなどなかった。例え色気などなくとも最高に楽しみすぎる。
真顔に戻ろうと努力しているにも関わらず、家族には速攻で緩んだ顔はバレた。
「何かいいことでもあったのかい、エルヴィン」
ニルスほどではないがわりと寡黙な父親にすら聞かれ、エルヴィンは「いえ、ああ、その、今度の休日に久しぶりに町の鍛冶屋へ行こうと思ってまして」と半分真実を口にする。嘘はバレやすい上にエルヴィン自身も罪悪感が湧く。だが本当のことならば当然だが嘘くささもない。
別にニルスのことを打ち明けてもいいのだが、まだ付き合ったばかりというか、付き合っているので間違いないのだなと気づいたことすら最近だ。もうしばらくは様子見というか、何というか、とにかく今のところは自分の中でしっくり落ち着くまではニルスとの二人きりの秘密にしておきたい。
……いや、リックは知ってるけどさ。
「そうか。エルヴィンは本当に剣に関することが好きだな」
「ええ。あの鍛冶屋はかなり腕がいいと隣国にまで広まっているくらいですし」
母親やラウラにもそれで納得はされたが、ヴィリーだけは何故か納得してくれない。二人でいる時に「それだけですか?」と顔をじっと見られながら聞かれた。
「何故そんなこと、聞くんだ?」
それだけだよとは言いにくい。嘘だからだ。
エルヴィンが笑みをヴィリーへ向けるも、あからさまに納得のいかなさそうな顔を向け返された。
「……おひとりで行かれるんですか?」
そうだよと答えられたら問題ないのだが、極力嘘はつきたくない。どのみち嘘は上手くない。あえて口にしない、程度ならエルヴィンでもできるが、嘘を口にしても大抵バレる。
「一人、じゃない」
「ではどなたと?」
別にエルヴィンは普通に「ニルスとだ」と答えればいいだけの話だ。元々ニルスとは幼馴染で親友であり、今までだって一緒に出かけたことはある。
……え、でも待って。お互いの屋敷や王宮、王城はあるけど、二人で町へ出かけたことって、なくない?
今気づくなよと言いたくなることに気づいてしまい、戸惑いと動揺と、そしてときめきが止まらない。
「……兄様……何ですかその表情」
「え? な、何って、普通だけど」
「……誰と行かれるんです」
「だ、誰って、というか別に俺が誰と出かけようがよくないか?」
「よくないです」
「何でだよ。ヴィリー、お前たまに変だぞ。だいたい俺のが兄だってのに、まるで俺の保護者みたいな……」
「ある意味保護者です」
「いや、だから何でだよ」
微妙な顔で見るも、ヴィリーは真剣な顔でエルヴィンを心持ち見上げてきた。身長はほぼ変わらないが、ほんの少しだけエルヴィンのほうが高い。それはどうでもいいが、かわいい弟からほんの少しとはいえ上目遣いされては兄として平常心ではいられない。
「俺は兄様が心配なんです。わかってください。別に好奇心とか意地悪とかでこんな言動を取っているんじゃありません」
「そ、そうか」
「兄様が大切だからこそ、心配でならないんです」
「ヴィリー……。……いや、待って。嬉しいしありがたいけど、お前が兄の俺を何でそこまで心配してんの」
「はぁ。自覚してくださいよ」
「何を?」
「兄様はとても恰好がよくて男らしくて、そしてお綺麗です」
「綺麗、はおかしくないか……褒めてくれて嬉しいけどもさ」
「だというのに無防備すぎます」
「何言ってんの? 無防備って、何。あと百歩譲って俺がもし無防備なのだとしても、俺、男だから関係なくないか? それとも言葉の流れから勝手にそういう意味での無防備と受け取ったけど、もしかして命狙われてるのに無防備とか、そっち系?」
「兄様の命が狙われてるなど、神が許しても俺が許しません」
「いや、えっと、まあその、ありがとう」
「そういう意味での無防備であってます。百歩譲っていただかなくとも構いませんが、とにかく気をつけて欲しいのに全然気をつけてくださらないから、なら俺が気をつけるしかないじゃないですか」
「いや、だから何を……?」
自分の見た目が悪くないことくらいはさすがに自覚もある。これでも遡る前はモテていたほうだ。遡ってからは自分にそういった余裕がなくてさっぱりだが、もしかしてそういうところを無防備だと言っているのだろうかとエルヴィンは首を傾げた。
「その……もしかして俺目当てのご令嬢がいる、とか? そういったご令嬢に狙われてる、とか?」
そうだとしたらありがたいことではあるし嬉しくもあるが、ついこの間までは気持ちに余裕がなかったし、今はニルスしか考えられないのもあり、困ることは困る。
「ご令嬢ならここまで心配いたしません」
じゃあ何だよ、と思ったところで少々血の気が引いた。
「え、俺、もしかしてどこかのご令息に狙われてんの?」
ニルスのことは好きだが、基本的に同性にそういった感情は持てない。だが気づかない内に何人かに狙われているのだとしたら確かにぼんやりしていては無防備だろう。少なくとも令嬢よりは力もあるし行動力もありそうだ。
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